第十七話 不思議な夢
不思議な夢を見た。
何というか強制的に誰かに見さられる映像のような夢だった。
その映像は、絵のあった謎の回廊。
おれが白い部屋の中に入ろうと扉に手をかけているところだった。
視点はおれの背後。
少し離れた距離から扉を正面にして、自分を見ている。
おれは扉に手をかけて、なにやらグイグイやっていた。
えっと、何してるんだ?
あ、そうそう、内開きの扉を一生懸命押していたんだっけ。
馬鹿みたいに『あれ、開かねーぞ?』とか言いながら押している。
確かにこんな一幕があったな。
すると、おれの後ろ姿を映していた視点が大きく後に離れていく。
F1のコクピット映像を逆再生で見ている感じだ。
おれが歩いてきた回廊を、びゅんと移動する。
酔ってしまいそうだ。
凄まじい速度で離れてく視点は、すぐに最初の妊婦の絵のところまで来た。
今となっては懐かしい妊婦。
何故か妊婦の表情は、険しいものに変わっていた。
憎悪の籠った視線を飛ばしている。
なぜ?
その視線の先に人影が一つ。
そいつは二メートルに届く長身と、雪のような真っ白な髪が特徴的だった。
とても引き締まって見えるのは、ピシッとした白い服を着ているからか。
しかし、男らしい骨格は服の上からでもしっかりとわかる。
モデルのような体つきだ。
顔はわからないが、後ろ姿からすると、かなりイケメンな気配だ。
睨む妊婦の絵に一瞥をくれると、片手をかざす。
男の手から何かが動く気配があった。
これの気配、おれには何となくわかった。
魔力だ。
見ているだけで、そいつの魔力を感じるような感覚があった。
何故こんなにもハッキリと魔力を感じたのかはわからない。
ふと、モリスのレーダーってこんな感じなんだろうな、と思った。
一瞬にして魔力が増幅する。
見た目の変化は全くない。
しかし、かざされた手の先、妊婦の絵は爆音を立てて、粉々に弾けた。
ガラガラと音を立てて降り注ぐ瓦礫を気にする様子もなく、そいつは走り出す。
飛ぶ鳥のように速い。
なんなんだこいつ?
夢の視点はまだそいつを捉えている。
いや、こいつを追っているのか?
この謎の男、とんでもない速度で走っているが、疲れた様子は一つも見せない。
むしろ徐々に速度を上げている。
すると、回廊の先が少し明るくなる。
おれがようやく扉を開けたようだ。
「チッ」
男は機嫌の悪そうに舌打ちをし、速度を更に上げる。
ついに、男は部屋に入りかけるおれをギリギリで目視できるような距離まで来た。
米粒ほどにしか見えないおれに、男は手をかざす。
その手にまたしても魔力がこもる。
さっき妊婦の絵を爆砕したときより強い魔力がおれへと向けられる。
こいつ、おれを殺す気かよ……
あんなの当たったら、ひどいスプラッターだぜ。
またも強烈な音を上げて、男の手のかざした先が爆ぜる。
埃が舞い、前が見えない。
男は立ち止まり、扉のあった場所を見つめる。
視界はゆっくりと晴れてゆき、魔力をぶつけられた爆心地が見えてくる。
「……間に合わなかったか」
悔しそうにするでもなく、事務的な声色で男はポツリとつぶやいた。
扉は木っ端微塵になっていた。
爆ぜた扉の奥が壁であった事から、おそらく始まりの部屋に行くには扉をくぐらないと行けないっぽい。
どうやらおれが入った後の様だ。
男はおれを殺す気だったようだ。
なぜ?
悪いことなんてしてないぜ?
「ふむ……再生まで一月といったところか」
何が一月だかわからない。
でも何故かヤバイ気配がピリピリする。
こいつ、一体誰だ?
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部屋のドアが無遠慮かつ乱暴に叩かれ、おれは眠りから現実に引っ張り出された。
体を起こすと半開きの目をこする。
「ふああ、そういえば起こすの頼んでなかった……」
眠りが深い時に起こされると大変ツライ。
所謂、ノンレム睡眠の時に起こされたのか。
いや、夢を見てたからレム睡眠なのか?
まあどうでもいいや。
とりあえず眠い。
部屋に時計がないから、どのくらい寝たのか確認する術はないのだが、なんというか寝足りない感が半端ない。
久しぶりの柔らかいベッドのせいなのかも知れないが。
おれはパジャマにしてるシャツ(ソルダットのお下がり)の袖を捲りながら部屋の鍵を開ける。
ドアから少しだけモリスが顔を出した。
「シゲルさん、もう昼っすよ」
「マジか。もっと早く起こしてくれよ」
昼って十一時くらいだろうか。
元社会人の感覚からすると、せっかく休日に旅行に来たのに、だらけてしまって午前が潰れてしまったようなやるせなさがあるな。
「サーセン、おれもさっき起きたばっかっす」
頭を掻きながらモリスを見ると、彼も寝癖でボサボサの髪を撫でていた。
顔も若干だが浮腫んでる。
こいつも昨日は酔ってたみたいだし、こんなもんか。
一階に降りる前に、ジェフの部屋をノックする。
返事はない。
モリスレーダーがあれば誰がどこにいるか直ぐに分かるが、どうも昨日の酒のせいで頭が痛く、感覚に集中したくないだそうだ。
わかるよ。二日酔いの時ってぼーっとしてたいよな。
仕方が無いので中を覗いてみる。
誰もいない。
もう起きたらしい。
ソルダットとホワイトの部屋も同様だった。
みんな朝が早いことだ。
宿の一階にある食堂に降りて行くと、セレシアが一人で食事をしていた。
この宿屋の食堂も結構広い。
客もそれなりに入っているが、広いせいか空席も目立つ。
そんな中、さらによく目立つセレシアは、一人でサラダみたいなのを退屈そうにつついている。
「おはよー」
「おはざす」
セレシアは、おれらの間の抜けた挨拶を聞いてこちらを見る。
「あら、あんたたち二人だけ? 他のみんなは?」
「知らん。いなかった」
「そう、まあ何かしてるんでしょ」
セレシアはいつもより少しだけ静かだった。
おそらく彼女も寝起きだからだろう。
よく見ると彼女の綺麗な金髪はボサボサだった。
「あんたたちも食べたら? 一人の食事って何かさみしくて嫌ね」
今朝のセレシアは、寝癖頭のせいかとても可愛らしい。
いつもは可愛いというより、良家の麗しいお嬢様と言った方がしっくり来るが、今は違う。
普通の少女だ。
普段は結構ゴツいドレスとか着てるのに、今はゆったりしたシャツとホットパンツというラフ加減。
白くて細い足が露出してる。生足だ。
まあ普通の少女と言ってみたものの、そこらでは見かけないような美人なんだけどね。
おれとモリスは席について注文する。
朝食セット的なのを注文しようとしたら、「今はランチの時間帯ですよ」と笑われた。
そっか、昼って言ってたじゃん。
頭が回らないなー、まだ眠いなー。
食堂の壁に掛けられた大きな時計は、既に午後二時を回っていた。
十一時くらいだろうと思っていたから、時間を無駄にしてしまった感が半端ない。
かなり寝たようだ。
テーブルに突っ伏しながら、ぐだぐだしているとランチが運ばれて来た。
メニューはジャガイモとブロック肉の炒め物にサラダ、さらによくわからない丸っこい野菜の和え物、そしてピラフ的な米料理と海老の入ったスープだ。
かなりスタミナ満点メニューだ。
運ばれて来たお膳を見て、おれとモリスは顔を合わせて、「いや、こんなに食えねーよな」という目線を通わせていた。
美味そうっちゃ美味そうなんだが、寝起きだし。
悪いが残してしまおう。
食材に感謝して残さず食べる、という日本人の美徳には反するが、仕方ない。
おれたちは飯を食いながら、ダラダラと雑談をする。
そうそう、雑談と言えば、旅の間この世界の常識的なことについて色々と雑談から学んだ。
例えば、この世界の王様について。
この世界では基本的に一族という概念はない。
フォトムを生んでも短命だし、王位が点々と変わるのはよくないからだ。
なので王は王族の子供が世襲するわけではなく、議会から選出されるものなのだ。
それじゃ大統領と同じじゃん、とお考えの皆さんは甘い。
王様ゲームを思い浮かべてもらいたい。
ルールは王様が決める。
そして王様になった者はなんでも注文することができる。
そう、つまり王様は絶対的な権利を持つ者なのだ。
ここの王様もこれに然りで、下々の者たちはどんな無理難題でも逆らうことは出来ない。
まあ、議会が選出するのだからクレイジーな王様はそうそう選ばれないのだが。
しかし、過去にはクレイジーキングもいたらしい。
ここカンクエッド王国の王様だったそうだ。
なんでも、軍備拡大に国家予算の大半を投じて、他国への侵攻はもちろん、強力な魔物の徹底的な撲滅運動を推し進めてたんだとか。
それの影響で、今もカンクエッド王国全土は魔物の絶対数が少ない。
しかも、フォトムを200人以上作ったらしいから、かなりの好色だ。
200人もいたら野球チーム20以上作れるぞ。
といっても、今から百年以上前の話だそうだ。
その王様も最後は魔族に殺されたらしい。
そうそう、魔族についても
魔族というのは、どこからともなく現れる人間型の魔物だ。
特徴として全員が雪のように真っ白な髪だそうだ。
あれ?
昨日の夢に出てきたヤツも真っ白な髪じゃなかったか?
まあいいか。
彼らの詳細はよくわかっていないが、人間に仇をなすものという認識で正しいそうだ。
魔族も魔物同様、人間を見つけたら殺すみたいな奴なんだとか。
一部の魔族はそこまで好戦的ではないらしいが、人間の敵という根本的なところは変わらない。
そして彼らは個人差があるが、知能が高くめちゃくちゃ強い。
強力な個体は一人で百人の軍隊を全滅させるほどの強さを誇る。
また人間と会話することも出来る。
しかし、生まれつきサイコパスな奴らには、会話による分かち合いは無理なんだそうだ。
過去にカンクエッドのクレイジーな王様がやられたのは、過去最強と言われるほど強い魔族で、当時何千という軍隊が挑んで勝てなかったという伝説的な魔族だ。
国王殺害後はどこかに消えてしまったそうだが、そいつは今でも人々の恐怖の象徴として語り継がれる。
その名はオリサ。
恐ろしいほどの力と凶暴性に魔人オリサと呼ばれている。
まだこの世のどこかにいると噂されてるそうな。
人間の敵である魔族はこれほどまでに強いが、人間側にもそれに応じる事の出来る強者もいる。
それは上位のサーチャーである。
ユニオンは登録サーチャーの実力によってランク分けをしている。
ランクは魔物と同じでFからSSSまでだ。
上位のサーチャーというのは一般的にBランク以上の事を指す。
ランクは大まかな基準として認識されていて、魔物討伐等の依頼において、対象の魔物の危険度に応じたランクのサーチャーしか受注することが出来ない。
Cランクにもなれば一人前のサーチャーとされる。
まあ、例のジュピターワームってのがCなんだからな。
実物は見たことないけど、かなりの大物っぽいし、そんなのを一人で倒せるなら立派な一人前だ。
そしてBランク以上はかなりの猛者で、依頼報酬もアホみたいに跳ね上がる。
要はCとBの間で一つの壁があるのだ。
何故ならユニオンにもランクによって管轄が異なり、駆け出しのFランクとEランクがボトムユニオン、中堅のCとDがミドルユニオン、達人級のAとBはアッパーユニオンが管理している。
盗賊が言ってたアッパーユニオンってのはこれの事だ。
ボトムユニオンは主にお使いとかの雑用や簡単な討伐系、採取系などの危険度の低い依頼を扱っており、サーチャーの育成と地域貢献に力を注いでる。
ミドルユニオンでは中堅とされるランクなので、護衛や討伐などが中心となってくる。
アッパーユニオンに上がると、依頼の報酬額が桁違いになるので、ユニオンも依頼主との信用を守るためにも、審査には厳しい。
それがBランクとCランクの間にある壁だ。
更にはアッパーユニオンに所属しているものは、かなりの手練れである為、アッパーユニオン職員は、ハイランカーの猛者どもに負けず劣らずの実力者でなければ務まらない。
職員の殆どはSランク以上の実力者、もしくはそれに準ずる者だけだ。
ランクアップは一定の依頼成功率と、指定された魔物の討伐によってなされる。
だがSランク以上は、ユニオンから直接昇格通知がないとランクアップ出来ない。
Sランク以上は、ユニオンの最高機関である「テレスコープ」が直接管理していることになっているが、事実上アッパーユニオンが管理しているそうだ。
テレスコープ=望遠鏡。
元来、出現者の発見を目的に作られた組織だけあって、わかりやすい気もする。
ただこの組織は、普段は全く活動しておらず、魔物の超大発生等、緊急事態に面した時だけ動くとかいう、ナマケモノ組織だ。
要するにユニオンの力の象徴みたいなものか。
もちろん、Sランク以上の者は絶対数が少ない。
世界中で五百人いるかどうかと言うレベルらしい。
世界の人口がわからないから比率はわからないが、中規模都市とされるこのウォーモルでも、何万人もいそうだし、五百人ってかなり少ないだろう。
こんだけ人がいて五百人ってすげーなと思いきや、なんとポアロイルにはSランク以上が三人いる。
セレシアとホワイトとソルダットだ。
ホワイトがSランクで、ソルダットとセレシアがSSだ。
それを知った時、世界の五百分の三が身近過ぎる事にビビったが、おれはセレシアにもっとビビった。
ソルダットは馬を休ませる時、めっちゃ長い杭を素手でズブズブと硬い地面に刺してたから、なんとなく強いのはわかったけど、セレシアは予想外だった。
彼女は頭は弱いが、エレメントと言われる精霊を使役出来るそうで、それが反則なまでに強いのだそうだ。
彼女が使うのはアースエレメントという大地の精霊だ。
これに掛かれば一対百でも勝てるんだとか。
ちなみにおれは見たことがない。
たまに地面に向かって話かけてるのを見て、「あ、残念な子なんだな」と思っていたが、あれはエレメントと会話しているという事だ。
もちろんユニオンでもSランク以上の依頼なんて滅多にないのだが、たまに討伐系があるそうだ。
といっても多くの場合、Sランク一人が、Aランクのパーティーにくっついて行って、手伝うだけだ。
修学旅行に同伴で行く先生みたいな位置だな。
セレシアやホワイト、ソルダットの様な上位のサーチャーは、人間側の最大戦力とされるが、実は人間側にはもう一つ強い味方がいる。
それは五闘神と呼ばれる者達だ。
五闘神は読んで字の如く、五人の闘いの神だ。
一説によれば、彼らは神から神格をもらい、闘神を名乗ることを許されているそうだ。
よくわからないが、ジェフによると伝説の中にもちょくちょく出てくるっぽい。
しかも、彼らはどこにいるのかさっぱりわからないらしく、人間がピンチになると突然現れたりするらしい。
ウルト○マンかよ。
彼らはSSSサーチャーに負けないくらいの力を持っているが、どこにいるか掴めないため、国が戦略的に使うことは出来ない。
基本的に彼らは魔物とのみ戦う。
人間の味方だが、国同士の争いなんかには関与しないってやつね。
スッキリしてて、とてもいい立ち位置だと思う。
サーチャーなんかは金で雇われたりするから、国についたりするんだな。
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気づけばボリューム満点のランチを全て平らげてしまった。
味は、やはりうまかった。
満腹の腹にチビチビとコーヒーを流しつつ、今日の予定について話し合った。
今日の予定は決まってないので、おれたち寝坊組はユニオンに行くこととなった。
おれのサーチャー登録を手伝ってくれるそうだ。
とりあえず、これからどのように行動するにしてもユニオン登録は必要だそうだし。
一定の場所に留まって、労働に従事するとなると話は別だが、ポアロイルとして世界中を旅するならユニオンに入っておけば、どこの国に行こうがある程度融通が利くという。
というのは、ユニオン所属のものには、ユニオンプレートという身分証明書的なものが配給されるのだ。
これはゲットするしかない。
しかし、ちょっとユニオンに顔を出すのは少し怖い。
何故かというと、おれの勝手なイメージでは、ユニオンは好戦的な性格で屈強な体躯のオッサンの溜まり場的な位置づけだからだ。
強ければ上に行ける組織だ。
荒くれ者が集まってるに違いあるまい。
所謂冒険者ギルド的な。
新入りには訓練という名のリンチが……
いや、SSランクのセレシアがいるなら大丈夫か。
もし荒事になりそうだったら、セレシアのユニオンプレートを見せて「貴様らぁ! この方をどなたと心得る!」という黄門様作戦でいこう。
さしずめ、おれとモリスは助さん角さんだな。




