番外編 お参りに行きましょう!
久々にほのぼのしたものを書きたくて、一気に書き上げてしまいました……。よろしくお願いします。
「響子さん! 起きて下さい! いい天気ですよー!」
「うん……」
元気な声とともに、カーテンが勢い良く開かれる。瞼越しにでも、朝の光はとても眩しい。秋も終わりに近づき、冬の気配を感じられる今日この頃。布団から出たくない……。それでもそっと目を開くと、五感の全てがそれと同時に目を覚ました。初めに感じたのは愛しい彼の姿……ではなく、彼が作ってくれたお味噌汁の匂いなのだから、我ながら少々情けなくなってしまう。
「ほらー、御飯できてますよ! 今日は、響子さんの大好きなポテトサラダもあるんですよ!」
ベッドの上に起き上がってから、しばらくぼうっとする。頭がうまく働かない。今日は何曜日だろうか。ふとカレンダーを見て、私は彼に恨みがましい目を向けた。
「今日、日曜日じゃない……」
すると彼は首を傾げて見せる。う……そんなかわいい仕草をされたら、毒気を抜かれてしまうではないか……。それから、彼は何も問題はない、というようにニッコリと笑って見せた。
「そう、今日は日曜日ですよ、響子さん! だから、今日は動物園に行きましょう!」
「どうして急に動物園……?」
彼の言動に脈絡がないのはいつものことだが、今日は頭が働いていないせいか余計にわからない……。ニコニコと笑いながら、彼は意味不明な発言を続けた。
「お参りですよ、お参り!」
「は?」
この変人と結婚して半年になる。結局彼は、住み心地がいいから、なんて言って私のマンションに転がり込んで来た。……まあ、家事の大半を彼がやってくれているのだけれど……。意外にも彼は結婚するには婚姻届を役所に提出しなければならないことは知っていて、両家の両親に挨拶に行った後であの汚い字を一生懸命婚姻届に書いてくれた。……そう、その位の常識はあるはずなのに。
「どうして動物園なんかにお参りに行くのよ?」
「秘密ですよー! ほら、早く早く!」
ああ、遊園地に行く前の子供みたいだ……。仕方なく、私は彼に付き合って動物園に行くために、寝心地の良いベッドを後にした。
「わあ、響子さん見て下さい! 色んな動物がいますよー!」
「動物園だもの、当たり前じゃない……」
彼が私を連れて来たのは最寄りの動物園……ではなく、電車で二十分位離れた場所にある動物公園だった。そして、朝の寝起きの頃からあまり頭がはっきりとしない私は、溜息混じりで彼の言葉に答えた。
当たり前のことだが、日曜日の動物公園は人でごった返していた。寄り添って歩くカップル、はしゃぐ若者のグループ、親子連れ。ふと、父親に肩車をしてもらって、楽しげな笑い声を上げている少年を目で追ってしまった。隣を歩く彼も、ああいう優しい父親になりそうだなと思いながら……。そんな私の様子を見ていたのか、隣からクスリと笑い声がする。
「何よ?」
まさか、考えていたことがばれていないだろうなと照れ隠しに少し強い口調で尋ねてしまう。彼から返って来たのは、満面の笑みだった。
「響子さん! 響子さんも肩車してほしいんですか?」
カクリと体から力が抜ける。もちろん、私をからかうなんてそんな芸当ができる彼ではない。真面目に、至極真面目にそう尋ねているのだ。
「して欲しくない!」
「あわわ、待って下さいよ、響子さーん!」
ずんずんと大股で歩き出した私の後を、彼が慌ててついて来る。歩調を緩めると、すっと手を握って来る。
「何よ?」
今度は、先程よりも尋ねる口調が弱くなってしまった。断じて、手を繋いでくれたのが嬉しかった訳ではない。……と思う。
「僕が迷子にならないように、手を繋いでいてください」
「いい歳して迷子になるな!」
……つくづく、ときめきからは遠い奴だ。
「あ! いたいた!」
しばらく歩いて、隣の彼が嬉しそうに声をあげる。繋がれた手のせいで、私は動物なんて見ている余裕もなかったというのに。
「……鳥?」
「そうですよー、響子さん! コウノトリです! ほら、一緒にお祈りしてください!」
私の疑問に答えてから、隣の彼が熱心にコウノトリを拝み始める。コウノトリの檻に、お賽銭を投げ入れかねない様子で……。ああ、この変人が何を祈りに動物園に来たのかわかってしまった。それは確かに私も望んでいることで……。
「仕方ないわねー」
恥ずかしいなと思い、周りを少し気にしながらも、彼と一緒にコウノトリに向かって手を合わせた。少し前の私なら、決してしなかったことだろう。
視線を感じて目を開け、隣を見上げると柔らかく笑った彼の顔があった。ああ、幸せってきっとこういうことなんだな。柄にもなく、恥ずかしいことを考えてしまった。
「帰りましょう、響子さん。寒くなってきたし、明日もお仕事だから疲れたら大変だから」
「そうね……」
ほんの少し、声音に残念な気持ちが滲んでしまった。会社ではうまくポーカーフェイスを装っているのに、彼の前ではほんの少しの強がりさえできない。
「そうだ、帰りに買い物に寄って帰りましょう! 響子さん、晩御飯は何が食べたいですか?」
せっかく出掛けたんだから、もう少しこうして一緒に歩きたい。私の願望を正確に読み取って、彼はそう言ってくれた。頬がほんの少し熱を持つのを感じながら、ぽつりと呟く。
「……シチュー。寒くなって来たから」
「いいですね、よーし! とびっきりおいしいシチュー、作りますからね!」
とても嬉しそうに笑う彼。ガッツポーズをした拍子に、左手の薬指がキラリと光る。お揃いの指輪をしている私の手は、すっぽりと彼の右手に包み込まれている。
「なんか、あったかいね」
隣で上機嫌に鼻歌なんて歌っている彼には、きっと聞こえていないだろう。それでも、ずっとこの手を離さないでいてくれるだろうという安心感がある。
「ねえ、早く帰ろう?」
先程考えていたこととは正反対のことを口にしている自覚はある。それでも、急にそう思ってしまった。ニヤリと少し悪そうな、珍しい笑顔が返って来た。
「さては響子さん、お腹が空いたんですね!」
「違うから!」
ときめきからは遠い奴だけど、これからもずっと一緒にいたい。素直にそう思えた。
……ところで、コウノトリに祈るだけじゃ子どもは出来ませんってこと、どう伝えればいいんだろう?
ご覧いただき、ありがとうございました。
なかなか時間が取れず、他の連載中のお話の続きを投下できておりません。お待たせしてしまっている皆様、大変申し訳ありません。