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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
序章 現実と非現実
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第一話 ゴールデンウィークの後悔

「シゲル?」


 何かがおれの頬をポンポンと優しく叩いた。

 外的刺激。

 それがおれの瞼を開かせた。


「……むう?」

「なにアンタまだ寝てたの?」


 目の前には麦わら帽子……を被ったおふくろが呆れた顔をして立っている。

 その姿勢のまま、おれに向かって大きなため息を吐く。

 ハッとなって体を起こすと、おれは居間のソファーで寝転がっていた。

 ちょろっと寝ちまったらしい。


 おふくろ、なんで麦わら帽子なんて被ってんだ?

 まだ上手く動かない頭でぼんやり考える。


 あ、そういえば今週からゴールデンウィークだ。

 そうそう。

 今日はゴールデンウィーク初日。


 前々からこの連休中に「久しぶりに夫婦旅行してくる」とおふくろが楽しみにしてたっけな。

 おれももう社会人になったし、姉貴は結婚して出てったし、ようやく夫婦水入らずで旅行に行けるわーとか言ってたのを思い出した。

 そうだそうだ。

 ハワイに行くんだっけ。

 くっそ、おれなんか一度も海外旅行に連れて行ってもらった事ないのに、親父と二人の時だけ海外って。


 もう既に麦わら帽子まで被って、準備万端じゃねーか。

 どんだけ楽しみなんだよ。


 おれはと言うと、ゴールデンウィーク初日から予定なし。

 別にボッチとかそう言うわけじゃないが、何となく予定を入れとかなかった。

 まあ日々仕事で疲れてるし、別に予定立てて遊ぶつもりもなかった。

 行き当たりばったりでダラダラしてようと思ってたんだ。

 だから連休初日から、親父とお袋が準備するのをぼーっとしながら、ソファーでうたた寝をしてしまったのだ。

 だらけてるな、おれ。

 社会人二年目なのに、大学生の頃と何ら変わりないだらけっぷりだ。


「なあ、いつ出発すんの?」


 おれは欠伸をしながらおふくろに聞いた。

 もう窓の外から見える太陽は結構傾いてきている。

 そろそろ出発しないと間に合わないんじゃないか?

 確か夕方6時の飛行機とか言ってたじゃん。


「はぁ!?」


 おふくろが素っ頓狂な声を上げた。

 表情も固まってる。


 その後ろで、居間の扉が開いた。

 アロハシャツに麦わら帽子という出で立ちの親父が登場。

 手には何やら色々持っている。


 ……非常に嫌な予感がする。


「おう、シゲル!」


 ニコニコ顔の親父が手に持ってる箱を差し出してきた。

 そして一言。


「ほら、ハワイのお土産。チョコだぞ!」

「……ちょっと待て、親父」


 お土産。

 それがあるということはつまり、旅行に行って帰ってきたということだろう。

 よく見ると、親父も若干浅黒くなっている。

 ということは……


 いや、信じたくはないが……


「初日からぶっ続けで寝ちまった!?」


 おれの特異体質に、ゴールデンウィークを潰された。



-------


 翌日。


 ゴールデンウィークをぶっ通しで眠り倒すという史上最悪の暴挙を達成し、トボトボと出勤する。

 あれだけ寝たからスッキリはしているが、やはり気分は晴れない。

 いや、晴れないどころではない、最悪だ。


 しかしおれの気分とは裏腹に、今日はとても天気がいい。

 気持ちのいいお天道様の下、大きなオフィスビルに入っていく。


 実はこのおれ、山田シゲルは世界的有名な大企業に勤めている。

 外資系の医療機器メーカーなんだが、業界ナンバーワンの会社である。

 自分自身、ちょっと信じられないが、給料も高いしラッキーだ。


「おはようございまーす」


 会社に着くと、同僚達に挨拶をしながら席に着いた。

 社会人二年目のおれはまだまだ下っ端。

 ペコペコ頭を下げながら自分のデスクに向かう。


 やはりというか連休明けなので、みんなどこに旅行に行ったとか、なにしてたとか、楽しそうな顔をして話している。

 おれ以外、みんな素晴らしい連休を過ごしたようだ。

 結構なことだ。


「やあ、山田君」


 デスク周りを整理していたら、後ろから肩を叩かれた。

 振り向くとそこには、細めの眼鏡に切れ長い目と、スラッとした長身を持つイケメンすぎる重役、林常務がいた。


「おお、林常務!?」


 この林常務。三十代にして取締役まで上り詰めた超が付くほど優秀な方だ。

 そして、何故かおれはこの方にめちゃくちゃ気に入られているのだ。

 三流大学出身であるこのおれが、この世界的有名な大企業に入社出来たのは、何を隠そうこの方の鶴の一言があったからなのだ。

 昔からの知り合いとかそういうのではないのだが、何故か非常に贔屓にしてもらっている。


 当初はゲイなんじゃないかと心配したが、林常務はおれの事を期待の新人として見てくれているらしい。

 BL小説にならずに済んでよかった。


「ごめんね山田君。ちょっといいかな?」

「平気ですよ」


 おれはすぐさま立ち上がりぺこりと頭を下げた。

 何たって一番の下っ端だ、ペコペコしといて正解だ。

 もちろん、女性社員から人気ダントツナンバーワンの林常務は部署内のみんなから視線を集めている。

 社内でも有数の美人社員で、我が部署のマドンナである夏川さんも、顔を真っ赤にして熱い視線を林常務に投げている。

 ああ、うらやましい……


 林常務はオフィスの窓側に移動すると、頭をポリポリと掻きながらおれに向かい合う。

 おれもネクタイが曲がってないか、手で少し調節した。


「どうしたんですか? わざわざ来てもらわなくても、内線もらったら僕から伺いましたよ?」

「いや、実は急用でね」

「急用?」


 少しだけ言いづらそうにして林常務が口を開く。


「今日、開発部で僕が前々から指示していた脳波の測定器のテストがあるんだけどさ……」

「ああ、そういえば今日でしたね」

「被験者の一人が来れなくなってしまってね。悪いんだけど、この間みたいにお願いしていいかな?」


 ウチの会社は業界トップの医療機器メーカーである。

 常に研究と開発を重ねて世界の最先端医療の発展に貢献しているわけだが、もちろん新製品が出来たらまず外部からモニターさんを呼んで、機械に不備がないか色々とチェックしているのだ。

 おれは数日前、たまたまテスト中の所を通りかかったら、モニターさんの一人が体調崩したみたいで、手伝ったのだった。

 ああ、だから今回もおれに白羽の矢が立ったのか。

 納得。


「いいですよ」


 おれの返事を聞いて、林常務の顔がパッと明るくなった。


「本当!? ありがとう! 君の部長には僕から直々に言っておくから、12時前に開発二部まで来るようにね」


 林常務は踵を返して足早にエレベーターで上に上っていってしまった。

 すこし遅れて部署内の女性社員がキャーキャーと騒ぐ。

 本当に凄い人気だ。

 だが、おれも彼が人気がある理由がわかる気がする。

 おれみたいな下っ端にも素直に「ありがとう」なんて言ってくれる人だし。


 おれは自分のデスクに戻ってパソコンを起動させながら、午後の仕事がサボれるからラッキーだなと一人でニヤニヤした。

 これがおれの人生を大きく変えるターニングポイントになるという事を知らずに……


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