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新たな日々の始まり 全面戦争への執行猶予

(だから、私を遠ざけようとしたの……?)


 彼の言葉が、重い鉛のように私の胃の腑に落ちていく。

 自分の信じていた世界が、足元からガラガラと崩れ落ちていくような感覚。

 私は、震える右手をギュッと握りしめ、ただ黙ってうつむくことしかできなかった。


 静まり返った生徒会室に、暖炉の薪が爆ぜる乾いた音だけが響く。

 エラルドは、悲痛な事実を突きつけた後、静かに私を見下ろしていた。彼が一人で抱え込んでいた世界の裏側は、私の想像以上にドロドロとしていて、救いがなくて、酷く残酷な場所だったのだ。


「……だから言ったんだ。君が立ち入るべき場所じゃないと」


 エラルドの声が、哀れむように私に降り注ぐ。

 ……けれど。

 私の脳裏に蘇るのは、「インタビューいいですか?」と無邪気に笑っていたルカくんの顔だ。私の串焼きを食べて、「すっごく美味しいです!」と目を輝かせていたあの表情。

 あれが全部、教団に作られた「嘘」だった? 騙すための演技だった?


(――違う。あの子のあの笑顔は、絶対に嘘なんかじゃなかった)


「……ふざけ、ないで」


 私は、ギリッと唇を噛み破らんばかりの力で食い縛り、うつむいていた顔を勢いよく上げた。


「マリー?」

「ルカくんは……ルカくんは、絶対にいい子だった!! 私たちに向ける笑顔に、嘘なんて一ミリもなかった!」


 私の怒声が、分厚い遮音結界に包まれた室内をビリビリと震わせる。

 エラルドが僅かに目を瞠り、レオンハルト殿下が金色の瞳を鋭く細めた。


「スパイに感情移入するとは。やはりお前は、甘い温室の小鳥だな」

「同情なんかじゃない!!」


 王族の覇気など知ったことか。私は、殿下の威圧感を真正面から睨み返した。


「そんな純粋な子を騙して、スパイに仕立て上げて……最後にはボロ雑巾みたいに暗闇で殺す。そんな灰の教団のやり方が、胸糞悪くて絶対に許せないって言ってるの!!」

「……」

「私を安全な場所に閉じ込めて、蚊帳の外にするなんて絶対に許さない! ルカくんの仇も、あんたたちが抱えてる重荷も……私たちも一緒に戦う!!」


 火傷の痛む右腕を突き上げ、私は宣言した。

 私のその真っ直ぐすぎる怒りに、エラルドはまるで眩しすぎる太陽を直視してしまったかのように、ハッと息を呑んで目を逸らした。


「……へっ、言っただろ、殿下。コイツは脅したくらいで引き下がるようなタマじゃねえって」


 私の背後から、アイクがふっと息を吐いて進み出た。

「俺たちも同じ気持ちだ。ここまで泥を被っちまったんだ、途中で逃げ出すなんて侯爵家の名折れだ。最後まで付き合ってやるよ」


「……ええ。私たちだけで死線を潜り抜けたのだもの、もう逃げ隠れして怯えるのはごめんですわ。クライン男爵家の名にかけて、教団を滅ぼす力になります」

 アイリスが、氷のように澄んだ瞳で凜と前を見据える。


「ぼ、僕の知識が……少しでも王国の役に立つなら。もう、暗い書庫の隅で腐るのは嫌ですから……っ!」

 セドリックもまた、震える両手を強く握り締めながら、確かな決意を口にした。


 あぶれ者同盟の四人が、生徒会のトップ層を前に一歩も引かずに立ち並ぶ。

 その光景を静かに見つめていたアーサー先輩が、冷徹な声で事実を突きつけた。


「……気概は立派だ。だが、現実を見ろ。昨夜の幹部との戦闘、君たちは『極夜の閃光玉』による奇襲と、地形を利用した崩落で逃げ延びたに過ぎない。まともに戦えば一瞬で灰にされる、圧倒的な実力不足だ。あの軍隊を前に、今の君たちではただの足手まといに過ぎん」

「うぐっ……」


 正論という名の鋭いナイフに、私たちは言葉を詰まらせた。

 それは昨夜、死の淵で嫌というほど味わった残酷な真実だ。


「……だが、猶予はある」


 円卓の上の書類をペン先で叩きながら、ガイル先輩が銀縁眼鏡の奥の目を光らせた。

「ルカの部屋から見つかった暗号と、君たちが持ち帰った水晶のデータを照合した結果……教団が霊脈の『灰の種』を起爆させ、あの魔獣の軍隊を地上に放つのは、『春の雪解け』の時期だと判明した。今はもうすぐ冬の長期休みに入る。我々に残された時間は、せいぜい約三ヶ月といったところか」


 三ヶ月。それが、この平和な学園と王都が灰に沈むまでのタイムリミット。


「ならば、その期間で貴様らを『使い物になる駒』に鍛え上げてやる」

 レオンハルト殿下が、ニヤリと肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。


「あの地獄から生還した悪運と度胸、無駄にはせん。……セドリック、お前のその膨大な知識と分析力は、王宮の特務捜査部隊の研究室で活かせ。アイリス、お前は魔導士団の広域結界補佐および、後方支援部隊で氷魔法の精度を極めろ。アイク、お前は王宮近衛騎士団の地獄のしごきを受けつつ、隠密部隊で幻影魔法の応用を叩き込んでやる」


 殿下の矢継ぎ早の配属命令に、三人は「は、はいっ!」と顔を引き締めながらも力強く頷いた。


「そして……マリー・トマス」

「はいっ!」


 殿下の鋭い眼光が、私を貫く。

「お前のその規格外の『特異体質』……敵の強大な瘴気すら物理で粉砕するその右腕は、前線で必ず敵の脅威となる。お前は生徒会直属の遊撃として、エラルドの傍で裏仕事のサポートに回れ」


「なっ……殿下! それは――!」


 これまで黙っていたエラルドが、血相を変えて一歩前に出た。

 私を一番危険な自分の傍に置くなど、彼にとって到底受け入れられることではないはずだ。


「良いだろうが、エラルド。このじゃじゃ馬を適当な部署に預けたところで、また独断専行で死地に飛び込むのは目に見えている。……ならば、お前の目の届く『一番近い場所』に首輪を繋いでおくのが、最も安全な選択ではないか?」

「……ッ」


 レオンハルト殿下の言葉に、エラルドはギリッと奥歯を噛み締め、押し黙った。

 遠ざければ、私が勝手に教団の懐に突っ込んでいく。ならばいっそ、自分の手の届く範囲に縛り付けておくしかない。それが彼の『理屈』として完全に腑に落ちてしまったのだ。


「よろしくね、エラルド! 私の右腕、めちゃくちゃ役に立つから!」

 私が屈託なく笑って見せると、エラルドは深く、重いため息を吐き出して、サファイアの瞳を私に向けた。


「……君が危険な真似をしたら、即座に僕の氷で凍らせて実家に送り返す。それだけは約束してもらうよ」

「分かってるってば! 心配性なんだから!」


 こうして。

 春の雪解けという破滅のタイムリミットに向け、私たち四人の、身を焦がすような過酷な冬の特訓期間が幕を開けた。

 教団の圧倒的な悪意を前に、私たちはそれぞれの武器を磨き上げるのだ。


 

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