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学園の貴公子、エラルド

2時限目の授業終了を告げる鐘が鳴ると、静まり返っていた学園は一気に華やかな活気を取り戻した。

 待ちに待った、昼食の時間である。

 全校生徒が一堂に会する『大食堂(ホール)』は、ミリス魔法学園の荘厳さを最も体現する場所の一つだった。

 見上げるほど高いアーチ状の天井には、魔法によって『その日の外の空模様』がそのまま映し出されている。今日は雲一つない快晴で、天井には抜けるような青空と、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。

 宙には青白い魔法の炎を灯した無数の燭台が静かに浮遊し、四つの長いオーク材のテーブルを優しく照らしている。

 生徒たちが席に着くと、厨房の妖精たちが空間転移魔法を使い、銀の皿に乗った豪勢な料理を次々とテーブルへ出現させていく。

 芳醇な香りを漂わせるローストビーフ、艶やかに輝く季節の果物、ふっくらカリカリに焼き上がったフランスパン。

「んーっ! やっぱり学園のご飯は最高だね!」

 マリーは目の前に現れた山盛りのシチューと山羊のチーズを乗せたパンを、目を輝かせて頬張った。

 貴族令嬢の生徒たちが、一口サイズに切り分けた肉を優雅に口へ運ぶ中、マリーの食べっぷりは見ている方が清々しいほど豪快だ。

「マリー、口元にソースがついているわよ。お行儀が悪いわ」

「ふぇっ? あ、ほんとだ。はりはとーアイリス」

 これでもアイリスの指導により、食べ方は入学当初と比べるとだいぶん様になったのではあるが---アイリスから差し出された純白のハンカチで口元を拭いながら、マリーは大食堂を見渡した。

 このミリス魔法王国は、厳格な階級社会である。

 頂点に君臨する王族を筆頭に、公爵・侯爵などの高位貴族、伯爵・男爵などの下位貴族、そして最も下に位置する平民。

 建国から数百年の間、魔法という奇跡は「貴族の血の証」として独占されてきた。この魔法学園も例外ではなく、在籍する生徒の九割は、広大な領地と莫大な富を持つ貴族の子弟たちだ。

 しかし10年前、時代が動きはじめた。

 王家が絶対君主制から専制政治への移行を進める中で、「国家の繁栄のためには、血筋に関わらず優秀な魔力を持つ者を重用すべきだ」という革新的な意向が示された。その政策の一環として、学舎は王都の民へと開かれ始め、才能に基づく『特待生枠』が新設されたのだ。

 大食堂の座席には明確なルールはないものの、自然と身分ごとに固まって座るのが暗黙の了解となっている。平民であるマリーなど少数の特待生たちは、どうしても肩身の狭い思いをさせられがちだった。

「ねえ、見た? またあの女子生徒よ。また山のようにパンをお代わりしているわ」

「食べ方もなってらっしゃいませんわ。公爵家の強力な推薦があったからって、あんな娘が、エラルド様の幼馴染だなんて信じられませんわ」

 少し離れた席から、香水のきつい上位貴族令嬢の生徒3人組が、扇子で口元を隠しながらクスクスとこちらを嘲笑っている。

 耳を澄ませば聞こえてくる陰口だが、マリーは全く意に介さず、二つ目のパンにジャムをたっぷりと塗っていた。

「……腹は立たないの?」

 紅茶のカップを置き、アイリスが冷ややかな目で令嬢たちを睨みつけながら問う。

「ん? まあね。 だって、うちのお母さんのご飯の方が何倍も美味しいけど、ここのご飯もタダで食べ放題なんだよ? 言いたい奴には言わせておけばいいじゃん。 それにああいう子たちは誰にでも難癖つけてくるよ。」

「……あなたって子は、本当に」

 アイリスは毒気を抜かれたように息を吐き、微かに口角を上げた。

 マリーは気にしていない。それに、アイリスは、ここがマリーの良いところだと思っていた。純粋で天真爛漫、貴族のこの階級社会が薄く残るこの堅苦しい一面を持つ学園において、その性格の朗らかさから、様々な生徒にとってこの学園で癒しの存在であることをアイリスは知っていた。アイリスだって、生まれ育った厳格な男爵家に縛られ生きてきた中で、その明るさと無邪気さに救われたうちの1人だった。

「あ、エラルドだ」

 マリーがふと顔を上げた先。

 大食堂の最も中心、ひと際豪奢な料理が並ぶ高位貴族のテーブルに、ひと際周囲の視線を惹きつける存在がいた。 


 透き通るようなプラチナブロンドの髪に、宝石のように深いサファイアの瞳。

 筆頭公爵家嫡男、エラルド。

その立ち姿は、まさに絵姿見にから抜け出してきたような、完璧な美男子ぶりを惜しげもなく披露していた。整った顔立ちに柔和な雰囲気、爽やかに挨拶をする彼はしかし、

ハッとするほどの存在感も持ち合わせている。

 彼が目の前に座って話している友人に対して心からの爽やかな微笑みを向けた瞬間。周囲の令嬢たちから、堪えきれないような感嘆の吐息が漏れた。

 成績優秀、魔力はトップクラス、そして何より驕ることのない温和な性格。彼はこの階級社会の学園において、間違いなく『完璧な王子様』であった。

 誰もが彼に声をかけようとタイミングを見計らっていた、その時。

「エラルド様…………っ、あの、突然申し訳ありません!」

上擦った、けれど精一杯の勇気を振り絞った可愛らしい声。

 高位貴族たちが集まるテーブルの前に、一人の下級生らしき令嬢が立っていた。彼女の震える両手には、淡いピンク色の封筒が大切そうに握りしめられている。誰の目にも明らかな、恋文だった。

 周囲の生徒たちが息を呑んで見守る中、銀のフォークを置いて立ち上がったのは、プラチナブロンドの髪を揺らしたエラルドだ。

「やあ。怪我をしたと聞いていたけれど、もう足の具合はいいのかな?」

「えっ……あ、はい! 先日の実技演習の際は、エラルド様が医務室まで運んでくださったおかげで……っ。そ、その節のお礼と、私の気持ちをしたためてまいりました。どうか、受け取っていただけないでしょうか!」

令嬢が顔を真っ赤にして封筒を差し出す。


 エラルドは困ったように少しだけ眉尻を下げ、しかし、誰もがため息をつくほど優雅で誠実な微笑みを浮かべた。

「ありがとう。君のまっすぐな気持ちは、とても嬉しいよ」

エラルドは令嬢の手から封筒をそっと受け取った。令嬢の顔にパッと希望の光が差す。しかし、完璧な貴公子の口から紡がれたのは、綿毛のように優しく、同時に一切の隙もない拒絶だった。


「でも、ごめん。今は次期公爵としての責務と学業で手一杯で、誰か一人に特別な愛情を返す余裕がないんだ。君のような素敵な女性の気持ちを、中途半端に受け取るわけにはいかない。……本当にごめんね」

「あ……っ、いえ! 私の方こそ、ご迷惑を承知で……っ! 受け取っていただけただけで、十分です! ありがとうございます!」

丁寧に頭を下げるエラルドに、令嬢は涙ぐみながらも幸せそうにお辞儀をし、友人たちのもとへ走り去っていった。


「相変わらず、罪な男だな。今月でもう何人目だ?」

「仕方ないさ。エラルド様のお眼鏡にかなう完璧な令嬢など、この国には存在しないのだから」


同席していた友人たちが軽口を叩き、周囲の令嬢たちも「あんなに優しく振られたい」「やはりエラルド様は雲の上の存在ですわ」と、かえって彼への熱を上げている。

 エラルドは「からかわないでくれ」と爽やかに苦笑し、再び席についた。





「あなたの幼馴染様、今日もモテモテね」

 身分が違いすぎて、いつも人に囲まれているエラルドとは学園内ではあまり接点がない、でもマリーにとっては物心つく前からの、泣き虫で可愛かった弟分だ。それも遠い昔のことだが。

(エラルド、今日も忙しそうだな……)

 遠い世界の人になってしまったような、若干の寂しさを胸の奥に押し込め、マリーは残りのシチューを一気に飲み干した。


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