第十五話 ウォーモル
「……く、くそぉぉ……」
ジェフは悔しそうに拳を握る。
うなだれた彼の頭は、馬車の走る振動によって上下に揺れている。
そして、その揺れのリズムに合わせるかのように、握った拳で自分の膝を叩く。
貧乏揺すりまでしており、完全に落ち着きがない。
虫の居場所が悪いのは一目瞭然だ。
しかし、ポアロイルの馬車の中で誰一人ジェフに絡む者はいない。というかみんな勝手に楽器を弄ってる。
「ま、まあ、そんなにカリカリするなよ……な?」
おれは苛立っているジェフを最も刺激しないであろう言葉を選ぶ。
だが、
「うるさい! シゲルは黙ってろ!」
そう、さっきからずっとこの調子である。
「……」
「おい! 何か喋ろよ!」
「なんだよ、どっちだよ!」
今日のジェフは、普段の様子からはまったく想像できないほどめちゃくちゃだ。
このポアロイルのメンバーの中で一番理性的な彼が。
最も知性的な態度と言動を持つ彼が。
少年なのに老練のような雰囲気を持つ彼が。
今日は飛び抜けてガキである。
今日の彼は一体どうしてしまったのだろう。
その理由は……
ぐううぅぅぅぅー……
「ああ! 腹減った!」
そう。
彼は空腹に負けっぱなしなのである。
流石は食いしん坊ジェフと言ったところか。
「おー、ようやく荒野を抜けるっすよー。今日は飯が食えそうっすね」
間延びしたモリスの声が聞こえた。
現在、盗賊のアジトから出発して丸四日。
加えて言うなれば、最後の食事から丸三日だ。
-------
三日前
正式にポアロイルに迎えられ、その後の馬車の旅も順調だった。
盗賊からの襲撃もなく、悪天候にも会わなかった。
昼食をとり終えてご満悦の腹をなでながら、馬車の外に顔を出す。
頬をなでる乾いた荒野の風が気持ちいい。
路面の影響を受けて不規則に揺れる馬車の揺れも、今はとても心地良い。
しかしここはポアロイル旅楽隊の馬車。
走り出した馬車は騒音マシーンになっていた。
前の席ではモリスをホワイトがラッパを吹き鳴らし、
御者台ではセレシアが両足の間でスネアを挟み、ビートを刻み、
特等席(屋上)ではソルダットがギターをかき鳴らす。
それがアンサンブルなんてモンじゃない。
みんなそれぞれ思い思いに音を出してる。
言わばめちゃくちゃだ。
ちなみに後方車両では、例の被害者女性からアカネが色々と話を聞いているところだ。
心のケアも担当してるらしい。
おれは行き場がないので、一番音の小さいところに逃げた。
ソルダットのところである。
屋上には二つしか席がない。
ソルダットの対面、もう一つの特等席には先客がいた。
ジェフである。
彼は床に木の箱を置いて、その中で何やら金属片をがちゃがちゃといじっている。
「何してんだ?」
おれの問いかけに目もくれず、作業に没頭するジェフ。
少しカチャカチャした後、顔を上げてため息を一つ吹くと、肩を回した。
「ああ、魔道具を作っているんだ」
魔道具!
出ました!
異世界プロダクト!
それにしても、ジェフは器用だ。
小さな金属片同士を、くっ付けたりねじ曲げたりしてる。
箱の中の傍らには小瓶やら彫刻刀みたいな道具が散乱していてた。
「魔道具って魔力で動かす機械?」
「そうだ。大きなモノは作ってもボクは魔力が少ないから使えないんだが、こういう小さいモノだったら使えるんだ」
魔道具はおれの予想通りの代物だった。
そう言って、ジェフは手にしてる小さな魔道具を、太陽に透かしながら様々な角度で眺めた。
彼の作ったそれは不格好なクワガタムシに似ていた。
「で、それはどう使うんだ?」
「これはちょっとしたイタズラ心で作ってみた魔道具なんだけどな」
ジェフの口元が緩んでいる。
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりだ。
自慢したいのだろう。
やはりガキだな。
おれは大人だ。他人の自慢程度、聞いてやるくらいの甲斐性は持ち合わせてるのさ。
さ、話すがいい。
「この二股の部分を開いて相手の体に挟むんだ」
おもむろにおれの腕に鋏んできた。
おいおい。
「まてまて。それ、痛くないよね?」
「さっきソルダットで実験済みだ。少し痒いくらいだそうだ。それ、いくぞ」
「……ぎゃあああああああ!」
魔道具というのは、作れない事もないが大変な知恵を必要とする。
小さな懐中電灯のようなモノなら、手先が器用な一般人でも作れるそうだ。
しかしそれ以上となると、かなり難易度が跳ね上がる。
ジェフがおれに使ったイタズラ魔道具は、見た目こそ簡単であるが、懐中電灯魔道具の何倍も難しい造りになっているんだとか。
なんとジェフのイタズラ魔道具は、自律飛行をしてホーミング機能まで搭載したスタンガンだそうだ。
クワガタの角で相手を鋏み、電撃を流す。
凶悪なイタズラだ。
もうすぐ完成予定だそうだ。
「ソルダットとおれじゃ、ゾウとネズミみたいなもんなんだから、ソルダット基準で考えないでくれよな」
おれはまだヒリヒリする腕をさすりながら、ジェフに抗議の視線を送る。
傷は出来なかったものの、ものすごく痛かった。
「悪かったよ。シゲルは思ったよりヤワなんだな」
謝罪の言葉を口に出しながらも、少しも悪びれた様子を見せないジェフに、おれはため息を吐く。
そんなおれの小さな抗議のため息を無視して、ジェフは過去の作品について説明をする。
彼の傑作は、気配を消す魔道具と物質を軽くする魔道具だ。
気配を消す魔道具は、先日のバンドウム襲撃に使ったそうだ。
と言っても、この魔道具は超感覚による察知を阻害するだけで、音や姿を消す事はできない。
どうりで感覚系の盗賊がおれとホワイト以外察知できなかったわけだ。
物質を軽くする魔道具はこの馬車に使われている。
充填する魔力の量によって軽量化できる重さが変わってくるが、かなり多めに魔力を込めて概ね四分の一程度の重さに出来るらしい。
効果は約一日ほど続くそうだ。
車両部分をぐるりと縦に覆っていた幅三センチほどの金属性の帯みたいな物がそれだとソルダットが教えてくれた。
ちなみにこれらの効果を持つ魔道具は一般的に出回ってなく、完全にジェフのオリジナルだ。
言うなれば彼は魔道具クリエイターなのである。
天才少年だ。
気づけば太陽はすっかり傾いて、荒野の大地をオレンジ色に染めていた。
雨が振りそうだった午後の陰鬱な雲は、いつの間にかどこかに消えてる。
どこまでも伸びる地平線。
元の世界じゃなかなか見る事の出来なかった光景だ。
「さて、ソルダット。そろそろ飯の時間だろ」
お、食いしん坊少年ジェフ。腹時計も正確なようだ。
うきうきした表情でソルダットを見る。
ソルダットは何も言わずタバコをくわえた。
火をつけると、後ろ頭を掻きながら少し申し訳なさそうにしている。
「あー、すまん……食料が尽きた」
ジェフの目が開かれた。
「……な、なんだって? 節約して食べてきたのに?」
おれは知っている。
救出した女性が結構弱ってたので、食事は多めに作ってた事を。
レディーに気を配れば色んな事がわかるのさ。
飯がいつもより多い事とか。
食い物ばかりに目がいってた食いしん坊にはわかるまい。
もうお気づきかと思うが、食いしん坊少年ジェフの機嫌が悪くなったのは、この時からだった。
それからのおれ達の旅は、水と乾燥した非常食のクラッカーみたいなやつになった。
もちろん、あまり美味くはなかった。
-------
ここでようやく冒頭の一幕に戻る。
「ジェフっち! もう街に入りますよ!」
モリスの声はジェフに届いたのかわからない。
彼は依然、カリカリしたまま本を読んでいた。
ジェフ君、その本、逆さまだよ?
荒野を越えて整備された綺麗な街道が姿を現すと、辺りには木々が散見され始めた。
カラカラに乾いた荒野付近であるせいか、豊潤とは言えない大地は疲れた黄色だ。
木々は土から天に向かって力強く伸びている。
見た事のない木だ。ゲートワールド固有種かもしれない。
ここまで来ると、おれたち以外の人もちらほらと見かけるようになった。
おれ達はどんちゃん騒ぎで通りを行く。
すれ違う人はすべて多分に漏れず耳を塞いでいた。
うるさいもんね。
太陽の位置はまだ高い。
今日で出発から四日目。
荷車に乗せられた盗賊達はもう元気がない。
まあ、飯もクラッカーを口に放り込んでやっただけだったし、元気もなくなるよな。
魔法使いのヤツに関しては、詠唱すると危ないので猿ぐつわを噛ませたままホワイト特性のペースト状栄養剤(?)を飲ませてた。
ちなみに彼らは自分たちの排泄物のせいで、かなり臭かった。
一応魔法で水を生成してズボンの中の糞尿は流してやったが、所々皮膚が感染症を患っていた。
ただ、アカネが基本治癒魔法で治してやっていたが。
一方、助け出した女性達はアカネの世話のおかげか、すっかり元気になった。
名前はアンとタディルといい、二人は案の定、旅の商人の娘だった。
娘。そう、フォトムである。
しかし、人間とそう変わりない妙齢の見た麗しい女性だ。
アンはたれ目で人懐っこそうな印象で、対してタディルは気品な雰囲気のお嬢さんといった感じだ。
彼女らは護衛達と両親を目の前で殺され、半年ほど盗賊達に犯され続けたそうだ。
詳しくは聞いてないが、生きる事に絶望する日々だったのだろう。
救出当時は表情一つ変えなかったが、今では少し笑顔を見せるようになった。
ただ、まだ男は怖いのかおれ達とはあまり絡もうとしない。
まあそうだよな。
心の傷はゆっくり時間をかけて癒していくしかない。
街道を走って一時間。ようやく前方にウォーモルの街の全容が見えてきた。
おれの中で異世界の街はドラ○エの街のような規模の小さな街、と勝手に解釈していたが、想像以上にデカかった。
高さ三メートルほどの簡単な赤レンガ造りの城壁に囲まれた街は、遠くから見ても異世界情緒が溢れている。何せ城壁だもんね。
遠目から見ても高い建物は多くない。
元の世界でこれほどの規模の街なら、背の高いビルが少しくらいあっても良さそうだが、ここは現世ではない異世界。
五階建てくらいの建物が最高っぽい。なんというか、異世界っぽいんだけど、おれの想像していた感じではない。
不思議な感じだ。
「久しぶりに来たがやっぱり変わってないな」
感慨深げにソルダットが言う。
ソルダットとホワイトとジェフは以前に訪れた事があるそうだが、他のメンバーは初である。
「結構デカいのね!」
旅の間控えめだったセレシアが本調子になってきた。
多分、救出した女性を気遣って静かにしてたんだと思う。
お前らの楽器はうるさかったけどな。
「よぉぉぉしっ! 飯だ!」
ジェフは目尻に涙を浮かべながらガッツポーズを決めた。
確かに腹はかなり減ってる。
クラッカーだけだったからな。
街に近づき、城壁に沿って移動する。
所々で警備が立ってる小さな入り口はあるが、馬車が入れそうな大きさではない。
宿はどうするとか色々話し合っている内に、街の正門と思われる大きな門が見えてきた。
門にはお決まりの門番が二人立っている。
どこからどう見ても、ザ・MONBANって感じだ。
おれ達の馬車が近づくと、門の隣に併設された詰め所のような小屋から兵士が出てきた。
「おい、止まれ!」
やや高圧的な態度である。
打って変わって御者台に座っていたモリスは元気よく兵隊に声をかけた。
「サーチャーっす。ポアロイルっすよ!」
モリスの言葉に怪訝な表情を浮かべる兵士。
なんだ? 街に入れてくれないのかよ。
こっちには腹ぺこのジェフがいるんだ、早くしてくれたまえ。
「なに、ポアロイルだと? とりあえず、ユニオンプレートを見せろ」
ユニオンプレートって多分、ユニオンの登録者が持つ身分証明書みたいなものなんだろうな。
まあ勝手な推測だけど、大体そんなもんであってると思う。
「ガハハ! ポアロイルだっつーの!」
ひょろ長い黒い影が馬車の窓から顔を出す。
失礼、影じゃなくてホワイトでした。
黒いのにホワイトです。
ブラックなホワイトがゲラゲラ笑ってると、それを見た門番は怪訝な表情を作った後、目を見開いた。
「おお! マリシオクネだ!」
「ほ、本当だ! てことはこのポアロイルは本物だな」
兵士がホワイトを見て大きな声を上げた。
辺境の盗賊のボスでも知ってるくらいだから、街の兵隊さんも知ってて当然か。
しかしホワイトは有名人だな。
てか、兵士の言った「このポアロイルは本物」ってどゆこと?
後から話を聞いたらポアロイルは結構有名であり、強くてうるさくて馬車は奇抜なカラーであるというのは一般的なポアロイルのイメージとして浸透しているらしい。
その影響でサイケデリックなペイントを施した馬車が度々訪れる事があるそうだ。
馬車がただ奇抜なカラーリングというだけならいいのだが、時にポアロイルを名乗って街に入ろうとする輩もいるとのこと。
ホワイトを見ると、態度を一変させる兵士。
すんなりと街に入る事が出来た。
ちなみに盗賊どもとはここでお別れだ。
詰め所の兵士に引き渡し、証明書を貰った。
この証明書をユニオンに持っていけば報酬が貰えるんだとさ。
最後にアンとタディルが盗賊に向かって行った。
盗賊達はこの後、死刑になるそうだ。
その盗賊達を彼女達は平手で叩いた。
所詮は女の子の力なので、ペチペチと締まりのない音が響く。
しかし、彼女らの目からは堰が破れたように止めどなく涙が溢れている。
そんな彼女らを誰も止めようとはせず、彼女らの気が済むまで見守った。
-------
街に入ると、多くの人々の行き交う喧噪が耳に入ってくる。
活気に溢れた雰囲気についつい気分も浮き足立ってしまう。
これが全員死人だとは思えないくらいだ。
舗装された道は広いのだが、人や馬車が多くておれ達の大型馬車が交通するのは少々不便である。
門番に管理費を支払い、障壁の内側にある大型貨物集積所の一角に置かせてもらった。
そこには、おれ達のより大きい馬車なんかも結構置いてあった。
馬も一緒に世話してくれるらしく、なんとも至れり尽くせりだ。
「さあ、飯だ!」
「うっす! 腹ぺこっす!」
「そうね!」
ジェフとモリスとセレシアは、馬車の中から自分の荷物を鞄に詰め込んで街に向き直る。
そこに異論はない。おれも腹ぺこだ。
ただ何故かモリスは鞄と一緒にライトボウガンを背負っている。
少し遅れて馬車から出てきたホワイトも、盗賊戦で活躍した棒を持ってる。
あー、なるほど。
街の中にも危険がイッパイってことね。
アカネとアンとタディルは丸腰だが、彼女らを守るようにして後ろにソルダットがついた。
腰に長細い太刀を携えている。
普通の日本刀くらいの長さだ。
武器をもったソルダットは、みんなに聞こえるように大きな声で言った。
「じゃ、まずは飯にいくぞ。アンとタディルの生還祝いも一緒にやるからな」
「おおー!!」
真っ先にジャンプしながら反応したジェフのテンションがおかしい。
三日ぶりのまともな飯に箍が外れたようだ。
まあ、そうだな。
今日は無事に街に着いたし、アンとタディルも生きて帰って来れた。
ここは三日ぶりのおいしい食事に舌鼓を打ちながら、楽しく食事をしようじゃないか。
二人の無事を祝ったら、宿のふかふかのベッドでゆっくり休もう。
「イヤッホウ! アンにタディル! おめでとう!」
ハイテンションをキープしたままジェフが言うと、前方の三人は駆け出していってしまった。
ほんの少しだけ傾き始めた太陽は街に影を作る。
荒野の名残である乾いた風がひゅんと、おれたちの間を吹き抜けた。
その風はアンとタディルの髪を揺らし、二人は耳元でそれを押さえながら少し、ほんの少しだけ、恥ずかしそうに笑っていた。