第二十一話 トレーニング入門
依頼人から討伐確認の証明書をもらってユニオンに帰った。
証明書をもらう時に依頼人に来てもらったところ、普通の農家のおっちゃんって感じの人だった。
セレシアとおれのやっつけたモーグリの死骸を見て、あんたら強えんだなぁとか言ってたが、おっちゃんの顔が若干引きつっていたのを見逃さなかった。
確かに普通のFランク奴にはこの状況は作れまい。
そう考えると、おれって結構強いんじゃないか?
だってこの世界に出現していくらも経ってないのに魔撃使えるしね。
モリスとセレシアによると、魔撃は通常攻撃の威力を上げてくれるサポート的な位置づけの技で、基本的なスキルの一つだ。
これは討伐系を主に請け負っている戦闘派サーチャーや軍人など、戦いを生業とするものなら必ずと言っていいほど身につけている。
しかし、この魔撃は魔力の量よりも質によって威力が変わって来る。
魔力の質というのは人により異なり、それぞれが魔法に関して得意な分野が出てくる。
例えば、アカネだったら治癒魔法に特化した魔力の質を備えている。
特化してると言っても、他の魔法が使えないわけではない。
ただ単純に、魔法の効果に影響を与えるだけだそうだ。
ちなみにこの魔撃、通常では三割アップってところらしい。
でもおれの放ったそれは、三割どころか三十倍以上の威力を誇っていた。
モーグリを打ち上げた際の感覚からすると、ピンポン球を金属バットで打つような感覚だった。
完全なオーバーキルだ。
おれの魔力は魔撃に特化しているのかもしれない。
そんなヤツは初めて見たとモリスは言っていたが、おれが魔撃のスペシャリストになるかも知れない。
すこしウキウキしてしまうな……フフフ。
でも所詮はモーグリだ。
いくら倒したところで、おれの魔撃がすごいのかはわからない。
最低ランクの魔物らしいし。
二人はすごいと言っていたが、おれ的にはもっといける気がする。
なんていうか、もっとデカい魔物でもいけそうだな。
おれの攻撃が通用するのか試してみたい願望もある。
いやいや、天狗にはなるまい。
魔物だって命張ってるんだし、おれが逆にホームランされてもおかしくない。
安全第一だ。
なるべく危険は避ける方向でいこう。
うーん、でもポアロイルの一員でいる以上、危険は切っても切り離せないし。
凄腕戦闘員が三人もいるから、そこまで危険はないのかも知れないけど、自分の身を守る手段はあるに超した事はないか。
万が一という事もあるし、おれも戦える方がいい。
それにいつまでもお荷物じゃダメだろ。
それに強くなるってのは男の憧れでもあるしな。
あの馬鹿みたいなホワイトだって戦ってる姿はめちゃくちゃかっこ良かったし。
おれもこいつらに習って強くなろう。
帰還方法を探すのも重要だが、とりあえず先に強い男を目指そう。
これでもう、おれはウサギではない。
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ユニオンに帰って来た。
出発してから二時間くらいか。
移動で往復一時間くらい掛かったから、そう考えると討伐時間は二十分にも満たない。
ユニオンの中は出発前と何ら変わりのない様子だった。
態度の悪い受付嬢もそのまま受付にいた。
掲示板の前にはさっきと同じように何人かが依頼を眺めている。
変わったのはおれの心構え。
心無しか目につくサーチャーがみんな雑魚に見えるぜ。
ふん、おれは魔撃使いのシゲル様だ。雑魚どもよ、道をあけろ。
心の中で言いながら悠々と歩いて行く。
実際には言えないけどね。
気分がこんなだと、歩き方も大股になるようだ。
「証明書っす」
モリスが依頼完了の証明書をカウンターに出すと、受付嬢がテキパキと処理して報酬をもらう。
小銀貨六枚。
……えっと、日本円で7500円。
お、おお……
何か微妙に安い気がする。
モーグリは雑魚とは言え、戦闘をしてきたから、もう少し貰いたい気分だ。
でも時間的に早かったし、こんなもんなのか。
報酬をしまうと、この後どうするか話し合った。
日はまだ高いし、予想よりもかなり早く終わったので手持ち無沙汰になってしまった。
ユニオンの外に出ると、酒場的な店が併設されていたので、飲み物を飲みながら駄弁る。
内容は今日の総括だ。
「シゲルさんが魔撃を一発で出来たってのも驚いたっすけど、あの威力にはもっと驚かされたっすよ」
「ほんとね! かっこ良かったわよ!」
やはり魔撃であれほど威力があるのは珍しいらしく、二人のトピックは主にそこだった。
ちなみに今日活躍した棒は持って帰って来た。
初魔撃の記念品として取っておくつもりだ。
将来、魔撃の達人として名を轟かせシゲルミュージアムが出来たら、そこに飾るのだ。
……ていうのは冗談で、使いやすかったから持って来ただけだ。
二人が言うには、武器によって魔力の通りやすさみたいのがあるそうだ。
他の武器を使った事がないので比較は出来ないが、おれとしてはこの棒は結構魔力通ると思う。
まあ、もし他の武器を使ってみて、棒より良かったらそっちを使うつもりだ。
それまでの代用品として使うにすぎない。
とりあえず棒はいいとして、おれはもう一つ気になる事がある。
「おれが殴っただけでモーグリの胸を貫いたけどさ、モーグリってあんなに脆いのか?」
三人揃って注文したウーロン茶のような飲み物を口に含みながら聞いてみた。
そう。
おれは自分の正拳突きにあんな威力があるとは思っていない。
空手やってたって言っても、おれは一撃必殺の殺人拳の修行をしていたわけではない。
でも、実際さっきのは完璧に殺人拳だった。
もっとジャストミートしたら、棒の魔撃くらいの威力が出そうな感じもする。
もしそうだとしたら、おれはとんでもない肉弾戦の鬼になりそうだ。
魔撃ステゴロ師シゲルの誕生だ。
「へ? あれ魔撃っすよね?」
モリスはアレを魔撃だと思ってたらしい。
確かに拳を握る時に、魔力を溜め込むような感覚がした。
魔撃って体にも使えるのか。
便利だな。
「確かにあれも驚いたわね! 身体強化まで出来るなんて!」
おっと、
ここで新出単語の登場だ。
身体強化。
ふむ、読んで字のごとくだな。
魔力を体に纏って、身体能力を強化するって事で間違いないだろう。
「へえ、魔力って身体強化なんてのもできるのか」
「そっす。魔力で強化した攻撃が魔撃っすから、身体強化での攻撃も魔撃っす。でもシゲルさんのはハッキリ言って別モンっすね」
「強化され過ぎって感じね!」
二人の言うには、身体強化は魔撃のようなモノで、身体能力を通常よりも少し上昇させる程度のものらしい。
要するに、ベンチプレスで50キロまで持ち上げられる人が、身体強化したら60キロまで持ち上がるとか、そんなレベルの強化だ。
だから、一般人並みの力しかないおれがモーグリの胸を貫くのは、ちょっと想像できなかったんだとか。
おれも想像できなかったさ。
しかも、身体強化と魔撃は魔力の消費が少ないので、戦闘の際は重宝される。
消費魔力は生活魔法程度だ。
さらに、おれの魔力は特別製なので、かなりの燃費効率だ。
みんなは魔撃で能力小上昇だが、おれはスーパー超絶ミラクル上昇だ。
……これって、よく言うチートってやつじゃないですかやだー。
「ホワイトとソルダットは別として、身体強化であれだけ出来れば大したものね!」
早々に飲み物を飲み干したセレシアは、空のコップの底でテーブルを叩く。
その表情は、頭の悪い弟がテストで満点を取って来たのを一緒に喜ぶ姉って感じだった。
つってもセレシアは姉ってよりは妹って感じだけどね。
とはいえ、SSランカーからお褒め預かったのだ。
しかも攻撃力だけで見るなら、そこらのAランクにも負けてないとのこと。
うへへ。
でも、調子には乗らない。
おれはまだルーキーにすぎないのだ。
ルーキーじゃないホワイトとソルダットは、モーグリ程度なら素手で簡単にぺちゃんこにしてしまうらしい。
おそろしや、ポアロイル。
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宿に戻ると、ホワイトとソルダットが食堂で飲み物を飲みながら話していた。
とてもリラックスした雰囲気だ。
一日も空いてないのに、二人に会うのが久しぶりな気がする。
二人はおれ達を見つけると手招きをした。
「よう、まあ座れや」
促されて席に着く。
飲み物はさっき飲んだばかりなので頼まない。
「聞いて! シゲルすごかったわよ!」
セレシアは着席すると、二人に向かって興奮気味に今日の出来事を報告する。
サーチャー登録を済ませた事、初めての戦闘をした事、魔撃がすごい事。
少しばかりセレシアの大げさな脚色が加わったが、ソルダットとホワイトはそれを楽しそうに聞く。
「ヒュー! そりゃすげえな!」
「もしかしたら、シゲルも賢者かもな」
「へへ、まあモーグリ弱かったしね。これくらい普通だって」
おれは天狗になる事なく、無難に返す。
この二人はおれなんかより全然強いしね。
ホワイトとソルダットを前にして調子こいたら「じゃ力比べでもしてみるか」なんて事になったら大変だ。
いや、それくらいなら別にやってもいいか。
ソルダットはいいとして、ホワイトは大人げないから、こてんぱんにやられそうな気もするが。
「それにしても、そんなにすごい魔撃が出来るのか。ちょっと見てみたいな」
「確かに! ガハハ!」
おっと、まずい雰囲気になって来たぞ。
見せるくらいだったら構わないが、決闘みたいな事になるのだけは避けたい。
おれは戦闘狂じゃないんだ。
「それなら裏庭に行きましょ! 凄いんだから!」
少し暴走気味のセレシアを横目で見つつ、おれは提案する。
「そ、それなら何か重いもの持ち上げるみたいのにしないか? どうせ身体強化ならそれでもわかるだろ?」
ウェイトリフティング的な感じなら、身体強化も使えるだろう。
やったことはないが、何となく出来そうな気がする。
「オッケー! そうしようぜ!」
指をパチンと鳴らし、ホワイトはさっと立ち上がり裏庭に出る。
おれ達はそれについて行った。
外ではジェフが未だに魔道具開発に精を出していた。
おれ達が出て来ても見向きもしない。
集中してるねえ。
ホワイトはキョロキョロと持ち上げるモノを探してる。
ぱっと見なさそうだな。
「お、あれにしようぜ!」
にやにや顔のホワイトは壁際に設置された貯水タンクを指差した。
え?
ちょ、え? でかくね?
金属製らしき貯水タンクは、自動車くらいの大きさだ。
ホワイトがそれに近寄ってコンコンと叩く。
返ってくるのは鈍い音。
どうやら満タンのようだ。
このサイズで満タンって、多分1トンや2トンじゃきかない気がする。
「よーし、レッツゴー! ガハハ!」
「シゲル! やっちゃいなさい!」
いけるかな……
ちょっと不安だ。
タンク下の支柱の間に屈んで体をいれる。
下から重心を確認しつつ、タンクに両手を添える。
店の方を見ると、宿のスタッフがそわそわした感じでこちらを見てる。
面倒事を起こすのは勘弁してくださいって顔だな。
適当に笑顔を送っておく。
シゲルスマイル。
よし。
意識を魔力に集中させる。
えっと、この場合は……上半身の筋肉と骨に魔力を集める感じか。
「ふん!」
うお、っと。
力を入れた瞬間、足腰が砕けそうになった。
そっか、こんなに重い物を持ち上げるんだから、全身を強化しなくちゃいけないか。
そうじゃないと強化してない部分を怪我する。
体全体に魔力を行き渡らせる。
すると力が漲る反面、少し気怠くなった。
あれか、魔力を消費する感覚か。
「ぐっ!」
踏ん張って力を込めると、タンクの支柱の足が地面から離れた。
おお、すごい!
さらに力を込める。
どんどん持ち上がる。
「うおー! やるねえ!」
「シゲルさん、マジでパねえっす」
腕を伸ばしきってタンクを持ち上げる事に成功する。
だが、手の置く位置が悪かったのか、バランスが崩れてタンクがどんどん前方向に倒れてゆく。
手を離す事も出来ない。
まずい。
このままだとテラス席の何席かを、今日のモーグリのようにぺちゃんこにしてしまう。
ああ、ごめんなさい店員さん。
さっきのスマイル、忘れてください……
店員の顔が脳裏を横切った辺りで、手から離れそうだったタンクが安定を取り戻す。
ソルダットが片手をタンクに添えていた。
「すごいじゃないか、シゲル」
タバコをくわえながら、片手は添えたままでおれの隣に入る。
片手とか、流石うちらのボスだな。
よっこらしょっと小さな声を出して、軽々とおれの頭上のタンクを取り上げて、元の位置に戻した。
よかったぁ……店員さんに怒られなくて済む。
ちらっと店員さんを見ると、顎が外れてるんじゃないかってくらい大きな口を開けて呆然としていた。
なるほど、これが一般人の反応か。
「魔力なしだとキツいか?」
ソルダットは涼しい顔で尋ねてくる。
「当然だろ。それに魔力使ってちょっと気怠いし」
「そりゃまだ魔力が少ないからだろ。明日から毎日これ持ち上げろ。魔力なしでもやってみな」
「それってトレーニング?」
「そうだ、まだお前の素質もハッキリしないからな」
トレーニングは良いとして、魔力無しでこれを持ち上げるのは無理だろ。
と言いたいところだったが、ソルダットが「おれ魔力使ってないぞ」と言ったのを聞いて腰を抜かしてしまった。
ソルダットみたいになれるとは思わないが、とりあえず体は鍛えよう。
この世界は何かと危険が多い。
力をつけて悪い事はない。
翌日からおれのトレーニングが始まる。




