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3組、1組相手に歴史的勝利を収める

「――歴史的勝利に、乾杯ッ!!」


 王都ミリスの繁華街。普段は冒険者や商人たちで賑わう大衆向けの大型レストランは、今夜ばかりは貸し切り状態となり、若き学生たちの熱狂的な歓声で揺れていた。

 カチンッ! と、果実水や炭酸水なみなみと注がれた木製ジョッキが盛大に打ち鳴らされる。


「くぅ〜っ! 胃薬なしで飲む果実水が、こんなに美味いなんて……っ!」

「おいおいフェリクス、泣きそうじゃねえか! まあ、お前があの1組の魔法を必死に防いでくれたおかげで勝てたんだ、今日は胃が弾けるまで飲め!」


 生真面目な学級委員長のフェリクスが感極まって涙ぐむ肩を、アイクがバンバンと景気良く叩く。

 今日の午後に行われた1組との合同実技演習。圧倒的なエリート集団に対し、私たち3組はセドリックの練り上げた完璧な奇襲作戦と、クラス全員の死に物狂いの連携で見事『旗』を奪い取り、大金星を挙げたのだ。


「んーっ! この特大チーズハンバーグ、肉汁がジュワッとして最高!」

「ちょっとマリー! あなたもうそれ五皿目よ!? 少しは他の人の分も残しておきなさいってば!」

「大丈夫だよアイリス、厨房のおじさんが『今日は3組の英雄たちの奢りだ、いくらでも焼いてやる!』って言ってたから!」


 私が両頬をパンパンに膨らませて肉にかぶりついていると、クラスメイトの男子たちがアイリスとアイクをニヤニヤと囲み始めた。


「それにしてもよぉ。演習中も思ってたけど、お前ら二人、最近やけに息ピッタリじゃねえ?」

「そうそう! 冬休み明けから、なんか空気が甘いっていうかぁ〜?」

「そういえば、マリーが新学期の初日に朝から叫んでいたな。関係あるのか?」

「なっ……!?」


 クラスメイトの容赦ない冷やかしに、アイリスがボンッと音が出そうなほど顔を赤くして固まった。

 王宮での祝賀会の夜から、正式に付き合い始めた二人。隠しているつもりだったのだろうが、演習中も無意識にお互いを庇い合ったり、視線を交わしたりしていたのが完全にバレていたらしい。


「う、うるせぇな! 俺たちは前衛と後衛で、たまたま連携の相性がいいだけで……っ!」

「あらアイク君? 手元のジョッキじゃなくて、アイリスの手を握りそうになってるわよ?」

「ヒューヒュー! 侯爵家の御曹司と氷の令嬢、熱いねぇ!」

「っ〜〜〜! あんたたち、一回その口を凍らせてやろうかしら!!」


 アイクが耳まで真っ赤にしてそっぽを向き、アイリスが恥ずかしさのあまり杖を構えようとする(もちろん本気ではない)姿に、店内はドッと温かい笑い声に包まれた。


「……すごいですね。僕たち、本当に勝てたんだ」


 その喧騒の端っこで、セドリックがジュースのグラスを両手で持ちながら、ふっと柔らかく微笑んだ。

 これまで「問題児の吹き溜まり」だの「寄せ集め」だのと、他クラスから見下されることの多かった3組。

 だが、教団という本物の悪意に立ち向かい、それぞれの場所で地獄を見てきた私たち『あぶれ者同盟』の背中が、クラス全体に火をつけたのだ。


「セドリックの作戦が完璧だったからだよ。……それに、みんなが私たちを信じて、1組の魔法から命懸けで守ってくれたから」


 私がハンバーグを飲み込んでそう言うと、近くで聞いていたクラスメイトたちが、照れくさそうに鼻の下を擦った。


「ば、馬鹿言え。お前らが冬の間に、とんでもねえ化け物じみた特訓してきたの、見てりゃ分かるっつの」

「そうよ! うちのクラスの特待生とあぶれ者同盟は、1組のエリート様にも負けないって、今日で完全に証明されたんだから!」


 身分も実力もバラバラな3組。けれど今、この空間には貴族も平民もない。

 同じ釜の飯を食い、背中を預け合って強敵に打ち勝った『最高の仲間』としての確かな絆が、全員の胸の中に温かく結ばれていた。


「よーし! それじゃあ3組の歴史的勝利と、アイクとアイリスの春の訪れを祝って……もう一杯!!」

「「「乾杯ァァァッ!!」」」


 夜が更けるまで、私たちの笑い声が王都の空に響き渡っていた。


 * * *


「ふぅ〜、食った食った! さすがに胃が重いかも……」

「当たり前よ、最後の方なんてローストチキン丸飲みしてたじゃないの……」


 宴会がお開きになり、店を出たのはすっかり月が高く昇った時間だった。

 春の夜風が、火照った頬に心地よく当たる。クラスメイトたちと「また明日な!」と手を振って別れ、家路につこうと大通りを歩き出した、その時だった。


「――遅かったね、マリー」


 魔力灯の淡いオレンジ色の光の下。

 そこに、ミッドナイトブルーの制服を完璧に着こなし、夜風にプラチナブロンドの髪をサラリと揺らす青年の姿があった。


「エラルド!? どうしてここに……ってか、なんで夜更けに繁華街を一人で歩いてるの!?」


 私が目を丸くして駆け寄ると、エラルドは、街ゆく人が思わず振り返るような、完璧で涼やかな微笑みを浮かべた。


「君がこんな時間まで祝勝会をしているとトマスさんから聞いたからね。いくら君が強くても、女の子を夜道で一人歩きさせるわけにはいかないだろう? ……それに、幼馴染の晴れ舞台を祝いそびれてしまったから」


 そう言って、彼はスッと右手を差し出し、私の頭を優しく撫でた。

 今日の演習で、私が容赦無く彼の死角を突き、1組から旗を奪ったというのに。彼の声にも表情にも、怒りや悔しさといった負の感情は一ミリも滲んでいない。

 ただただ、私の無茶を心配し、勝利を喜んでくれる、優しくて頼れる完璧な幼馴染の顔だ。


「へへっ、ありがと! 今日の作戦、すごかったでしょ? クラスのみんなで、エラルドの死角を突くためにすっごい練習したんだよ!」

「ああ。アイクたちの連携も見事だったが……君のあの直情的な突撃には、本当に肝を冷やしたよ。怪我がなくてよかった」


 エラルドは目を細め、労うように私の髪を梳く。


(……ああ。君は今日も、こんなにも無防備で、眩しい)


 ――トクン、と。

 いつもの笑顔の下。彼自身の強靭な理性の氷のさらに奥底で、何かが甘く、重たい脈動を打った。

(その熱を帯びた楽しそうな笑顔を、僕のいない場所で、他の男たちにも見せていたのか)

(僕の知らない数時間を、僕以外の人間と共有して、こんなにも無防備に、嬉しそうに笑っている――)


 ドクン、と。

 地下廃坑でギデオンを討ち果たした直後から、心臓の奥底にへばりついている、ひどく奇妙で不快な感覚。それが今、彼女の匂いと声に触れた瞬間、急速に熱を帯びて脈打った。


 喉の奥からせり上がってくるのは、彼女のすべてを僕だけのものにしてしまいたいという、暴力的で醜悪な嫉妬と執着。

 今すぐ彼女をこの腕の中に組み敷き、二度と他の誰の目にも触れさせないように、王宮の奥深くに繋ぎ止めてしまいたい。

 そんな狂気とも呼べる衝動が、彼の理性をチリチリと焼き焦がし、視界をぐらりと歪ませていく。


「……っ」


 エラルドは、無意識のうちにマリーの細い手首を力任せに掴みそうになった己の右手を、左手で強く握り込んで必死に抑えつけた。


(……違う。なんだ、今の感情は。こんなものは、僕じゃない)


 彼は、自らの内に唐突に湧き上がったこのおぞましい熱を、分厚い『完璧な理性』の氷で力ずくで押し潰しながら、必死に自分自身へと言い聞かせた。


(疲れているんだ。……ギデオンとの戦いで、規格外の光の魔力を一滴の余力すら残さず全解放してしまった。その反動による、ただの極度の魔力酔いだ。空っぽになった魔力回路が、僕の脳に一時的なバグや幻覚を見せているだけだ……!)


 そうだ、そうに違いない。

 でなければ、愛する彼女の自由を奪い、怯えさせるようなこんな身勝手で薄汚れた感情を、抱くはずがない。あの地下廃坑で感じた悪寒も、今のこの狂おしいほどの独占欲も、すべてはただの『疲労』が引き起こした一時的な錯覚なのだと。


エラルドは、呪いから発せられる熱を「ただの疲れ」と強引に理由づけし、心の奥底へと追いやった。


 絶対に、悟らせてはならない。

 この一時的な魔力酔いが醒めるまでは、分厚い氷の仮面で完全に蓋をする。

 彼女のこの平和な日常を、底抜けに明るい太陽のような笑顔を、自分の無意識の執着で曇らせることなど、彼が許すはずがないのだ。

 たとえ自分の心がどれだけ奇妙な熱で焼け焦げようとも、彼女の前では、永遠に涼やかで『完璧な幼馴染』であり続けなければならない。


「エラルド? どうしたの、急に黙り込んで。もしかして、負けたの気にしてる?」


 マリーが首を傾げて下から覗き込むと、エラルドはふっと息を抜き、呆れたように苦笑した。


「まさか。君たちが成長してくれたことが、僕は誇らしいよ。……さあ、帰ろうか。夜風が冷えてきた」

「エラルド? どうしたの、急に黙り込んで。もしかして、負けたの気にしてる?」


 私が首を傾げて下から覗き込むと、エラルドはふっと息を抜き、呆れたように苦笑した。


「まさか。君たちが成長してくれたことが、僕は誇らしいよ。……さあ、帰ろうか。夜風が冷えてきた」


 エラルドは、自身の着ていた仕立ての良い上着を脱ぐと、私の肩にそっと羽織らせてくれた。

 シダーウッドの落ち着く香りと、彼の温もり。


「あ、ありがとう。……でも、エラルドが寒くない?」

「僕が氷の魔法使いであることを忘れたのかい? これくらいどうってことないさ」


 彼は涼やかに笑い、いつものように、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。

 その横顔は、どこまでも透き通っていて、美しい。

 彼の内側でどれほどの重く昏い熱が渦巻いているかなど、鈍感な私が気づけるはずもなかった。


 月明かりに照らされた王都の石畳。

 春の夜空の下、並んで歩く二人の影は、どこまでも平穏で、甘く、そして少しだけ不穏な余韻を残しながら、公爵邸への帰路へと溶けていったのだった。

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