鯉のぼりをしよう
『裏切ちゃん、こいのぼりって知ってる?』
それは一本の電話から始まった。この裏切 京子。日本という以前に、地球にやってきてまだ日は長くない。
「なんですの?そのこいのぼりというのは?」
『やっぱり知らないんだね』
「わ、悪かったですわね!」
裏切の友達。沖ミムラからのお誘いの電話。
『広嶋くんがのんちゃんや裏切ちゃんのために、軽い食事会でもしないかって!こいのぼりの季節だし、それを知ってもらうついでで』
「ひ、ひ、広嶋様からのお誘い!?ミムラ!そのことを始めに伝えなさい!!この裏切!必ず行きますわ」
『ホント!?良かったー!じゃあ、広嶋くんのいる広島県でやるみたいだから!あとで詳しいことは私から伝えるねー!』
裏切にとって広嶋とはこの恋を伝えたい相手。羨む存在。その人からのお誘いとあっては命を払ってでも行く。
「しかし。こいのぼりとは一体……」
現在は宮城県の方で中学生紛いとして暮らしているが、普段から通っている学校のセーラー服を着用している。腰には護身用兼、邪魔者殺害用の拳銃を二丁備えている。
妄想が激しいがとても一途な女性であり、怪物。
「!ま、まさか!こいのぼりとは、恋昇り!!」
恋からのステップアップ!恋からの昇華!!
「つまりは愛!私とのご結婚のお約束!?」
妄想は自分勝手に進んで行く。どー考えても違うだろうと聞けば分かるのだが、裏切には他者の意見を聞く耳など持ち合わせていない。
「きゃぁぁぁっ!なんてお誘いなの!?愛の!愛の告白をしてくれるわけですね!?広嶋様!!ついに、私とのご同居をお許しくださるのですね!?」
自宅で妄想ワールド全快。興奮しすぎて洗顔に嵌ってしまう。そのこいのぼりとやらを早く始めたいと思い、予定される日の前日に裏切は広嶋の自宅を襲撃したのであった。
バリイィンッ
「広嶋様ーーー!こいのぼりが待ちきれずにやってきましたーー!」
「夜中に来るんじゃねぇーー!裏切!!窓を割って来るな!!」
寝ているところを襲撃された広嶋は裏切を締め上げて、しっかりと結んで動けなくしてまた少し寝た。
そして、朝が来て朝食を用意してあげて裏切と話す広嶋。
「なんで俺がそーゆう面倒なのを企画する?ミムラの口車だぞ。俺の家を使っていいなんて、一言も言っていない」
「そ、そんな……こいのぼりをしないなんて!」
広嶋と一緒に食べる朝食に感動しながら、キツイことを言われて泣いている裏切。
「で、でも!ミムラやのんが。藤砂も、灯も来ると言っていたわ!それなのに広嶋様自身の気持ちで中止にするのはよくありませんわ!」
「勝手に人の家を使うなよ。ったく……」
「しましょうよ!こいのぼり!私もよく知らないので、教えてください!広嶋様!」
「……分かった分かった。ミムラも五月蝿かったから、良いよ!使えよ!金はミムラから倍額もらうわ」
観念したような声を出して、なんとかこいのぼりを実行できることになった。裏切の必死な説得に応じた形。そして、広嶋はミムラに対して強い不快感を示した。さすがの”天運”と言ってやりたいし、一発叩いてやりたい。
裏切は後々。自分が広嶋様とちゃんと食事をして、会話をしていたことに気付いて再び感動していた。一方で、広嶋はこいのぼりの準備とやらをしに
「裏切、少し付き合え」
「はい!?」
「一緒に買い物に行くぞ」
食事だけでなく、お買い物まで!?なんて素晴らしいの、恋昇り!こんなこと、広嶋と出会えて初めてかもしれない。けど、それは一回目で二回目、三回目と、訪れるのではないでしょうか!?
「はい!この裏切!一生、広嶋様についていきます!」
熱く燃えている裏切の言葉とは裏腹にとても面倒な声を出している広嶋。裏切を連れて行かせるのは自宅で不信な動きをさせないため、監視下におきたいからという理由でしかない。それに、たまには悪くもないかもしれない。
一緒に歩いての買い物。裏切が出してきた手に、広嶋も手を出してくれて少し握ってあげる。
こ、これが恋昇りなのですね!?なんて素晴らしいの、恋昇り!
街中で拳銃をぶっ放したら面倒だからな。大人しくしてろよ。
ガンガンに熱くなる裏切の体温。もう死んでも良いみたいな気持ち。一方、広嶋は裏切から感じる妙な熱気に戸惑っていた。しばらく会話がなかったが、裏切が勇気を出して訊いてみた。
「広嶋様!こ、こいのぼり、とは……どのような行事なのですか?」
異世界からやってきた裏切。自分を連れて来てくれたのは広嶋だ。知識を得たいという気持ちなのかと、思って広嶋は普通に答えた。
「鯉幟は日本の風習で、男児の出生と健康を願うことらしい」
ベストアンサー。間違ってはいない。しかし、それを受け取った側の解釈が100%間違っていた。聞いている箇所が極端。
「しゅ。しゅ。出生!?男の子の出生!!」
赤面しながらうっかり、いや、勢いで広嶋の胸を叩いてしまう裏切。
「こ。この裏切にとって嬉しい言葉です!わ、私も広嶋様との間に男の子が欲しいと、思っております」
「お前は何を言っている?」
もうこの妄想が始まったら早々収まらない。広嶋でも無理である。
「やはり恋昇りとは、愛に繫がることだったのですね!素晴らしい文化ですわ。恋昇り」
「裏切………まぁいいや」
広嶋は早々に諦める。どう考えても、裏切を止められない。意識が妄想の中に行ってしまった。
そんな中進めるこいのぼりのための、お買い物。
「とりあえず、つまみとか酒とかお菓子だな。好きに買って良いぞ」
「ほ、本当ですか!?私、そうなると手加減できません!」
「レシートは捨てるなよ。ミムラにあとで払わせるから」
まずは飲み会用のお菓子を中心のお買い物。そのあと、雑貨コーナーで本当のこいのぼりのための、商品を買いに行った。
裏切はその大きさに驚いていた。
「こ、これは鯉!なんて大きいのですか!?」
「それをつるして風に靡かせると、空を泳ぐ鯉に見えるんだよ。それがこいのぼりだ」
「縁起物というわけですね!?さっそく、この一番大きいのを買いましょう!効果が大きそうです!」
「つるすとこねぇーぞ?どーするんだ?」
「良いんです!頑張って、私がつるします!」
いや、どー考えても無理なんだが。裏切の顔を見るとどーでも良くなった。それにあとで金はミムラに請求させてもらう。一番大きな鯉を買って持ち帰る広嶋と裏切。たまにはこーした買い物も良いのかもしれない。
自宅について、飾りつけと飲み会の準備。もうすぐ、ミムラとのんが来るらしい。
「藤砂と灯は?」
『新幹線を壊したとかで遅れるみたいだよ』
「そうか。なんか、テロ事件のニュースが流れているが、あいつ等のせいじゃねぇーだろうな?」
『あ、広嶋くんさ。ちょっと、悪いんだけど。迎えに来てくれないかな?駅の中、よく分からなくて……』
「分かった分かった。タクシーで良いよな?」
電話をもらった広嶋は飾りの途中でミムラ達を迎えに行くため。家を裏切に任した。仕方がない。
それに
「あとはこの特大の鯉を吊るすだけですわー!窓から吊るしますので外から見ていてください!」
「分かった分かった。壁にぶつけるなよ」
買って来た鯉を吊るすだけの作業。たぶん、置いていても大丈夫だろう。たぶん。
広嶋は不安しかなかったが、とりあえずミムラとのんを迎えにいった。そして、頑張って裏切は鯉を吊るそうとするが、なかなか上手く行かない。
「よ、弱りましたわね。上手く鯉のようにならない。戻ってくる広嶋様を喜ばしたいですわ!」
あまりにも大きく、吊るすスペースがまったくない。やっぱり。裏切はどうやらこの鯉の姿をちゃんと広嶋達に見せたいのだろう。
「そ、そうよ!」
閃く!裏切以外は超嫌な予感!広嶋達が来る5分前というのも、間が悪い。
「先に裏切ちゃんが来ちゃったんだよね?」
「まったく、なんて事をしてくれるんだよ。ミムラ。金はあとで全部倍額な」
広嶋とミムラは少し話しながら歩いていたため、一番乗りに広嶋の家を開けたのは小学生でとても可愛らしいのんちゃんであった。彼女もまた、異世界からやってきた住民なため、こいのぼりを知らない。
「お邪魔しまーす」
どんなものか、期待を膨らませて鯉を拝むつもりののんちゃんであったが、
「あら、のんもいらしたのね」
裏切の声。しかし、のんちゃんからみると裏切が鯉に食われているかのようなお姿。しかも立っている。子供にはとてもショッキングな光景。知っていてもビックリする。開けた扉のすぐにそんなのと出会えば
「ぎゃーーーーーっっ!!」
泣き叫ぶと同時に気絶するほどのショック。のんちゃんには裏切が鯉に食われたと錯覚し、さらには自分も食べられると思ってしまった。
「お前は何してんだーー!なんで鯉に食われてるんだよ!?」
鯉を着た裏切の上から、広嶋は怒って殴ってしまった。せっかくの飲み会が台無しとなりかけたショッキングな出来事。
のんちゃんはしばらくの間、魚料理が怖くて食べることを恐れたらしい。