第十四話 生きる目標
盗賊のアジト襲撃を終えたおれたちは、すこし進んだところで昼食をとることになった。
その頃には、ずっと寝ていたソルダットも起きだした。
ソルダットはあくびをしながら、救出された二人の女性には目もくれず、黙々とみんなに指示を飛ばし始める。
最初は、何故ソルダットはあんなに露骨に無視するんだろうと思ってたが、後々聞いた話によると、性奴隷として捕われていた女性は極度の男性恐怖症を患う事が多く、下手に構ってしまうと突然パニック状態に陥ってしまう事があるそうだ。
ソルダットは、それを見越しての態度だったのだ。
よくよく見れば、その二人の女性の世話をしているのはアカネとセレシアだけだ。
男連中はみんな自分の事をしていた。
「おいシゲル。おまえはジェフと一緒に皿洗いだ。
重要な仕事だぞー。ちゃんと洗わないとみんな仲良く腹を下す事になるからな」
「……お、おう!」
初めての任務。
いや、そんなに大それたことじゃないが、役割をもらったことによって、ようやくポアロイルの一員になれたような気がした。
なんだか嬉しい。
いつまで一緒に行動するか分からないが、それでも仲間にしてもらうというのは嬉しいことだ。
なにより、おれはこいつらが好きだ。
出会ってまだ一日しか経ってないが、好きだ。
出来れば、おれが元の世界に帰る方法を見つけるまで、ずっと一緒に行動したい。
まあ、帰還は絶望的なのはわかってるけど。
死んだっぽいし、おれ。
それでも目的がなければ、この世界で生きていく事が出来ない気がする。
こいつらとは目的が違えば、いつかお別れをしなければならない。
おれには目標がある。
そう、元の世界に帰るという目標だ。
やっぱり死んだ記憶も実感も無いから、最後まで足掻きたい。
絶望的な目標でも、あるとないとじゃ活力が違う。
でも。
それでも。
帰れないとわかった時。
この世界で、どう過ごせばいい?
そう考えると恐ろしい。
すべき事がない。
ただ食っていく為に仕事をして、生きていく為に住居を設ける。
そんな生活を送るしかないのか?
それともこいつらと一緒に旅をしながら楽しく生きていくか?
いやでも、もしかしたら次の街で置いていかれるかも知れないし。
とりあえず送り届ける義務があるみたいだから、次の街までは連れて行ってくれるみたいだけど。
幼なじみであるアカネに見放されるのは、精神的にかなりキツイが……
でも実際、おれはこのメンバーのように、抜きん出た何かを持っていない。
モリスのような感覚レーダーもなければ、
ジェフのような聡明な頭脳もないし、
アカネのように治癒魔法が使える訳でもない。
戦闘に関して言えば、
セレシアはよくわからないが戦闘能力が高いらしいし、
ホワイトはめっちゃ強いし、
ソルダットはタイマン最強伝説だし。
おれだけこんなんだったら完全にお荷物だよな。
そしたら置いてかれたって不思議じゃない。
それどころか、置いてかれる可能性の方が高い。
そしたらどうする?
じゃあやっぱり元の世界に帰った方がいいってなるけど、帰還方法だって探すのは楽じゃない上に、前人未到の領域だ。
もしコイツらに置いていかれたら、一人でゼロから探す事になる。
暮らす為の金を稼ぎながら、伝も無いところから全て一人で。
十年経っても百年経っても発見できないかもしれない。
そう考えると、初めから諦めてこのゲートワールドの生活を楽しんだ方がいいのかもな。
帰還を諦めるか。
それとも足掻いて探すか。
はっきり言って、諦めるという選択肢はまったくなかった。
おれは死んだかも知れないがきっと帰れると、心の何処かで思っていたのかもしれない。
しかし、こいつらと一緒にいる事で、この世界に『仲間』が出来て選択肢は二つになった。
絶望的な可能性にかけて必死に足掻くか、諦めてこの世界で楽しく暮らすか。
頭の中で、この二択がぐるぐると思考を掻き混ぜる。
掻き混ざってさっきまでの二択は、究極の二択に昇華し、さらにおれを悩ます。
「おい、シゲル。手伝ってくれないのかよ」
ジェフの声でようやく我に帰った。
「お、おう、わりいな」
「どうしたんだ?」
ジェフがおれの顔を覗き込む。
おれは努めて笑顔を作り、何でもない風を装う。
今はまだ答えを出さなくてもいい。
一緒に連れて行ってもらうも、次の街に残るも、もう少し考えてから話したい。
「いや、別になんでもねーよ」
「……あっそ」
ジェフはそう言うと再びカチャカチャと食器を洗い始めた。
馬車に備え付けられた水樽から細く垂れ続ける水。
ジェフはかごの中に入った食器を一つ一つ丁寧に洗っていく。
その光景は、学生時代に飲食店でバイトをしていた頃を思い出させた。
普通のファミレスだった。
下げられてくる食器を、ひたすら洗い続けたあの日。
あの時のおれは何を目標に生きていた?
いや、おれは元の世界で何を目標にしていた?
目標はいつもあった。
でもそれは、いつも短絡的であった。
バイトの目標は金を貯めて、欲しい物を買うため。
大学の目標は大学卒業という学歴を手に入れるため。
仕事の目標は安定した収入の為。
じゃあおれの人生自体の目標はなんだったんだろう?
元の世界では、一体どんな人生を送ろうとしていたのだろう?
そう考えたら、訳も分からないうちにゲートワールドに飛ばされて、魂の記憶を持っていて、元の世界への帰還法を探すという大きな目標を抱えた今の状況の方が、立派に生きてる気がする。
まだこっちに来て何日も経ってないけど、おれは偉大な事を成し遂げようとしている。
いや、偉大とか言ってみたところで帰還したいのはおれ一人だ。
そう考えたら、これは偉大な只の自己満足にすぎない。
そもそも、帰れるかは不確定だ。
「もういい、よこせ。ボクが全部洗うから」
おっと、また考え事に没頭してしまったようだ。
ジェフはやや不機嫌そうにおれの脇から食器かごを取った。
「いや、大丈夫! ちょっと考え事しててさ。すぐ終わらせるわ」
おれが慌てて手を動かし始めると、ジェフはため息を吐きながら言った。
「まったく。まあ、お前ぐらい膨大に記憶が残ってると、色々と考えてしまうのは、なんとなくわかるけどな」
ジェフは本当によくわかっている。
相談してみた方がいいかもな。
一人で悩んで出した答えが必ずしも正しいって訳じゃないし。
「なあジェフ。実はさ……」
おれはジェフにさっきまで考えてた事を話した。
話の最中、ジェフは手を止めて真剣に聞いていた。
話を終えるともう飯の準備が整っていた。
「おーい、出来たっすよ」
モリスの呼ぶ声に、おれとジェフは食器を抱えながらみんなの方に歩いていく。
歩きながらジェフはおれに言った。
「まあ、記憶があるから、シゲルは帰りたいって気持ちがあるんだよな。
でも、もう死んでしまったボク達からしてみたらそういう気持ち生まれない。
だって死んだのに、ここでもう一度生まれたんだぞ。
お前だって過去の記憶があるだけで、ここに生まれたじゃないか」
「生まれるなんて言い方おかしいだろ。
生まれるって言ったらな、かーちゃんの股から出てくるんだよ」
少し下品だったが、おれは事実をありのまま言いたかったので、あえてオブラートには包まない。
食器をモリスに渡すと、おれ達は適当に腰を下ろして討論を再開する。
「いいか。魂の記憶があるヤツはな、何て言うか……前世に縛られている」
確かにその通りだ。
元の世界が前世と言うなら、おれは前世に縛られている。
死んでないと思っている。
まだ生きたい。
戻って普通に暮らしたい。
だって死んでないんだぞ? 死んでないのに、どうして死後の世界に来なきゃいけないんだよ。
でも逆の考え方としては、死んだからこそこの世界に来たという事になる。
そんな事はない筈だ。
だって、会社で電極をつけてただけだぞ。
それに回廊で見た絵は、無事に実験を終えていた筈だ。
隣の被験者と林常務は事故にあって死んでしまったが。
でも、あの絵が事実ではない可能性もある。
それにあの絵では、おれは少ししか出てこない。
肝心な部分が分からないじゃないか。
……くそっ
「だけどな、ボクを拾ってくれた人は記憶を断片的に持ってる人だったんだけど、彼が言っていたんだ。
この世界は元の世界と違いすぎるってね。
元の世界はチキュウと言っていた。
多くの言語があって、他の国の人と話すには言語を習得しないといけないんだろ?
でもこっちはどうだ? 生まれた時から話せるし、みんな共通の言葉を話す。
彼も多くの記憶がある訳じゃないから詳しい事は聞けなかったが、人間は母親から生まれるって聞いた時、ピンと来たよ。
ボク達は扉から出てくる。この世界で男と女の交わりで生まれてくるのは人間じゃなくフォトムだ。
つまり、ボク達はもう死んでここに来た。だからここにいるのは死人で、死人から人間が生まれる事はない。だから霊体がフォトムとなって生まれる。そう考えれば辻褄が合うだろ?」
「フォトム? なんだそりゃ」
「フォトムは男と女が……、えっとな……まあわかるだろ?
それで女から生まれてくるのがフォトムだ」
新出単語だ。
つまり、この世界では赤ちゃんの代わりにフォトムってのが生まれるわけだな。
ここからジェフのフォトムについての解説が始まったが、保健体育の分野では彼の説明は要領が悪かったので、おれなりに要約してみる。
フォトムは元の世界の赤ん坊と大差はない。
作り方も生まれ方も同じだ。
決定的な違いは、成長する事と寿命が短い事。
そして寿命は長くても三十歳までは生きられないらしい。
「もぐもぐ……ボクたち人間はここに来てから容姿が老化する事がないだろ。死人だからな……もぐもぐ」
ジェフはいつの間にか食いだしてる。
なるほど、この世界の人間は老けないのか。
アカネが最後に見た姿からそんなに変わってないのはそう言う事なのか。
でもジェフの話を聞いて、おれはアカネを見た。
あの日の海で見た姿が思い出される。
ジェフの話は妙に説得力があった。
なんと言うか辻褄が合う。
ここに来たのは死んだからというのは、この間ジェフが言ってた。
ここまで来ると、おれの死亡説はほぼ確定じゃねえか。
そしたら戻れないんじゃないか?
生き返るって事でしょ?
そんなの不可能だ。
「もぐもぐ……ごっくん、まあこれは一般論に過ぎない。
もしかしたら、お前が元の世界に帰れる方法を見つけるかも知れないしな」
うーん。
どうなのかな。
生き返ってゾンビとか言われて、ショットガンで頭を打ち抜かれるのは嫌だな。
「ただ、ボクはお前みたいに記憶を持ってこっちに来たヤツには使命があると思ってるんだ」
「使命?」
「ああ、僕らは死人。でもこうして生きている。
未練を消し去るのが個人の使命だが、お前みたいに記憶を持ってやってきたヤツは、この世界で何かしなければいけないんじゃないかと思うんだ。もぐもぐ」
おれにはよくわからない。
使命とか、そんな重たいもの背負いたくない。
「その証拠に、今まで会った記憶保持者の中に、死んだ記憶を持っているヤツは少数派だった。もしかしたら、そう言うヤツは死んでないのかもな」
ますますよくわからない。
どちらにせよ、死んだのか死んでないのか決定的な根拠がない。
ただジェフの話を聞いて、帰還方法を探すというのは途方も無い事だと思った。
研究の前例はほぼ無く、魂の記憶を持つ者も少ない。
そのうえ、記憶を持っていても断片的で、まとまった情報を得る事ができない。
大賢者にあって直接聞くって手もあるが、大賢者はどこにいるかわからない。
……おれ、本当に元の世界に帰る方法を見つけられるのか?
ちょっと自信がなくなってきた。
死んだと思って、この世界をエンジョイしようかな……
おれが困った顔をしていると、ソルダットが服の袖で口元を拭いながらおれに向き合った。
「まあ、帰る方法を見つけるにせよ諦めるにせよ、おれ達と一緒に旅するってどうだ?
お前から記憶の話は大体聞き終わったけど、お前と一緒にいるのも悪くないし、第一おれの直感がお前と一緒にいろって言ってる気がするんだよなー」
ソルダットは、これから先どうするか決めかねているおれにとって、願ってもない提案をしてくれた。
「……いいのか? おれ何も出来ないぞ?」
「そんなの旅をしながら鍛えていけばいいだろ? 一緒に夢とロマンを追い求めようぜ」
彼はボサボサの黒髪を手でかき上げながら言った。
そして「よろしくな」とおれの肩を叩いて立ち上がり、空になった食器をかごに投げ入れる。
この日、おれはポアロイル旅楽隊の正式メンバーとなった




