第十八話 サーチャー登録
今日の予定が決まった所で、準備しようと席を立つと、宿の庭の方からボンと何かが破裂するような音がした。
するとモリスが「あーあー」とか言って苦笑いを浮かべる。
レーダーは起動してるらしい。
何事かと思い、おれとセレシアは顔を見合わす。
店の人がキッチンの方から音のした方を見ている。
他の客も、なんだなんだって感じになってる。
おれとセレシアが先頭になって宿の庭に出る。
特に変わった様子はない。
誰もいないオープンテラスの一角にごちゃごちゃと物が散乱しているテーブルがあるだけだ。
そのテーブルの中心からは一筋の煙が上がっている。
そして、椅子が一つだけ後ろに向かって倒れていた。
ついでに椅子と一緒に人も倒れていた。
そいつは漫画でよく見るバツマークの目をして倒れてた。
頭の上でヒヨコが回ってるんじゃないかってくらいの見事な卒倒ぶりだ。
顔には煤がついて所々黒く汚れている。
つまり、ばたんきゅう状態だ。
ジェフだった。
ばたんきゅうジェフだ。
まあ、テーブルの上の状況から見て大方どうなったのか予想がつく。
魔道具制作で、何かしら手違いかアクシデントでも起きたのだろう。
庭に続くドアに立つおれとセレシア。
その後ろには、小さな人集りが出来ていた。
「う、うーん……む?」
目が覚まし、体を起こしキョロキョロしておれたちに気づく。
「はぁ、やっぱり魔力の扱いは難しいな……」
煤だらけの顔を袖で拭い、何事もなかったかのように作業に戻るジェフ。
魔道具に対する彼の情熱はリスペクトに値するな。
倒れた椅子を戻してサッと座る動作は小動物系少年だ。
ショタコンのお姉さんがいたら後ろから襲われちゃうぞ。
店の人に「他の客の迷惑になるような事はやめてくれ」的な事を遠回りで言われながらも、「問題ない、ボクは天才だからな」などと言っていたのは流石というかなんというか。
研究熱心なジェフは放置して、街に繰り出すことにした。
旅の間は常にメンバー全員と一緒にいたが、こうして分かれて一日行動するというのは新鮮だ。
気持ちのいい青空の下、ウォーモルの街は昨日と同じように賑やかだ。
通りの端には露天が並び、日用品から装飾品、武器に至るまで様々なものが売られている。
おれ達はその大通りを買い食いしながら歩いてゆく。
さっきあんなに食ったのに、意外と食えるもんだな。
おれ達三人にとってこの街は初めてなので、通行人に道を聞いてユニオンまで向かう。
ユニオンは大通りから脇道に逸れる事もなく、歩いて十分ほどで到着した。
体育館ほどの大きさを持つ、四階建ての建物は、大通りに面した場所に大きく門を構えており、その上にはこの世界の文字で『ユニオンウォーモル支部』と書かれてあった。
建物自体はセメントのようなもので作られており、近くで見るとその重厚な雰囲気がひしひしと伝わってくる。
かなり立派な建物だ。
そして予想通り、屈強な体躯の荒くれ者達がいっぱいいた。
そんなのがこっちをジロジロと見てくるとすこし萎縮してしまう。
ちらっと見たところ、普通っぽい人もいることはいた。
しかし、セレシアとモリスは流石と言ったらいいのか、何の躊躇もなく物騒な雰囲気を放つ野郎どもの間をズカズカと通ってゆく。
堅牢な石造りの建物の門は、分厚い木製だ。
見た目めっちゃアウトローなおっさんや若者が多いが、中は意外と綺麗だった。
場末の酒場的な小うるさい感じを想像してたが、そうでもないようだ。
朝市と市役所を混ぜたらこんなだろうか。
意外だったのは、ちょっと可愛い女の子もちらほらいたことだ。
そういう子は雑務系の依頼でもやってるんだろうかと思ったが、こっちのセレシアなんてバリバリの戦闘員だし、見た目で判断できない。
何で判断するかと言ったら、雰囲気だ。
そう、オーラだ。
辺りを見回しても、やはり堂々としている奴なんかは何処と無く強そうだ。
ほら、セレシアとモリスなんて全くの自然体だ。
風格の様なものまで感じる。
モリスは生あくびをしながら歩き、セレシアはずんずん進んでゆく。
つまりコイツらは、出来るオーラを出してる。
強面の大男でも、何処かパッとしない感じの奴なかは大した事ないのだろう。
そこの掲示板みたいな所で、人混みの後ろからちょろちょろ覗き込んでる奴も、きっと小物だ。
ただ一つ言えるのは、この中で一番の小物ぶりを発揮しているのは、間違いなくおれだ。
つまりおれは、ライオンの群れの中のウサギだ。
「オラァ! どけや!」
「ひゃ、すいましぇん!」
きょろきょろしてたら、危ない雰囲気抜群のおっさんにぶつかった。
上半身裸にトゲドゲの付いた皮のベルトをクロスさせてる。
うっわぁ……こんなのもいるんだ。
その装備に意味があるのかはわからないが、見た目はかなり戦闘狂だ。
男はおれのビビリ具合を見て、満足そうに高笑いしながら去って行った。
「シゲルさーん。こっちっすよ」
大きなカウンターの前で、モリスが手招きしてた。
隣ではセレシアが椅子に座って、スカートのシワを伸ばしている。
おれは小走りで二人の元へ。
「ユニオン登録でしょうか?」
受付では全く可愛くない、ふくよかな女が事務的な口調で問いかけてきた。
作り笑顔すらない。
印象としてはニキビが目立つくらいか。
「あ、はい、そうです」
すると女は、ハアと不機嫌そうな一つため息を吐くと、用意されてたセリフを読み上げる様に質問をする。
「最近出現された方ですか? それでしたら、何処でいつ頃出現されたかとうことを伺っていますが」
それについてはしっかりと答えた。
しかしこの女、なんか態度悪いな。
こっちの世界だと大体こんな感じなのか?
「じゃあ字は書けないですよね? 代筆でもいいんで、ここに名前を記入してください。あと登録用の頭髪を一本取らせていただきます」
プレートは魔道具だそうで、本人確認用に頭髪を埋め込むらしい。
依頼を受ける際に、プレートに魔法をかけて本人確認を行うそうだ。
昔、高ランクの者が依頼完遂後にプレートを盗まれ、その盗難プレートで報酬を横取りする悪党が多数現れたので、それの処置だそうだ。
「頭出してください」
「は、はぁ」
頭を差し出すと、ブチっと手際よく髪を抜かれた。
もう少し労ってもらいたいものだ。
さっさと終わらせたい感丸出しだ。
女は頭髪を紙の上に貼りながら、ちらっとセレシアとモリスを見た。
「この方達は発見者ですか?」
「そうよ!」
「はぁ……そしたら発見者の方が書いてください」
受付嬢は紙をこちらに出しながら、面倒くさそうにため息を吐いた。
かなり礼節の無い女だ。
おれが礼を重んじる日本という国で生まれ育ったというバックボーンがあるからかもしれないが、やはりこの女の態度は頂けない。
紙とペンをよこす時に、放り投げるなんてありか?
隣のセレシアも何処か不満そうな顔だ。
「早く書いてもらっていいですか? あと発見者の方はユニオン登録されてます? もしされてるんでしたらユニオンプレート拝見します」
「はい、これ」
セレシアは、受付嬢に負けないくらい無愛想にユニオンプレートをカウンターに投げた。
カウンターの上に着地したプレートは、投げられた慣性を保ちながらするりと滑り、受付嬢の方の床に落ちた。
女はチッとはっきり聞こえる様な舌打ちをすると、カードを拾う為に身を屈め、カウンターから見えなくなった。
「……ひっ!」
カウンターの下から、女の驚愕の声が聞こえてきた。
モリスとおれに向かってサムズアップするセレシア。
こいつのこういう表情は、まるっきりイタズラっ子のそれだ。
たぶん受付嬢はセレシアのプレートを見てビビってるんだろう。
何せウチのお嬢はSSランカーだからな。
いや、しかし、セレシアの威を借りるなんて、何だか男として情けない。
でもまあ、良くも悪くもこういう世界だ。
強ければ偉い、弱ければ偉くない。
このシンプルな構図は、この世界を端的に表してると思う。
ややあって、カウンターの影からようやくさっきの受付嬢が立ち上がる。
心なしか、立ち上がる動作は、かなりゆっくりとしていた。
そしてニキビ面は、ガチガチの作り笑顔で固まってる。
それに加えて、大粒の汗も吹き出している。
顔色も若干青い。
「……えーと、は、発見者様はセ、セレシア様で間違いないでしょうか?」
「そうよ!」
震える声で絞り出した言葉に被せるくらいのタイミングでセレシアが言う。
その声に更にビクつく女。
「で、では、この方の登録は私が責任を持ってやらせて頂くので、少々お待ちください」
なんだよ、やってくれるのか。
そんな事だったら最初からやって欲しいものだ。
女がカウンターの奥に消えていった。
少しすると、さっきの女に代わってビスマルクヒゲを蓄えたモヤシみたいなおっさんが奥から出てきた。
どうらや、この人はウォーモルのユニオンの支部長らしく、おれたちに向かって深々と頭を下げて、あれこれ話出した。
要はさっきの受付嬢の態度の謝罪と、この街に長く留まってくれって事だった。
街の防衛力としてセレシアがいれば、ユニオンもウォーモルの街も安泰といった所か。
セレシアレベルがいれば、有事の際非常に役に立つ。
力が重要視されるこの世界なら尚更だろう。
ユニオンと街の政治は、防衛というセクションで深く関わってるからな。
だから支部長も直々にやってきたんだろう。
しかし、セレシアが退屈そうにしてたので、ヒゲおっさんはさっさと切り上げて行った。
空気が読める人だったので助かった。
これで空気の読めないヤツが来て、うだうだと長ったらしく説得でもされたら、ウチのセレシアお嬢もブチ切れそうだ。
支部長が去ると、さっきの受付嬢がおれのプレートを持って来た。
まだビビってるのか顔は引きつっている。
その顔のままパーティ登録もしておきましたとか言われたが、おれにはパーティ登録するとどうなるのかよく分からない。
パーティ登録すると、報酬は山分けだが、依頼達成の際にプラスされるポイント(ランクアップの為に必要)が全員にプラスされるとモリスが教えてくれた。
プレートを受け取りよく見てみると、この世界の文字で名前とランクが書いてあった。
シゲル ランクF
苗字は言ったのに省略されてた。
大きさはクレジットカードよりも少し大きく、スマホより薄い。
紛失するとかなりの手数料が取られるから、注意するように言われた。
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プレートをもらうと、早速依頼を受けてみようということになった。
掲示板に移動する。
大きな掲示板には大小様々な紙切れが貼られていた。
なるほどこの中から受けたい依頼を選択するのか。
紙には依頼内容、推奨ランク、報酬についてが書かれている。
どれどれ、どんなのがあるんだろう。
一番高いのは金貨十枚の依頼か……金貨十枚って、1250万円!
……あ、ランクAか。
ランクAなのに、推奨人数が十人って。
期間は一ヶ月で、マリゴルの討伐って書いてある。
この魔物の名前は道中の馬車で聞いたことがある。
マリゴルはワニみたいな頭を持つデカイ鹿みたいな魔物で、この国の魔物の中でトップクラスの強さらしい。
その口から放たれる雷撃は頑丈な城壁も容易く砕いてしまうそうだ。
でもポアロイルでは「報酬が高いから会ったらラッキー」って認識だった
……あいつらどんだけ強いんだよ。
「お、これなんていいんじゃないっスか?」
モリスが指差した先は、モーグリ討伐って書かれた紙が貼られていた。
紙質は新しく、今日貼られたばかりのようだ。
「推奨人数三人ですし、丁度いいっすね」
「モーグリって、確かデカイ鼠みたいな魔物だっけ?」
この名前も馬車で聞いたな。
「そんな感じっす。ランクもFなんで、シゲルさんも受けられるっす」
「そうね! やっぱり初陣は討伐系がいいわね!」
セレシアは元気よく、掲示板の紙を剥がした。
依頼の受託にカウンターに持って行くらしい。
おれの為にSSランクとBランクの強者がFランクの依頼を受けてくれるとは。
依頼人も運がいい。
この二人をFランク一人分の報酬で雇えるんだからな。
さて、これでおれもサーチャーか。
関わる以上、失敗はしたくない。




