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舞踏会での一幕 一瞬の鎮圧


広間の熱気は、瞬く間に最高潮に達していた。

壁際に並べられた豪奢なテーブルでは、生徒会役員をはじめとする学園のトップ層が、グラスを片手に優雅な歓談の輪を作っている。

王家の象徴である純白の夜会服を着た生徒会長・レオンハルト殿下は、次期国王としての風格を漂わせながら、各国の留学生や高位貴族の挨拶を余裕のある笑みで受けていた。その傍らでは、ガイルが神経質そうに眼鏡を押し上げながらも完璧な礼儀作法で対応し、アーサーが近衛騎士の家系らしい一寸の隙もない姿勢で殿下の背後を護っている。


そして、その輪の中でもやはり、一際目を引くのが、エラルドとミーシア様の姿だった。

ミッドナイトブルーの夜会服を着こなすエラルドは、大国を支える筆頭公爵家の次期当主として、何人もの有力貴族の大人たちに囲まれていた。

「エラルド様、先ほどの舞は誠に見事でした。アルバーン公爵家の未来は盤石ですな」

「お褒めに与かり光栄です、伯爵。ミーシア嬢の素晴らしいリードがあってこそですよ」

彼は、年齢を感じさせない完璧な大人の微笑みを浮かべ、涼しい顔で大人たちの腹の探り合いを軽やかに躱している。その洗練された所作と、隣で雪の精霊のように微笑むミーシア様の組み合わせは、まさに絵画から抜け出してきたような美しさだった。




「やった! 仔牛のローストまだ誰も手をつけてない! セドリック、私がいっぱい切り分けてあげるからね!」

「マリーさん、落ち着いて……僕の胃はもう、さっきの緊張で限界です……」


一方そんな腹の探り合いが行われているのを知りもしない私は、ついにずっと楽しみにしていたローストのテーブルが近づいていた。 ドレスの裾を握りしめ、背伸びをして仔牛のローストとの距離を測っていた、その時だった。


――チリッ。

背中に刻まれた呪いの傷跡が、まるで焼け火箸を押し当てられたように、鋭い痛みを訴えた。


「え……?」

「……マリー、さん?」



それは一瞬の出来事。

ズガァァァァァァンッ!!!


鼓膜を破るような轟音と共に。

ビュッフェテーブルのすぐ奥、厨房へと続く観音開きの重厚な扉が、内側からの凄まじい爆発によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。


「きゃあああああっ!?」

「な、なんだ!? 爆発か!?」


粉々になった木片と石の破片がフロアに降り注ぎ、優雅なワルツを奏でていたオーケストラの演奏が、悲鳴と怒号に掻き消される。

一瞬すぎる出来事に会場はどよめいた。

土煙の向こうから現れたのは、ドス黒い瘴気と、目深に黒いローブを被った数十人の集団、そして異形の『灰の魔獣』たちだった。


「愚かなる特権階級の豚共よ! 貴様らが独占する淀んだ魔力を、今宵、我らがすべて『灰』へと帰してやろう!!」


先頭に立つ教団の司祭らしき男が、狂気に満ちた声で広間に響き渡らせた。

灰の教団である。

一昨日の襲撃を受けて、王都の魔導士団が外からの結界をガチガチに強化していたにも関わらず、なぜ彼らがこの厳重な警戒網を突破できたのか。

まさかと、彼らの背後にある『厨房』を見た。

昼間の「お祭り騒ぎ」の中、彼らは学園祭の業者に紛れ、大量のワイン樽や食材を詰めた巨大な木箱の中に教団員や武器、魔獣を隠して搬入させていたのだ。正門の魔力検査は、高度な認識阻害の呪具で突破したのだろう。『トロイの木馬』のごとく、内側から食い破る泥臭くも確実な侵入経路。だが、全ての品物は検品され、品質管理がされているはず。一体何があったのか。


「グルルルルッ……!!」


巨大な狼の姿をした灰の魔獣が、血走った目で真っ先に狙いを定めたのは――爆心地である厨房の扉のすぐ目の前、ビュッフェテーブルの近くで立ち尽くしていた私やセドリックをはじめとする、数名の生徒たちだった。


「ひぃっ……!!」

「セドリック、下がって!!」


腰を抜かした彼を背後に庇い、私は咄嗟に近くにあった銀のトングを両手で強く握りしめた。

魔獣が巨大な顎を開き、私たちに向かって飛びかかってくる。 アイリスが動きやすいドレスを見繕ってくれてよかったーーー! 私は不敵に笑って「かかってきなさいよ」と拳を構えた、次の瞬間。


「――『氷柩ひょうきゅう』」


広間の喧騒を完全に置き去りにするような、冷たく、でも落ち着いた、静かな声が響いた。

それは私の前ではなく――遥か後方、高位貴族たちと談笑していたはずの、エラルドの声だった。


ピキィィィィンッ!!!


刹那。

大広間の大理石の床から、無数の巨大な氷の棘が、まるで意思を持ったガラス細工のように美しく、そして暴力的な速度で隆起した。

私に飛びかかろうとしていた魔獣は、その氷の壁に激突した瞬間、悲鳴を上げる間もなく全身を霜に覆われ、呆気なく砕け散る。

それだけではない。エラルドが遥か離れた位置から放った魔法は、広間の被害を最小限に抑えながら、厨房から雪崩れ込んできた教団員たちの足元を正確に貫き、彼らが放った炎や呪詛を紙屑のように無効化し、次々と『絶対零度の棺』の中へと閉じ込めていったのだ。


「バ、バカな……っ!? これだけの距離から、無詠唱に近い速度で、この規模の魔力を……!?」

「話が、違う……! なんだ、あの規格外の化け物は……っ!!」


教団の司祭が、一瞬にして凍りついていく自らの部隊を見て、絶望の声を上げた。

彼らは完全に、エラルドの魔力を過小評価し、侮っていたらしい。

激昂して暴走するわけでもなく。ただ息をするのと同じように、途方もない魔力を「針の穴を通すような精密なコントロール」で操る、美しくも冷徹な『氷の貴公子』の底知れぬ実力を。


「……困ったな。せっかくの美しいワルツの余韻が、台無しになってしまうじゃないか」


エラルドは自席から一歩も動くことなく、手に持ったグラスを傾けながら、涼しい顔のまま小さくため息をついた。

その圧倒的な制圧劇に、襲い掛かってきた教団員たちだけでなく、広間にいた数百人の生徒たちも完全に呆気にとられ、シーン……と、恐ろしいほどの静寂が降りていた。


「――皆の者、狼狽えるな!!」


その静寂を破ったのは、生徒会長であるレオンハルト殿下の、王者のごとき力強い一喝だった。


「すでに賊の大半はアルバーン公爵令息が制圧した! 近衛騎士団、直ちに氷漬けになった賊を拘束し、厨房内の安全を確保せよ! 怪我人がいればすぐに救護班を!」


殿下の的確な指示により、壁際に待機していた騎士たちが一斉に動き出し、迅速に事態の収拾に当たる。

そして、殿下はバルコニーで硬直しているオーケストラの指揮者に向かって、毅然とした態度で頷いた。


「音楽を止めるな! 我がミリス魔法学園の誇り高き生徒たちは、この程度の泥水で宴を終わらせるほど柔ではない! さあ、舞踏会を続けよう!」


その言葉を合図に、オーケストラが再び力強いワルツを奏で始めた。

最初は戸惑っていた生徒たちも、殿下のカリスマ性と、エラルドの圧倒的な力に守られているという絶対的な安心感から、次々とフロアに戻り、再び華やかな狂騒が広間を包み込んでいった。


まるで、一瞬の悪夢など初めから存在しなかったかのように。

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