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舞踏会後の日常 

華やかで狂騒に満ちた魔法祭から数日が経ち、ミリス魔法学園はすっかりいつもの平和な日常を取り戻していた。


 抜けるように高く澄み渡った秋晴れの空からは、心地よい涼風が吹き抜けている。巨大な石造りの野外コロシアム(第三演習場)には柔らかな日差しが降り注ぎ、生徒たちの和やかな声が響き渡っていた。

 祭りの余韻は生徒たちの間柄を少しだけ親密にさせたようだが、この学園には『絶対に変わらないもの』もある。


「マリー・トマス!! 貴様、私の実技演習中に堂々と立ったまま爆睡するとはどういう度胸だ!!」

「はっ!? ち、違いますバルガス教授! これは瞑想です! 魔力を高めるための、ええと、高度なイメージトレーニングで……」

「よだれを拭いてから言え!! 罰としてコロシアムの外周を十周だ!! 当然、身体強化の魔法は一切禁止とする!!」

「ええーっ!!」


 秋の空気を震わせるバルガス教授の怒号に、マリーは「ひえーっ」と情けない声を上げた。


 魔法使いの卵が集まるこの学園において、「自らの足でただ走る」という行為は限りなく原始的で、ある意味で珍しい光景だ。周囲の生徒たちが風の魔法で宙をふわりと舞い、魔力で身体能力を強化してスタイリッシュに演習をこなす中、マリーだけがトテテテ、と土煙を上げて不格好に走り始めた。


 しかし、クラスメイトたちは驚く様子もない。もはや3組の風物詩なのだ。

「またマリーが怒られてるぜ」

「あいつ、魔法の才能はゼロなのに、あの心臓の強さと体力だけは化け物級だよな」

 男子生徒たちが呆れたように笑い合い、セドリックが「マ、マリーさん頑張って……」と申し訳なさそうに小声で応援している。少し離れた場所では、ジュリアンが「ふん、平民の野生児め、見苦しい」と鼻を鳴らしながらも、どこかいつもの騒がしい日常が戻ってきたことに安堵しているような顔をしていた。


 その光景を、コロシアムの涼しい日陰から見守っていたアイリスは、「はぁ……」と深々とため息をついた。

 彼女の周囲だけは、無意識に展開された微弱な氷魔法によって、快適なひんやりとした空気が保たれている。


(全く、あの子は……魔法祭であれだけの騒動に巻き込まれ、あんな恐ろしい魔獣を目の当たりにしておきながら、一ミリも成長していないんだから)


 平和な日差しの下を走るマリーは、今日も今日とて食欲と睡眠欲に忠実に生きている。


(……でも、そこがあの子のすごいところなのよね)


 アイリスは、短いスカートを翻し、元気に土煙を上げて走る親友の後ろ姿を見つめながら、ふと、一年生の入学当初のことを思い出していた。


* * *



(……なんて、美しい方なのかしら。まるで、絵画から抜け出してきたみたい)


 それが、アイリス・フォン・クラインから見た、エラルド・フォン・アルバーンの第一印象だった。

 入学式の新入生代表挨拶で壇上に立った彼の姿は、まさに『雲の上の存在』だった。プラチナブロンドの髪、透き通るようなサファイアの瞳。洗練された所作と、学園トップである圧倒的な魔力の波動。

 この学園には身分の高い貴族が大勢いるが、彼はその中でも完全に別格だった。「あんな完璧な方がいらっしゃるのね」と、アイリスを含め、多くの令嬢たちが初日で心を奪われたものだ。


 だからこそ。

 あの『完璧な氷の貴公子』に、平民の、しかも特待生の幼馴染がいると知れ渡った時の学園の騒ぎは、尋常ではなかった。


『マリーさん! ぜひ今度、我が家のティーパーティにいらして!』

『ねえ、エラルド様はどんなお菓子がお好きなのかしら? 今度、私からだと渡してくださらない?』


 入学してすぐ、マリーの席は、エラルドに取り入ろうとする令嬢たちで連日囲まれることになった。

 しかし、そのフィーバーは長くは続かなかった。


『えっ? エラルドのお菓子? あいつ甘いのそんなに好きじゃないから、私が全部食べちゃった! 美味しかったよ、ありがとう!』

『エラルドに会いに行かないのかって? だってあいつ生徒会で忙しそうだし、私、今から購買に焼きそばパン買いに行かないといけないから! 猛ダッシュしないと売り切れちゃうの!』


 マリーは、令嬢たちの腹の探り合いや見栄など一切お構いなし。

 授業中は平気で爆睡し、実技演習では初歩の魔法すら使えずに「まあいっか!」とケロッとしている。さらには、エラルドという最強のカードを持っているにも関わらず、自分から彼に近づこうとも、その特権を利用しようともしなかったのだ。


『……なんなの、あの平民。信じられないくらいガサツで、無神経ね』

『エラルド様とも、ただ昔近所に住んでいただけの腐れ縁みたいだし……もう放っておきましょう』


 マリーのあまりの破天荒さと、貴族社会の常識が一切通じない「野生児っぷり」についていけず、令嬢たちはあっという間に彼女から離れていった。

 当時のアイリスも、心の中で彼女たちに同意していた。


(正直、あまり関わりたくないタイプね。平民の特待生だというのに、どうしてあんなに図太くいられるのかしら)


 アイリスの生家であるクライン家は、男爵という低い爵位でありながら、商業で莫大な財を成した、いわゆる『成金』の家系だった。

 歴史と伝統を重んじる魔法学園において、彼女のような成り上がりの家柄は、歴史ある貴族たちから密かに見下される対象だった。だからこそアイリスは、誰にも馬鹿にされないよう、常にエラルドや上位貴族に次ぐ成績上位陣に食い込み、ツンと冷たく近寄りがたい『完璧な令嬢』の仮面を被って、一人で気を張って生きていたのだ。

 家柄にコンプレックスを抱き、孤立していたアイリスにとって、何も考えていないようにヘラヘラと笑い、お弁当のことばかり考えているマリーの存在は、ある意味で苛立ちの対象ですらあった。


 そんなアイリスの心境が大きく変わったのは、入学して一ヶ月ほど経った、ある日の放課後のことだった。


 アイリスは一人、薄暗い第三演習室に残されていた。

 他クラスの嫌味な女子グループに、実技演習の後片付けと、重い魔石の運搬という『面倒な雑用』を押し付けられたのだ。「成績優秀で、お金持ちのアイリスさんなら、一人で簡単にできるでしょう?」という、あからさまな嫌がらせだった。


「……くっ。こんなの、私一人で……」


 強がって引き受けたものの、木箱に詰められた魔石は重く、一人で運べる量ではなかった。

 腕は痛むし、悔しさと情けなさで、アイリスの瞳には思わず涙が滲んだ。

 成金と馬鹿にされないために完璧でいなければいけない。誰にも頼れない。冷たい令嬢としての仮面が、ボロボロと崩れ落ちそうになっていた、その時。


「よっと!! ほっ! そーれ!!」

「……え?」


 突然、演習室の扉がバンッ! と勢いよく開いた。

 そして、両腕に信じられないほど大量の魔石の木箱を抱えたマリーが、まるで羽毛でも運ぶかのような軽やかな足取りで入ってきたのだ。


「あ、アイリスじゃん! 何やってるの、こんな所で一人で」

「マ、マリー……? あなたこそ、どうしてここに……それに、その荷物……」

「これ? さっき廊下で、クラスの女子たちが『重くて運べなーい』って困ってたから、私が代わりに倉庫まで運んであげるって言ったの! 私、魔法は全然ダメだけど、力仕事には自信あるからね!」


 マリーはニコッと笑い、ドンッ! と木箱を床に置いた。

 アイリスは絶句した。あの女子たちは、マリーにも面倒な仕事を押し付けたのだ。

 しかしマリーは、それが「嫌がらせ」であることに微塵も気づいておらず、本気で「困っている人を助けた」と誇らしげな顔をしている。


「……あなた、馬鹿なの? それ、明らかに押し付けられただけよ。利用されてるって、どうして気づかないの」


 アイリスは思わず、キツい声で言い放ってしまった。

 八つ当たりだった。図太くて、身分なんて一切気にしていない彼女が羨ましかったのだ。

 マリーはキョトンと目を丸くした後、ポリポリと頬を掻いた。


「えー? そうなの? まあいいじゃん、私が運んだ方が早いし。それに……」


 マリーはアイリスの足元にあった、アイリスが運ぼうとしていた木箱をヒョイッと軽々持ち上げた。


「アイリスも、重いもの運ぶの苦手でしょ? こういう泥臭いことは私に任せてよ!」

「……っ」

「それに、アイリスっていつも一人で難しい顔して魔法の練習してるけど、すっごく綺麗でカッコいいよね! 私、アイリスの氷の魔法、キラキラしてて大好きなんだ!」


 マリーは、底抜けに明るい、一点の曇りもない笑顔でそう言った。

 成金の男爵令嬢だからでも、成績がいいからでもない。ただ純粋に、アイリスという人間を真っ直ぐに見て、その魔法を褒めてくれたのだ。


「……な、何を言っているのよ……馬鹿みたい」


 アイリスは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。

 冷たく凍りついていた心が、マリーの無自覚でお日様みたいな優しさによって、あっけなく溶かされてしまった瞬間だった。


 * * *


 その出来事をきっかけに、二人は一緒にお弁当を食べたり、アイリスがマリーに魔法の基礎を教えたりするようになり、少しずつ親友としての距離を縮めていった。

 そして、夏休みが近づくある休日のこと。

 アイリスはマリーに誘われ、初めて彼女の実家である公爵邸敷地内の『トマス薬局』へと遊びに来ていた。


「へえ、ここがマリーの家……」

「いらっしゃいアイリス! 散らかってるけど、適当に座ってて!」


 薬草の匂いが立ち込める少し雑多なリビングのソファに腰を下ろし、マリーが淹れてくれたハーブティーを飲んでいると、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「マリー、いるかい? 厨房で新しく入った職人がクッキーを焼きすぎたみたいでね。良かったらお茶請けにどう――」

「えっ」


 ガチャリと扉を開けて入ってきた人物を見て、アイリスは持っていたティーカップを落としそうになった。

 休日のラフな私服姿とはいえ、洗練されたプラチナブロンドの髪とサファイアの瞳は間違いない。学園のトップに君臨する『雲の上の存在』、エラルド・フォン・アルバーンその人だったからだ。


「え、あ、アルバーン公爵令息……!? なぜ、自らこのような場所に……っ」

「ん? ああ、マリー、今日はお友達が来ていたのか。お邪魔して悪かったね」


 アイリスが慌てて立ち上がり、ドレスの裾をつまんで深く礼をすると、エラルドは驚いたように目を丸くした後、優雅に微笑んだ。


「あーっ! エラルド、また厨房からおやつ持ってきたの!? やったー!」

「こら、マリー。お客様の前でそんなはしたない声を出すんじゃない。……初めまして、エラルドだ。君は確か、クライン男爵家のアイリス嬢だね。いつも学園でマリーが世話になっている」


 エラルドは籠いっぱいの焼き立てクッキーをテーブルに置くと、ごく自然な動作で、マリーの寝癖がついて跳ねていた髪を指先でスッと直した。

 アイリスは、我が目を疑った。

 学園で令嬢たちに向けられる完璧で隙のない微笑みとは全く違う。そこにあったのは、気安く、柔らかくて、そして――心からマリーという幼馴染を大切に思い、心を許している『一人の青年』の素顔だった。




(……すごい。本当にただの幼馴染っていうだけじゃなくて、家族みたいに大切に思っていらっしゃるのね)


 勘の鋭いアイリスは、その短いやり取りだけで、学園で噂されていた「ただ昔近所に住んでいただけの腐れ縁」という認識が全くの的外れであることに気がついた。

 彼らの間にあるのは、貴族と平民という身分の壁を完全に無くした、家族のような深い親密さと揺るぎない信頼なのだ。

 そして、学園中の憧れの貴公子からこれほどの特別扱いを受けながらも、彼を「気兼ねのない幼馴染兼身内」くらいにしか思っていないマリーの恐るべき鈍感さにも。


「……アイリス嬢」


 不意に、エラルドの涼やかな声がアイリスの鼓膜を打った。

 見れば、エラルドがサファイアの瞳を少しだけ細め、真面目な顔でアイリスを見据えていた。


「マリーは、少しばかり無防備すぎるところがあってね。……彼女には、君のようなしっかりした友達が必要だ。学園でも、どうかマリーと仲良くしてやってほしい。よろしく頼むよ」

「……っ!」


 それは、ただの社交辞令ではない。次期公爵としての威圧感もなく、純粋に「大切な幼馴染の親友」へ向けた、心からの頼み事だった。


「……ええ。もちろんですわ。私の方こそ、彼女にはいつも助けられていますから」


 アイリスは、少しだけ照れくさそうに微笑みながら、コクンと頷いた。


 * * *


「……アイリス? どうしたの、そんなにニヤニヤして」

「っ!? べ、別に。何でもないわよ」


 急に顔を覗き込んできた親友の顔を見て、アイリスはハッとして我に返った。

 十周を走り終えたマリーが、汗だくで戻ってきていたのだ。


「あー疲れた! 喉乾いたし、お腹空いた! アイリス、購買でパン買ってきていい!?」

「まだ授業中よ、この大バカ! ……もう、後で私が冷たいお水を魔法で出してあげるから、大人しく見学してなさい」


 呆れながらも、アイリスの口元は自然と綻んでいた。

 最初は「ありえない」と思った二人の関係性も、今ならよくわかる。

 この無防備で、食い意地が張っていて、身分など一切気にしない破天荒な少女。彼女の裏表のない純粋な優しさが、アイリスにとっても、そしてあの完璧なエラルドにとっても、どれほど救いになっていることか。


(この子は絶対に、私たちが守ってあげないといけないわね)


 アイリスは、あの日エラルドから託された言葉を思い出しながら、「ほら、汗を拭きなさい」と、持っていた絹のハンカチをマリーの顔にバサッと投げつけたのだった。






* * *

大舞踏会の襲撃事件から数日が過ぎ、学園が表面上の平和を取り戻していた頃。

夜の帳が完全に下りた、旧校舎の最上階。分厚い防音と認識阻害の結界が何重にも張られた『生徒会室』の空気は、張り詰めた糸のように重く、冷たかった。


「――以上が、近衛騎士団および我がクリフォード家の暗部が調べ上げた、襲撃犯の侵入経路です」


 円卓に広げられた学園の図面を前に、生徒会会計のガイルが銀縁眼鏡を押し上げながら報告を締めくくった。


「結論から言えば、正門の魔力検査をすり抜けたのは『内部からの手引き』があったとしか考えられません。業者の選定、搬入ルートの確保、そして大広間への魔獣の配置。学園の警備システムを熟知し、それを操作できる権限を持つ者が、確実にこの学園の内部に潜んでいます」

「先月の旧温室での襲撃といい、今回といい……学園の警備の要である我々近衛の顔に、二度も泥を塗られた形だ。腹立たしいこと極まりない」


 書記であるアーサーが、ギリッと奥歯を噛み鳴らして拳を握りしめる。

 彼らの視線の先、円卓の上座に腰掛けているのは、生徒会長であり次期国王であるレオンハルト殿下だ。彼は組んだ手の上に顎を乗せ、鋭い猛禽のような目で図面を睨みつけていた。


「王族と高位貴族の次期当主が一堂に会する場を狙った、大規模なテロ。……『灰の教団』の連中め、いよいよなりふり構わなくなってきたな。だが、なぜ内部に協力者がいる? 教団の思想は『魔力階級社会の破壊』だ。貴族である学園の関係者が、奴らに加担するメリットなど無いはずだが」


 殿下のその問いに、これまで黙って円卓の端に座っていたエラルドが、ふっと冷たい笑みをこぼした。


「思想など、後からどうとでもなるものです。……王家の権力が強まることを良しとしない一部の派閥や、他国のスパイ。あるいは、自らの失態で地位を追われ、今の貴族社会に絶望した者。教団に『資金や権力』を提供する代わりに、政敵の暗殺を依頼している貴族が内部にいる……そう考えるのが自然でしょう」


 エラルドの静かな、けれど氷のように冷徹な声が室内を打つ。


「……なるほど」


 レオンハルト殿下は、ゆっくりとエラルドに視線を向けた。


「貴族の権力争い、か。そういえばエラルド、お前のところの『後見人』殿は、最近随分と大人しいようだが?」


 その言葉に、室内の空気が一瞬だけピリッと凍りついた。

 エラルドが六歳で両親を亡くした際、強大すぎるアルバーン公爵家の力を恐れた国王(レオンハルトの父)は、王家の息がかかった強欲な貴族を『後見人』として公爵邸に送り込んだ。

 エラルドから実権を奪い、公爵家を王家のコントロール下に置くための、お飾りの傀儡。幼いエラルドは長年、その傲慢な後見人の監視と嫌がらせの中で生きてきたはずだった。


「……彼ですか?」


 エラルドは、涼やかなサファイアの瞳を細め、ひどく優雅に、けれど血の通っていない人形のような笑みを浮かべた。


「ええ。彼は少しばかり『欲』をかきすぎた結果、重い流行り病に罹りましてね。現在は領地の最果てにある療養所で、一歩も外に出ずに、静かに、静かに余生を過ごしていますよ。……面会も一切謝絶しておりますので、二度と王都の土を踏むことはないでしょう」

「…………そうか」


 それが『暗殺』や『幽閉』を意味する貴族特有の婉曲表現であることを、この場にいる全員が理解していた。

 幼き日に送り込まれた強欲な監視者を、エラルドは成長と共にその圧倒的な魔力と頭脳で完全に排除し、すでにアルバーン公爵家の全実権を裏で完全に掌握しきっていたのだ。王家への静かな、しかし絶対的な宣戦布告にも等しい事実。


「ご心配には及びませんよ、レオンハルト殿下。現在のアルバーン家は、完全に『僕の意志』の下にあります。王家に牙を剥くような真似はしません……王家が、僕の領分を侵さない限りは」


 エラルドが薄く微笑むと、レオンハルト殿下はフッと口角を上げ、面白そうに喉の奥で笑った。


「頼もしいことだ。お前のような規格外の化け物を敵に回すほど、我が王家も愚かではない。……で? お前の権力と情報網を使っても、教団の手引きをした裏切り者の尻尾は掴めないのか?」

「……手掛かりはあります」


 エラルドは、脳裏に一人の一年生――新聞委員の腕章をつけた『ルカ』の姿を思い浮かべながら、淡々と答えた。


「確証を得るまで、もう少し泳がせます。教団がこの学園に仕掛けた『真の狙い』を探るためにも。……ですが、殿下」


 エラルドはゆっくりと立ち上がり、円卓を見下ろした。

 その瞳の奥には、教団の幹部に「自らの弱み」を勘付かれたことへの、煮えたぎるような殺意が黒く渦巻いている。


「次に彼らが動いた時は、捕縛や尋問などという生温い真似はしません。この学園に、僕の日常に泥足を踏み入れた代償は……魂すら残らぬほどの『絶対の死』で支払わせます。……後始末は、生徒会にお任せしても?」

「ふっ、好きにしろ。ただし、学園の校舎まで吹き飛ばすなよ」

「善処します」


 エラルドは短く一礼すると、重厚な扉を開け、深夜の廊下へと一人消えていった。

 残されたガイルとアーサーが、背筋に走る悪寒を誤魔化すように小さく息を吐き出す。


「……相変わらず、底知れない男ですね。先日の舞踏会といい、彼の魔力は本当に底が見えない。彼が敵に回らないことだけが、我々にとって唯一の救いかもしれません」

「ああ。……だが、あの氷の貴公子が、なぜこれほどまでに教団に対して明確な『殺意』を抱いているのか。それが少し気にかかるな」


 レオンハルト殿下は、エラルドが消えた扉を見つめながら、鋭い目を細めた。

 完璧な理性で抑え込まれた、あの静かで強大な狂気。それが何に向けられ、何を守るために研ぎ澄まされているのか。

 シリアスで血生臭い大人の謀略が渦巻く中、学園の生徒会のメンバーは灰の組織への対抗措置策を整備していた。

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