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生徒会の暗躍 マリー活躍す

凍てつくような北風が白亜の王城を吹き抜ける、冬の長期休み。

 私は今、実家であるトマス薬局の温かいストーブの前ではなく、王宮の奥深くに設けられた『生徒会専用の特別居住区画』のふかふかすぎるソファに深く沈み込んでいた。


「んーっ! この王室御用達の仔牛のパイ包み、何度食べてもほっぺたが落ちそう!」

「……お前という奴は。毎晩のように死線を潜り抜けているというのに、その底なしの胃袋には恐怖や疲労という概念が存在しないのか」


 私が山盛りのパイを幸せいっぱいに頬張っていると、分厚い作戦資料から顔を上げたガイル先輩が、銀縁眼鏡の奥で心底呆れたようなため息をついた。

 その向かいでは、アーサー先輩が愛用の魔法剣を無言で磨き上げ、上座の豪奢な椅子に深く腰掛けたレオンハルト殿下が、私の食べっぷりを見て「ふっ」と獰猛な笑みをこぼす。


「良いではないか、ガイル。腹が減っては戦はできん。その娘の規格外の生命力とブレない明るさこそが、我々の最大の『矛』となるのだからな」

「殿下の仰る通りですわ。マリー、口元にパイの欠片がついてるよ」


 隣に座っていたエラルドが、苦笑しながら絹のハンカチで私の口の端を優しく拭い取ってくれる。

 この冬休みの間、私は実家に帰ることを許されず、生徒会直属の遊撃としてエラルドの傍に置かれていた。四六時中、寝る時以外はずっと彼と行動を共にしている。

 お父さんやお母さんの顔を見られないのは少し寂しいけれど、それでも私の心は、かつてないほどの充実感と熱を帯びていた。

 あいつが一人で抱えていた暗闇を、ついに一緒に背負えるのだから。


「さて、和やかな晩餐はここまでだ。……ガイル、各地の戦況と今夜の報告を」

「はっ」


 殿下の低い声で、室内の空気が一瞬にして絶対零度の緊迫感へと切り替わった。

 私も居住まいを正し、エラルドが静かにサファイアの瞳を細める。


「セドリックの解析した瘴気の波長をもとに、王国の正規軍が総動員で教団の拠点を潰して回っています。王都近郊の森や東の霊脈地帯では、近衛騎士団と宮廷魔導士団が教団の主力を相手に激しい掃討戦を展開中です」

「……ねえ、アイクやアイリスは大丈夫なのかな。セドリックもちゃんと寝てるかな」


 私がぽつりと呟くと、エラルドが「彼らなら大丈夫だ」と力強く頷いてくれた。


「王宮の修練場から報告を受けているよ。アイクもアイリスも、教官から毎日血を吐くような地獄のしごきを受けているそうだけど……決して音を上げず、食らいついているらしい。春の雪解けには、間違いなく僕たちの強力な戦力になる」

「そっか。……ふふっ、あいつらも頑張ってるんだね。だったら、私も負けてらんない!」


 私が両方の拳を握って気合を入れると、ガイル先輩が眼鏡を押し上げて話を続けた。


「王宮の大人たちが表立って動いてくれている隙を突き、我々生徒会は『地下に隠された時限爆弾(灰の種)』の撤去に専念します。……今夜の目標は、旧市街の地下、廃棄された『第十三下水道』の奥深く。下級の教団員が数十と、灰の魔獣が数体。我々のみで今夜中に制圧可能な規模です」


「……ネズミ駆除の時間だな」

 アーサー先輩が静かに剣を鞘に収め、カチンと冷たい音を立てた。

「ああ。春を待つまでもない。教団の牙は、冬の間に一つ残らず我々が叩き折る」


 レオンハルト殿下が立ち上がると、圧倒的な覇気が室内を支配した。


「マリー。……絶対に、僕の背中から離れないでね」


 出撃の準備をしながら、エラルドが私に低く囁いた。

 毎晩のように血と泥にまみれ、教団の狂信者たちと殺し合う日々。かつての彼なら、その底なしの闇に心をすり減らし、冷たい氷の仮面を分厚くしていくしかなかっただろう。

 しかし今は、隣にマリーがいる。

 どんなに恐ろしい場所でも、彼女は決して怯えず、美味しいご飯を食べて笑い、真っ直ぐな拳で迷いなく敵を殴り飛ばす。彼女のその「ブレない明るさ」が傍にある限り、自分は絶対にこの暗闇に飲まれることはないという、絶対的な安心感があった。


「任せて。あんたの魔法で防げない厄介な呪いは、全部私がぶっ壊すから」


 私が右の拳をドンッと胸に当てて笑うと、エラルドは憑き物が落ちたように柔らかく微笑み、「頼りにしてるよ」と私の頭をそっと撫でた。


 * * *


 月すらも厚い冬の雲に隠れた、深夜の旧市街。

 私たちは、人気のない路地裏から、口を開けた巨大な黒いマンホール――第十三下水道へと足を踏み入れた。


 ドブの臭いとカビの臭い、そしてあの生命を腐らせるような『灰の匂い』が肺の奥にべったりとへばりついてくる。

 ガイル先輩が先頭で、息を吸うように無音の『広域探知結界』を展開した。


「……前方、三十メートル先の開けた貯水槽。敵影二十、魔獣が三体。……気づかれていません」

「ご苦労。……アーサー、エラルド。道を開け」

「御意」


 殿下の短い命令。

 次の瞬間、私の横を音もなくすり抜けたアーサー先輩の姿が、暗闇の中でブレて消えた。

 直後。


『――なッ!? 侵入者か……ギャアァァァッ!!』


 三十メートル先の暗がりから、断末魔の悲鳴と、肉を斬り裂く生々しい音が連続して響き渡った。アーサー先輩が二振りの魔法剣を舞うように振るい、教団員たちの首を次々と、一切の淀みなく刈り取っていく。


『ええい、構わん! 灰の仔らよ、喰い殺せ!!』

 生き残った教団員が魔獣の鎖を解き、三体の巨大な泥の化け物が咆哮を上げてこちらへ突進してきた。


「……五月蝿いよ。静かに眠れ」


 私の前に立ったエラルドが、片手を軽く前にかざした。

 詠唱すらない。彼の手のひらから、極北のブリザードをそのまま凝縮したような『絶対零度の波』が音もなく広がり、突進してきていた三体の魔獣を一瞬にして分厚い氷塊へと変え、完全にその活動を停止させた。


(……すごい。これが、本気のエラルド)

 息を呑むほどに美しく、残酷なまでの魔法の出力だった。


「ふん。脆いな。……奥に隠されている『種』は俺が吹き飛ばす」

 レオンハルト殿下が、掌に太陽のように燃え盛る巨大な炎球を圧縮し、貯水槽の奥に鎮座する赤黒い瘴気の塊(灰の種)に向けて放とうとした――その時だった。


『――王宮の猟犬どもめ。この聖なる灰の種、容易く壊せると思うな!』


 氷漬けにされた教団員たちの奥の物陰から。

 致命傷を負った一人の上級教団員が、自らの心臓に短剣を突き立てた。

 自らの命と魂を触媒にした、最悪の『呪詛の起爆』だ。


「っ、殿下! 攻撃をお止めください!!」

 ガイル先輩が血相を変えて叫ぶ。


 上級教団員の死体がドロドロの灰に変わり、奥の『灰の種』と結合する。直後、周囲の空間をグニャリと歪めるほどの高濃度の『漆黒の結界』がドーム状に展開された。


「近づくな! あれは物理や魔法の防壁じゃない。触れた者の魔力回路を喰い破り、一瞬で灰に変える『死の呪い』そのものだ!」

 ガイル先輩の言葉に、レオンハルト殿下すらも炎を収め、眉を顰めた。

 結界は徐々に膨張し、下水道の壁を溶かし始めている。


「……殿下、ガイル。下がっていてください」


 張り詰めた空気の中。エラルドが、静かに一歩前に出た。

 彼は振り返り、私を見て、小さく頷いた。


(……来た。私の出番だ)

 私は、両手を軽く握り込み、パンッ!と気合を入れて頬を叩いた。


「マリー。僕が今から、あの結界の表面を一瞬だけ『極低温の氷』で覆い、呪いの進行を数秒間だけ遅延させる。……その瞬間に、君の拳で、あの結界の『核』をぶち抜いてくれ」

「数秒もいらないよ。あんたが道を作ってくれるなら、一瞬で十分だ」


 私がニカッと笑うと、エラルドは「ああ、信じてる」と頼もしそうに微笑み、前方の漆黒の結界へ向かって両手を鋭く突き出した。


「――『氷絶の棺』!!」


 エラルドの全身から凄まじい量の魔力が迸り、絶対零度の冷気が、膨張する漆黒の呪い結界を外側から無理やり包み込んだ。ピキピキピキッ! と、呪いと氷が反発し合い、空間が悲鳴を上げる。

 エラルドの氷が、私だけが通れる一筋の道を作り出した。


「いっけぇぇぇぇッ!!」


 私は、凍てついた石畳を蹴り上げ、氷のトンネルを一直線に駆け抜けた。

 両側から迫り来る漆黒の呪いが牙を剥こうとするが、一切の恐怖はなかった。私の背中には、世界で一番私を信じてくれている幼馴染がついているのだから。


(――砕けろ!!)


 私は、呪い結界の中心――赤黒く脈打つ『灰の種』に向かって、全身の筋力と、一切の迷いのない信頼を乗せた右拳を真っ直ぐに叩き込んだ。


 パァァァァァァンッ!!!!


 甲高く美しい破砕音と共に、絶対の呪い結界は、まるで薄い飴細工のように木っ端微塵に粉砕された。核を失った瘴気が、霧散して消えていく。


「……ふぅっ」


 静寂が戻った下水道。

「……ふっ、ははははっ!! 見事だ、マリー・トマス! まさか本物の『呪詛』すら物理で粉砕するとはな! お前のその拳、やはり極上の矛だ!」

 レオンハルト殿下が愉快そうに高笑いを上げる。


「へへっ、どんなもんだい!……痛っ」

 ドヤ顔で振り返ろうとした瞬間、右腕にチリッとした火傷の痛みが走った。呪いの結界を殴り飛ばした代償で、少しだけ皮膚が赤くなっていたのだ。


「マリー!」


 誰よりも早く。エラルドが駆け寄り、私の右腕を優しく、けれどしっかりと掴んだ。彼の顔には、私に痛い思いをさせてしまったという深い悔恨の色が浮かんでいた。


「……また、君に無理をさせたね。ごめん」

「大袈裟だなぁ。こんなの、ちょっと赤くなっただけじゃん」

「治らない! 君はいつもそうやって、自分の傷を軽く見るんだから……」


 エラルドは、震える手で懐から火傷薬を取り出すと、私の腕に丁寧に塗り込み始めた。


「……ごめんね、マリー。僕がもっと完璧に氷で覆いきれていれば、君の肌にこんな傷をつけることはなかったのに」

「だから、謝らないでってば。エラルドがいなかったら、私はあの結界に触れることすらできなかったんだよ? 私たち、二人で一つだったじゃん。完璧な連携だったでしょ?」


 私がニカッと笑いかけると、エラルドの動きがピタリと止まった。


『二人で一つ』。

 その言葉は、彼がずっと一人で背負い続けてきた孤独な暗闇に、暖かな春の陽射しが差し込むような、圧倒的な救いの響きを持っていた。


(ああ……そうだ。僕はもう、一人じゃないんだ)


 エラルドは、私の手当てを終えると、その右腕をそっと両手で包み込んだまま、ゆっくりと私の顔を見つめ返した。

 サファイアの瞳の奥に宿っていた焦燥感や憂いは消え去り、そこにあるのは、私への深く、静かな愛情と、揺るぎない信頼だけだった。

 彼女のこの輝きが傍にある限り、自分はどんな困難な戦いも乗り越えていける。


「……ああ、そうだね。僕たちは二人で一つだ」


 エラルドは、まるで壊れ物を扱うようにそっと、私の右腕の包帯に唇を落とした。

 優しくて、温かくて。心からの感謝と祈りを込めた口付け。


「ありがとう、マリー。君が傍にいてくれて、本当によかった」


 暗い地下水道の底。

 教団の脅威を一つ退けた安堵の中で。私の幼馴染は、冷たい氷の仮面を完全に下ろし、ただの『エラルド』としての心からの安堵の微笑みを浮かべていたのだった。

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