学園祭当日
ついに待ちに待った学園祭の当日がやってきた。
抜けるような秋晴れの青空の下、王都全域を覆う巨大な大結界が、今日ばかりはお祭りを祝福するように淡い虹色の光を放っている。
ミリス魔法学園の荘厳な黒鉄の門は広く開け放たれ、今日だけは身分の壁を越えて、王都の住人や商人、遠方からやってきた貴族の家族たちがひっきりなしに学園内へと吸い込まれていく。
校庭には色とりどりのテントが張られ、魔法で動くからくり人形のパレードや、精霊を使った大道芸が至る所で披露されていた。普段は厳格で静まり返っている学園が、今日ばかりは王都で一番の巨大なテーマパークへと変貌を遂げているのだ。
「いらっしゃいませー! 『マスカレードカフェ』はこちらでーす!」
私たち2年3組の教室の前には、お昼前だというのにすでに長い行列ができていた。
教室の入り口で、セドリックがおずおずと、けれど一生懸命に声を張り上げながら、お客さん一人一人に手作りの『認識阻害仮面』を手渡している。
教室の中に一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。
アイクの得意な幻影魔法が教室全体を『神秘的な夜の森』へと変え、宙には淡く光る妖精たちが飛び交っている。さらにアイリスの精緻な氷魔法が空気を適度に冷やし、うっすらと幻想的な霧まで発生させていた。
「3番テーブルのお客様、幻影キノコのキッシュと、氷結のブルースカッシュお待たせいたしました!」
私はメイド服風のエプロンを翻し、お盆に乗せた料理をテーブルへと運んだ。
席に座っているのは、恰幅の良い男性と、上品なドレスを着た女性、そして可愛らしい小さな女の子の三人組だった。彼らも入り口で渡された蝶の仮面をつけている。
セドリックの調合した『魔力インク』が塗られたこの仮面は、認識阻害の術式が組み込まれており、つけている間は誰が誰だかわからなくなるという優れものだ。身分や立場を気にせず楽しめるというコンセプトが、王都の大人たちに大ウケしているらしい。
しかし。魔力をほとんど持たない私の目は、誤魔化せなかった。
(あれ……この筋骨隆々な体格と、仮面からはみ出てる特徴的なお髭……絶ボヤけてはいるけれど絶対、魔法実技のバルガス教授じゃん!)
普段はコロシアムで「気合が足りん!」「魔力制御がなってない!」と鬼のような怒号を飛ばしている歴戦の魔法騎士が。
今は、小さな娘さんに「パパ、あーん」とキッシュを口に運んでもらい、「おお、美味しいねぇ、リリィちゃん!」と、デレデレのふにゃふにゃに顔を崩して喜んでいるのだ。
「えへへ、パパお仕事いつもお疲れ様!」
「ああ、パパはリリィちゃんの笑顔を見れば疲れなんて吹き飛ぶぞぉ〜」
私はお盆を抱えたまま、微笑ましすぎて思わずニヤニヤしてしまった。
(そっかぁ、バルガス教授も家ではあんな風に良いお父さんなんだなぁ。仮面をつけてるから、周りの生徒の目を気にせずに家族サービスできるんだ。セドリックのアイデア、大成功だね!)
私が空気を読んで「ごゆっくりどうぞー!」と笑顔で立ち去ろうとした、その時だ。
「おいマリー! 厨房の火力が落ちているぞ! 次のオーダーが詰まっている、早く戻れ!」
完璧な黒服姿でフロアを仕切るフェリクス委員長が、胃薬の小瓶を握りしめながら怒鳴ってきた。
その声にビクッとしたバルガス教授(仮)が、「……今の声、アッシュバッハか? マズい、生徒に見つかったら威厳が……」と慌てて仮面を押さえて顔を隠している。
私は心の中で「今の動きで教授、バレバレですよ」とツッコミを入れつつ、「はーい、今戻りまーす!」と厨房へと駆け込んだ。
* * *
教室の奥にパーテーションで区切られた厨房スペースでは、私が持ち込んだ火の魔石コンロがフル稼働していた。
「甘いお菓子や冷たい飲み物ばっかりじゃ、お客さんも飽きちゃうよね。よし、そろそろ私の『裏メニュー』の出番だ!」
私は袖を捲り上げ、実家の薬局から持ち込んできた大きな壺を取り出した。
中に入っているのは、父トマスが調合した滋養強壮の薬草と、たっぷりのニンニク、そして秘伝の香辛料を混ぜ合わせた特製ダレに漬け込んだ、分厚い豚肉の串焼きだ。
それを熱した鉄板の上にズラリと並べた瞬間。
ジューゥゥゥゥッ!!
肉の脂が弾ける音と共に、強烈で、暴力的なまでに食欲をそそるスパイスとニンニクの香りが、爆発的に厨房いっぱいに広がった。
「な、ななななマリー!! お前は何を焼いている!!」
匂いを嗅ぎつけたフェリクス委員長が、血相を変えてパーテーションの裏に飛び込んできた。
「え? 実家特製のスタミナ串焼きだけど? これ食べたら魔力も体力も全回復間違いなしだよ!」
「馬鹿者ぉぉっ!! ここは『神秘的な夜の森』をコンセプトにしたエレガントなカフェだぞ!? なぜいきなり下町の大衆酒場みたいな匂いを撒き散らすのだ! 幻影魔法の雰囲気が台無しだ、今すぐ火を止めろ!」
「えーっ、でもフェリクス委員長、外見てみてよ。廊下を歩いてる人たち、みんな厨房のこの匂いにつられてめっちゃこっち見てるよ?」
私が指差す先、教室の入り口には、「なんか、すっごく良い匂いがしないか?」「小腹が空いたし、入ってみようぜ」と、明らかに串焼きの匂いに釣られたお客さんたちが、次々と列をなし始めていた。
「くっ……背に腹は代えられん、か。……いいだろう、だが換気魔法だけは全力で回しておけよ!」
「りょーかい!」
フェリクスが頭を抱えてフロアに戻っていくのを尻目に、私はせっせと串焼きを返し続けた。
その時。
ひときわ豪華で、金糸の刺繍が施された高価な仮面(どう見ても店が配ったものではなく自前のものだ)をつけた一人の男子生徒とその取り巻きが、ツカツカと気位の高そうな足取りでカフェに入ってきた。
裏地に深紅の布が張られたマント。夜空色の髪。
顔の上半分は仮面で隠れているが、その尊大な身のこなしと傲慢なオーラで、私には一目で誰だかわかった。
2組の侯爵家嫡男、ジュリアンだ。
「ふん……底辺クラスの出し物と聞いて偵察に来てやったが。幻影魔法の質だけは小賢しいな。どうせ平民の泥水のような茶でも出しているのだろう」
「そうですね、見定めてやりましょう」
ジュリアンとその取り巻き1,2,3たちは腕を組み、さも「仕方なく入ってやった」という体で鼻を鳴らした。
しかし。
彼のその形の良い鼻腔を、先ほどから私が焼いている『特製・ニンニクと香辛料たっぷりの串焼き』の強烈な匂いが、容赦なく直撃したのである。
「……ッ!?」
ジュリアンの動きが、ピタリと止まった。
日々の厳しい魔法剣士の鍛錬。そして何より、育ち盛りの男子高校生の胃袋。
上品で繊細な貴族の食事ばかりを食べてきた彼の脳髄に、その『ジャンクで野蛮な肉の匂い』は、抗いようのない劇薬として突き刺さったのだ。
彼はフラフラと、まるで何かに操られるように足を進め、パーテーションで仕切られたカウンター席――ちょうど厨房で肉を焼いている私の目の前――に、ドカッと腰を下ろした。
「そ、そこの給仕! お前が焼いているその……野蛮な食べ物を、一つ、もらおうか。あ、あくまで敵の味の調査だからな!」
ジュリアンは私の顔を下半分しか見ていないため、私がマリーであることに気づいていないらしい。
私はニヤッとするのを堪え、「はいよっ! 特製スタミナ串焼き一丁!」と、一番大きく焼けた熱々の串を皿に乗せて差し出した。
「……ふん。こんな下品な匂いの肉など、侯爵家の舌に合うはずが……」
ジュリアンは仮面の下から口元だけを覗かせ、恐る恐る肉に噛み付いた。
「!!?……な、なんだこれは……っ」
ジュリアンの肩が、衝撃でビクンと跳ねた。
溢れ出す肉汁。ガツンとくるニンニクのパンチ力。そして、食欲を無限に増幅させる複雑な香辛料のハーモニー。
「げ、下品な味だ、貴族の舌には到底合わん……! 合わんが……っ、この香辛料の絶妙な配合と、肉の旨味が……止まらん!」
仮面で顔が隠れていて「誰にもバレていない」という絶対の安心感が、彼の理性のタガを完全に外してしまった。
ジュリアンは、普段の彼からは想像もつかないような猛烈な勢いで、串焼きをガツガツと貪り食い始めたのだ。
「もう一本! ……いや、三本だ!!」
「そんなに美味しいのですか?? 私たちも食べてみようか」
取り巻きの3人組もいそいそと串焼きをとり、一口食べて静止したのち、バクバクと貪り出す。
「まいどありー! お客さん、すっごい食べっぷり! 見てて気持ちいいなぁ!」
「ふんっ、この程度の量、我が侯爵家の晩餐に比べれば……むぐっ、はむっ!」
次々と空になった串の山が、カウンターの上に築き上げられていく。
五本、十本……そして、ついに十五本目を平らげ、彼が満足げに「ふうっ」と乱暴に口元を袖で拭った、その拍子だった。
プチッ。
彼が自前で用意していた豪華な仮面の紐が、限界を迎えて切れてしまったのだ。
ポロリと、仮面がカウンターの上に落ちる。
露わになったのは、口の周りに秘伝のタレをべったりとつけた、見覚えのある夜空色の髪の見慣れた顔だった。
「……………………あっ」
「……………………あれ?」
私とジュリアンは、カウンター越しに数秒間、完全に無言で見つめ合った。
「あれ、ジュリアンじゃん!」
「…………ッ!!?」
「ジュリアン様.............!」取り巻きも顔をサッと蒼くする。
「なんだー、ジュリアンもお肉大好きなんだね! 『平民の野蛮な食べ物』とか言ってたのに、まさか一人で15本も食べるなんてびっくりしたよ! もしかして、私の特製ダレのファンになっちゃった? おまけでもう一本焼いてあげようか!?」
私が満面の笑みでタレのついた串を差し出すと、ジュリアンの顔が、耳の先まで文字通り「茹でダコ」のように真っ赤に染め上がっていった。
プライドの塊である彼にとって、自分が平民(しかも犬猿の仲であるマリー)の作ったジャンクフードを、顔をタレまみれにして爆食いしていたという事実は、もはや切腹ものの恥辱であった。
「ち、違う!! 断じて違う!! こ、これは敵情視察の一環で、敵の出す毒の成分を身体を張って分析していただけで……あ、あ、あああっ!!」
「えっ? 毒なんて入れてないよ? ニンニクは多めだけど」
「うるさーい!! 貴様、今の光景を誰かに言ったら絶対にタダではおかんからな!!」
ジュリアンは懐から銀貨を数枚ひっつかんでカウンターに叩きつけると、マントを翻し、
「お前ら、行くぞ」
「ジュリアン様、お待ちくださいー」
取り巻きを引き連れて顔を隠しながら脱兎のごとく教室から逃げ出していった。
「あははっ、変なやつ! でも15本も完食してくれて嬉しいなー!」
私が上機嫌で銀貨を回収していると、背後から般若のような顔をしたフェリクス委員長がヌッと現れた。
「――マリー・トマスッ!!」
「ひゃいっ!?」
振り返った私の腕が、壁に取り付けられていた「換気の魔石」にガンッとぶつかってしまった。
パリンッ!
という乾いた音と共に、魔石が床に落ちて粉々に砕け散る。
「あ……」
同時に、換気扇の役割を果たしていた風の魔法がピタリと止まった。
そして、逃げ場を失った強烈なニンニクと香辛料、そして豚肉の脂の匂いが、恐るべきスピードで教室全体へと充満し始めたのである。
「なっ……匂いが……!」
「神秘的な森の香りが、完全に下町のホルモン焼き屋に……っ!」
お客さんたちがざわめき始め、アイクが展開していた幻想的なオーロラの幻影までが、油煙で少しだけ霞んでしまった。
「おのれ、マリー!! お前のその串焼きのせいで、神秘的な幻影の森が、完全に『下町の焼肉屋』になってしまったではないか!! もういい、お前は少し休憩に行ってこい! 頭を冷やしてこい!」
「ええっ、でもまだお肉が――」
「アイリス! アイク! セドリック! お前たちもだ! このじゃじゃ馬を連れて、しばらく学園祭を見て回ってこい! 残りの時間は、残った皆で完璧な接客でカフェの品位を取り戻してみせる!」
フェリクス委員長の怒りの雷を落とされ、残されたクラスメイトたちの呆れ顔を後に、私と巻き込まれた3人はエプロンを引っ剥がされると、強制的に教室の外へと追い出されてしまったのだった。
* * *
「やったー! 学園祭回れる!」
「もう、マリーが余計なことをするから追い出されたじゃないの」
廊下に出た途端、私がバンザイをして喜ぶと、アイリスが呆れたようにため息をついた。しかし、その声はどこか弾んでいて、彼女自身も休憩をもらえたことを内心喜んでいるのがわかる。
「いいじゃねーか! 委員長の気が変わらねえうちに、さっさと遊びに行こうぜ!」
「ぼ、僕は足手まといにならないように、後ろを静かについていきます……」
アイクが快活に笑い、セドリックがオドオドしながら私たちの後ろに続く。
かくして、私たち「3組のいつもの四人組」の、学園祭巡りがスタートした。
外に出ると、学園祭の熱気は最高潮に達していた。
色とりどりの装飾が施された校舎を歩きながら、私たちはまず、先ほどジュリアンが逃げ帰っていった『2組』の出し物を見に行くことにした。
「2組の出し物は『魔法剣術の歴史展示と、中庭での演武』だって。教室の方に行ってみようよ!」
2組の教室に入ると、そこには歴代の有名な魔法剣や、騎士団の歴史をまとめたパネルがズラリと展示されていた。
入り口で案内係をしている小柄な女子生徒の姿を見つけて、私はパッと顔を輝かせた。
「あっ、クロエ!」
「えっ? あ、マリーちゃん!」
声をかけると、実技演習の時に私が炎槍から庇った平民特待生のクロエが、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
「遊びに来てくれたのね! カフェの当番はよかったの?」
「うん! ちょっと私の『特製串焼き』の匂いが充満しちゃって、委員長に追い出されちゃった!」
「ふふっ、マリーちゃんらしいね」
クロエが可愛らしく笑う。実技演習の時は怯えてばかりだった彼女も、今日はクラスの出し物に貢献できているようで、堂々としてどこか誇らしげだ。
「そういえばクロエ、ジュリアンはどうしたの? さっきウチのカフェに来てたんだけど」
「あ……ジュリアン様なら、ちょうどさっき教室に戻ってこられたんだけど……なんだか様子がおかしくて」
クロエは少し困ったように眉を下げ、声を潜めた。
「顔を真っ赤にして息を切らしてて、おまけに『胃薬はないか! 胃薬をよこせ!』ってすごく慌ててたの。もうすぐ中庭の特設ステージで演武の出番なのに、ずっとお腹を押さえてうずくまってて……もしかしたら、すごく緊張されてるのかも」
「へえー! ジュリアンでも緊張とかするんだねぇ。可愛いとこあるじゃん!」
お腹の中で『特製スタミナ串焼き15本』が絶賛大暴れしていることなど露知らず、私は能天気に笑った。アイリスだけが「……原因は間違いなくマリーね」と頭を抱えている。
「じゃあ、後で中庭の演武も見に行くね! クロエも案内係頑張って!」
「うん! ありがとう、マリーちゃん!」
クロエに手を振って別れた私たちは、次にエラルドやミーシア様のいる『1組』の教室へと向かった。
彼らのクラスの出し物は『王国魔導の最先端・歴史と未来』という、お祭り騒ぎとは一線を画した、ひどくお堅くも豪華な学術展示だった。
「うわぁ……なんか、空気が違うね」
教室の中は、美術館のように静かで洗練された空間になっていた。
王城の宝物庫から借り受けてきたような貴重な魔法具や、複雑な魔導理論の模型が美しくライトアップされている。エラルドは生徒会の見回り仕事があるため不在だったが、高位貴族の大人たちが集まり、感心したように展示に見入っていた。
「すごい……! 見てアイリスさん、この魔力回路の構造、先月発表されたばかりの最新の干渉理論が使われてるよ!」
「お前、そういうのほんと好きだなー。俺にはただの光る石っころにしか見えねーけど」
本の虫であるセドリックが、展示されている魔法具に顔を近づけて目を輝かせる。アイクが呆れたように言うと、アイリスがふんと鼻を鳴らした。
「さすがは1組ね。でも、私たちの『仮面カフェ』の空間演出も、芸術点では決して負けていないわ。アイクの幻影魔法があったからこそよ」
「おっ、お前が俺を褒めるなんて明日は雪でも降るんじゃねーか? へへっ」
アイリスに褒められたアイクが、照れ隠しに鼻の下を擦る。
相変わらず良い雰囲気の二人を見て、私はニヤニヤしながら、展示されている綺麗な石を「これ食べられるのかな」と眺めていた。
展示を見終えた私たちは、再び屋外の屋台エリアへと繰り出した。
ずらりと並ぶ食べ物や遊技の屋台。
「おっ、アイリス! あそこの魔法細工のアクセサリー屋、すっげえ綺麗なガラス細工売ってるぜ。ちょっと見ていかねーか?」
「えっ……べ、別にいいわよ。あなたがどうしても見たいって言うなら、付き合ってあげないこともないわ」
アイクがさりげなく誘うと、アイリスは少し頬を染めて、ツンとそっぽを向きながらも彼について歩き出した。
(よーし、ここは私たちが気を利かせる場面だね!)
「あーっ、私、あっちの屋台で売ってる『特大骨付きソーセージ』がどうしても食べたい! セドリック、ちょっと付き合って!」
「わわっ!? マリーさん、引っ張らないでぇ!」
私はアイリスたちにウインクを残し、セドリックの腕を強引に引っ張って、二人の邪魔にならないように反対方向へと駆け出した。
少し離れたベンチで、顔より大きいソーセージを頬張りながら、二人で遠くにいるアイクとアイリスを眺める。
アイクが青いガラスの髪飾りをアイリスの髪に当てて、アイリスが恥ずかしそうに笑っているのが見えた。
「あーあ、あの二人、すごくいい雰囲気だねぇ」
「でしょー! アイクもようやく男見せたっていうか。絶対いいカップルになるよ、あの二人」
私がもぐもぐと咀嚼しながら言うと、セドリックは少しだけ羨ましそうに目を細め、ぽつりと呟いた。
「……いいな。僕も、あんな風に自信を持って、誰かを堂々とエスコートできたらいいんだけど」
「何言ってんの!」
私は油のついた手で、セドリックの背中をバシッと力強く叩いた。
「今日の夜の舞踏会では、セドリックが私のパートナーなんだからね! しっかりエスコートしてよね、あぶれ者同盟の相棒!」
「ひゃっ! ……う、うん。僕みたいな冴えない男で申し訳ないけど……精一杯、頑張るよ、マリーさん」
セドリックが顔を赤くして、少しだけ照れくさそうに笑った、その時だった。
『――おおおおおっ!!』
中庭の特設ステージの方から、大きな歓声が上がった。
見れば、2組の『魔法剣術の演武』が始まったらしい。
「あ、ジュリアンの出番だ! 見に行こうよセドリック!」
私たちは人混みを掻き分け、ステージの最前列へと向かった。
ステージの中央で木剣を振るっているのは、間違いなくジュリアンだった。
……しかし。
「はぁっ……! ふんっ……! うぇっぷ」
ジュリアンは、いつものキレのある動きが全くなく、顔面を土気色にして、不自然なほどにお腹の辺りを庇いながら、ひどく重そうな足取りで剣を振るっていた。
額からは滝のような脂汗が流れ、時折「ぐっ」と苦しそうに胃の辺りを押さえている。
串焼き15本にたっぷり使われていた脂とニンニクが、優雅な貴族の胃壁を容赦なく攻撃しているのだ。
「あ、ジュリアンだ! おーい、ジュリアン! お腹いっぱいで苦しそうだけど頑張れー!」
私が無邪気に大きく手を振って叫ぶと、声に気づいたステージの上のジュリアンは「ビクゥッ!!」と肩を震わせ、自分の足をもつれさせて、ズシャーッと派手にステージ上で転んでしまった。
「ああっ、ジュリアン様!?」
「だ、大丈夫ですか! 先生、ジュリアン様が過労で倒れられました!」
周囲の観客から悲鳴が上がり、ステージ上は大パニックになった。
「あーあ、転んじゃった。やっぱり緊張してたのかな?」
「……マリーさん。彼が倒れたの、絶対にマリーさんの串焼きのせいだと思うよ……」
セドリックがドン引きしたような目で私を見下ろし、私は首を傾げた。
やがて、夕暮れが近づき、空が茜色から深い群青色へと変わり始めている。
学園のあちこちで魔力照明が灯り始め、お祭りの空気は、いよいよ夜の『大舞踏会』に向けて、さらに一段と華やかでロマンチックな熱気を帯びていっていた。
(エラルド、今頃忙しくしてるのかな。夜の舞踏会では、ミーシア様と踊るんだよね)
少しだけ、胸の奥がチクリとしたけれど。
私は残りのソーセージを勢いよく飲み込み、「よし! 夜に向けてお腹空かせておかないと!」と、能天気に立ち上がったのだった。
マリーのクラスの出し物にエラルド来ませんでしたね。 仕事が忙しかったのでしょうか。 実はマリーに後で残念がられます。




