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月曜日の喧騒と、赤毛のムードメーカー

週明けの月曜日。

 旧温室での死闘や、生徒会室での息の詰まるような秘密の会議が嘘だったかのように、ミリス魔法学園はいつもの明るく騒がしい日常を取り戻していた。


「んーっ! 月曜日のチーズオムレツは格別だね! このとろとろ具合が最高!」


 お昼休みの大食堂。私は山盛りのオムレツと厚切りベーコンを、リスのように両頬いっぱいにパンパンに頬張っていた。


「よっ! 相変わらずすっげえ食いっぷりだな、マリー!」


 突然、背後からスッと伸びてきた手が、パンパンに膨らんだ私の右頬を『ぷにっ』と遠慮なく突いた。


「むぐぐっ!? やめひょ、アイク!」

「わははっ! 怒った顔もハムスターみたいで傑作だな!」


 私が口の中のオムレツを死守しながら抗議の声を上げると、彼は悪戯っぽく快活に笑い、私の向かいの席――アイリスの隣にドカッと腰を下ろした。


 燃えるような赤毛をラフに掻き上げ、制服の着こなしもどこかルーズなこの男子生徒は、アイク・フォン・ランバート。

 腐っても上位貴族である『侯爵家』の嫡男なのだが、彼にはジュリアンのような身分を鼻にかける嫌味が微塵もない。魔法を使えない平民の私にも気さくに話しかけてくる、クラスのムードメーカー的存在だ。


「お前は本当に、色気より食いっ気だな〜。せっかく黙ってりゃまあまあな顔してんのに、もったいないぜ? あの完璧主義のエラルド様も、よくお前のその野生児っぷりに呆れないよな」


 アイクがニヤニヤしながら肘をつき、からかってくる。


「失礼な! 私はこれでも育ち盛りなの! それにエラルドは、私はご飯いっぱい食べるのがいいって言ってたもん!」

「はいはい、そうですか。相変わらず幼馴染さんはあんたに甘いことで」


 アイクがおどけたように肩をすくめた、その時だった。


「……ちょっと、アイク。食事中のマリーにちょっかいを出さないでちょうだい。はしたないわよ」


 隣に座るアイリスが、ピシャリと冷たい声で注意した。


「それに、侯爵家の嫡男たるものがそのだらしないネクタイは何? ちゃんと一番上まで締めなさい。学園の風紀が乱れるわ」

「おっと、厳しい風紀委員長様のお小言だ。わりぃわりぃ、さっきの実技の授業の後で暑くてさ。ほら、これでいいだろ?」


 アイクがへらへらと笑いながら、首元のネクタイをきゅっと締め直す。

 その彼の無防備な横顔を至近距離で見つめるアイリスの白い頬が、ほんのわずかに、サクラ草のように薄紅色に染まっていた。


(ふふっ。アイリスってば、アイクにだけはやたらと世話焼きなんだよねー)


 そう。いつもはスキのない完璧な優等生のアイリスだが、このお調子者のアイクにだけは、少しだけ態度が違うのだ。

 口では「だらしない」「うるさい」とキツく注意しながらも、その瞳の奥には、彼をちっとも憎からず想っている『隠しきれない淡い好意』が滲み出ている。

 本人は完璧に隠しているつもりなのだろうが、ずっと一緒にいる私にはバレバレだ。そして、それに全く気づいていないアイクの絶望的な鈍感さも含めて、私はこの二人のやり取りを特等席で眺めるのが密かに大好きだった。


「そういやお前ら、来月の『魔法祭』のクラスの出し物、何にするか決めたか? 俺は絶対にお化け屋敷がいいと思うんだけどよ!」


 アイクが身を乗り出して、楽しそうに話題を振ってくる。


「却下よ。どうせあなたが面白半分で女子を脅かしたいだけでしょう? クラスの品位に関わるわ」

「えー! いいじゃんか! 闇魔法の基礎を使えば、すっげえリアルな幽霊が作れるぜ!? マリーはどう思う!?」

「うーん、お化け屋敷かぁ。私は食べ歩きできる『屋台』がいいな! 串焼きとか、クレープとか!」

「だからお前は食いっ気ばっかりだっての! 屋台じゃ魔法祭の魔力評価に繋がんねえだろ!」


 アイクが豪快に笑い、アイリスが呆れたように小さくため息をつく。

 そんな私たちのやり取りを聞いて、近くの席のクラスメイトたちも「俺は幻影劇がいいな」「私は占いの館!」と次々に話の輪に入ってきた。


 わはは、と明るい笑い声が大食堂の天井に吸い込まれていく。

 こんな風に、身分の壁も忘れて気の置けない友達と冗談を言い合って、お腹いっぱいご飯を食べる時間。

 教団の暗い影なんて微塵も感じさせない、ただの学生としての平和な日常。


(――うん。やっぱり、学園はこうでなくちゃね!)


 私はアイリスの淹れてくれた食後の紅茶を飲みながら、アイクを中心に騒ぐこの明るく愛おしいクラスメイトたちと作り上げていく学園祭にワクワクするのを感じた。


来月開催されるミリス魔法学園の最大行事、『魔法祭』。

 それはただの学園祭ではない。各クラスや部活が魔法の研究成果を発表し合い、優秀な展示には王家や貴族院から多額の活動資金パトロンがつくという、生徒たちにとっての一大プレゼンの場なのだ。

 ……とはいえ、それはあくまで表向きの建前である。

 学生たち――特に血気盛んな若き貴族たちにとっての『魔法祭のメインイベント』は、完全に別のところにあった。


「ねえ、聞いた? 今年の最終日の『夜会舞踏会』、生徒会の役員様たちも全員参加されるそうよ!」

「きゃああっ! じゃあ、エラルド様やレオンハルト殿下もフロアに出られるのね!?」

「ああっ、どうしよう! もしエラルド様にダンスを申し込まれたら、私、そのまま昇天してしまうわ……っ!」


 大食堂のあちこちから、令嬢生徒たちの熱を帯びた、キャアキャアという甲高い黄色い声が聞こえてくる。


 そう。魔法祭の締めくくりとして開催される『大舞踏会』。

 それは、身分や学年の壁を越えてパートナーを誘い、夜通し踊り明かすという、この階級社会の学園において唯一許された「無礼講のロマンス」の場なのだ。当然、学園のトップエリートであるエラルドやレオンハルト会長のパートナーの座を巡って、令嬢たちの間ではすでに血で血を洗うような見えない派閥争いが勃発しているらしい。


「ふぁぁ……みんな元気だなぁ」


 私は食後の紅茶を飲みながら、遠くの席で熱弁を振るう令嬢たちを他人事のように眺めた。


 舞踏会。ドレス。エスコート。

 もちろん、私には全く縁のない世界の話だ。

 私は、隣で優雅に紅茶を飲むアイリスのような、清廉とした可憐な美少女ではない。寝癖がつきやすい茶色の髪に、ちょっとだけそばかすのある鼻の頭。貴族の令嬢のような透き通るような白い肌でもなければ、華奢なプロポーションでもない。良く言えば「健康的な平民の娘」、悪く言えば「どこにでもいる普通の村娘A」といったところだ。

 魔法もあんまり使えない、おまけに特段美人でもない私を、わざわざこの豪華絢爛な舞踏会に誘う物好きな男子生徒など、この学園にいるはずがなかった。

そもそも、2年生からは舞踏会に絶対参加という条件がついているのがよくない。 おいしいご馳走がたくさん食べられるんだったらいいけど............ 厨房の裏口の警備が杜撰になったりしないかなー


「……マリー。あなた、また舞踏会の夜は厨房の裏口に忍び込んで、余ったローストビーフをこっそりもらう気でいるんじゃないでしょうね」


 私の顔を見たアイリスが、ジト目で鋭い指摘を飛ばしてきた。


「ぎくっ!? な、なんでわかったの!?」

「顔に『お肉食べたい』って書いてあるわよ。……少しは年頃の女の子らしくしなさいな。せっかくの舞踏会なんだから」

「そうそう! 誰か誘ってやれよー。まあ、お前みたいなお転婆娘をエスコートできる命知らずな野郎がいればの話だけどな!」


 アイクがケラケラと笑いながらからかってくる。


「むっ、失礼な! 私だってその気になれば、壁の花くらいにはなれるもん! ……アイクこそ、誰か誘う相手いるの?」

「ぶっ!?」


 私が何気なく聞き返した瞬間、アイクが飲んでいた水を盛大に吹き出しそうになった。


「な、ななな何を言ってるんだお前は! お、俺は侯爵家の跡取りだぞ!? 相手選びには家の釣り合いとか色々あってだな……その、まだ決めてねえよ!」


 急に顔を真っ赤にしてしどろもどろになるアイク。

 そしてその隣で、アイリスが持っていたティーカップが、カチャリ、と微かに不自然な音を立ててソーサーに置かれた。彼女はすんっ、と澄ました顔で視線を逸らしているが、その耳の先がほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。


(うわぁ……アイクのバカ。こんなの、絶対にアイリスを誘うしかない流れじゃん。アイリスもめっちゃ待ってるのに)


 私はニヤニヤしそうになる口元を、慌てて両手で覆い隠した。ワタワタと見るからに騒がしげなアイクと、興味ないふりしてしっかり会話を聞いているアイリス。

 自分の恋愛ごとには1ミリも興味がないが、親友のこういう初々しい反応を見るのは大好物なのだ。


「ふーん? そっかぁ。まあ、アイリスみたいに可憐で可愛い子は、すぐに高位貴族の先輩たちから誘われちゃうだろうから、もたもたしてると手遅れになるかもねー」


アイクが向かいの席でフォークとナイフで一生懸命切ろうとしているソテーは、先ほどの姿のまま一ミリも動いていない。私がジト目を誰かさんに向けると

「なっ!? ば、馬鹿野郎、マリー! 変なこと言うな! な、なあアイリス、お前別にまだ誰からも声かけられてないよな!? お前みたいな口うるさい女、誘う奴なんていねーよな」

「……あなたには関係ないでしょう。それに、私を誘いたいなら、まずはそのだらしないネクタイと、実技の成績をなんとかしてからになさい」


 アイリスがツンとそっぽを向きながらも、満更でもない声で返す。

 アイクは「うぐっ……」と頭を抱え、周りのクラスメイトたちが「お、アイク玉砕か?」「頑張れよ侯爵様!」と囃し立てた。


 わはは、と明るい笑い声が大食堂の天井に吸い込まれていく。

 来月の魔法祭と、夜の舞踏会。

 学園中が少しずつそわそわと浮き足立ち、華やかな非日常の足音が聞こえてきている。


 その時


「あ……見て! ミーシア様よ!」

「ああ、今日もなんてお美しいの。まさに女神のよう……」


突然、大食堂の空気がふわりと変わり、感嘆の溜息があちこちから漏れ始めた。

視線の先、食堂の入り口から静かに歩みを進めてくる一人の女子生徒の姿があった。


波打つような美しい銀糸の髪に、アメジストのように澄んだ紫の瞳。

彼女が歩くたびに、ふわりと白百合のような上品な香りが漂う。学園ナンバーワンの美貌を誇り、誰もが振り返るその儚げで洗練された完璧な令嬢の名は、ミーシア・フォン・アルバーン公爵令嬢。

エラルドと同格である、歴史あるアルバーン公爵家の一人娘だ。

こんな時間に人気の多いこの大食堂に彼女が姿を現すことは珍しい。 大食堂にいた一同皆の視線が彼女と、彼女の歩いていく方向へと向かった。


「ごきげんよう、エラルド様」


ミーシアは、令嬢たちの熱視線を集めるエラルドのテーブルへと真っ直ぐに向かい、完璧なカーテシー(淑女の礼)を披露した。


「やあ、ミーシア。今日も美しいね」


エラルドもまた、優雅に立ち上がって彼女に微笑み返す。

絵画の絵に描いたようなその神々しい2人に、その瞬間、食堂中の生徒たちが「はぁぁ……」と夢見るような溜息を吐いた。


「来月の魔法祭の締めくくりとなる舞踏会……エラルド様、今年のファーストダンスも、私にエスコートをお願いしてもよろしいでしょうか?」

ミーシア嬢は伏し目がちにそう穏やかに問いかけた。 声すらも、涼やかで美しい。まるで、この大食堂という雑多な野原に一輪だけ咲いた霞草のように。

「もちろんだよ。アルバーン公爵家の美しき薔薇をエスコートできるのは、僕にとってこの上ない名誉だからね」


エラルドが彼女の白い手を取り、その甲にふわりと口付け、貴族の最上級の挨拶をする。ミーシアのアメジストの瞳が、嬉しそうに、そしてどこか切なげに潤んだ。


「うわぁ……すごい。一枚の絵画みたいだね」


私は、少し離れた盛り上がったクラスメイトたちの席から、その完璧すぎる光景を皆と共に口を開けて見上げていた。

銀髪の美少女と、プラチナブロンドの氷の貴公子。光り輝く彼らの周りだけ、まるで別世界のようにキラキラとしたエフェクトが飛んでいるように見える。


「まあな。誰もが認める『氷の貴公子の隣に並ぶ花』だ」


アイクが腕を組みながら、ヒソヒソ声で解説してくれた。


「アルバーン公爵家は、エラルドの家と並ぶ王国の二大巨頭だ。おまけにミーシア様は性格も良くて非の打ち所がない完璧な令嬢。周囲の大人たちも、王族ですらも、彼女を『将来のエラルドの妻』として最も有力視してるんだよ」

「へえー! じゃあ、二人は親公認の婚約者みたいなものなの?」クラスメイトが問う。


「正式な婚約はまだらしいが、派閥のバランスを考えれば、エラルド側も無下には扱えねえのさ。公式の社交の場じゃ、角が立たないようにエラルドが彼女をエスコートする『暗黙の了解』ができあがってんだよ。……まあ、政略の申し子ってやつだな」


(なるほど。エラルドも、色々大変なんだなぁ)


私はオムレツの最後の一口を飲み込みながら、優雅に微笑み合う二人を見つめた。

休日の夜、私の実家が焼いたジンジャークッキーを囓りながら、疲れた顔で書類の束と格闘していた幼馴染の姿を思い出す。

でも、今あそこでミーシア様に完璧な笑みを向けている彼が、本来の『次期公爵』としての生きるべき世界なのだ。


チクリ、と。

胸の奥で、ほんの小さな棘が刺さったような気がしたけれど。私はそれを「食べすぎた胃もたれかな」と片付けて、温かい紅茶でぐいっと流し込んだ。


(……いつかエラルドも、本当にああやって誰かのものになってしまう日が来るのかな)


 温かい紅茶の香りと共に、ふとそんな思いが脳裏をよぎる。

 エラルドは立派な貴族になって、美しい奥さんをもらって、私には手の届かない遠い世界に行ってしまう。この「幼馴染」という特別な関係性も、お互いが大人になるまでの、今だけのものなのかもしれない。

 もし、あいつが私のことを構ってくれなくなったら。私の実家に来て、呆れたような顔で笑ってくれなくなったら。


(……そんなの、すっごく寂しいな)


 紅茶のカップを見つめながら、私は小さく息を吐いた。

 男女の恋愛とか、そういう難しいことはまだよくわからない。でも、家族みたいで、誰よりも安心できる今のこの関係性で、これからもずっといたい。この平穏で温かい日常が、いつまでも続けばいいのに。

 私は胸の奥の小さな寂しさに蓋をするように、空になったお皿を両手でパチンと合わせたのだった。



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