第二十話 初陣 後編
再び棒を握り、モーグリに向き直る。
運の良い事に、五匹出てきた内の四匹は絶賛共食い中だ。
おれに向かい合ってるモーグリは、さっきのヤツと違ってすぐには来ない。
様子を窺っている。
おれもカウンター狙いなので、先には動かない。
「ねえ! 魔撃してみたら?」
セレシアが何か言ってる。
「なんだそりゃ?」
「攻撃する時に魔力を込めるのよ!」
魔力を込めるって?
確かにおれには魔力があるが、火を出すヤツしか使い方がわからない。
結局あの日以来やらなかった。
でも、あれは自分の手に魔力を集めるって感じだったし、攻撃に魔力を込めるってどうすんだ?
物に魔力を込めるってことだろうか。
そもそも魔力を込めるとどうなるんだ?
「いやー、流石にそれはまだ早いんじゃないっすか?」
モリスの言うにはまだ早いらしい。
難しいのか?
そんな事言ってるうちにモーグリが突撃してきた。
構えがまだ出来ていなかったので、咄嗟に前蹴りで牽制した。
モーグリの腕はおれの足より短いので、牽制のつもりの蹴りはまたもや顔面にクリーンヒットした。
仰向けに倒れて、ばたばたと暴れる。
直ぐに起き上がりそうだ。
第二撃に備えなくては。
早く倒さないと食事中の四匹が加わったら大変だ。
おれは慌てて構える。
「シゲルなら出来そうじゃない?」
「そっすかねぇ」
そんなおれを横目に、二人は悠長に話し合っている。
「おい! それどうやるんだ!?」
再び突っ込んでくるモーグリにカウンターを当てながら問う。
力一杯振ったが、振りのタイミングが少しずれて、顔ではなく腕に決まった。
ただ力は十分に強かったので、ヒットした場所からボキンと骨の折れる音が聞こえた。
……うわ、やっぱ嫌な気分だな。
「魔力を手の平から出して棒に溜めるのよ!」
「そのまんまじゃないっすか!」
確かにそのまんまだな。
説明になってない。
モリスがツッコまなかったら、おれがツッコんでたところだ。
腕の折れたモーグリは、口を開く。
オオカミのような牙はないが、規則正しくギザギザな歯が並んでいる。
齧られたら痛そうだ。
いや、多分パンチより危険だろう。
共食いもしてるし、歯の強さは何となくわかった。
つまり、ボクサースタイルの時よりも戦闘力アップだ。
奥の方でザカッと落ち葉が舞い上がる。
更に二匹現れた。
……まずい。
魔撃ってヤツをやってみるか。
さっきの話じゃ全然わからないが、試行錯誤でやってみよう。
手に魔力を集中させる。
ぼうっと手が暖かくなる感覚。
よし、これを手の平に移して棒に放出だ。
「……」
棒にぐんぐん魔力を送る。
お、おお!
すごい!
初めてだが、多分これで合ってるはず。
感覚的には棒に入っていってる。
幸いな事に、手負いのモーグリは腕が使えないせいか、なかなか攻めてこない。
「うおっ! シゲルさんすげー!」
突然のデカいモリスの声で、食事中のモーグリがこちらを向く。
モリスにはおれの魔力が見えてるみたいだ。
「それでどうすんだ!?」
新しく出てきた二匹も、手負いの個体を鋏むようにして前線に加わった。
二匹とも戦闘準備万端の様子。
「え、出来てるの? すごいわね!」
「さっきと同じように殴ればいいっす! ぐんと威力が上がるっすよ!」
モリスの言葉が終わると、右側のモーグリが突進してきた。
魔力注入のせいで構えは整ってない。
仕方ない、適当に当てるしかないか。
中段から振り払うように棒を一閃。
すると……
バチィィィィィィン!!
さっきまでモーグリの頭があった場所には何もなかった。
そこまで力は籠っていなかったと思うが、おれの一撃はモーグリの頭を吹き飛ばした。
血しぶきと一緒に、脳みそと目玉と粉々になった頭蓋骨が散弾銃のように弾けた。
「え?」
「え?」
「んは?」
頭を失ったモーグリは、突進の体勢をそのまま残して、地面を転がる。
首からはちぎれた太い血管と背骨がひょろりと顔をだしていた。
血管からはどくどくと血が溢れている。
頭蓋骨のかけらが食事中のモーグリの何匹かに当たったらしく、何匹かが鳴きながら地面をのたうち回った。
うわ、うわ、今回はヤバい!
完全にスプラッターだ。
吐きそう。
「ちょ、どんな質の魔力なんすか……」
モリスはちょっと引き気味だ。
おれも正直自分に引く。
明らかにオーバーキルだ。
あんなのでこんな威力が出るのか。
とは言え、これで幾分楽になった。
一撃当てればいいだけだからな。
でも、あの惨劇はショッキングすぎるから見たくない。
出来ればもう少し威力を抑えられたらいいんだが……
思考中のおれにお構いなしに、無傷のモーグリが躍り掛る。
まだ慣れていない魔力の注入をしながら、手加減して棒を振る。
素早く、だがゆっくりと振る。
狙いは腹。
この勢いなら爆ぜないだろう。
棒がモーグリの腹に命中する。
モーグリは全体重を前にかけて飛び込んで来たので、手にはずっしり重みが返ってくると思っていた。
しかし、ほぼ重さを感じないまま、棒はすっと振り抜かれてしまった。
モーグリは小さいとは言え、筋肉もあるし軽くはないだろう。
しかも、それがそこそこの速度を持って突っ込んで来たので重さを感じるはずだ。
だが、おれの棒に返ってきたのは非常に軽い感触。
そのモーグリはどうなったかというと……
「ギィィィ!!」
くの字になって吹っ飛んで行った。
そんなに早く振ってないので破裂はしなかったが、三十メートルは飛んで行ったと思う。
そしておそらく生きてはいまい。
……これだ!
おれはこの魔撃の使い方にモーグリ攻略の光明を見た。
一匹目はグロテスクになってしまったが、怪我の功名と言っておこう。
手加減する事で狙い通りにいった。
これなら迎撃するだけじゃなく、こちらから攻める事も出来る。
おれはすっと前に出る。
腕の折れたモーグリが歯をぎらつかせながら睨んでくる。
だが、もうおれの間合いだ。
さっきの勢いで下から振り上げる。
手負いでトロいので、回避なんて出来ずにおれの一撃を受ける。
下からもろに攻撃を受けたモーグリは、綺麗な放物線を描きながら飛んでった。
文句無しのホームラン!
「シゲルって強いのね!」
後ろのセレシアが頬を紅潮させながら言う。
モリスはさっきからずっと驚きの表情を崩していない。
どうだね、私の実力は? ハハハ!
おっと、また更にモーグリが出て来た。
今度は七匹くらい一気に出て来た。
だが、おれはさっきみたいに焦ったりはしない。
君たち、おれはもうさっきのおれじゃないのだよ。
ふむ。
だけど、全員一気に攻めて来たら手加減が出来ない。
この数をやるとなると、完全にスプラッターワンスモアになってしまう。
何かいい考えがある筈だ。
考えろ、考えるんだ。
元の世界で何かなかったか?
こう、前にたくさん並んでるのを倒すのって何だ?
ボーリング……は違う。
ドミノ……いや、縦並びじゃない。
あ、ショットガン。
それだ!
七匹のモーグリに共食いモーグリも加わった。
合計十一匹。
あれ? 十匹しかいない。
共食い中の一匹は、破裂したモーグリの骨の破片で死んだっぽい。
食い散らかされた死骸の隣に一匹倒れていた。
おれは顔はモーグリに向けながら、足で落ち葉を払い手頃な石を探す。
湿り気のある腐葉土が顔を出す。
石は……
ない。
一歩下がってまた探す。
ない。
あ、あった。
ようやく見つけた石を拾おうとした時に、モリスの声が飛ぶ。
「来たっす!」
地面に注意がいってて一匹飛び出して来たのに気づかなかった。
「うおっと!」
石を取る為に屈んだ体勢だったので、足は使えない。
構えてないので棒も振れない。
くそ、今度は顔の高さが低いので顔面に一発もらいそうだ。
いや、体勢はキツいが、正拳突きでもかましてやろうか。
おれは棒を放すと右手に拳骨を作る。
ここにきて、またしても空手の経験が役に立つとは。
久しぶりなので、慎重に握る。
適当に握ると骨にダメージが来るからな。
小指から順に指を曲げる。
親指と小指で中三本の指をぎゅっとしぼる。
慎重に握ると、なんだか魔力を集める感覚と少し似てるなと思った。
「せいっ!」
飛び込んで来たモーグリの胸に勢いよく正拳突きを繰り出す。
骨をボキボキと砕く音がハッキリと聞こえて来た。
一切手加減無しだが、こんなに簡単に骨って折れんのか?
次の瞬間、ぬるっとした暖かい感覚が手を包んだ。
あろう事か、おれの正拳突きはモーグリの皮を破って体内で止まっていた。
「ギャー!!」
モーグリじゃなくておれの悲鳴だ。
慌てて腕を抜く。
ズポっと血だらけの手が出て来た。
返り血が服にかかったが、それどころじゃない。
モリスが「すげー!」とか後ろで言っているが、この際どうでもいい。
さっきのスプラッターよりショックがデカい。
おれ自身ちょっとパニクってる。
ばたりとモーグリが倒れ、おれはすぐさま石を拾う。
反対の手には棒を握る。
石を放り投げ、棒で打つ。
野球のノックの要領だ。
手加減無しで振り抜き、砕け散った石は前方の群れ目がけショットガンのように飛んでゆく。
狙い通り石は均等に広がり、全てのモーグリから血しぶきが上がった。
群れが全部断末魔を上げながら倒れると、また新たなモーグリが出て来た。
もうやだ……
気持ち悪い……
おれはもう精神的に参ったので、モーグリに背中を向けて二人の元へ小走りする。
「もう勘弁してくれ、あいつら脆過ぎるぞ!」
弱音を吐くと、「最後までやれ」と説得されると思いきや、セレシアは満足そうな顔で頷ていた。
「もう十分よ! すごかったわね!」
セレシアは腕を組み仁王立ちだ。
美しい笑顔の彼女は金髪を風に靡かせ、少し顎を引いた。
その瞬間、彼女の雰囲気が変わったように感じた。
髪が逆立っているような錯覚も覚えるほどに。
そしてどこからともなく風が唸るような妙な音が聞こえて来る。
ウォォォォォン……
次の瞬間、後ろから鼓膜を破りそうな凄い音が響く。
地面が揺れ、空気も揺れる。
ビルが落ちてたら、多分こんな音がなるだろう。
音に少し遅れて、ぶおっと背後から突風が吹いた。
振り向くと地面が大きく窪み、さっきまでいた全てのモーグリがペッちゃんこになっていた。
車に轢かれたカエルみたいになっている。
これセレシアがやったのか……?
「久しぶりに見たっすねー!」
「最近戦ってなかったしね! 手加減してあげたわ!」
あれか。
めちゃくちゃ強いっていうエレメントってやつか。
SSランクという実力を持つセレシアの一撃。
見てみたかったなぁ。
でも、これで手加減か……
圧巻だ。
「モリス、まだいる?」
「いえ、もういないっす」
モリスの答えを聞くと、セレシアはふんっと鼻息を一つ。
「じゃあ行きましょ!」
こうしておれの初めての戦闘は幕を閉じた。




