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文化祭へ向かって過ぎゆく日々

ミリス魔法学園の第2学年は、全部で4つのクラスに分かれている。


 成績トップ層や王族・高位貴族が集まる、エラルドやミーシア様がいる『クラス1』。

 一昨日の薬学実習で私に突っかかってきた高慢なジュリアンや、その取り巻きやクロエたちがいる『クラス2』。

 そして、平民特待生の私や、下位貴族のアイリス、セドリック、お調子者の侯爵家嫡男アイク、そして胃薬が手放せない委員長フェリクスという、身分も個性もバラバラな面々が集まる、我が『クラス3』だ。


 クラスの出し物が『仮面カフェ』に決まってからというもの、私たちの毎日は目の回るような忙しさになった。


「マリー! 試作のクッキー、ちょっと焦げてるぞ! オーブンの火の精霊の魔力調整をもっと弱めろ!」

「えーっ! でも味は美味しいよ、フェリクス委員長! ほら、食べてみて!」

「食事中に話しかけるな、気が散る……!」


「セドリック、仮面に塗る認識阻害のインクだけど、青星の粉末をもう一つまみ増やせない? 幻影魔法の光と干渉して、少し術式が不安定になるわ」

「わ、わかった! すぐに分量を再計算するよ、アイリスさん!」

「仮面のデザイン、これでいいかしら? 委員長!」

「おっと、出し物にかける予算がオーバーしそうだ、どこを削ろうか」

あちこちで声が飛び交うこの教室。


 放課後になるたび、クラス3の教室は完全に「カフェの裏方」兼「魔法の実験室」と化していた。

 アイクの幻影魔法とアイリスの氷魔法を組み合わせた空間演出のテスト、セドリックの魔力インクの調合、そして私が担当する厨房メニューの試作。他のクラスメイトたちも、接客マニュアルを作ったり、配るための仮面をデザインしたりと、お祭り前の特有の熱気に浮かされながら、バタバタと騒がしくも充実した日々が過ぎていった。


 そんなある日の、夕暮れ時のこと。 学園祭までの残り期間も少なくなり、クラスのあらかたの生徒たちがもう帰ってしまった頃。

 その日の作業もあらかた終わり、他の生徒たちが部活や寮へと帰っていく中、教室には私とアイリス、そしてアイクの三人だけが残っていた。


「んーっ! 今日の試作のフルーツタルト、過去最高の出来かも!」


 私は教室の隅っこで、試作品のタルトをモグモグと頬張りながら、黒板の前で居残り作業をしている二人を眺めていた。

 アイクとアイリスは、カフェの目玉である『幻影と冷気のミックス魔法』の最終調整を行っている最中だった。


「アイク、そこの光の屈折率がおかしいわ。私の氷の結晶に当てて乱反射させるんだから、もう少し魔力を絞って」

「へいへい。お前は本当に要求が細かいよなー。……っと、こんなもんか?」


 アイクが指先で宙に描いた魔方陣から、淡いブルーの光が放たれる。それがアイリスの手のひらに浮かぶ精巧な氷の結晶を通過すると、教室の天井に、まるで深い夜の森を思わせる幻想的なオーロラが揺らめいた。


「……ええ。完璧よ。これなら王都の大人たちも驚くわ」


 アイリスが満足げに微笑む。その横顔を、アイクは魔法を維持したまま、なんだか落ち着かない様子でジッと見つめていた。


「アイリス」

「何?」

「……お前、来月の舞踏会のパートナー、まだ決めてないって、本当かよ」


 突然の話題の転換に、タルトを飲み込もうとしていた私が「おっ?」と密かに耳をそばだてる。


「……ええ。この前も言った通り、変な上級生の誘いは断ったから。今はクラスの出し物の準備で忙しいし、誰からも誘われていないわよ。一人で壁の花になる覚悟はできてるわ」


 アイリスは氷の結晶を消し、手元のバインダーに視線を落としながらツンとした声で答えた。しかし、その声は普段の冷静な彼女にしては、どこか少しだけ上ずっているように聞こえた。


「そ、そっか。……いや、その……」


 いつもはクラスの中心で大声で笑っているアイクが、ひどく歯切れ悪く言葉を濁す。彼は燃えるような赤毛をガシガシと掻き毟り、意を決したように息を吸い込んだ。


「俺もさ、まだ相手決まってなくて。……その、今から他の家の令嬢を探すのも面倒だし、俺たち、こうして魔法の相性もバッチリなんだからさ。……俺と組むのが、一番効率的っていうか……」


(あああぁぁぁっ! アイクのバカァァァッ!!)


 教室の隅っこで、私は盛大に頭を抱えた。

 照れ隠しなのだろうが、年頃の女の子、しかもプライドの高いアイリスに向かって「面倒だから」「効率的だから」という口実は、絶対に踏んではいけない特大の地雷だ。


 案の定。

 ピタリ、とアイリスの動きが止まった。

 彼女はゆっくりとアイクの方を向き、零下数十度にも感じられるほどの、冷たく鋭い視線を突き刺した。


「……効率的? 面倒だから、私で妥協するって言いたいの? 侯爵家のご嫡男様は」

「えっ!? い、いや、そういう意味じゃ……っ!」

「ふざけないで。そんな適当な理由でエスコートされるくらいなら、本当に一人で壁の染みを数えていた方がマシよ。あなたみたいなデリカシーのない男、お断りだわ」


 アイリスがバインダーをバンッ! と机に叩きつけ、教室を出て行こうと背を向けた、その瞬間だった。


「――ちげえよ!!」


 アイクが大きな声を上げ、長い腕を伸ばして、アイリスの細い手首をガシッと掴んだ。


「あ……」

「悪かった! 俺がバカだった!……照れ隠しで、変な言い訳した!」


 アイリスが驚いて目を丸くして振り返る。

 夕日に照らされたアイクの顔は、耳の先まで真っ赤に茹で上がっていた。いつものお調子はどこへやら、そこには、ただ、一人の女の子の前に立つ、不器用で必死な一人の少年のようである。


「効率とか、どうでもいい! 妥協なんかじゃねえよ! ……俺は、他の誰でもない、お前と一緒に踊りたいんだ」


 アイクのまっすぐな金色の瞳が、アイリスの揺れる瞳を真正面から射抜く。


「口うるさくて、説教ばっかりで、でも誰より真っ直ぐで努力家なお前と……魔法祭の夜を、一緒に過ごしたい。……俺のパートナーになってくれ、アイリス」


 夕闇が迫る静かな教室に、アイクの真剣な声だけが響き渡った。

 アイリスは手首を掴まれたまま、信じられないものを見るように彼を見上げていた。

 いつもは完璧に整っている彼女の表情が、みるみるうちに崩れていく。白い頬がカッと熱を帯びたように赤く染まり、彼女は慌てて空いている方の手で、自分の口元をギュッと覆い隠した。


「……っ。……ほんと、馬鹿……」


 震える声。それは怒っているのではなく、込み上げてくる何かを必死に堪えている声だった。


「こんな1週間前になってから言うなんて……遅すぎるわよ。もし私が他の人の誘いを受けてたら、どうするつもりだったの……っ」

「そ、その時は……略奪するつもりだった」

「……最低」


 アイリスは涙ぐんだ瞳でアイクをキッと睨みつけた後、ふいっと顔を背けた。

 けれど、アイクに掴まれている手首を振り払うことはせず、消え入りそうなほどの小さな、小さな声で、こう答えたのだ。


「……ステップを間違えて私の足を踏んだら、その瞬間に思いっきり足踏んづけてやるから。……覚悟しておきなさいよね」


 数秒の沈黙の後。

 アイクの顔に、今日一番の、太陽みたいに明るい笑顔がパァッと弾けた。


「おうっ! 死ぬ気で練習するぜ!! ありがとな、アイリス!!」


 彼は嬉しさのあまり、アイリスの手を握ったままブンブンと上下に振り回し、アイリスが「ちょっと、痛いわよ馬鹿アイク!」と文句を言いながらも、その口元は隠しきれないほどに綻んでいた。


(……よっしゃああああぁぁぁぁっっ!!)


 教室の隅っこで、私は声を殺しながら、両手で力いっぱいガッツポーズを作っていた。

 おめでとうアイリス。おめでとうアイク。

 身分差なんて関係ない、純粋で、初々しくて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに真っ直ぐな青春のワンシーン。


(やっぱり、このクラス最高だな)


 私は残っていたタルトを一口で放り込み、幸せな甘さを口いっぱいに広げながら、照れ合う二人をニコニコと見守った。


 ――アイクとアイリス。

 そして、まだ踊る相手こそ決まっていないが、一緒に「あぶれ者同盟」として壁際でご飯を食べる約束をしたセドリックと私。

 それぞれが自分の居場所と大切な相手を見つけ、学園全体が、誰もが胸を躍らせる華やかな『魔法祭』へと突き進んでいく。







アイクとアイリスの甘酸っぱいやり取りからはや数日後。

魔法祭の準備と並行して、私たちの学園生活にはもう一つ、越えなければならない巨大な壁が立ちはだかっていた。


「ワン、ツー、スリー……違う! マリー・トマス、君のステップはワルツの基本法則を完全に無視している! なぜそこで右足が出るのだ!」

「ひゃああっ! ご、ごごごめんなさい委員長! だってドレスの裾が邪魔で足元が見えなくて……あいたっ!」


 高い天井のドーム型大講堂には、優雅なオーケストラのワルツが響き渡っていた。

 今日の午後は、魔法祭の夜に行われる大舞踏会に向けた『社交ダンスと礼儀作法』の実技授業だ。

 高い天井から吊るされたシャンデリアの下、広大なフロアには私たち第2学年の生徒たちが男女ペアになって広がり、ステップの練習に悪戦苦闘していた。


 周囲を見渡せば、クラスメイトたちもそれぞれに悲喜こもごものドラマを繰り広げている。

「ああっ、ごめん! ドレス踏んじゃった!」と慌てて謝る男子生徒に、「もう、しっかりリードしてよ!」とぷりぷり怒りながらも楽しそうな女子生徒。かと思えば、完璧なステップを披露して周りから拍手喝采を浴びている高位貴族のペアもいる。名前も知らないクラスメイトたちだが、誰もが来る舞踏会に向けて、顔を真っ赤にしたり笑い合ったりと、青春のエネルギーを爆発させていた。


 そんな華やかなフロアの片隅で。

 私、マリー・トマスは、まさに『地獄』を見ていた。


「いいか、マリー。ダンスとは空間座標の正確な移動と、重心の完璧な移動によって成り立つ物理法則だ。君の動きは乱数に支配されたスライムの挙動よりも予測不可能だぞ。……痛っ! また私の靴を踏んだな!」

「ううぅ……ごめんなさいぃ……」


 その日、私とペアを組まされたのは、我が3組が誇る超厳格な学級委員長、フェリクスだった。

 銀縁眼鏡の奥から飛んでくる容赦のない指導。ミリ単位で姿勢を修正してくる細かさ。そして、私がステップを間違えて彼の磨き上げられた革靴を踏んづけるたびに、彼は「私の胃が……」と顔面を蒼白にしてうずくまりそうになるのだ。まあ、これまで数回あったダンスの授業でもペアになった男子生徒の足を何度踏んだことか、マリーとは組まない方がいいというクラス中の暗黙の了解ができていたほどだ。そんな中、今回の被害者はフェリクスになりそうだ。


「もう嫌だ……帰りたい……お肉食べたい……」

「逃げるな! 次のターンに入るぞ! 背筋を伸ばして、私の肩を見ろ! 足元を見るな!」


 私がカニのように不格好に横歩きをしているすぐ横を、滑るような優雅なステップで通り過ぎていくペアがいた。先日、晴れてパートナーの約束を結んだばかりのアイクとアイリスだ。


「おいおいマリー、お前ら二人でタップダンスでも踊ってんのか? わははっ!」

「ちょっとアイク、よそ見しないで。ステップが乱れてるわよ」

「へいへい。お前、意外とこういうの得意なんだな」

「……私だって、一応は貴族の端くれだもの。それに、あなたのリードも悪くないわ」


 アイリスはツンとすましながらも、アイクのエスコートに合わせて綺麗なターンを決める。アイクも普段のルーズな態度とは打って変わって、背筋を伸ばすと侯爵家の嫡男らしい見事な体捌きで彼女をリードしていた。

(なんだ、あの二人。めちゃくちゃいい雰囲気じゃん……!)


 私とフェリクス委員長の「物理法則とスライムの闘い」とは大違いである。

 ちなみに、もう一人のあぶれ者同盟であるセドリックはといえば、大人しい女子生徒と組んで、お互いに「す、すみません」「いえ、私の方こそ」とひたすらペコペコ謝り合いながら、フロアの隅っこで小さく足踏みをしていた。


「よそ見をするなマリー! さあ、ワン、ツー、スリー……痛ぁっ!! だからなぜそこに踵を落とすんだ君は!!」

「ひえええっ! 委員長、死なないでーっ!!」


 結局、その日のダンスの授業が終わる頃には、フェリクスは完全に精魂尽き果てて壁際で胃薬を煽り、私も全身汗だくでボロ雑巾のように燃え尽きていたのだった。


 * * *


 その日の放課後。

 私は重い足取りで公爵邸へと帰り、両親に「ただいま」を言うのもそこそこに、本館の二階にあるエラルドの私室へと直行した。


「エラルドー!! 助けてー!!」


ノックもせずに重いオーク材の扉を勢いよく開け放つ。

 エラルドの私室は、公爵邸の他の部屋にあるような、金箔や過剰な彫刻で彩られた豪華絢爛な装飾とは全く趣が異なる。

 壁は漆喰と細かな砂を混ぜたような、あえてざらつきを残した温かみのある質感で統一されている。置かれている家具はどれも重心が低く、無垢材の美しい木目を生かした極めてシンプルでモダンなものばかりだ。

 窓際には、しなやかなラタンを編み込んで作られた美しい曲線のラウンジチェア。そして部屋の隅では、木と和紙を幾何学的に組み合わせたような意匠の魔力照明が、夕暮れの薄暗い部屋に柔らかく有機的な光を落としている。


「マリー? どうしたんだい、そんなにボロボロになって。まるで魔獣とでも戦ってきたような顔だよ」

「魔獣より怖い委員長と戦ってきたの! ……ねえエラルド、お願い! 私にダンスを教えて!!」


 私はソファにドサリと倒れ込みながら、泣きついた。


「今日のダンスの授業、フェリクス委員長と組まされたんだけど、もうボロクソに怒られて……このままだと私、舞踏会で公開処刑されちゃう! セドリックと一緒に壁際でローストビーフを食べるためにも、最低限のステップくらいは踏めないとマズいんだよぉ……!」


 私が情けなく訴えると、エラルドは手にしていた羽ペンを静かにインク壺に戻した。

 そのサファイアの瞳の奥で、ほんの一瞬、チカッと何かが光ったような気がしたが、彼の表情はすぐにいつも表情に戻った。


「……フェリクスと組んだのか。彼も災難だったね」

なぜか、フェリクスを弁護した。 裏切り者ーー だが、

「うう、否定できない……。だから、エラルド先生! 完璧な社交界の貴公子様! 私を助けると思って、少しだけ稽古をつけてくれない?」


 私がソファから身を乗り出して両手を合わせると、エラルドは小さく息を吐き、デスクから立ち上がった。

「……でもさ」


 私はクッションを抱きなおしながら、ふと、大食堂で見たあの光り輝くような光景を思い出した。


「エラルドは、魔法祭のファーストダンス、ミーシア様と踊るんでしょ? 昨日、大食堂で約束してたもんね」

「…………」

「いいなぁ、ミーシア様。すっごく綺麗だし、ダンスも完璧だし。エラルドと並ぶと、本当に一枚の絵画みたいでさ。……練習とはいえ、私みたいな不格好な相手なんかと踊っちゃったら、ステップの感覚が狂っちゃわない? 正当なダンスの感覚とタイミングがズレるっていうか」


 少しだけ口を尖らせてそう言うと、エラルドはデスクの縁に軽く腰掛け、長い睫毛を伏せて私を見下ろした。

 そのサファイアの瞳は、大食堂でミーシア様に完璧な微笑みを向けていた時とは違う、落ち着いていて、淡々とした光だった。


「……アルバーン公爵家との顔繋ぎは、次期当主としての義務だからね。あの場であの誘いを断れば、不要な派閥争いを招く。あくまで公的な社交だよ」


 彼の声は、まるで今日の天気でも報告するかのような声色だった。あの、学園中の憧れの、近付いただけで良い匂いがしそうな、卒倒しそうなミーシア様と踊れるのに!? なんていう反応なのだ! 勿体無い! 私が反論しようとした時、



「それに」


 エラルドは立ち上がり、私の方へとゆっくり歩み寄ってきた。


「君が他の男の足を踏んづけて、フロアの真ん中で泣きべそをかく姿なんて、俺が見ていられないからね。……ほら、立ちなさい」


「やったー! さすがエラルド、大好き!」


 さっきの軽い気持ちで抱きつこうとしたが、彼はひらりと躱し、部屋の隅にある美しい細工の施された『魔導蓄音機』に触れた。

 針が落とされ、今日の講堂で流れていたのと同じ、優雅なワルツの調べが部屋の中に静かに流れ始める。


「さあ、おいでマリー」


 エラルドは部屋の広いスペースの中央に立つと、私に向かって静かに右手を差し出した。

 背筋を伸ばし、完璧な姿勢で立つ彼の手を取る。

 その瞬間、彼の左手が私の腰にそっと添えられ、グッと引き寄せられた。


「ひゃっ!?」


 思わず変な声が出た。

 いつも隣に座ったり、ベッドにダイブしたりしている距離感のはずなのに。ダンスの体勢に入った途端、彼との距離が不自然なほど近く感じられた。

 見上げれば、彼の整った顎のラインと、真剣なサファイアの瞳がすぐそこにある。彼から漂う、微かなシダーウッドの香りが私をすっぽりと包み込んだ。


「……フェリクスが何を言ったかは知らないけれど、足元なんて見なくていい。ダンスは物理法則じゃない。パートナーとの呼吸だ」


 エラルドの低い声が、音楽に乗って耳元に響く。


「俺の目を見て。そして、俺のリードにただ身を任せるんだ」

「う、うん……」


 エラルドが一歩、滑るように足を踏み出す。

 私が慌ててそれに合わせようとすると、フェリクスの時なら確実につま先を踏んづけていたはずのタイミングで、エラルドはふわりと私の動きを吸収し、ごく自然に次のステップへと私を導いてくれた。


「えっ……すごい」


 私が驚いて呟くと、彼は微笑んだままターンに入った。

 引いては、押し。回り、また引き寄せる。

 彼のリードは、まるで魔法のように滑らかで、一切の迷いがなかった。不器用でガチガチだった私の身体が、彼に支えられているだけで、勝手に優雅な軌道を描いて動いていくのだ。


「ワン、ツー、スリー。……そう、上手だよマリー。君は元々運動神経がいいんだから、頭で考えすぎない方がいい」

「エラルドがすごいんだよ! なんだか私、すっごく立派な貴族令嬢になったみたい!」


 私は調子に乗ってケラケラと笑い、彼を見上げた。

 フェリクス委員長の地獄の特訓とは大違いだ。エラルドと踊っていると、まるで自分が空を飛んでいるような、不思議な高揚感に包まれる。


「……君は、本当に……」


 ふと、エラルドが微かに目を細め、ため息のような声を漏らした。

 腰に回された手のひらの力が、ほんの少しだけ強くなる。


「ん? なあに?」

「いや。……舞踏会当日は、セドリックと踊るつもりなのかい?」

「まだ、一緒に

ご飯いっぱい食べようとしか言ってないけど、舞踏会会場に入ったらファーストダンスが必要らしいし、、、うん! あぶれ者同盟だからね。でも、セドリックも私と同じくらいダンス下手っぴだから、二人で転ばないように練習しとかないと」


 私が無邪気に答えると、エラルドは「そうか」とだけ短く返し、その穏やかな微笑みのまま、さらに滑らかなターンで私を部屋の奥へとリードした。


(やっぱり、エラルドは教え方も完璧だなぁ)


 私は完全に能天気な思考のまま、心地よいワルツの音楽に身を委ねていた。

 


 薄暗くなり始めた私室に、二人の足音とワルツだけが静かに響き続ける。

 迫り来る魔法祭の裏で、誰もがそれぞれの思いを胸に秘めながら、運命の夜は少しずつ、確実に近づいてきていた。

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