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廊下でのインタビュー 学園祭へと近づく日々

エラルドの特訓のおかげで、地獄のダンスレッスンでも「君が私の足を踏む回数が、1回の授業につき三回にまで減った。驚異的な進歩だ」と、皮肉なのか本気なのかわからないフェリクスからの褒め言葉をもらえるようになった頃。


 魔法祭をいよいよ今週に控えた、ある日の休み時間のことだ。

 私とアイリスは、次の『精霊史』の授業が行われる教室へと向かって、賑やかな渡り廊下を歩いていた。


「あーあ、次の授業、またクイットウィンク教授だよね。あの先生の授業、子守唄の魔法でもかかってるんじゃないかなぁ」

「あなたがただ単に食後に眠くなっているだけでしょ。また居眠りして五十枚のレポートを書かされたら、今度こそエラルド様でも助けてくれないわよ」


 アイリスにチクリと釘を刺され、「うぐっ」と私が言葉に詰まった、その時だった。


「あの! ちょっとお時間よろしいでしょうか、先輩方!」


 背後から、パタパタという軽い足音と共に声をかけられた。

 振り返ると、そこには見慣れない男子生徒が立っていた。

 少し長めの、ふわふわとした亜麻色のくせ毛。丸みを帯びた大きな垂れ目に、どこかあどけなさを残した子犬のように人懐っこい顔立ち。制服のネクタイの色からして、一年生だ。彼の手には、バインダーに挟まれた分厚いメモ帳と、羽ペンが握られている。


「僕、一年生のルカって言います! 新聞委員会に所属してるんですけど、今、先輩から『魔法祭に向けて色んな生徒にインタビューしてこい。それが新聞委員の修行だ!』って言われて、記事のネタを探して回っているところでして……」


 ルカと名乗った一年生は、えへへと人懐っこく笑いながら、私たちに向かってペコリとお辞儀をした。


「インタビュー? 私たちに?」

「はい! もしかして、あなたが噂のマリー・トマス先輩ですよね? 特待生なのに実技演習で魔法を素手で殴り飛ばしたって、一年生の間でも『すっごくお騒がせな先輩がいる!』って有名なんですよ!」

「お、お騒がせって……」


 私は思わず苦笑いした。どうやら私の悪名は、すでに下級生にまで轟いてしまっているらしい。隣でアイリスが「本当に恥ずかしいわね」と頭を痛そうに押さえている。


「でも、僕が聞きたいのはそのことじゃなくて……マリー先輩って、あの生徒会役員の『エラルド様』の幼馴染なんですよね!?」


 ルカは突然、目をキラキラと輝かせて身を乗り出してきた。


「僕、エラルド様にすっごく憧れてるんです! 成績は首席で、魔力も圧倒的で、誰に対してもスマートで優しくて……まさに学園中の憧れじゃないですか! でも、学園ではいつも爽やかすぎて、私生活が全く想像できなくて。……幼馴染のマリー先輩なら、普段のエラルド様の素顔をご存知なんじゃないかと思いまして!」


 ルカの勢いに押され、私は思わず後ずさった。

 どうやら彼は、エラルドの熱狂的なファンの一人らしい。学園の令嬢たちだけでなく、下級生の男子生徒から見ても、エラルドは「完璧な憧れの的」なのだ。


「ええっ、あいつの素顔って言われてもなぁ……」


 私は腕を組んで、うーんと唸った。

 ルカが期待に満ちた目で、羽ペンを構えて待っている。


「休日は私室でずっと難しい顔して書類仕事か、中庭で魔法の特訓してるし。私が遊びに行っておやつを横取りしても、いいよ、ゆっくり食べなってもっとくれるし、私がソファで寝てると『はしたないから隠しなさい、お腹冷えるよ』って毛布かけてきたり……なんというか、小言の多い過保護な家族って感じ? でももうちょい家では、服乱れててくつろいでてポーッとしてる時もあ」

「ちょ、ちょっとマリー!」


 私のあまりにも飾らない(というか威厳ゼロの)回答に、隣のアイリスが慌てて私の脇腹を小突いた。


「次期筆頭公爵様に向かってなんてこと言うの。ルカ君、今の発言は記事にしないでちょうだいね。不敬罪で新聞委員会ごと取り潰しになるわよ」

「あはは! 大丈夫です、さすがにそのまま記事にはしませんよ! でも……そっかぁ。エラルド様にも、そんな家族に見せるような人間らしい素顔があるんですね。ますます尊敬しちゃいます!」


 ルカは楽しそうにメモ帳に何かを書き込むと、「マリー先輩って本当にエラルド様と仲が良いんですね! 羨ましいです!」と無邪気な笑顔を向けた。


「貴重なお話、ありがとうございました! 魔法祭の準備、頑張ってくださいね!」

「うん、ルカ君も新聞の記事作り頑張ってねー!」


 私が手を振り返すと、ルカは「はいっ!」と元気よく返事をして、再びパタパタと小走りで廊下の向こうへと去っていった。その後ろ姿は、どこからどう見ても『元気で熱心な新聞委員の1年生』そのものだ。


「……元気な子ね。でも、憧れの貴公子のプライベートまで嗅ぎ回るなんて、新聞委員会も随分と熱心なこと」

「まあまあ、お祭り前でみんな浮かれてるんだよ。それに、あんなにキラキラした目で憧れられたら、悪い気はしないしね!」


 私たちは「さ、授業遅れるわよ」と足早に廊下を進んだ。


 


1年生の新聞委員、ルカと名乗った後輩と別れた後のこと。

 私は、アイリスと共に午後のホームルームが行われる教室へと急いだ。


 教室では、いよいよ今週末に迫った魔法祭の出し物『仮面カフェ』の準備が佳境を迎えていた。

 フェリクス委員長の怒号が飛び交い、アイクが幻影魔法の微調整に汗を流す中、私は女子生徒たちが集まって仮面の装飾をしているテーブルの端っこで、小道具の買い出しリストのチェックを手伝っていた。


「ねえ、今年の舞踏会……生徒会長のレオンハルト殿下は、一体どなたをパートナーに選ばれるのかしら?」

「やっぱり、他国の王族の方や、筆頭公爵家並みの高位貴族のご令嬢じゃない? 殿下のエスコートだなんて、想像しただけで足がすくんでしまいそう」


 ふと、隣で作業をしていたクラスの令嬢たちの、ひそひそとした、けれどひどく熱を帯びた声が耳に入ってきた。


「殿下も素敵だけれど……私はやっぱり、エラルド様と一曲だけでも踊りたいわ……っ」

「わかるわ! ファーストダンスはミーシア様で決まりみたいだけれど、その後のフリーダンスなら私たちにもチャンスがあるかもしれないもの!」

「ああ、あの絵画のように美しいお顔が目の前にあって……あの涼やかなサファイアの瞳でジッと見つめられながら、腰を強く抱き寄せられたら……私、きっとそのまま気絶して昇天してしまうわ……っ」


 令嬢たちが両手を頬に当て、うっとりとため息を吐きながら身悶えしている。

 私はリストから顔を上げ、首を傾げた。


(気絶って……ダンスの最中にフロアのど真ん中で倒れたら、他の人に踏んづけられてすっごく危ないじゃん。やっぱり貴族のダンスって、体力勝負の過酷なスポーツなんだな……)


 私が大真面目な顔で一人納得していると、黒板の前からフェリクス委員長が声を張り上げてきた。


「おい、マリー!」

「へいっ! なんでしょう委員長!」

「カフェの各テーブルに置く『アンティークの燭台』が十本足りない! 西棟の第三備品倉庫の奥に、使われなくなった古い燭台が眠っているはずだ。悪いが、今すぐ取ってきてくれないか!」

「はーい! 任せて!」


 私は元気よく手を挙げ、立ち上がった。

 令嬢たちのロマンチックな夢物語より、身体を動かす力仕事の方がよっぽど性に合っているのだ。


 * * *


 西棟の第三備品倉庫は、普段生徒たちが使っている煌びやかな新校舎とは違い、何十年も前に建てられた古い石造りの旧校舎の奥にあった。

 この辺りは普段から人通りが少なく、魔法祭の準備で学園中が浮き足立っている今日の放課後は、恐ろしいほどに静まり返っていた。

 コツ、コツ、と私の足音だけが、薄暗い廊下に吸い込まれていく。


「ええっと、第三備品倉庫……あ、ここだ」


 重厚なオーク材の古びた扉を、ギギギ……と体重をかけて押し開ける。

 中に入ると、埃っぽい古い紙と、カビの入り混じったような独特の匂いが鼻をついた。

 部屋はひどく広く、天井まで届く巨大な本棚や、布を被せられた古い机、丸められた絨毯などが、まるで迷路のように所狭しと積み上げられている。高い位置にある小さな窓から、傾きかけた西日が斜めに差し込み、空気中を舞う無数の埃をキラキラと照らし出していた。


「うわぁ、すっごい荷物……。燭台、どこにあるんだろう」


 私は積み上げられたガラクタの隙間を縫うようにして、倉庫の奥へ奥へと進んでいった。

 巨大なタペストリーの陰を抜け、古い甲冑の横を通り過ぎた、その時だった。


「――っ、はぁ……ん、んっ……」


 ふと、迷路の奥底から、微かな『水音』のようなものが聞こえた。

 ピタリと足を止める。


「……ん、ぁ……だめ、こんなところ、で……」

「いいだろう……誰、も……来ない……っ」


 それは、ひどく息苦しそうな、熱を帯びた2人の掠れ声だった。

 衣擦れの音と、チュッ、という粘り気のある湿った音が、静かな倉庫の空気を震わせている。


(え……? なに? 誰かいるの?)


 私は不思議に思い、音のする方へとそっと近づいた。

 古い黒板が立てかけられた死角。

 その隙間からそっと奥を覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは――信じられない光景だった。


 壁際に、一組の男女がいた。

 見覚えのある、他クラスの上級生たちだ。

 男子生徒が、女子生徒の身体を壁に強く押し付けるようにして、その首筋に深く顔をうずめている。

 女子生徒の制服のリボンは無惨に解かれ、ブラウスの胸元がだらしなくはだけて、透き通るような白い鎖骨があらわになっていた。男子生徒の手は、彼女のスカートの裾から滑り込み、生々しい動きで彼女の太ももを撫で上げている。

 二人の顔は異常なほどに真っ赤に紅潮し、肌にはじんわりと汗が浮かんでいた。

 女子生徒の瞳はトロンと半開きになり、焦点が合っていない。彼女の口からは、苦しそうな、けれどどこか甘ったるい熱い吐息が、止めどなく漏れ出していた。


むせ返るような、甘く重い香水の匂い。

 それは、この厳格な階級社会の学園の裏側で、若き貴族たちが密かに溺れている、生々しくも艶めかしい『大人な関係』のリアルな一場面だった。

 彼らもまた、魔法祭の浮き足立った空気に当てられ、こんな埃っぽい倉庫の奥で密会を重ねていたのだ。


 しかし。

 そんな「色香」や「情欲」などという概念が、私の辞書に存在するはずもなかった。

 熱に浮かされ、顔を真っ赤にして、息も絶え絶えに互いの身体にすがりつく二人を見て。

 私の脳が導き出した結論は、ただ一つだった。


(うわあああっ!! 大変だ!! 二人とも、すっごい高熱で苦しんでる!!)


 私の背中に刻まれた呪いの傷跡が疼く時の『知恵熱』と、全く同じ症状だと思い込んだのだ。

 顔が赤い。息が荒い。汗をかいている。立っていられないから壁に寄りかかって支え合っている。

 これは間違いなく、魔力暴走か何かの重篤な急病に違いない!!


 下級生として、いや、一人の人間として、苦しんでいる人を放っておくわけにはいかない!

 私は正義感と焦燥感に駆られ、隠れていた黒板の陰から、バンッ! と勢いよく飛び出した。


「先輩たち!! 大丈夫ですか!!?」


 私の鼓膜を破らんばかりの大声が、薄暗い備品倉庫に響き渡った。


「「――っ!!?」」


 ビクゥッ!! と、壁際の二人の身体が、まるで落雷にでも打たれたように跳ね上がった。

 男子生徒は弾かれたように女子生徒から飛び退き、女子生徒は「ひっ!?」と短い悲鳴を上げて、慌ててはだけた胸元を両手でかき合わせた。


 二人は、目を限界まで見開いて、幽霊でも見たかのような顔で私を凝視している。

 その顔は、先ほどまでの熱情に浮かされた赤さから一転、今度は恥ずかしさとパニックで、文字通り茹でダコのように真っ赤に染まっていた。


「あ、あ、おま、お前……っ!! な、なぜこんな所に……っ!?」

「そんなことより先輩! 息が荒いし顔も真っ赤だよ! 具合悪いの!? 大変だ、今すぐ保健室の先生を呼んできます! それとも、私が二人まとめて担いで行きましょうか!?」


 私は大真面目な顔で、二人に駆け寄ろうとした。


「はぁ!?」

「来ないで!!」


 女子生徒が半狂乱になって叫び、男子生徒の背中に隠れた。


「ち、違う! 俺たちは具合が悪いわけじゃない!! 見てわからないのか、この空気の読めない平民が!!」

「えっ、でもさっきから『苦しい』とか『だめ』とか呻いてたじゃない! 我慢しなくていいですよ、そういう急な発熱、私もよくあるから気持ちわかるし! ほら、肩貸しますから!」


 私がグッと親指を立てて爽やかに笑いかけると、男子生徒は「わ、わああああああっ!!」と、ついに限界を迎えたような絶叫を上げた。


「わ、忘れるんだ! 今見たことは全部忘れろ、このバカ女!! 行くぞ!」

「きゃあっ、待って……!」


 男子生徒は女子生徒の手を強引に引っ張ると、積み上げられたガラクタを蹴散らしながら、脱兎のごとく倉庫の入り口へと逃げ出していった。

 バタンッ!! と重い扉が閉まる音が響き、後にはポカンと立ち尽くす私だけが取り残された。


「……なんだ、あの二人。元気じゃん」


 私はぽりぽりと頬を掻いた。

 あんなに全速力で走れるなら、保健室に行く必要もなさそうだ。貴族の人の急病は、治るのも早いらしい。


「まあいいや。ええっと、燭台燭台……あ、あった!」


 私は部屋の隅の木箱の中に、目的のアンティークの燭台を無事に見つけ出し、腕いっぱいに抱えてホクホク顔で倉庫を後にしたのだった。


 * * *


「――でね! 備品室の奥で、上級生の二人がすっごい高熱出して、壁によりかかってハァハァ苦しそうにしてたの!」


 教室に戻った私は、燭台を机に置きながら、真っ先にアイリスに事の顛末を報告した。


「私が『保健室連れて行きましょうか!?』って親切に声かけてあげたのに、いきなり『全部忘れろ!』って怒鳴って逃げて行っちゃったんだよ! 貴族の人って、具合悪いのを見られるのがそんなに恥ずかしいのかな?」


 ガシャーン!!


 私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、アイクが幻影魔法の調整に使っていた魔石の束を、床に派手にぶちまけた。

 振り返ると、アイクは口をあんぐりと開けて私を二度見している。

 そして目の前のアイリスはといえば――彼女は両手で顔を覆い、机に突っ伏して、プルプルと小刻みに震えていた。


「アイリス? どうしたの、アイリスも具合悪いの?」

「……マリー」

「うん?」

「お願いだから……もう、二度と……人のいない空き教室や倉庫に、一人で近づかないで……っ!」


 顔を上げたアイリスは、耳の先まで真っ赤にして、涙目で私を睨みつけた。


「ええっ、なんで!?」

「いいから!! あなたは本当に、信じられないくらい……無知で、無防備すぎるのよ!! もしその状況で、相手の矛先があなたに向いたらどうするつもりなの!?」

「矛先? だから、私なら魔力が暴走してても殴り飛ばせるって――」

「そういうことじゃないのよ、この大バカ!!」


 アイリスに本気で怒鳴られ、私はビクッと肩をすくめた。

 アイクも「お前、マジですげーな……ある意味、最強だわ」と呆れ半分、感心半分の顔で呟いている。


 私には、親友がなぜそこまで頭を抱えているのか、全く理解できなかった。

 「もう……そんなに怒るなら、あの二人がどうしてあんなに苦しそうだったのか、教えてくれたっていいのにー」


 私が納得いかずに唇を尖らせてぶすくれると、アイリスは深くため息をつき、ひどく疲れた顔で私の肩をポンと叩いた。


「いいの。あなたはまだ、知らなくていい世界なのよ。……ええ、あなたにはまだ早すぎるわ」

「そうそう。お前はそのまんま、お肉食って爆睡してる野生児のままでいろってこった。それでこそマリーだ」


 アイクもやれやれといったふうに肩をすくめ、散らばった魔石を拾い集め始めた。

 私だけ仲間外れにされているようで少し不満だったが、「まあ、アイリスがそう言うならいっか」と、いつもの能天気さですぐに思考を放棄してしまった。


ついに待ちに待った学園祭がすぐそこまできていた。

マリーが幼いだけで、学園内ではこんなことだってあるんです。学園の生徒は10代後半。 実は結婚している生徒だっていますしね。

マリーの反応も全くここまでくるとお子ちゃますぎますよね笑 

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