表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/64

研究所での裏切り

王都ミリスを冷酷に閉じ込めていた分厚い雪雲が少しずつ薄れ、尖塔の軒先にぶら下がった鋭い氷柱から、ポツリ、ポツリと雪解けの水滴が落ち始めた頃。

 息も凍るような過酷な冬の長期休みは、ついに終わりを告げようとしていた。


 この約二ヶ月間。私たち『あぶれ者同盟』の四人は、それぞれが隔離された地獄のような戦場で、文字通り血を吐くような研鑽と死闘の日々を駆け抜けてきた。

 私とエラルドは毎晩のように王都の暗がりを這い回り、泥と瘴気にまみれながら、教団の隠し拠点を一つずつ物理で叩き潰し続けた。夜明け前、ボロボロになった互いの傷に薬を塗り込みながら、朝日が昇るのを見て生きていることを実感する。そんなギリギリの日々の連続だった。


 王宮の修練場に送り込まれたアイクとアイリスも同じだ。彼らは全身に決して消えないほどの傷と痣を幾重にも刻み込み、魔力枯渇で何度も意識を失いながら、這いつくばって限界の壁を越え続けていた。


 誰もが、春の破滅を食い止めるために、自らの命と青春をすり減らしていた。

 そして。太陽の光すら一切届かない、王城の地下深く。

 冷たく無機質な空気に包まれた『特務研究区画』の最奥では、今日が何月何日なのかすら分からないほどに外界から隔絶された男たちが、真理の扉に手をかけていた。


 セドリック・フォスターと王宮の筆頭研究員たちは、自らの寿命を削るようにして書き潰した数万枚の羊皮紙の山に埋もれながら、巨大な黒板に書き殴られた複雑な魔力構造式を前に、歓喜と安堵で激しく震えていた。


「……解けました。灰の種の、完全な『解呪術式』が」


 血走った目と、幾重にも重なったドス黒い目の下の隈。しかし、セドリックの分厚い丸眼鏡の奥の瞳は、真理に到達した学者の、恐ろしいほどの熱と光を放っていた。

 彼の言葉に、徹夜続きで白衣をどす黒く汚していた王宮の筆頭研究員たちが、弾かれたように作業台へと集まってくる。


 王都の霊脈に仕掛けられた『灰の種』。

 生徒会からの情報共有により、それが春の雪解けと共に起動し、大結界を内側から破壊するだけでなく、結界内にいる数千人の生徒の魔力を強制暴走させて『灰の魔獣』へと変異させ、王都を内部から蹂躙させる最悪の「生体呪具」であることは、すでに研究所でも周知の事実だった。

 問題は、「どうやってその起爆を安全に防ぐか」だ。種には強力な防衛の呪いが掛けられており、物理的に破壊しようとしたり、不用意に魔法をぶつければ、その瞬間に暴走してしまう。研究所はこの二ヶ月間、この悪魔のパズルを解き明かすためだけに総出で命懸けの徹夜を続けていたのだ。


「古代呪術の記述と、旧廃坑の土壌データを照らし合わせた結果……起爆のトリガーとなっている瘴気の波長は、第四工程で『双葉草』の根から抽出した成分を混ぜることで完全に相殺できます。この中和波長を王都の結界の基点から逆流させれば……灰の種は起爆することなく、無害な泥へと還るはずです!」


 セドリックのひび割れた声が、静まり返った研究室に響く。


「おお……! 間違いない、数式に一寸の狂いもない! 我々はついに、教団の呪式を論理で打ち破ったのだ!」

 筆頭研究員が、感極まって羊皮紙を強く握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。


(……よかった。これでマリーさんたちを、学園のみんなを守れる)


 セドリックは、胃の腑の底からせり上がってくる安堵に、深く、重い息を吐き出した。

 マリーたちのような前線で戦う力はない。けれど、自分たちがこの冬の間、太陽の光も友の顔も見ずに磨き上げ続けた「知識」が、あの狂信的な悪意のシナリオを完全に叩き潰したのだ。


 

「すぐにこの解呪データを、レオンハルト殿下と魔導士団へ――」


 研究員の一人が、希望に顔を輝かせて通信用の魔導具へ手を伸ばした――その時だった。


 グシャッ、と。

 水風船が破裂するような、ひどく湿った嫌な音がした。

 通信具に手を伸ばした研究員の胸から、黒く濡れた『刃』が深々と生えていた。


「え……?」

「……残念だよ。もう少しで、この美しい王都が、尊き灰の都へと生まれ変われたというのに。……貴様らのようなネズミ共の頭脳に、何十年もの悲願の『解呪』を成し遂げられるとはな」


 刃を突き立てたのは、先ほどまで一緒に徹夜でフラスコをかき混ぜていたはずの、若い助手の一人だった。

 彼の顔が、泥のようにドロドロと溶け落ち、その下から『灰色の仮面』が露わになる。ルカと同じだ。王宮の最深部であるこの特務機関の中枢にすら、教団のスパイは長年にわたって潜伏し、完璧に擬態していたのだ。


「裏切り者ォッ!! 貴様、何をしている――がはっ!?」

 他の研究員が杖を抜こうとした瞬間、スパイが手元の『警報装置の魔力炉』に短剣を突き立て、ショートさせた。

 バリンッ! と、研究室を覆っていた絶対防衛の結界がガラスのように砕け散る。


 同時に、結界の消失を合図にしていたかのように、部屋の四隅の空間が陽炎のように歪んだ。

 影の中から音もなく這い出してきたのは、漆黒の外套に身を包み、死の瘴気を纏った十数人の『暗殺部隊』だった。


(……あ、死ぬ)


 セドリックは、床に広がる血だまりと、冷酷な目で自分を見据える暗殺者たちを前に、恐怖で完全に足が縫い止められた。

 彼らは、旧廃坑にいた下級の狂信者たちとは違う。一切の無駄口を叩かず、ただ純粋に「解呪式を知る研究員たちの脳とデータ」を物理的に消去するためだけに、研ぎ澄まされた殺気で距離を詰めてくる。


「そのガキの頭ごと、解呪データを灰にしろ」


 スパイの男が冷酷に命じ、暗殺者の黒い刃がセドリックの首筋へと振り下ろされた。

 セドリックがギュッと目を瞑り、解析データの羊皮紙だけを胸に抱え込んだ――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ