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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第二章 初心者サーチャー
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第十九話 初陣 前編

「この辺りね!」


 セレシアのデカイ声は、誰もいない畑に虚しく響いた。


 依頼を受けたおれたちは、城壁の外に出て、依頼の指定場所である東の農耕地帯にやって来た。


 ここに来るまで、農民っぽい人と何人かすれ違ったが、特に変わった様子もなく、各々が畑を耕したり、作物の手入れとかしていた。

 一応魔物の討伐という事だったから、もっとこう荒れてたり、人が襲われたりしてるのを想像してたんだが、こうも長閑だと肩透かしな感じが否めない。

 たまにこちらに挨拶してくる人もいる始末。

「どこに行くんだあ?」「モーグリの討伐っす」「おー、精が出るなあ」って感じのやり取りも何回かあった。


 まさに、ザ・平和である。

 モーグリって弱いらしいし、こんなもんか。


 目的地まで近づくと、流石に人がいなくなり、周辺には荒れた農地が広がっていた。

 ただ魔物が恐ろしいからって訳でもなく、モーグリが邪魔で仕事にならないから放置って感じだ。

 やはり肩透かしである。



-------


 依頼の指定場所は小さな農具小屋の近くで、畦道を挟んだ向かい側には小規模な林が広がっていた。


「えっと、モリス先輩。どうでしょうか?」

「林の方っすね。巣があります」

「さぁ、シゲル! やっちゃいなさい!」

「は、はぁ」


 モリスも普段通り、セレシアも普段通り。

 気持ちのいい日差しと小鳥のさえずり。

 この平和な雰囲気に、討伐に来たおれたちはかなり浮いていた。

 虚しい風がひゅうと吹き抜ける。

 悲壮感が漂う。


 何だか気が抜けてしまった。

 やっちゃえって言われても、そこらに落ちてた木の棒(鍬の柄の部分)で大丈夫なのか?

 一応だが、旅の道中で色んな武器の使い方とか話で聞いてはいるが、こんな棒切れでどうしろと言うんだ。

 てかそんなに弱いのか、モーグリって。


「シゲルさん、モーグリは縄張りの近くの生き物をウザがるんで、近くに行けば追い出しに来るっすよ」

「そうよ! とっとと行きなさい!」


 セレシアに背中を押されて林に一歩近づく。

 ため息を吐きつつ、武器を握り直しトボトボ林に向かった。


 林の中は割と明るかった。

 サヤバーンは荒野地帯だが、こんな林もあるんだな。

 地面には落ち葉の絨毯が広がっていた。

 歩く度に地面の上に敷き詰めつめられた乾いた落ち葉がパリパリと音を立てる。


 足音は三人分。

 おれを先頭にして、セレシアとモリスが続く。

 因みにこいつらは手ぶらだ。


 少しも経たない内に、おれたちの足音に混じって小さな足音が聞こえてきた。

 前方からだ。

 その音におれたちは足を止める。

 棒切れを握る手が汗ばむのを感じる。


 モーグリは雑魚だから、そんなに緊張するなというアドバイスをもらったが、生き物を殺すのだ。

 それは心の準備もいるだろう。

 ましてや日本という動物愛護の国に生まれたこの身としては、やはり直接殺生に関わるのには抵抗がある。


「シゲルさん、準備はいいっすか?」

「お、おう……」


 モリスがごそごそ地面の落ち葉をかき分けて石を探しだした。

 それを拾って、少し落ち葉が盛り上がってる所に投げた。

 ぱっと見るとよくわからないが、確かに音はそこから聞こえていた。

 地中に巣でもあるんだろうか。

 流石モリス。よくわかったな。


 石が落ち葉の中に勢いよく潜り込むと、ギイギイという鳴き声とともに地面から一匹のモーグリが姿を現した。


 イタチっぽい姿のそいつは、先頭に立っておれを見ると、ボクサー顔負けのファイティングポーズを取った。

 茶色い毛に包まれたヤツの体は、大体おれの膝上くらいのデカさ。

 腕は長く筋肉質だ。

 鼠みたいな小さい魔物って聞いていたから、もう少し可愛いやつを想像してたが、何というか気持ち悪い。

 口からは涎が垂れているし。

 その姿は誰がどう見ても魔物だ。


 そいつはにらみ合いも早々にして、ジグザグにステップを踏みながらおれに近づく。


 思ったより速い。

 どうやら拳で戦ってくるらしい。

 なんて男らしいんだ。


 おれは半身になり棒を中段に構える。

 剣先(棒切れだけどね)を斜め下にして迎撃体制が整った。

 体が小さく素早いヤツはこうやれ、とソルダットに習った事を思い出したので、ここまで焦りはない。

 ソルダット講座でいくと、ヤツがおれの間合いに入ったら思い切り斜めに斬り上げるのだ。


 武器は棒だが、モーグリの体長を考えると十分なダメージを与えられそうだ。


 モーグリは素早くおれの間合いに入り込み、前屈み気味の体勢で殴りかかってくる。

 体は小さいが、迫力が凄い。


「う、うおぉぉぉ!」


 飛びかかって来た時に、少しだけたじろいでしまったが、何とか問題ないタイミングで棒を振り上げる事ができた。

 力を溜め込んでいた体勢から一気に放たれた素人の一撃は、モーグリの繰り出した拳の間を縫って、鼻っ面にめり込んだ。

 ただビビってしまったせいか、効率の悪い振り方になってしまった。


 棒に重さが乗る。

 ぎゅっと握り締めた棒の柄から鈍い感覚が伝わった。

 同時にモーグリの鼻から赤黒い血が飛び散った。


 ぐえ、やっちまった……


 しかしモーグリの飛び込みの重さにおれの棒の勢いが負け、攻撃を流し切れない。

 モーグリはまさに捨て身だった。

 ヒットしたのに止まらない。


 おれの一撃を受けつつ、目の前まで接近してくる。

 完全にヤツの間合いだ。

 マズイ、一発もらってしまう。

 下手な振り方とモーグリの突進のせいで体が固まってしまい、避け切れない。

 覚悟するしかないか。

 体が強張る。


 ボスっと横っ腹にパンチを喰らった。


 ……思ったより軽い。

 痛いは痛いが、女の子のパンチくらいの威力しかない。

 空手経験のあるおれとしては、全く大したこと無い。


 モーグリはゲゲゲゲと気味の悪い鳴き声を上げながら、第二撃を繰り出そうとしていた。

 だが、ヤツの攻撃が思ったより軽かったので、おれは落ち着きを取り戻していた。


 第二撃は体を半身にすることで躱す。

 素早く体勢を整え、棒を上段に振りかぶった。

 右足を少し前に出し、次の突進に備える。

 次で仕留めるつもりで振る。


 案の定、さっきと同じように突っ込んできた。


「ふん!」


 迷いの無いおれの一撃がモーグリの脳天を襲う。

 今度はゴンといい音が出た。

 攻撃をまともに受けたモーグリは、頭から一筋の血を流しながら倒れる。

 地面でビクビクと痙攣して動かなくなった。

 ……死んだ、か?


「やったっすね!」

「初めてにしては上出来ね!」


 おれの戦いを間近で見ていた二人が小さな拍手をする。

 あれで上出来なのか?

 割とあっさり死んだが、魔物と言えど生き物を殺すのは後味が悪い。

 さっきはモーグリから一発喰らってから心の踏ん切りがついたが、今思い出すと申し訳ない気分になる。

 特に一撃目を入れた後なんて鼻血出てたし、鼻骨を叩いた感覚までリアルに返ってきた。

 出来ればもうやりたく無い。


「あと二十匹くらいっすね。シゲルさん、ファイトっす!」

「……は?」


 あと二十匹いるらしい。

 そんなに多いのか……

 もうやりたく無いと思った矢先のバッドニュースだ。


「いや、ちょっと待ってくれ。おれさ、魔物って言ってもやっぱり殺しは無理だわ……」

「何言ってんのよ! そしたら依頼失敗よ! それにもう一匹殺したんだからいいじゃない!」

「でもさ、流石にちょっとキツイわ……」


 確かに既に一匹殺してしまった。

 だけどこの感覚はもう感じたくない。


「シゲルさん」


 モリスはよそ見をしながら声をかけてくる。

 その声は落ち着いている。


「もしかしたらそう思ってるのは魂の記憶のせいかも知れないっすけど、ここでは魔物は害っす。

 モーグリだって弱いっすけど、放っとけばすげー増えるっす。

 増えて食い物も足りなくなると、弱い人間くらいだったらリンチして殺してから食いますよ、こいつら」


 実はモーグリは普通の一般人でも駆除できるほど弱い。

 ただ数が多く、個別に巣を作るため、魔法による一網打尽に出来ない。

 こういう魔物には広範囲魔法が有効だが、モーグリは農地の近くに巣を作るので被害が出る。

 それに加えて、広範囲の魔法を使えるサーチャーを雇うには金が掛かる。

 駆除もめんどくさいし、金もかけたくない。


 ただモーグリも増えると、何百もの群れが人里を襲う。

 モーグリの襲撃程度ならウォーモルほどの規模の街は全く問題ないが、小さな村とかだと少し危ない。

 危険が少ない内に駆除しとこうって事だな。

 なるほど、Fランクに仕事が来るわけだ。

 でも、こんなに弱いのに人間を食うってのは信じられないな。


「それにシゲルさん」

「何?」


 依然としてよそ見しているモリスは、顎で彼がさっきからずっと見ている先を指す。

 そちらを見てみると、いつの間にか別のモーグリが五匹出てきてた。


「げ」

「早くしないともっと出で来るっすよ」


 出てきた内の一匹が、死んだモーグリを素早く引きずって行く。

 それに三匹がギーギー鳴きながらくっついていく。


 おれにファイティングポーズを取ってるのは一匹だけ。

 こいつだけか? 他のやつらはどうするんだ?


 他の四匹に視線を移す。

 死骸を囲みながら忙しなく鳴き散らしている。

 こいつらの家族だったのだろうか。

 それなら悪い事をしてしまった。

 言いようのない罪悪感がおれの中で大きくなる。


 ところが、あろう事か残りの四匹は死骸を貪り始めた。

 腹を破き、その穴に顔を突っ込み、ブチブチと食い荒らす。

 その光景はまさに地獄絵図だった。

 顔を真っ赤に染めて我先にと内蔵を奪い合っている。


「ぐえぇ、マジかよ……」


 なるほど、これを見るとモリスの言った人間を食うってのも頷ける。


 こいつらの鬼畜っぷりを見て、おれは腹を括り、棒を握り直した。

 乗り気じゃないが、やってやろうじゃないか。


 こんなの慣れだ。

 慣れてしまえばいいんだ。

 ここは地球じゃない。死後の世界。

 いわば異世界だ。

 価値観も違う。


 よし、山田シゲル。男を見せるぞ。

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