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死んでないおれの不確定な死亡説  作者: 提灯鮟鱇
第一章 ポアロイル旅楽隊
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第十六話 ありがとう

 ここはこの街で二番目に大きな食堂。

 いや、食堂というよりは、レストランと言った方がイメージ的にしっくりくるだろう。

 この街では大きめな三階建ての建物の中に、そのレストランはある。

 その中は、打ち抜きの開放的で大きなワンフロアになっていて、レストランとしては大型の部類である。


 内装は、白いタイルのフロアに、渋い木目の壁、豪華すぎない小さなシャンデリアが、清潔感と堅すぎない格式を醸し出している。

 それに加えて、店員が全員揃いの制服を着ているのが、更にこの店の雰囲気を洗練されたものにしているようだ。

 価格は小さな食堂よりも高めだが、確かな味と店の雰囲気のおかげで人気のあるレストランとしてウォーモルでは有名だ。

 いつも食事の時間には、多くの人で賑わうこの店。

 今日も例に漏れず大繁盛である。

 そしてこのレストランの三階。

 一番大きなテーブルに、何人かのウエイターが忙しなく食べ物を運んでいた。

 これでもかと言うくらいの料理と酒が、テーブルの上を華やかに満たしていく。

 そのテーブルの上座に座っているのは、我らがポアロイル旅楽隊のリーダー、ソルダットである。


「さて、そろそろいいか?」


 料理を前にして全員が全く手をつけていなかったのは、リーダーの音頭を待っていたからに他ならない。

 彼の声に、皆が口々に文句を言う。


「早くしろよ!」

「そうだそうだ!」

「もぐもぐ……早くしろー!」


 おっと失礼。少年が一人、堪えきれずにつまみ食いをしていましたね。


 皆の声に少しも動じないソルダットは、わざとらしく咳払いをする。

 そして手前に置いてある大きなジョッキを片手にとった。


「それでは、今回も無事に街に着いたことと、アンとタディルの生還を祝して……カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 元気の良い声に、店にいた他の客がチラリと彼らを見るも、すぐに各々の食事に戻っていく。

 乾杯の合図を皮切りにして、三日ぶりのマトモな食事が始まった。



-------


 いやー、これが旅の簡単な料理じゃない、きちんとした異世界料理か。

 死後の世界のくせに、めちゃくちゃうまいな。

 がっちり胃袋を掴まれてしまった。

 でも良さそうな店だし、こんだけの量を注文して、ポアロイル財政は大丈夫なのかね?

 まあ、もう料理も出てきたんだし、そんなの考えないがね。


 乾杯の酒を一口だけ飲んで、無心に初異世界レストランを楽しんだ。

 酒はビールによく似た味で、なじみ深いが、ただ温かった。

 料理の味はさっきも言ったが、かなりのものだ。

 材料は基本的に地球と同じようだ。

 肉もあるし、魚もある。

 全体的に見て魚が少なめで、メインは肉って感じだな。

 料理の見た目は洋食みたいのが多くて、大きな白い皿にどっかりと料理が盛られてくる。

 今まで食べたことのないような種類の味だか、全然抵抗なく食べれる。

 香料が効いてて食欲を誘う。


 主食はパンと米の両方が出てきた。

 勝手な思い込みで、異世界はパン派って思ってたけど、米があって何よりだ。

 米は白米ではなく、ピラフみたいな感じで出てきた。

 これもうまい。

 ついつい食べ過ぎてしまいそうだ。


 周りの雰囲気もとてもいい。

 小さなシャンデリアには、この世界で初めて見る電球がついていた。

 ナツメ電球みたいなタイプだ。

 柔らかい色の光は、シックな色合いの壁に影を作る。

 インテリアも壁の色と同じ色の木製で、統一感のある見事な空間に仕上がっている。


 日本にこんな店があったら、結構高そうだけど、ソルダットの言うにはまあ大丈夫らしい。

 これだけ注文しても、一人頭銀貨二枚でお釣りが来るんだとか。


 因みにゲートワールドの流通貨幣は全て硬貨である。

 一番小さいのが小銅貨、それから銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、大金貨となっている。

 それぞれ十枚で、次の硬貨になるらしい。

 小銀貨十枚で銀貨一枚になるってことね。

 庶民の平均月収は小金貨二枚ほどらしい。


 日本円に換算するとどうだろう。

 日本の一般事務職の平均月給が20万円だったのを基準にして小金貨二枚に直すと、小金貨一枚で10万円。

 てことは銀貨一枚で1万円だから……ここの飯代が一人銀貨二枚で……2万円!?


 むむ、高いじゃん!

 そこまで高くないって言ってたじゃん。


 でもまあ、量が量だしな。

 多分普通に食ったら、小銀貨二、三枚ってところか。

 そう考えたら、大体5千円くらいだから、決して安くはない。

 でも月に一回来るくらいなら、許容範囲の価格帯ってところだろう。

 今、ここには八人いるから、総額銀十六貨枚。

 日本円で16万円……

 注文しすぎだろ。

 一食16万円ってどこぞのセレブだよ。

 庶民派の山田家でも、ちょっと高級なレストラン行って合計4万円ちょいが最高額だったのに。

 姉貴が旦那さんと結婚を決めた時に、親父が大見栄を切って払ったのだ。


 こいつら金持ちじゃん。

 そういえば盗賊の討伐報酬が入るって言ってたな。

 いくら貰えるんだろう?

 後でこっそりジェフにでも聞いてみよう。


「あの、みなさん」


 アカネとセレシアの間に、挟まれる形で座っていたアンとタディルが静かに口を開いた。

 食事に没頭していたものは頭を上げ、談笑していたものは話を中断して、声の主に向き直った。

 皆の視線を一挙に集めて、少し緊張した様子の二人。

 アカネが隣に座るタディルの肩にそっと手を添える。

 タディルは、アカネに目を合わせてコクリと頷き、皆に視線を回す。


「えっと、この度は助けて頂きまして、本当にありがとうございました。皆様には感謝してもしきれません」

「フハハハハ! いいってことよ!」


 デカい声に少しだけビクつくタディル。

 空気を読めないな、ホワイトは。


「私どもは元々、モーダの方で商いを営んでいた商家の者です。

 モーダは、カンクエッド王国とイルマールの国境に位置しているので、陸路による貿易が盛んな街です。私たち一家はイルマールの方に流す品物の買い付けにサヤバーンまで来たところを、あの盗賊どもに襲われました」


 当時の事を思い出したのか、話しているタディルだけでなく、アンも顔を伏せた。


「それで、丁度この街には私どもの知人がいます。私たちはそこでお世話になろうと思っています。

 ここでは皆様にお礼をすることが出来ないのが心苦しいのですが、モーダにお寄りの際は是非、シモン商会に足をお運び下さい。

 そこで皆様にお礼を出来るように、こちらから使いを出して置きますので是非……」

「いや、それはいらない」


 話を遮るようにして、ソルダットが口を開いた。


「謝礼が欲しくてお前たちを助けたわけじゃない。

 それに俺たちは旅のサーチャーだ。いつモーダに行くかもわからないのに、相手をいつまでも待たせとくと言うのも気が引ける。

 それにな、お礼なんてモンは、アカネに言え。

 短い時間だったが、お前らを一生懸命サポートしてくれたのはアカネだろ?」


 そう言うとタディルとアンはアカネに視線を移す。

 二人の視線を受けて、顔の前で手を振るアカネ。


「いや、わたしはただ……」

「ほら、タディルにアン。アカネにありがとうって言って、ギュッとハグしてお礼は終わりだ」


 ソルダットは若干どや顔だ。

 納得いかない表情の二人。


「で、ですが……」

「フハハハハ! ごちゃごちゃ言ってないで早くしろ」


 またも横槍をいれるホワイト。

 アンとタディルはソルダットとアカネを交互に見る。

 その視線にはかなりの動揺が見てとれた。


「……ま、まあソルさんの言うとおり、お礼はそんな感じでいいよ」

「はーやーくー」


 わざとおどけたソルダットの急かす声。

 タディルとアンは意を決して立ち上がり、アカネも若干戸惑いながら立ち上がった。

 そして、タディルとアンに向かい合う。

 少しの沈黙の後、アンが先にアカネをギュッと抱きしめた。

 アカネより少し背の低いアンは、アカネの首元に顔をうずめる。


「……ありがとう、アカネさん」

「えっと、どういたしまして……?」


 少しだけ困った顔のアカネに、決まりの悪そうな表情のアン。

 やや経ってどちらからともなく、離れる。

 次にタディルがアカネにハグをする。


「ありがとう……アカネさん」

「いえ、どういたしまして」


 アカネが抱きしめ返す。

 少しして離れるかと思ったら、アカネを抱きしめるタディルの腕に、ギュッと力が加わり、二人は更に密着した。


「本当に……本当に、ありがとう」


 一言一言丁寧に発声された言葉だったが、言葉尻が震えていた。


「ありがとう……」


 タディルは泣いていた。


 アンも涙を浮かべている。

 その光景を見て、誰もが食事の手を止めていた。


「もう大丈夫よ。これから頑張ってね」


 アカネがそう言うと、アンもアカネに抱きついて、三人で抱きしめあった。

 アンもタディルもすっかり声を上げて泣いていた。

 それを見守るポアロイル旅楽隊のメンバーは、みんな優しい笑顔を浮かべていた。

 おれも自然と笑顔になった。


 ただ気になる事が一つ。

 モーダとか言っても、この世界の地理についてわからん。

 教えて欲しい所だ。 


 でも、今聞いたら雰囲気を壊しかねないから聞きはしない。

 配慮のできる男なのさ、おれは。


-------


 その後、スッキリとしたアンとタディルは、普段よりもかなり口数が多くなり、セレシアのデカイ声とホワイトのバカ笑いも相まって、大変賑やかな食事となった。


 その時に、この世界の地理について聞いてみた。

 この世界には四つの大陸がある。

 ここカンクエッド王国やアカネが出現したイルマーフを含む数国が点在するボーリング大陸、その東側に位置するパトリオン大陸、その二つの大陸の北側に位置する世界最大の大陸である北遠大陸、その西側には縦に長く過酷な環境の竜顎大陸。

 北遠大陸の北部と竜顎大陸の大部分は人が暮らせるような環境ではないそうだ。

 ここカンクエッド王国は、荒野地帯であるサヤバーン以外は住みやすい環境らしい。

 小声でホワイトに聞いたのを、アンがしっかり聞いてて、直々に教えてもらった。

 よくよく考えてみたら、彼女との初会話だった。

 話す雰囲気も、見た目に違わず人懐っこい感じだった。


 それからタディルとアンも笑いながら雑談に花を咲かせ、楽しい時間が過ぎていく。

 予想外だったのは、ジェフもセレシアも酒を飲んでた事だ。

 セレシアはちょっとだけ酔ったみたいで、終始ケラケラ笑っていた。

 ジェフは普段クールな彼からは想像出来ないくらいご機嫌だった。

 なんて言うか、年相応になったって感じ?

 それから、いつも砕けたDQN敬語を使うモリスは、完全にタメ口になってた。

 


 三時間ほど楽しく食事をして、お開きとなる。


 外に出ると、もうすっかり夜になっていた。

 ガス式なのか電気なのかわからない街灯は、大通りを行き交う人々を照らしている。


「大変お世話になりました。知人の屋敷はこの大通りのすぐそこなので、私たちはここで」


 みんなに向かい合ったタディルがそう言うと、ペコリと頭を下げた。

 二人は再度アカネにハグをする。

 そしてオマケにセレシアにもハグ。


「今度どっかに行く時は、あたしが護衛するから安心しなさい!」


 ドンとペチャンコの胸を叩いて見せるセレシア。


「はい! その時は是非とも!」


 皆の笑い声は、オレンジ色の街灯の並ぶ賑やかな大通りに紛れる。

 夜空には星が煌めき、月が建物の屋根を青白く照らしていた。


 とても優しい夜だった。


-------


 この世界の初宿は、ちょっと広めのビジネスホテルといった感じだった。

 異世界だからといって、勝手に中世レベルの宿を想像していたが、なんとシャワー完備である。

 これは嬉しい誤算だ。

 ていうか、この世界はおれの想像の異世界とはかなり違う。

 死後の世界だからか。

 嬉しいっちゃ嬉しいが、なんか肩透かしな感じは否めない。


 それぞれ別々の部屋を取り、ロビーにて解散となった。

 みんな今日はもう休むのかと思っていたが、ソルダットとホワイトは夜の、街に繰り出して行った。

 冗談か本当かわからないが、モリスは二人を娼館に行くものだと決めつけて、連れてって下さいとか言っていたが、見事にスルーされた。

 他の連中はさっさと部屋に撤収していく。


 ……娼館か。

 やっぱそれ系の店は、どんな世界にもあるのか。

 それにしても、この世界に来てから何故かムラムラしないな。

 性欲に異世界補正でもかかってるのだろうか。

 いや、疲れてるだけだろうな。

 最近は飯も満足に食えなかったし、天幕のベッドも体痛くなるし。

 運動でもすればいいのかな。


 そんなこんなで部屋に戻ったおれは、シャワーもそこそこにフカフカのベットに倒れこむ。

 ようやくこの世界で初めてのマトモなベッドだ。

 枕に顔を埋めながら、おれは今日までの短い旅の事と、元の世界の事を考えた。

 死んでしまった可能性が高いが、この世界はこの世界で楽しいかもしれない。

 全てが突然の事で混乱はするけど、コイツらと一緒なら何とか楽しく過ごせそうな気がする。

 ただ、やはりおれが記憶を持っている事が少し引っかかる。

 おれの能力はそんなに高くなさそうだが、記憶があれば色々融通が効くかも知れない。


「使命ねえ……」


 ジェフの仮説では、記憶を持った者は他の使命があると言っていた。

 死んだ記憶もないから未練なんて感じる事も出来ないけど、だからといって使命なんて大それた物を背負いたくはない。

 出来るなら、楽しく生きていきたいなあ。

 枕の中で目を閉じると、おれはそのまま深い眠りに落ちていった。


第一章 ポアロイル旅楽隊 終

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