純白の貴公子の、漆黒の暗躍
王都ミリスに、長く厳しい冬が訪れようとしていた。
深夜の生徒会室。分厚い遮音結界が張られた室内は、暖炉に火が灯っているにも関わらず、凍てつくような死の匂いに満ちていた。
「……これが、内通者だった生徒の末路か」
第三王子レオンハルトが、忌々しげに円卓の上の報告書を睨みつける。
数日前、学園の人気のない旧温室で一人の生徒の遺体が発見された。エラルドたちが『教団の内通者』として目星をつけ、泳がせていた一年生の新聞委員・ルカだった。
しかし、その死体は原型を留めていなかった。全身の血液が内側から『灰』に変換され、絶望と苦痛に見開かれた顔のまま、石像のように崩れ去っていたのだ。
「教団の『口封じ』です」
生徒会会計のガイルが、血の気の引いた顔で眼鏡を押し上げる。
「奴らは、我々がルカに気づいたことを察知し、彼を遠隔の呪殺魔法で処分した。それだけではありません……ルカの部屋から見つかった教団の血文字には、地下霊脈の『灰の種』の真の目的が記されていました」
灰の種は、単なる時限爆弾ではなかった。
春の訪れと共に霊脈を起爆させ、学園の結界を破壊するだけでなく……結界内にいる数千人の生徒全員の魔力を強制的に暴走させ、自我を持たない『灰の魔獣』へと作り変える、最悪の生体呪具だったのだ。
「生徒全員を魔獣に変え、王都を蹂躙させる気か……! 小賢しいテロリストだと思っていたが、奴ら、本気でこの国を滅ぼすつもりだぞ」
レオンハルトの覇気が室内を震わせる。
一刻も早く、種を安全に解除するための『術式の設計図』を手に入れなければ、学園の生徒たちは全滅する。しかし、ルカが殺された今、学園内の手がかりは完全に断たれてしまった。
「……本命を、叩くしかありませんね」
円卓の端で、冷めた紅茶を静かに見つめていたエラルドが、ふっと口角を上げた。
「王都の裏社会を牛耳り、教団に種の部品を密輸した『黒百合商会』の女当主、マダム・ヴァレリア。彼女の懐に僕が潜り込み、設計図の在処を必ず引きずり出します」
しかし、レオンハルトは苦々しい顔で舌打ちをした。
「エラルド、お前……本気か? 前回仕掛けたエレナ夫人とは格が違う。相手は百戦錬磨の毒婦だ。男を己の出世の道具としか見ていない冷血漢で、周囲には常に一級の暗殺者と呪詛結界を張り巡らせている。少しでもボロを出せば、お前は骨の髄までしゃぶられ、教団に売り飛ばされるぞ」
エラルドのサファイアの瞳は、昼間の爽やかな輝きを完全に消し去り、底なしの暗い淵のように濁っていた。
「問題はありません、レオンハルト殿下。……春が来る前に、教団の根をすべて焼き尽くす。僕の大切な日常を脅かす害虫に、これ以上の猶予を与えるつもりはない」
「……もう一つ、処理すべき問題があります」
アーサーが手元の書類を揃えながら、冷静な声で告げた。
「ルカの死亡を今この段階で学園に公表すれば、教団側に『我々が遺体を発見し、内通者の存在を把握した』と悟られます。エラルドがヴァレリアの懐に潜り込むための時間が稼げませんし、何より、新聞委員会の生徒たちに無用なパニックを引き起こします」
「ああ。だからこそ、表向きには彼を『生かしておく』必要がある」
レオンハルトの言葉に、ガイルが頷きながら分厚いファイルから一枚の偽造書類を抜き出した。
「すでに手配は済んでいます。学園長を通し、新聞委員会の生徒たちや教師陣には、ルカが本日から約一ヶ月間の『長期帰省』に入ったという通達を回しました」
「……帰省の理由は?」
エラルドが静かに問うと、ガイルは眼鏡の奥の光を鋭く光らせた。
「『重病を患っている妹の容態が急変したため、家族の付き添いとして北部の辺境の村へ一時帰郷した』……です。私が王都の関所の通過記録も裏から手を回して偽造し、今朝早くに彼を乗せた馬車が学園を出発したという記録を残しておいた」
家族想いで、いつも妹を案じていたルカの背景をよく知る新聞委員の生徒たちにとって、それはあまりにも自然で、誰も疑いようのない口実だった。
翌朝、事実を知らないクラスメイトたちは「ルカの妹さんが早く良くなるといいな」「彼が戻ってくるまで、新聞の号外作りは俺たちでカバーしようぜ」と案じ合いながら、彼が一ヶ月間学園を不在にすることをすんなりと受け入れたのだ。
教団の口封じによる凄惨な死は、こうして生徒会の化け物じみた情報操作によって、完全に日常の裏側へと隠蔽されたのだった。
* * *
それからの一ヶ月間。エラルドは、深夜の僅かな時間を使って、マダム・ヴァレリアが主催する地下の違法カジノへ通い詰めた。
王都ミリスの地下深く、特権階級の欲望が濃密に煮詰まったような違法カジノ『黒の月』。
分厚い防音結界に守られたその空間は、地上に吹き荒れる冬の寒風など微塵も感じさせないほどの、むせ返るような熱気に満ちていた。
真鍮製のシャンデリアが鈍い黄金色の光を落とし、最高級の葉巻の紫煙と、甘く重い香水が混ざり合った退廃的な匂いが鼻を突く。ルーレットの球が弾ける硬質な音と、カードが擦れる音、そして大金が右から左へと動く度に上がる歓声と溜息。
それは、莫大な財力と暇を持て余した貴族たちが、己の特権を確かめ合うための巨大な遊戯盤だった。
「……また黒か。今日はとことん、運に見放されているらしい」
ルーレットテーブルの片隅。
積み上げられていたはずのチップの山がすべて胴元に回収されていくのを、エラルド・フォン・アルバーンは気怠げなサファイアの瞳で見送った。
学園で見せる、あの涼やかで、爽やかで隙のない『純白の貴公子』の面影は、そこにはない。
かつての高級サロン潜入時のように、仕立ての良い漆黒のシャツの第一、第二ボタンまでが無造作に開けられ、普段は完璧に整えられているプラチナブロンドの髪も、今はどこかアンニュイに乱れている。片手には琥珀色の強い酒が入ったグラスが揺れ、彼は自嘲気味に笑いながら、新たなチップの山をポンとテーブルに投げ出した。
「エラルド様、もうこれ以上は……」
「構わないよ。金なら、アルバーン公爵家の金庫に腐るほどある。……僕の『息継ぎ』の代金だと思えば、安いものさ」
わざとらしく、しかしひどく艶のある声で付き人に扮した裏の護衛を下がらせる。
その様子を、カジノの最上階にあるスモークガラス張りのVIPルームから、蛇のように冷たく、ねっとりとした視線で見下ろしている女がいた。
王都の裏社会を牛耳る『黒百合商会』の女当主、マダム・ヴァレリアである。
豪奢な真紅のドレスに身を包み、細いキセルから紫煙をくゆらせる彼女の目は、獲物を見定めた捕食者のように鋭かった。
「……筆頭公爵家の若君が、こんな泥底で羽目を外すとはね。あれが噂の『完璧な天才』の姿かしら?」
「いかがいたしますか、マダム。お引き取り願いましょうか?」
黒服の部下が問うと、ヴァレリアは真紅の唇を妖しく歪めて笑った。
「いいえ。あの極上の血統と魔力……そして、あのひどく『空っぽ』な瞳。とてもそそられるわ。少し、私が遊んであげる」
ヴァレリアは、エラルドが想像していた以上に用心深く、狡猾な女だった。
彼女は決してすぐにはエラルドを信用せず、幾重にも『探り』の会話と罠を仕掛けてきたのだ。
ある夜、バカラのテーブルで大敗を喫し、項垂れていたエラルドの隣に、芳醇な薔薇の香りが滑り込んできた。
「……ツキに見放されているようね、エラルド・フォン・アルバーン様」
背後からスッと伸びてきた細く白い手が、エラルドの空になったグラスに、極上の赤ワインを注ぎ入れる。
振り返ると、そこには扇情的なドレスを纏ったヴァレリアが、見下ろすような優越感に満ちた笑みを浮かべて立っていた。
「……貴女は?」
「この退屈な箱庭の主よ。……次期公爵ともあろうお方が、夜な夜なこのような泥の底で何を求めておいでで?」
ヴァレリアの切れ長な瞳が、エラルドの奥底を覗き込むように細められる。
単なる金持ちの道楽か、それとも王家や生徒会の『犬』としての偵察か。彼女の纏う魔力が、威圧するようにエラルドの肌を撫でた。
しかし、エラルドはその威圧をふわりと受け流し、グラスのワインを口に含むと、ふっと自嘲するような、ひどく脆い笑みを浮かべた。
「……息継ぎ、ですよ。上の世界は、空気が綺麗すぎて息が詰まるんだ」
「息継ぎ?」
「『完璧な貴公子』『圧倒的な魔力』『次期公爵』……僕に向けられる賞賛と期待は、すべて僕自身じゃなく、僕の背負っている看板に向けられたものだ。誰も、本当の僕なんて見ていない」
エラルドは伏し目がちに呟き、漆黒のシャツの胸元を少しだけ掻き毟るように握りしめた。
「僕は、ただの操り人形だ。……でも、ここなら。この泥にまみれた場所でなら、僕はただの『愚かで堕落した男』になれる。……そうだろう?」
熱に浮かされたような、ひどく孤独で、愛に飢えた青年の顔。
それを見た瞬間、ヴァレリアの胸の奥で、ドクンと嗜虐心と支配欲が大きく跳ねた。
(……なるほど。天才ゆえの孤独と、重圧に耐えかねた『欠陥品』というわけね)
男を支配し、へし折ることに至上の快感を覚える彼女にとって、これほどの極上の素材はない。
圧倒的な美貌と、世界を統べるほどの魔力を持ちながら、精神はひどく脆く、自分から泥の底へと沈みたがっている哀れな鳥。
「……ふふっ、可哀想な、美しい鳥。そんなに上の空気が苦しいなら、私の籠の中で、思う存分羽を休めさせてあげるわ」
ヴァレリアは細い指でエラルドの頬を撫で、自身のワイングラスの縁を、彼の唇にそっと押し当てた。
「すべてを忘れて、私に身を委ねなさい。……もっと、深い泥の底を教えてあげる」
「……マダム」
エラルドは、すがるような瞳で彼女を見つめ返し、その赤い雫をゆっくりと飲み干してみせた。
――すべては、エラルドの『完璧な演技』だった。
ヴァレリアが「自分の魅力と力で、あの氷の貴公子を完全に支配した」という甘い優越感に浸り、致命的な油断を見せるその瞬間を、彼はこの冷酷なサファイアの瞳の奥で、ただ静かに、息を潜めて待ち続けていたのだ。
彼女は最初、この「完璧な公爵家嫡男」の突然の来店を強く警戒した。エラルドは自身を「完璧な公爵家嫡男というプレッシャーに押し潰され、裏社会の刺激に逃避してきた愚かな若君」として演じきったが、彼女は容赦のない『罠』を幾重にも仕掛けてきた。
第一の罠は、『自白の毒杯』だった。
ある夜、彼女から直々に振る舞われた年代物の赤ワイン。エラルドはグラスを口に含んだ瞬間、微かな粘度と舌を刺す甘みから、それが精神の防壁を溶かし、隠し事をすべて吐き出させる違法薬物『真実の口付け』であることに気がついた。
(……浅いな)
エラルドは表情一つ変えずワインを飲み干すと、体内に流し込んだ自身の魔力を『極低温の氷結魔法』に変換し、胃壁の粘膜ごと毒液を一瞬で凍結させ、血中への融解を完全に防いだ。
そして、わざと薬が効いたフリをして、虚ろな瞳で「……もう、疲れたんです。周囲からの期待も、王族の犬として振る舞うことも……」と、美しくも脆い青年の絶望を囁いてみせたのだ。
第二の罠は、『物理的な死の恐怖』。
カジノでルーレットに興じていたエラルドの背後から、給仕に扮した暗殺者が突然、猛毒の短剣を突き立ててきた。
エラルドの実力ならば、振り返るまでもなく暗殺者の首を氷の刃で刎ね飛ばすことができた。しかし彼は、あくまで『魔力は強いが実戦経験のない温室育ちの若君』を演じるため、悲鳴を上げて無様に床を転がり、震える手で乱弾の魔法を放って暗殺者を追い払うという「完璧な三流の演技」をこなした。
圧倒的な美貌と魔力を持ちながら、精神はひどく脆く、孤独で、愛に飢えている。
そんなエラルドの退廃的で無防備な姿は、男を支配し、へし折ることに快感を覚えるヴァレリアの嗜虐心を、確実に、そしてゆっくりと狂わせていった。
『……可哀想な、美しい鳥。私の籠の中でなら、思う存分羽を休めさせてあげるわ』
自分の手の上で、あの完璧な氷の貴公子が完全に堕落した。
その甘い優越感と征服欲に、百戦錬磨の女帝の判断力は、ついに致命的な麻痺を起こしたのだ。
* * *
そして、運命の夜。
雪が静かに王都を包み込む深夜。エラルドはついに、ヴァレリアの私室である、分厚い魔力結界に守られた最奥のVIPルームに招き入れられた。
最高級のベルベットのソファ。甘く重い香水の匂い。
ヴァレリアは、無造作にシャツの胸元を開けたエラルドの隣に擦り寄り、その細い指で彼の白く美しい首筋を、愛撫するように撫で上げた。
「……ふふっ、エラルド。貴方は本当に、美しい顔をしているわね。私に出会えてよかったわね」
「ええ……マダム。貴女の傍だけが、息ができる」
エラルドは熱に浮かされたような瞳で彼女を見つめ返し、そっと彼女の腰に腕を回す。
「アルバーン公爵家の財力と、貴方のその規格外の魔力……私がすべて、上手く使ってあげる。教団なんていう薄汚いカルトの連中よりも、私と手を組んだ方が、貴方もずっと『楽』になれるわよ?」
ついに、彼女の口から教団の名前が出た。
「教団、ですか……。彼らは、貴女を脅迫でもしているんですか? もしそうなら、僕が……」
「馬鹿ね。私が彼らを『利用』してやっているのよ」
ヴァレリアは勝ち誇ったように笑い、自身のベッドの下をコツコツとヒールで叩いた。
「彼らの密輸を手伝ってやった見返りに、この下にある隠し金庫には、教団の資金源と『灰の種』の全構造式を記したデータが眠っているわ。これを盾にすれば、あのカルト共を逆に私の手駒として支配できる。……貴方の公爵家の力があれば、私たちは王都の裏表すべてを支配できるわ」
自身が教団を支配しているつもりでいる、その愚かな驕り。
情報をすべて引き出したエラルドは、俯いたまま、フッと小さく、声に出さずに笑った。
「……そうですか。金庫は、ベッドの下」
「ええ。だから、貴方はもう何も心配しなくて――」
ヴァレリアがエラルドの唇を塞ごうと顔を近づけた、その瞬間だった。
彼女は、背筋に鋭い氷の刃を何十本も突き立てられたような錯覚に陥り、息を呑んだ。
彼が纏っていた「脆く堕落した若君」の気配が、一瞬にして消え去っていた。そこにあるのは、圧倒的な魔力と、底なしの殺意を湛えた、残酷な『捕食者』としての顔だった。
「な、に……?」
ヴァレリアが後ずさろうとしたが、遅い。
エラルドの大きな手が、彼女の首を万力のような力で掴み上げ、そのまま背後の壁へと乱暴に叩きつけた。
「が、はっ……!? あ、ぐ……!」
「一ヶ月。……貴女の下らない三文芝居と、反吐が出るような安い酒に付き合うために、僕がどれほどの時間を無駄にしたか、分かるかい?」
甘く、耳元で囁かれる冷酷な言葉。
室内の温度が急激に下がり、VIPルームの壁や高級な調度品が、パキパキと音を立てて霜に覆われていく。ヴァレリアの喉を掴むエラルドの指先から流し込まれる絶対零度の魔力が、彼女の血液を凍らせ、悲鳴すら上げさせない。
自分が『支配者』だと思っていた。だが違う。
自分は一ヶ月間、この恐ろしい怪物に『生殺し』にされて、最も油断した瞬間に喉笛を噛み千切られるのを待っていただけの、哀れな獲物だったのだ。
「ひっ……! い、命だけは……っ!」
「僕には、早く帰って顔を見たい人がいる。こんな泥臭い場所で、教団の運び屋ごときの相手をしている暇なんて、本当は一秒だってないんだ」
エラルドは虫ケラを見るような冷ややかな目でヴァレリアを見下ろすと、空いた左手でベッドを薙ぎ払い、床板を氷の魔法で粉砕して、隠されていた厳重な金庫を引きずり出した。
「教団の連中は、貴女ごときに支配されるほど甘くはない。貴女はただの便利な『財布』だ。……大人しく王宮の地下牢で、己の愚かさを呪うといい」
サファイアの瞳に見下ろされ、完全に心を折られた裏社会の女帝は、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
* * *
「……ガイル。後は頼んだ。この女の身柄と金庫を、王室の特務機関へ引き渡してくれ」
数分後。気絶したヴァレリアを一瞥もせず、エラルドは乱れた漆黒のシャツのボタンを留め直しながら、室内に踏み込んできたガイルにそう告げた。
「大金星だな。これで、灰の種を解除する算段がつく。……ルカの無念も、少しは晴らせるだろう」
「ああ。……少し、シャワーを借りるよ」
エラルドはVIPルームに備え付けられた豪奢な浴室に入ると、冷たい水を頭から被った。
香水と、酒と、裏社会の泥の匂い。
すべてを洗い流すように、何度も何度も肌を擦る。
(……マリー)
冷たい水滴を拭いながら、エラルドは鏡に映る自身の冷たい顔を見つめた。
こんなにも澱んだ、汚い自分を、もし彼女が見たらどう思うだろうか。
ふと、脳裏に浮かぶのは、あの薬草の匂いがする温かい実家で、「お疲れ様!」と無邪気に笑うマリーの顔だった。
(……早く、君に会いたい)
彼女のあの温かいシチューの匂いと、屈託のない笑顔、そして我が家だけが、今のエラルドの正気を保つ唯一の命綱だった。
* * *
深夜の生徒会室。分厚い遮音結界が張られた室内で、書記であるアーサーの走らせる万年筆が、冷たく乾いた音だけを響かせていた。
「死因――『帰郷の途上、北部国境沿いの峠道における乗合馬車の転落事故』。およびそれに伴う火災による焼死……学園長と王都憲兵隊への最終報告書類は、これで完成です」
アーサーが一切の感情を交えない淡々とした声で告げ、偽造された死亡診断書に生徒会の公印を押した。
学園の裏庭で無惨な『灰』となって発見された一年生の新聞委員・ルカ。彼の死は教団による凄惨な口封じであったが、生徒会はすでに、エラルドが裏社会へ潜入する時間を稼ぐために「妹の看病のために一ヶ月間の帰省をした」という通達を学園内に回してしまっていた。
「学園内で事故死したことにしては、彼が帰省したという目撃情報や記録と完全に矛盾してしまいますからね」
会計のガイルが、冷徹な手つきで分厚いファイルを閉じる。
「私が裏から手を回し、彼が乗ったとされる馬車の運行記録と、峠での事故の現場検証記録を完全に作り上げました。学園の裏庭に残っていた彼の遺体……あの『灰』は、馬車の炎上事故によって炭化した遺骨として、すでに地方憲兵隊から引き取ったことにして処理を済ませています。現場の教団の瘴気の痕跡も、エラルドが完全に凍結・破砕して隠滅済みです」
「……妹の身を案じ、急ぎ故郷へ向かう途中の悲ましい転落事故。学園の生徒も教師も、そう信じて疑わないだろう」
円卓の中心に座る第三王子レオンハルトが、忌々しげに深い溜息を吐き出した。
「自国の民が暗殺された挙句、その死の尊厳や理由すらも、我々の手でこうして塗り替えねばならんとは。……為政者として反吐が出るな」
「……教団のやり口は、いつも反吐が出るほど狡猾ですね」
円卓の端で、冷めた紅茶のカップを見つめながらエラルドが静かに(僕の)声を落とした。
「しかし、この悲しい嘘は、これ以上の犠牲を出さないために絶対に必要なものです。……彼の残された家族への補償は、僕の個人資産から『匿名の慈善財団』を経由して、馬車事故の多額の慰謝料という名目で、生涯支払い続けられるよう手配しておきました」
静寂の中、エラルドがぽつりと告げた。
レオンハルトたちは何も言わず、ただ静かに目を伏せた。それが偽善であると分かっていても、そうせずにはいられない彼の不器用で優しすぎる本質を、誰もが知っていたからだ。
「感傷に浸っている暇はないぞ、お前たち」
レオンハルトが、円卓を力強く叩いて顔を上げた。
「ルカの死と、我々が流したこの忌まわしい『事故』の偽報を無駄にはせん。……エラルド。必ずヴァレリアの懐に潜り込み、霊脈の『灰の種』の設計図を割り出した今、王家の名にかけて、必ず奴らの根を焼き尽くすぞ」
その王者のような力強い宣言に、アーサーが静かに頷き、ガイルが再びファイルの山へと向かい合う。エラルドもまた、己の内に渦巻く冷たい怒りを胸に抱きながら、深く静かな決意と共にサファイアの瞳を光らせたのだった。




