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……可哀想

 このお話は、全体の流れで必要な部分だけを書き出したものです。そのために展開が急ですが、今後地道に描き足して行く予定ですので、どうぞご理解下さい。

 夜中になってもしとしとと振り続ける雨が、お気に入りの赤い傘から少しはみ出している私の肩を濡らす。昼間よりも冷たさを増している気がする。あまり長くあたっていたら風邪をひいてしまいそうだ。そう思った私は、少し大股で歩き始めた。ヒールが濡れた地面をコツコツと打ち、それと一緒に冷たい水飛沫が返って来る。……最悪だ。

「ニャアーン……」

 ふと力ない声が私の耳に飛び込んで来た。足元から聞こえたそれを、私は目で探してしまう。

 ミャア……と先程よりもさらにか細い声で私に何事かを訴えかけているのは、一匹の子猫だった。その子も赤い傘をさしている。おそらく捨てられているこの子を可哀想だと思って、誰かが差しかけてあげたのだろう。可哀想だなと思いながら何も見なかったことにして通り過ぎようとした、その時。

「ニャーン」

 最初に聞こえた鳴き声が、また耳に飛び込んで来た。でも、鳴いたのは赤い傘をさしているこの子ではない。声が聞こえたのは、そのすぐ隣から……。

「……はっ?」

 鳴いていたのは、ずぶ濡れの男だった……。


「いやー、本当に助かりました! ありがとうございます!」

「……」

 言葉を失っている私の前で、一時はどうなることかと……なんて言いながら、男は指をきちんと揃えて床につき、正座をした状態のまま深々とを礼をした。伸びきった黒い髭と髪の毛。髪は首の後ろで括ってはいるが、髭はどうしようもないらしく、手入れがされていなかった。厚い眼鏡の奥には、子犬のようなつぶらな垂れ目が見える。

 私はあの後、ずぶ濡れのこの男が隣にいた子猫よりも哀れに思えたので、仕方なくだがシャワーを貸してやることにした。

「ほら、君もちゃんとお礼を言わなきゃダメだぞ!」

 彼にそう言われた子猫が、ミャアーン、と甘えたような声を出しながら私の膝にすり寄って来た。なんとこの男は図々しくも、この子も一緒じゃなければダメなんです、なんて言い出したのだ。……本当に呆れた男だ。

 だが、子猫はとてもかわいかった。真っ暗な外にいる時にはよくわからなかったのだが、真っ白なふわふわとした毛並みは、私の心をくすぐった。私のマンションは幸い動物を飼っても良いことになっているから、家に置いてあげてもいいかもしれない。……かわいらしい話し相手だ。

「……それで? どうしてあんたはずぶ濡れであんなところに座り込んでたのよ? 大体、それ、あんたの傘なんでしょう?」

 そう、子猫が差していたあの赤い傘は、なんとこの男の持ち物だったのだ。シャワーを貸してあげると言った時に、ではお言葉に甘えて、なんて言いながら彼は子猫を抱き上げ、傘を持ち上げたのだ。

「はい。その子が濡れてるのを見て可哀想だと思ったので、僕の傘を貸してあげたんです。でも、やっぱりそのまま放っておくことなんてできなくて、隣でずっとその子の手伝いをしていたんです。ほら、僕の鳴き真似、上手だったでしょう?」

「……あんたの頭の方が可哀想だわ」

 照れます、なんて言いながら頭をポリポリと掻いて見せる男を見て、思う。こいつ、本当に可哀想だ……。そんなことを考えながら男をじーっと見ていると、突然彼の体がビクリと跳ね上がった。ググゥーッ、と部屋中に響き渡るような轟音。……彼の腹の虫だ。

「あ、すみません……。ここ三日程水しか飲んでいなかったので……」

「はっ? あんた一体どういう生活してる訳っ?」

 そう言いながら、私は立ち上がってキッチンへと向かった。そして、冷蔵庫を開ける。中に入っているのは、昨日購入したけれど食べなかったパスタと、晩酌用のビール……。行き倒れにビールはもったいないと思い、パスタだけを電子レンジで温めて彼に出してやった。目の前に置いてあげると、彼の顔がパッと輝いた。……今にも涎をこぼしそうだ。

「……たっ、食べなさいよ。お腹、空いてるんでしょう?」

「ありがとうございますぅ!」

 彼はそう言って箸を取り、いただきます、と言って手を合わせてからパスタの透明な蓋を開けた。部屋中にトマトの酸っぱい匂いが広がる。……私もお腹が空いて来た。

「それで? どうして三日間断食生活なんてしてた訳?」

 目の前でこの上なく幸せそうにパスタを頬張る男に、私は少々苛立ちを含んだ声音で尋ねた。その苛立ちに気付いたのか気付いていないのかはわからないが、恥ずかしながら、なんて前置きをしてから彼は頬を染め、またしても頭をポリポリと掻きながら身の上話を始めた。

「僕は、仲井啓介と言います。駆け出しの画家です。今は秋の展覧会に出す絵のモデルを探して放浪の旅をしているんです」

「放浪の旅、ねえ……」

 普通自分で放浪の旅なんて言わないだろう、と思いながらも、私は彼が続きを話すのを待った。……お腹空いて来たな。しばらく買い物なんて行ってないから、冷蔵庫には碌な物入ってないし……。

「はい! でも、この町に来た時にお財布を落として困っているおばあちゃんがいたので、僕のお財布をあげちゃったんです」

 ガクン、と私の体から力が抜けた。こいつ、どこかおかしいと思ってたけど、全体的におかしい……。私のそんな様子を不思議そうに眺めている彼に、私は続きを話すように促した。

「そうしたら、御飯を買えなくなってしまって……。それで、三日間御飯が食べられなかったんです」

「そりゃ、お財布ごと人に渡したら食べられなくなるでしょうね……」

 そうなんです、と言いながら、また彼は照れたように笑って頭を掻いた。……その時。

 クゥ、と私のお腹が切なげな声を上げた。それを聞いた彼が、目を丸くする。聞かれてしまったことに対する気恥ずかしさで、私の全身が熱くなった。

「なっ、何よ、悪いっ? 私だってお腹が空いたのよ! ほら、買い物行くから、あんたももう出て行って! その服はあげるから!」

 彼には、元彼が置いて行ったシャツとジーンズを貸していた。小柄な彼には少々大きかったようだが、私の服を貸すよりはいいだろう……。彼が来ていたずぶ濡れの服はハンガーにかけてあったが、それをたたんで袋に入れてやる。

「すっ、すみません、気が利かなくて! 本当にどうもありがとうございました! あの、後日きちんとお礼がしたいので、ここの住所とお名前を教えて下さい!」

 彼はそう言いながら、慌てて背負っていたリュックの中から手帳と鉛筆を取り出した。メールアドレスを聞かない辺りがいかにも変人の彼らしい……。悪い奴ではないだろうと思って、私は何の気なくここの住所と名前を教えてやった。

「……雨宮響子さん、ですか……。素敵なお名前ですね」

 彼はそう言って、満面の笑みを浮かべた。笑うと眼鏡の奥で垂れ目が細まって、なんだかかわいらしい。

「それでは、お邪魔しました。その子、かわいがってあげて下さいね」

 彼はそう言って、玄関でぺこりと頭を下げて出て行った。……私、まだこの子を飼うなんて言ってなかったんだけどな……。まあ、いいか。どちらにしろ飼うつもりだったし、それに……。

 それに、こんなに楽しい時間は久しぶりだった。……変人だったけど。

 こんにちは、霜月璃音です。

 癒しを求めてほのぼのとした彼を作り上げた結果、こんなお話が出来上がりました。楽しんでいただければ幸いです。

 これは私の親友が理想だと言っている男性像をモデルにして書かせていただきました。このお話を親友Cに捧げます!

 現在連載中の二編につきましては、もう少々お待ち下さい。

 ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました。

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