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平和の訪れ 2学年最終学期

凍てつくような冬が終わり、ミリス魔法学園に春の足音が近づいていた。

 雪解け水が石畳を濡らし、きらきらと光を反射している。冷たさの中にも微かな土と若葉の匂いが混じる空気を胸いっぱいに吸い込み、私は2学年の校舎へと足を踏み入れた。


(平和だ……!)


 あの血と泥にまみれ、灰の教団との死闘を繰り広げた怒涛の長期休暇が嘘のように、廊下は新学期を迎えた生徒たちの楽しげな笑い声で溢れている。

 私が向かう先は、平民から貴族まで個性豊かな面々が集まる「3組」の教室だ。


 ガラリと扉を開けると、真新しいインクと羊皮紙の匂い、そしていつもの騒がしい熱気が押し寄せてきた。窓際の席では、生真面目な学級委員長のフェリクスが早くも羽ペンを片手に新学期の書類とにらめっこしている。


「マリーさん! おはようございます」

「あ、セドリック! おはよう!」


 分厚い丸眼鏡を押し上げながら小走りで駆け寄ってきたセドリックと、ハイタッチを交わす。

 冬休みの間、王宮の修行場と特務区画で血を吐くような特訓と研究を重ねていた彼は、以前の気弱な面影が少し薄れ、見違えるほど逞しい顔つきになったと思う。以前のようなおどおどした感じは鳴りを顰め、自身の役割を自覚した迷いのない目をしている。 この学園卒業後の進路は王宮研究所に決まったという。先の大戦の功績を王に讃えられ、推薦状を渡されたと喜んでいた。


「二人とも、早いわね」


 ふいに、教室の入り口から声がした。

 振り返ると、そこには凛とした姿勢で立つ男爵令嬢のアイリスと、その後ろで後頭部を掻きながら照れくさそうに笑う侯爵家嫡男、アイクの姿があった。


「おはよう、アイリス、アイク! ……って、あれ?」


 私は二人に駆け寄ろうとして、ピタリと足を止めた。

 何かが、おかしい。

 いつもなら「おはよう、マリー!」とアイクが軽口を叩きながら私の肩をバンバン叩き、アイリスが「朝から騒々しいわよ」とため息をつくのがお決まりのパターンだ。

 しかし今、二人の距離が異様に近い。肩が触れ合うほどの距離で並んで立ち、あろうことか、アイクの大きな手が、アイリスの華奢な手をしっかりと握っているではないか。


「えっ。ちょ、えっ?」


 私の脳内で、処理能力が完全に限界を迎えた。パチパチと瞬きを繰り返す私の前で、アイリスはボンッと音が出そうなほど顔を真っ赤に染め、アイクの後ろに半分隠れるようにしてスッと視線を逸らした。


「……その。マリー、実はな」


 アイクが、耳まで真っ赤にしながら、コホンと一つ咳払いをした。


「俺たち、付き合うことになったんだわ」

「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私の絶叫が、3組の教室の窓ガラスをビリビリと震わせた。クラスの生徒の目がこちらに一斉に向き、フェリクスがうるさいぞ、マリー君、君はいつも!! とこちらを向いて何か言っているが、それどころではない。


「う、嘘でしょ!? いつから!? なんで!?」

「ほら、あの、王宮での祝賀会があっただろ。すべての戦いが終わった、あの夜に俺から、その……」

「ぶ、祝賀会の夜に!? あんな綺麗なドレス着てダンスした後で!?」

「……もう、マリーったら声が大きいわよ。恥ずかしいじゃない……っ」


 アイリスが抗議しつつも、アイクの背中に隠れるようにして口元を緩めている。


「祝賀会の後から、二人ともずっとこんな調子で……僕、休みの間に何度か集まった時も、毎日一人で胃が痛くて……」


 セドリックが、フェリクスと肩を組みそうなほどげっそりとした顔で呟いた。王宮での厳しい特訓中はストイックだった彼らも、平和が訪れた途端にこれである。

 甘い。甘すぎる。この空間だけ砂糖を煮詰めたような匂いがする。


「号外! 学園新聞部の号外だよ!」


 教室の入り口から、新聞部の腕章をつけた生徒が勢いよく羊皮紙の束を配り歩き始めた。

 アイリスたちの甘い空気を誤魔化すように、私は慌ててその一枚を受け取った。


 インクの真新しい匂いがする紙面に、見出しが大きく踊っている。

『次期生徒会長決定! 筆頭公爵家・エラルド・フォン・アルバーン、本年九月の三年生進級と同時に就任へ!』

 そこには、完璧な『氷の貴公子』の微笑みを浮かべたエラルドの姿が魔法写真で動いていた。


(へえ、九月から生徒会長かぁ……)


 私は記事を読みながら、ふふっと息を漏らした。

 彼がいるのは、王族やエリートが集まる1組の教室だ。平民の私がいる、3組の教室まで彼が顔を出すことは、学園内ではほとんどない。

 周りの女子生徒たちが「さすがエラルド様ね」「学園の光だわ」と黄色い声を上げているのを聞きながら、私はいつもの如く不思議な気分になっていた。学園では遠い存在の彼が、裏では誰よりも過保護で、私の世話を焼きたがる幼馴染だなんて、この教室の誰も知らないのだ。


待ちに待った騒がしくも明るい2年生最後の学期が、今、幕を開けたのだった。



* * *



平和な春の陽射しと、新学期の浮き立つような喧騒。

あぶれ者同盟の親友たちの、離れていた間の初々しい変化と成長に驚かされた新学期から数週間が過ぎ、ミリス魔法学園は春の暖かな風に包まれていた。


九月からの三年生進級を見据えた『進級準備期間』に入り、学園のカリキュラムにも少しずつ変化が表れ始めていた。

その最たるものが、本日の午後から行われる「学年合同・実技演習」だ。


王宮の訓練場を模した広大な屋外の第一演習場。

そこに集められたのは、対極に位置する二つのクラスだった。

片や、王族や由緒正しき高位貴族の嫡男・令嬢、そして成績トップ層のみで構成されたエリート集団である『1組』。

もう片方は、平民から貴族まで身分も実力もバラバラ、個性が強すぎて型に嵌らない問題児の吹き溜まりである私たち『3組』だ。


「……うわぁ、やっぱり、あっちはなんか、立ってるだけで空気がキラキラしてるね」


私は、支給された野戦用の少しゴワゴワしたマントを羽織りながら、演習場の反対側に陣取る1組の集団を見て思わず感嘆の息を漏らした。

同じ学園の制服を着ているはずなのに、彼らの着こなしには一寸の乱れもない。ピンと張った背筋、優雅な身のこなし。彼らが動くたびに、上質な香水の匂いが春の風に乗って微かに漂ってくる気がする。


そして、そのエリート集団のさらに中心。

春の陽光を浴びて、月光を思わせるプラチナブロンドの髪をサラリと揺らしているのは、他でもない私の幼馴染――エラルドだった。


彼は、1組の先頭で教官と何事かを言葉少なに確認している。

その横顔は、私が公爵邸の図書室で見るような、少し気を抜いた柔らかいものではない。一切の感情を排し、しかし誰に対しても完璧な礼節と爽やかさを崩さない、息を呑むほどに美しい『氷の貴公子』の顔だった。


「エラルド様……今日もなんて涼やかで美しいのかしら」

「あんな凄惨な戦いを終わらせた英雄だというのに、ちっとも驕ったところがないなんて……」


3組の女子生徒たちも、憧れのエラルド様をこんなに近くで拝めるのことはそうそうないのだろう、演習前の緊張を忘れて彼の方を熱っぽい目で見つめ、ため息をついている。

遠目から見ても分かる。彼の纏う空気は、あまりにも透き通っていて、孤高だ。

涼やかで、爽やかで、誰もが憧れる完璧な次期生徒会長。


「……アルバーン公爵令息。こちらの陣形配置ですが、第三小隊は私が指揮を執りましょうか?」


ふいに、エラルドの隣に進み出た一人の令嬢が、凛とした声で彼に提案した。

見事な縦ロールの金髪と、意志の強そうな勝気な瞳。公爵令嬢であり、1組でもトップクラスの成績を誇る才女、ミーシアだ。

彼女がエラルドの隣に並び立つと、まるで一枚の完璧な絵画のように釣り合いが取れていて、周囲の生徒たちから「ほうっ」と感嘆の声が漏れた。


「ありがとう、ミーシア嬢。君のその的確な判断力にはいつも助けられている。……では、右翼の展開は君に一任してもいいだろうか?」

「ええ、お任せくださいませ。貴方の采配に泥を塗るような真似はいたしませんわ」


エラルドが、ミーシアに向けて極上の――春の風のように爽やかで、優美な笑みを向ける。

ミーシアの頬がほんのりと朱に染まり、彼女は淑女の完璧な礼をとって自陣へと戻っていった。


(……すっごいなぁ。やっぱりエラルドは、あっちの世界の人間なんだ)


私は、その眩しすぎる光景を眺めながら、ぽつりと心の内で呟いた。

図書室で私のレポートの丸付けをしてくれたり、私が横取りしたお肉を笑って許してくれたりする彼と同じ人間だとは、到底思えない。

手の届かない、遠い遠い場所で輝く星。

それが誇らしくもあり、けれど胸の奥のほんの数ミリだけ、針で突かれたようなチクリとした寂しさを感じて――私はブルブルッと頭を振ってその感情を追い出した。


「おいマリー! ぼーっとしてると、1組のエリート様たちに足元すくわれるぞ!」


背中をバンッ! と力強く叩かれ、振り返ると、野戦マントをマフラーのように無造作に首に巻いたアイクが、ニシシと笑って立っていた。

その後ろには、マントの留め具をきっちりと首元まで留め、銀の杖を構えたアイリスと、分厚い丸眼鏡を押し上げるセドリックが並んでいる。


「痛いなー! ぼーっとなんてしてないよ。向こうがいくらお上品なエリートでも、泥んこになって戦ってきた私たちの『実戦経験』には敵わないってとこ、見せてやろうじゃないの!」

「その意気よ、マリー。……相手がミーシア様たちでも、私たち3組の意地を見せてやりますわ」


アイリスが、遠くに見える1組の陣形を青い瞳で鋭く見据えた。


「――これより、1組および3組の合同実技演習を開始する! 両陣営、所定の位置へつけ!」


教官の鋭い号令が、広い演習場に響き渡る。

いよいよ、身分も実力も相反する二つのクラスが激突する、2年生最後の大きな試練が幕を開けた。


「――これより、1組および3組の合同実技演習を開始する! 両陣営、所定の位置へつけ!」


 教官の鋭い号令と共に、空高く赤い信号弾が打ち上げられた。

 春の陽気に包まれた広大な森のフィールドを舞台に、模擬魔獣の討伐と、互いの陣地に立てられた旗を奪い合う対抗戦。

 開始の合図と同時に、森の静寂は一瞬にして極彩色の魔力と怒号に塗り替えられた。


「第一陣、炎槍の一斉掃射! 模擬トレントの群れを右へ追いやれ!」

「第三小隊は遊撃に回り、3組の陽動を警戒してくださいませ。絶対に陣形を崩してはなりませんよ」


 1組の陣営で、涼やかに、かつ一切の無駄のない指示を飛ばしているのは公爵令嬢のミーシアだった。

 波打つような銀糸の髪が春の風に揺れ、アメジストのように澄んだ紫の瞳が戦況を的確に見定めている。大舞踏会のテロ襲撃時にもドレスの裾一つ乱さなかった彼女の圧倒的な精神力とカリスマは、この演習でも遺憾なく発揮されていた。


「さすがミーシア様! 美しき我らが1組の女神!」

「さあ、問題児だらけの泥臭い3組の連中に、由緒正しき貴族の魔法というものを教えてさしあげよう!」

「ええ、彼らのような粗野な者たちが我々と同じフィールドに立つなど、本来あり得ないことですもの。格の違いを見せつけてやりましょう」


 1組の生徒たちが、優雅な笑みを浮かべながら息の合った美しい連携魔法を次々と放っていく。エリートたちの放つ洗練された魔法の雨に、私たち3組の陣営は早くも包囲されつつあった。


「見事な展開だね、ミーシア嬢。皆も、素晴らしい動きだ。これなら僕は、本陣の防衛に専念できそうだ」


 陣地の最奥、1組の旗の前に立つエラルドが、爽やかな笑みを浮かべてクラスメイトたちを労った。

 純白の令嬢と、氷の貴公子。二人が言葉を交わす姿は、まるで夜の闇と月光が交わるような完璧なコントラストを描いており、遠目から見ても内側から神々しく発光しているようにすら見えた。



 だが、私たち3組の陣営に悲壮感はない。むしろ、全員の目にはギラギラとした「反骨心」が燃え盛っていたのだ。


 ――時計の針は、前日の放課後へと遡る。


『みんな、聞いてくれ! 明日はあの1組との初めての合同演習、絶対に1組のエリート共を出し抜いて勝つぞ!!』

 3組の教室。教壇に立ったアイクの号令に、クラス中が「おおーっ!」と拳を突き上げていた。

『3組はいつも型破りだとか、危険分子の集まりだとか言われて見下されてきた。……でも、僕たちには僕たちの戦い方があるはずです』

 教壇の横で、セドリックが分厚い丸眼鏡をギラリと光らせて黒板にチョークを走らせた。そこには、1組の陣形を完全に予測した緻密な図解が描かれている。

『僕の計算と錬金薬、そして委員長たちの統率力があれば、1組の主力部隊を一時的に足止めすることは可能です』

『わ、私が指揮を!? い、胃が……いや、しかしやるしかない! 3組の意地を見せよう!』

 胃薬を握りしめたフェリクスが、悲壮な決意で頷く。

『で、でもさ。最後に旗を守ってるのはあの「氷の貴公子」のエラルド様だよ? セドリックの作戦で1組のその他大勢を抑え込めても、エラルド様一人に全滅させられちゃうんじゃないの……?』

 クラスの女子生徒の不安げな声に、それまで黙っていたアイリスが、ふっと自信ありげな笑みを浮かべた。

『ええ。まともに戦えば、彼一人に私たちは手も足も出ないでしょうね。……でも、彼にはたった一つだけ、明確な「弱点」があるわ』

 アイリスの青い瞳が、教室の後ろで菓子パンを齧っていた私をスッと捉えた。

『マリー。あなたは明日、一切の作戦を忘れて、ただ真っ直ぐにエラルドの守る旗に向かって突撃しなさい』

『えっ、私!? うーん、よく分かんないけど、邪魔するやつを全員殴り飛ばして旗を引っこ抜けばいいの?』

『……ええ、それでいいわ。マリーに複雑な作戦を説明してもミスするだけだから、自由に動いてもらうのが一番よ。その代わり……彼女がエラルドと対峙して作った「一瞬の死角」を、私たち三人で完璧に突くわ』

 アイリスの言葉に、アイクとセドリックがニヤリと悪い顔で頷く。

 エラルドの視線は、戦場において必ずマリーに向けられる。その性質を利用した、エラルドを多勢に無勢の状況へと追い込むという、前代未聞のジャイアントキリング作戦だった。


 ――そして現在。

 森の演習場では、セドリックの発案した作戦が完璧に機能し始めていた。


「うわぁっ、エリート共、容赦ねえ! 威力が段違いだぞ!」

「ひるむな! セドリック君の作戦通りだ! ここは我々で食い止める、3組の意地を見せてやれ!」

「フェリクス、右の防御頼む!」

「わ、分かってる! ――くっ、胃が痛い……っ!」


 学級委員長のフェリクスを筆頭に、3組の生徒たちが泥に塗れながらも強固な土の防壁を隆起させ、1組の美しい連携魔法を死に物狂いで食い止めている。彼らが1組の大半を抑え込んでいる間に、遊撃部隊が動いた。


「……甘いですね。あの陣形なら、右翼の索敵網に三秒のタイムラグが生じます」


 森の茂みの中、セドリックが手元のフラスコを正確な軌道で投げ放った。

 パリンッ! と弾けたフラスコから、特殊な遅効性の煙幕が広がる。王宮の地下深くで教団の複雑怪奇な瘴気を解呪し続けた彼の頭脳の前では、学生レベルの索敵魔法など手に取るように構造が透けて見えていた。


「煙幕!? なんだこれは、風魔法で晴らせないぞ!?」

「隙だらけだぜ、エリート様たちよぉ!」


 煙の中から音もなく躍り出たのは、野戦マントを翻すアイクだった。

 1組の生徒が魔法を放とうとするが、アイクの姿が陽炎のように五つにブレる。王城の裏手で、本物の隠密部隊の教官から殺気の中で叩き込まれた「影の技術」。


「ひっ……! 消えっ――」

「おっと、死にたくなきゃ動くなよ」


 背後を取られた1組の生徒たちが、首筋に冷たい短剣(峰打ち)を突きつけられ、次々と「戦闘不能」の判定を受けて膝をつく。


「なっ……後衛が崩された!? 迎撃なさい! 氷炎の掃射を!」


 異変に気づいたミーシアが即座に指示を飛ばし、1組の魔導士たちが一斉に強力な魔法を撃ち放つ。森の木々が爆発し、熱波と土塊が私たちに降り注ぐ。


「――『氷絶のアイス・ウォール城壁』!!」


 だが、その猛烈な弾幕の前に、分厚く、どこまでも透明な絶対零度の氷壁が隆起した。

 銀の杖を突き立てたアイリスの青い瞳が、炎の照り返しを受けて凜と輝く。

 王城の大演習場で、宮廷魔導士たちから絶え間ない本気の魔法掃射を受け続け、死の淵で広域結界を維持し続けた彼女にとって、学生の魔法などそよ風に等しい。


「防壁が、傷一つ……!? あんな高密度の結界、学生の魔力容量で展開できるはずが……っ!」

「すげえっ! アイリス、カッコいい!!」

「さあマリー! みんなが作ってくれた道よ、行って!!」


 クラスメイトたちの歓声とアイリスの叫びを背に受け、私は氷壁を蹴り上げて一気に前線へと飛び出した。


「うおおおおぉぉぉッ!!」


 私の前に立ち塞がる模擬魔獣たち。だが、教団の隠し拠点で実戦を潜り抜けてきた私にとって、こんなものはただの的当てゲームだ。

 右拳を限界まで引き絞り、迫り来る魔獣の突進を真正面から殴り飛ばす。パァァァンッ!! という破砕音と共に、魔獣たちが光の粒子となって吹き飛んでいく。


「道を開けなさい! 私が止めますわ!」


 驚愕する1組の生徒たちを掻き分け、ミーシアが銀糸の髪を揺らして私の前に立ち塞がった。彼女の杖の先から、幾何学模様の美しい紫電の網が放たれ、私を捕獲しようと迫り来る。


「ごめんね、ミーシア様!」


 私は減速することなく、その紫電の網のど真ん中へ、特異点の拳を真っ直ぐに叩き込んだ。ガラスが砕け散るような音と共に、彼女の誇る高度な拘束魔法が木っ端微塵に粉砕される。


「……っ!? 魔法を物理で砕くなど……なんという規格外ですの!」


 ミーシアは驚愕に目を丸くしながらも、決して狼狽えることなく、即座に次の防壁を展開しようと優雅なステップで後退した。だが、その一瞬の隙があれば十分。

 私は彼女の横を風のようにすり抜け、一気に1組の本陣――旗の元へと到達した。


 そこには、ただ一人。

 ミッドナイトブルーの制服の袖に『生徒会』の腕章を光らせた、氷の貴公子が立っていた。


「……まさか、クラス全体で連携して、ミーシア嬢の防衛線すら突破してくるとはね」


 エラルドが、涼やかなサファイアの瞳で私を見据え、爽やかな笑みを浮かべた。

 周囲の森はクラス同士の激戦の余波で荒れ果てているというのに、彼の周囲だけは塵一つなく、まるで切り取られた絵画のように静かで、圧倒的な気品に満ちている。


「へへっ、どんなもんだい! 悪いけど、この旗は私たちがもらうよ、エラルド!」

「それはどうかな。次期生徒会長として、そして1組の代表として、ここで君を通すわけにはいかないんだ」


 彼が指先を軽く振るうと、私の足元から極北の冷気が這い上がり、空間そのものを一瞬で凍てつかせるほどの鋭い氷の刃が無数に展開された。息を呑むほどに洗練された、圧倒的な魔法の暴力。敵として対峙すると、その威力に息を呑んでしまう。


 私は一歩踏み込み、迫り来る氷刃を次々と拳で叩き割りながら、エラルドの懐へと一直線に距離を詰めた。

 氷の破片がキラキラと舞い散る中、彼との距離が、あと数歩にまで縮まる。

 エラルドは、涼やかな、どこまでも透き通るような声で告げた。


「……君のその直情的なところは、本当に隙だらけだね、マリー」


 私の拳が彼の胸ぐらを捉える直前、エラルドは誰もが見惚れるような爽やかな笑みを浮かべたまま、静かに腕を振るった。


「えっ――」


 ドガンッ!! と、足元から爆発的な氷の柱が隆起し、私を物理的に後方へと弾き飛ばした。

 空中で体勢を立て直し、着地する。絶妙に手加減されているのは分かった。怪我は全くない。

 だが、彼が展開した氷の防壁は、私の特異点の拳すら寄せ付けないほど分厚く、圧倒的な魔力密度を誇っていた。


「素晴らしい身のこなしだ、マリー。だが、僕の陣地には指一本触れさせないよ」


 エラルドは、傷一つない完璧な佇まいのまま、私を見下ろしていた。

 数々の修羅場を1人で潜り抜けてきた孤高の存在。



「……っ、上等じゃない! だったらこの氷ごと、全部ぶっ壊してやる!!」


 私が再び地を蹴ろうとした、その瞬間だった。


「――今だッ!! エラルド様の死角を突け!!」


 頭上からアイクの怒号が響いた。

 私がエラルドの視線と意識を完全に釘付けにしたその「一瞬」を狙い澄まし、エラルドの頭上の木々からアイクが幻影の刃を伴って急降下する。

 同時に、エラルドの背後の茂みから、セドリックが「魔力阻害」の特殊錬金薬を連続で投げ込み、アイリスが足元を凍りつかせる拘束魔法を下から這わせた。


「なっ……!?」


 完璧なはずのエラルドのサファイアの瞳が、初めて驚愕に見開かれた。

 マリー一人に集中していた意識。そこへ、王宮の地獄の特訓を潜り抜けた三人の精鋭が、完全に息を合わせた奇襲を三方向から同時に仕掛けたのだ。

 いくらエラルドが規格外の化け物であろうと、彼もまた人の子。クラス全員で繋ぎ、マリーを囮にして作り上げたこの絶対的な「多勢に無勢」の包囲網を、無傷で凌ぎ切ることなど不可能だった。


「もらったぁぁぁッ!!」


 エラルドが咄嗟に三人の迎撃に魔法を割いた、そのほんの数秒の空白。

 私はその隙を一切逃さず、エラルドの脇を風のようにすり抜け、彼の背後に立てられていた1組の『旗』を、全力で引っこ抜いたのだった。



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