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夏季の合同演習

――鼓膜を震わせる潮騒の音と、肌をジリジリと焦がすような真夏の太陽。

 鼻腔をくすぐる磯の香りと、どこまでも続く真っ青な空と海。


「うおおおおおっ! 海だぁぁぁぁっ!!」


私は、大型魔導船のタラップを駆け下り、真っ白な砂浜に降り立つなり両手を広げて絶叫した。

 夏の長期休暇。私たちミリス魔法学園の2学年は、王都から船で半日ほど南下した海域に浮かぶ孤島『王立修練島』へとやってきていた。

 目的は、魔法学園と、剣術や身体能力を重んじる『王立騎士学校』との、二週間に及ぶ他校合同の夏季演習である。


(島! 海! サバイバル! そして溢れんばかりの新鮮なシーフード!!)


私の頭の中は、すでに獲れたての巨大な魚介類を丸焼きにして貪り食う、血湧き肉躍る野生のキャンプ生活の妄想で埋め尽くされていた。

 無人島での魔獣討伐。己の身一つで大自然に立ち向かい、狩った獲物をその場で捌いて豪快なバーベキューにするのだ。こんなにテンションの上がる公式行事が他にあるだろうか。


「……マリー。あなた、まさか本気でこの一週間、テントを張って砂浜で野宿でもするつもりだったわけ?」


一人で鼻息を荒くしている私に、背後から優雅に日傘をさしたアイリスが、氷のように冷たく、そして心底呆れたような声をかけてきた。


「え? 違うの? だって『サバイバル演習』って……」

「あのね。ミリス魔法学園の生徒のほとんどは、高位貴族の令息令嬢よ? 日焼け一つ許されないご令嬢や、土を触ったこともないような坊ちゃんたちが、真夏の無人島で泥だらけになって野宿なんてするわけないでしょう」


アイリスが指差した先。

 見渡す限りの大自然と白い砂浜が広がる入江の向こう側、小高い丘の上に――。

 まるで王都の一等地からそのまま切り取って持ってきたような、白亜の巨大な宮殿がそびえ立っていた。


「な、なにあのやたら豪華なお城……」

「あれは王家の所有する『海浜別邸』よ。今回の演習期間中、私たち魔法学園と騎士学校の生徒たちが寝泊まりする合同宿舎。……というより、最高級の避暑邸宅と言った方が正しいわね」


ポカンと口を開ける私の横で、船酔いで顔を青くしたセドリックが、ふらふらと歩きながら補足してくれた。


「アイリスさんの言う通りです、マリーさん……。この島は確かに未開の魔獣が放たれた修練場ですが、居住エリアは完全に結界で保護されています。別邸の内部は氷属性の魔石による完全な空調管理がなされ、王宮から派遣された一流のシェフたちが、三食すべて豪奢なビュッフェを振る舞ってくれる手はずになっています」

「えええええっ!? じゃあ、自分で狩ったお肉を焚き火で焼いて食べるワイルドな生活は!?」

「そんな蛮族のような真似をするのは、あなたか、一部の戦闘狂だけよ」


アイリスはパタン、と扇子を閉じ、ため息をついた。


「いいこと、マリー。この合同演習の本当の目的は、サバイバル技術の向上なんかじゃないわ。『ミリス魔法学園』と『王立騎士学校』。この国を担う未来のトップエリート同士の、親睦とコネクション作り……もっと露骨に言えば、将来を見据えた『大規模なお見合いパーティー』なのよ」


――王立騎士学校。

 ミリス魔法学園が、純粋な魔力と知力によって国を導く『王国の頭脳(魔法省の官僚や王宮研究員など)』を育成する機関であるならば、王立騎士学校は、圧倒的な武力と身体強化魔法で国を外敵から守る『王国の剣』を育成する機関である。

 王都の軍事特区に位置する彼らの校舎は、ミリスのような優雅な白亜の学舎とは対極にある。黒い重厚な石造りの要塞のような造りで、朝から晩まで怒号と剣の打ち合う音が響き渡っているという。

 卒業生のほとんどは、王国騎士団のエリート部隊や、辺境を守る軍の将軍、あるいは高位貴族の私兵団長へと進む。


「魔術師には、詠唱を守るための強固な前衛(騎士)が必要。そして騎士には、広範囲を制圧し、支援してくれる後衛(魔術師)が必要不可欠よ」


アイリスが、丘の上の別邸へと続く大理石の階段を見上げながら語る。


「だからこそ、両校の生徒たちは2学年という早い段階でこうして顔を合わせるの。将来の戦友を、あるいは有益な伴侶をここで見極めるためにね。毎晩のように別邸の大広間では豪華な晩餐会が開かれ、昼間の演習で実力を示した者たちが、優雅にワイングラスを傾けながら腹の探り合いをする。……それが、この『夏の演習』の真実よ」

「うわぁ……なんか、一気にドロドロした大人の世界に聞こえてきた……」


私がドン引きしていると、隣でアイクが「よっしゃあ!」と己の拳と手のひらを打ち鳴らした。


「俺はどっちでも大歓迎だぜ! 騎士学校の連中とは、一度本気で手合わせしてみたかったんだ! あいつらの身体強化魔法と剣術のコンボ、どれだけ骨があるか楽しみだぜ!」


侯爵家の嫡男でありながら、魔法よりも剣術や体術を好む脳筋のアイクにとっては、騎士学校の生徒たちは願ってもないライバルらしい。


「ほら、お喋りはそこまでにして、私たちも別邸に向かうわよ。あまりウロウロしていると、品がないと思われるわ」


アイリスに急かされ、私たちは丘の上の『海浜別邸』へと向かった。

 エントランスをくぐると、そこは本当に南の孤島かと疑うほどの別世界だった。

 吹き抜けの巨大なロビー。床は磨き上げられた純白の大理石で覆われ、天井からは無数のクリスタルグラスが連なる巨大なシャンデリアが眩い光を放っている。

 壁のあちこちに埋め込まれた氷属性の魔石が、外の灼熱の太陽を完全に遮断し、心地よく澄んだ冷気を空間全体に循環させていた。


「すっげえ……。王宮の迎賓館並みの豪華さだな」

「ここで二週間も過ごせるなんて、流石は王家の財力ですね……」


アイクとセドリックが感嘆の声を漏らす。

 そして、私の視線を釘付けにしたのは、ロビーの奥に広がる『大食堂ダイニングホール』の光景だった。

 長いオーク材のテーブルには、すでに歓迎の昼食会として、ありとあらゆるご馳走が山のように積まれていたのだ。

 氷の彫刻の上に美しく盛られた色鮮やかな南洋魚のカルパッチョ。こんがりと黄金色に焼き上げられた子豚の丸焼き。顔の大きさほどもある巨大なロブスターの香草焼きに、山積みのトロピカルフルーツ。


「おおおおおっ……! 天国だ! ここは天国だよアイリス!!」

「ちょっとマリー、よだれを拭きなさい! 他校の生徒もいる前ではしたない!」


アイリスの制止も聞かず、私はロブスターに真っ先にかぶりつこうと駆け出そうとした。

 その時だった。


『キャアアアアッ! エラルド様よ!』

『嘘、生で見ると絵画よりもずっとお美しいわ……!』

『今年の魔法学園には、あんなに完璧な御方がいらっしゃるのね!』


別邸のエントランス付近から、鼓膜を劈くような黄色い悲鳴の嵐が巻き起こった。

 振り返ると、そこには、少し遅れて馬車(島内移動用の豪奢な魔導車)から降り立ったばかりの、エラルドの姿があった。


夏の演習用に仕立てられた、少し軽装な魔法学園の純白の制服。

 首元のタイは少しだけ緩められているが、それがかえって彼の完璧な容姿に大人の色気を添えている。シャンデリアの光を反射してキラキラと輝くプラチナブロンドの髪と、透き通るようなサファイアの瞳。

 彼の周囲には、ミリス魔法学園の令嬢たちだけでなく、本来は質実剛健なはずの『王立騎士学校』の女子生徒たちまでもが、完全に骨抜きにされて分厚い人垣を作っていた。


騎士学校の制服は、ミリスの白を基調としたものとは対照的な、深い真紅と漆黒を基調とした軍服のようなデザインだ。装飾は極力省かれ、動きやすさと防御力を重視した作りになっているが、それを身に纏う彼女たちもまた、日々の鍛錬に裏打ちされた凛とした美しさを持っている。

 しかし、そんな誇り高き未来の女騎士たちでさえ、エラルドの放つ圧倒的な「完璧な王子様」のオーラの前には、頬を赤らめるただの乙女になり下がってしまっていた。


「……うわぁ」


私は、手に持とうとしていたトングをギュッと握りしめた。

 エラルドのモテっぷりが尋常ではないことは知っていた。でも、まさか他校の、しかもバリバリの武闘派の女騎士たちまで一瞬でメロメロにしてしまうなんて。

 しかし、エラルド自身はそんな令嬢たちの熱狂には一切なびかない。彼は今、大広間の中央で、騎士学校の2学年のトップらしき屈強な男子生徒(胸に数々の勲章のようなバッジをつけている)と、爽やかで完璧ないつもの貴公子の微笑みを浮かべて外交(談笑)の真っ最中だった。


『エラルド様、よろしければこの後のオリエンテーション、わたくしたちとご一緒しませんか? わたくしの家門は、アルバーン公爵領の隣接警備を担っておりまして……』

「お誘いは光栄ですが、僕は生徒会の役員として、まずは他校の代表と全体の陣形確認を行わなければなりません。どうかお気になさらず、皆様でこの素晴らしい昼食をお楽しみください」


家柄や利権をチラつかせて近づこうとする騎士学校の令嬢たちにも、綿毛のように優しく、しかし一寸の隙もない完璧な言葉で距離を置いている。

 その洗練された身のこなしと甘い声色に、振られたはずの令嬢は『ああっ……! なんて紳士的なの!』と、かえって熱を上げて両手で頬を押さえている。


(…………むかっ)


私の胸の奥で、ほんの少しだけ、チリッとしたものが燻った。

 わかっている。私たちが両想いになったことなんて、アイクたち四人組以外は誰も知らない秘密だ。学園の大多数の生徒たちにとって、私とエラルドの関係は「ただ昔から近所に住んでいるだけの、不釣り合いな腐れ縁」でしかない。

 大衆の面前で、しかも他校の生徒の目もあるこのような公式の場で、エラルドが私を特別扱いするような態度は絶対にとらない。それが彼の「公爵としての顔」であり、私を無用な嫉妬から守るための彼なりの配慮なのだ。


頭では分かっている。分かっているのに、あんなふうに他の女の子たちから黄色い声を浴びて、それを涼しい顔でいなしている彼を見るのは、どうにも面白くなかった。


「……マリーさん。トングが、ひしゃげてます。ロブスターの殻が砕けそうです」


セドリックが青ざめた顔で指摘してくるが、私は無言のままトングを置き、素手でロブスターの巨大な爪をボキッとへし折った。

 その時だ。


「――貴女が、マリー・トマスね」


不意に、背後から凛とした、けれどハッキリと見下すような鋭い声が降ってきた。

 振り返ると、そこに立っていたのは、王立騎士学校の真紅の制服を着こなした、見目麗しい女子生徒だった。

 燃えるようなルビーの瞳に、ポニーテールに結い上げた見事な金髪。腰には細身のレイピアを帯び、その立ち姿からは上位貴族特有の圧倒的な自信と、歴戦の騎士のような覇気が溢れ出している。


「あの完璧なエラルド様にまとわりついている、哀れな腐れ縁の幼馴染がいると聞いて、どんな方かと思えば……」


彼女は、両手でロブスターの爪を頬張る私を、まるで珍獣でも見るような目で上から下まで値踏みした。


「ずいぶんと……野性味あふれる方なのね。わたくしは王立騎士学校2学年、第一騎士団長の娘、ディアナ・フォン・ローゼンブルクよ」

「んぐっ、ごくっ……マリー・トマスです。よろしく、ディアナ様」


私が海老の身を飲み込んで口の端を手の甲で拭うと、ディアナは「ひっ」と信じられないものを見たように眉をひそめた。

 周囲の騎士学校の生徒たちが、ヒソヒソと囁き合う。


『あれが、魔法学園の平民の特待生……』

『信じられませんわね。あのような野蛮な娘が、エラルド様の幼馴染だなんて』


「お作法もご存知ないのね。あのような完璧な御方が、幼馴染という古臭いしがらみだけで、貴女のようなガサツな平民の世話を焼かされているなんて、魔法学園の令嬢たちは何をしているのかしら」

「……は?」

「次期筆頭公爵であるあの方の隣に立つなら、最低限の貴族としての教養と、あの方の背中を預かるに足る『武力』が必要不可欠ですわ。貴女のように、ただ無神経に守られ、食い意地を張っているだけのお荷物には、あの方は不釣り合いよ」


ディアナは、フッと好戦的な笑みを浮かべ、私の鼻先にレイピアの鞘を突きつけた。


「この演習は、将来の戦友や伴侶を見極めるための神聖な場。わたくしは第一騎士団長の娘として、そして騎士学校のトップとして、エラルド様にふさわしい武と誇りを持っています。今回の演習で、証明して差し上げますわ。わたくしこそが、あの方の隣に立つにふさわしい女だということを。貴女は精々、邪魔にならないところで震えていることね」


――ピキィッ。

 私の頭の中で、何かが完全にキレる音がした。


お荷物? 不釣り合い?

 ああ、言ってくれるじゃないか。

 確かに、私は魔法が使えない平民だし、貴族の教養なんて欠片もない。周りから見れば、彼に一方的に世話を焼かれているだけの厄介者に見えるだろう。

 でもね。あんたたちが「手の届かない雲の上の王子様」だと崇めているあの男が、裏でどれだけ口うるさくて、意地っ張りな大馬鹿野郎か、あんたたちは一ミリも知らないじゃないか!


「へえ……」


私は、手に持っていたロブスターの殻を銀の皿にドンッと置くと、口元にニィッと凶悪な笑みを浮かべ、ディアナの前にズカズカと歩み寄った。


「なんだい、ディアナ様。あんた、エラルドの隣を狙う気?」

「ね、狙うだなんて、はしたない……っ! わたくしはただ、国を背負う彼に、真にふさわしい者が隣に――」


ディアナは顔を真っ赤にして怒った。


「わたくしを侮辱する気!? よろしいですわ、マリー・トマス! 明日からのサバイバル演習で、どちらがより多くの魔獣を狩れるか勝負よ! わたくしが勝ったら、貴女は自分がエラルド様に不釣り合いな凡人だと認めて、一生あの方に近づかないことね!」

「いいよ! 私が勝ったら、あんたの分の夕食のバーベキューの肉、全部もらうからね!!」


私の食い気全開の宣戦布告に、後ろで見ていたアイクが「お前、あんなに煽られておいて賭けるもんが肉かよ!」と吹き出し、アイリスが「呆れた……」と日傘を回した。


私とディアナの間で、バチバチと青白い火花が散る。

 周囲の生徒たちが「おい、あの魔法学園の平民が、騎士学校の令嬢に喧嘩を売ってるぞ」「またエラルド様に迷惑をかける気か」とひそひそと囁き合っているが、知ったことではない。


(ふんっ。いくら周りが不釣り合いだって言おうが、あいつは『私の男』なんだから!)


誰も私たちの秘密の関係を知らないからこそ起きる、この見当違いなマウント合戦。

 遠くの方で、まだ騎士学校の代表と爽やかに談笑しているエラルドの姿が見えた。彼はこっちの騒ぎには全く気づいていない(あるいは、公の場だから気づかないフリをしている)ようだったが、私は心の中で彼に向かって『あんたの夕食の肉も私のもんだからね!』と謎の決意を固めていた。


こうして、真夏の太陽が照りつける南の島で。

 貴族たちの思惑と恋の駆け引きが交錯する豪華絢爛な別邸を舞台に、私たちの関係を知らないライバル校のトップ騎士と、食い気と恋心に火がついた私との、熱くて騒がしいサバイバル勝負の火蓋が切って落とされたのだった。



秋の『魔法祭』の締めくくりとして王都で開催される大舞踏会――あのエラルドとミーシア様に関する不穏な(そして私が絶望のどん底に突き落とされることになる)婚約の噂がまた飛び交うのは、この夏季特別演習を終えて学園に戻ってからのことだ。


つまり、今の私はまだ、そんな絶望の未来が待ち受けているとは露知らず。

ただ目の前に現れた「恋のライバル(?)」との肉を懸けた戦いに向けて、南の島の太陽よりも熱く闘志を燃やしていたのである。


* * *


「……絶対勝つ。あのツンツンポニーテールの高飛車女騎士を完膚なきまでに叩きのめして、私がエラルドの隣でバーベキューの特選肉を全部平らげてやるんだから……!」


ズドォォォォンッ!!


真っ白な砂浜に、小型の隕石が落ちたような鈍い音が響き渡った。

 合同演習の初日は、あくまで両校の「顔合わせ」と「親睦を深めるためのバカンス(外交)」という名目であり、本格的な実技演習は明日からだ。

 自由時間を与えられた生徒たちは、思い思いに南の島の透き通る海や、豪華な別邸での優雅なティータイムを満喫していた。


そんなリゾート感満載の空気が漂う中。

 私は一人、波打ち際から少し離れた砂浜に陣取り、ぷんぷんと鼻息を荒くしながら『砂の城』の建造に没頭していた。


「ここが本丸……エラルドの居場所! そしてここが、外敵ディアナの侵入を防ぐための『絶対防御の城壁』!! ふんぬぅっ!!」


バシィィッ! と私が素手で砂の壁を叩き固めると、特異点由来の規格外の腕力によって、ただの砂がギュンッ! とコンクリート並みの密度に圧縮されていく。

 ただの砂遊びの範疇を完全に超えていた。すでに私の足元には、大人の腰の高さほどもある、異様に強固で実戦的な『対騎士用・要塞型サンドキャッスル』が完成しつつあった。


「……ねえ、アイク。マリーのやつ、さっきから砂浜で『城』っていうか、完全に『軍事要塞』を建築してるんだけど。あの子の腕力で圧縮された砂壁、大砲でも撃ち込まないと崩れないんじゃないかしら」


私の背後、大きなパラソルの下から、氷の入ったトロピカルジュースを優雅にストローで吸いながら、アイリスが呆れたように呟いた。

 彼女は涼しげなつば広の麦わら帽子に、風通しの良いリゾートドレスという、完璧な南国のお嬢様スタイルだ。


「わははっ! 放っといてやれよ。あいつ、あのディアナって女騎士に喧嘩売られて、完全に導火線に火がついてるからな。まあ、マリーのことだから、ディアナへの嫉妬っていうより『賭けの対象になったバーベキューの肉』への執着が9割だろうけどな」


アイリスの隣のビーチチェアでは、アロハシャツのような派手な開襟シャツを着たアイクが、長い足を投げ出してくつろいでいた。

 二人は、私の奇行を生温かい目で見守りつつも、青い海と白い砂浜という絶好のロケーションの中で、リラックスしたバカンスの空気を存分に楽しんでいるようだ。


「そういえば、セドリックは? さっきから姿が見えないけど」

「ああ、あいつなら……ほら、あそこのヤシの木の陰だ」


アイクが指差した先。

 海辺の強い日差しを避けた鬱蒼とした木陰で、セドリックは地面に這いつくばるようにして、何かを狂ったような速度でスケッチしていた。


「す、素晴らしい……! この島特有の魔力場が影響しているのか、王都周辺では決して見られない『瑠璃色ヤシガニ』の亜種ですよ! 見てくださいこの甲殻の魔力回路! 独自の生態系を築き上げて……はぁ、はぁっ、たまりません!」


船酔いで死にそうになっていた顔色はどこへやら。丸眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせ、未知の動植物との出会いに完全に学者のスイッチが入ってしまっている。

 リゾートの海にも、他校の令嬢たちとの親睦にも一切興味を示さず、ひたすらに虫と葉っぱを追いかけるセドリック。ブレない男である。


「本当に、見事なまでに三者三様ね。……あら?」


アイリスが、サングラスの奥でスッと視線を海辺の浅瀬へと向けた。


「あのうるさい声……どこかで聞き覚えがあると思ったら」


アイリスの視線の先。波打ち際で、真紅の制服を着た王立騎士学校の女子生徒たち数人に囲まれ、得意げに胸を張っている見覚えのある金髪の男子生徒がいた。


「ふっ……王立騎士学校の麗しき淑女たちよ。僕のこの華麗なる魔力制御を見たまえ」


ミリス魔法学園のエリート貴族、ジュリアン・フォン・なんとか(ジュリアン・フォン・バルディア)だった。

 彼は、波打ち際の水を魔法で操り、小さな水柱をいくつか立てて見せていた。


「先日の学園祭での『灰の教団』襲撃事件。あの時も、僕はこの高度な水魔法を駆使して、数多の賊たちを華麗に退けたのさ! 君たちのような美しい騎士殿たちを守るためなら、僕の魔法剣術はいつでも惜しみなく解放されるだろう!」


実際には教団の襲撃時、大広間の隅でガタガタ震えて気絶していただけのくせに、息を吐くように武勇伝を捏造している。

 しかし、魔法を専門としない騎士学校の女子生徒たちからすれば、滑らかに水を操る魔法は少しばかり珍しく映るらしい。


『まあ、ジュリアン様は魔術に長けていらっしゃるのね』

『でも……少し、お身体の線が細すぎませんこと? いざという時、重い剣を振るえなくてよ』

『ええ。それに、先ほどのエラルド様の圧倒的な神気と比べると……水遊びにしか見えませんわね』


口では感心したふりをしつつも、武力と体格を重んじる騎士学校の令嬢たちの目は、ジュリアンの筋肉(と虚勢)を冷静に、かつ残酷に値踏みしていた。

 当のジュリアンはそんな冷ややかな視線にも気づかず、「さあ、僕と一緒にあちらのテラスで冷たいパフェでも!」とウインクを飛ばしている。相変わらずの空回りっぷりにある意味安心すら覚える。


「……あいつ、他校に来てまで恥晒してんなぁ」

「放っておきましょう。ああいう手合いは、いずれ現実という名の壁に激突して砕け散る運命にあるのよ」


アイクとアイリスが冷徹なコメントを残し、再び冷たいジュースへと意識を戻す。


「ふんぬぅぅぅっ!! 負けない! ディアナなんかに、絶対に負けないんだから!!」


私は、ジュリアンのナンパ劇など一瞥もくれず、ひたすらに己の闘志を砂に叩きつけていた。

 南の島のジリジリと照りつける太陽。青い空に響く潮騒。

 優雅にバカンスを楽しむ仲間たちの傍らで、私の心はすでに明日から始まる「魔獣(と夕食の肉)を巡る過酷なサバイバル演習」へと完全に飛んでいた。


エラルドの隣に立つのがふさわしいのは誰か。

 ただ守られているだけの小鳥じゃないってこと、私のこの両拳で、嫌というほど証明してやるんだから!



熱気とヤシの木の葉擦れの音が交差する中。

 来るべき波乱の合同演習の幕開けを前に、それぞれの思惑(と食欲)を乗せたバカンスの午後は、静かに、そして騒がしく更けていくのだった。



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