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落第生徒、マリー

処女作です、、お手柔らかにお願いします。 加筆修正もしつつ少しずつ進めていこうと思います。

よろしくお願いします( ´∀`)

朝の眩い陽光が、開け放たれた窓から容赦なく部屋へと降り注いでいた。


ベッドの上で毛布にくるまり、芋虫のように蠢いていたマリーは、遠くで鳴り響く王都の鐘の音にぴたりと動きを止めた。


――カーン、カーン、カーン。


重厚な金属音が空気を震わせる。その数は、八つ。


「…………は、八の鐘!?」


ガバッと跳ね起き、目元をこすった彼女の視界に、手の甲の文字が飛び込んできた。

『ね・る・な!!』

太いインクの筋で書かれた昨夜の自分からの戒め。嫌な予感に心臓を跳ねさせながら、枕元の時計を見上げた瞬間、マリーの息が止まった。


昨夜は確か、今日の小テストのために猛勉強していたはずだ。魔法史の建国期、そして王都を囲う大結界の魔力構造……。重い瞼と戦いながら復習を続け、それから――。


「遅刻だああああああああああ!!」


血の気が引く。針は無情にも、登校のデッドラインまで残り十五分であることを示していた。


「嘘でしょ、アイリスが起こしてくれるって言ったのに! あ、違う……『明日は朝から図書委員の仕事があるから自分で起きなさいよ』って釘を刺されてたんだった! お母さんは!? ああっ、今日はお父さんの薬局を朝から手伝うって言ってたんだっけ!」


マリーはベッドから転げ落ちるように床へ着地すると、ひっくり返ったカメのような勢いで身支度を始めた。袖を通すのは、ミリス魔法学園の生徒だけに許された仕立ての良い制服だ。リボンを適当に結び(あとで親友に泣きついて直してもらうのが既定路線だ)、寝癖のついたミディアムヘアをブラシで強引に引き下ろす。


顔を洗う暇さえ惜しみ、階段を駆け下りる。テーブルの上には、「今日のテスト頑張りなさいね」という母の書き置きと、朝食のプレートが置かれていた。それに向かって「ごめんなさい!」と心中で盛大に謝罪し、昨夜の残りの丸パンを鷲掴みにする。


「行ってきまーす!」


返事のない家の中に叫び声を残し、マリーは弾丸のような勢いで実家を飛び出した。


* * *

王都の朝は、喧騒の中に鮮やかな魔力の粒子が混じり合っている。

石畳の大通りには、すでに多くの商人や馬車が行き交っていた。マリーの実家が営む魔法薬局は、王都の中心部から少し離れた場所にある。豪華な邸宅が建ち並ぶ中央区と、庶民が暮らす郊外区のちょうど境界付近だ。


箒に乗る魔導士や、優雅な二頭立ての馬車。それらの間を、指定の鞄をバサバサと振り回し、猛烈なスピードで駆け抜ける一人の少女。


「ごめんなさーい! 通ります、急いでます!」


移動販売の荷車を引くパン屋のおじさんに激突しそうになり、マリーはひらりと身をかわす。あちこちで「うわっ」「危ないぞ!」と驚きの声が上がるが、彼女は止まらない。

貴族の令嬢なら決して見せないような大股の全力疾走。行く手を阻む山積みの荷物があれば、彼女は驚異的な筋力でそれを軽々と跳び越えていく。その跳躍はもはや人間離れしており、道行く人々は「魔獣でも出たのか」と目を丸くした。


口に丸パンを咥えたまま、マリーは王都の中心にそびえ立つ白亜の学び舎、ミリス魔法学園へと一直線に向かっていた。


中心部へ近づくにつれ、街の景色は明確なグラデーションを描いて一変していく。

足元の石畳は塵一つなく磨き上げられ、夜の間、街を照らしていた魔力灯の水晶が静かに光を収めていく。通りを行き交うのは、泥臭い荷車ではなく、毛並みを整えられた最高級の馬に引かれた貴族たちの馬車ばかりだ。


そして。

最も魔脈の豊かな小高い丘の上に君臨するのが、ミリス魔法学園である。


建国と同時に設立されたというその学び舎は、数百年の歴史を吸い込んだ白亜の石造りで、朝陽を浴びて神々しいほどの威容を誇っていた。精緻な透かし彫りが施された黒鉄の正門。手入れの行き届いた庭園の緑。高くそびえる尖塔のステンドグラスが、朝の光を透過して七色の輝きを石畳に落としている。


ここは魔法の真理を解き明かすための最高学府であり、同時にミリス王国における厳格な『階級社会』の頂点。選ばれし者たちのための、美しい箱庭。


「うわー、遅刻――ッ、ってセーーーーーーフ!!」


優雅な朝の静寂をぶち破るような、元気すぎる叫びが響き渡った。

正門の真ん中で両腕を広げ、滑り込みをアピールする少女。登校中の中位貴族の令嬢たちが「またあの子ですわ……」と一斉に眉をひそめ、薄い唇を扇子で隠す。

視線の先では、口にパンを咥えたマリーが、派手に土埃を巻き上げてブレーキをかけていた。


「ふう……さっさと第二演習室に向かうとするか!」


自分に言い聞かせるように頷き、校内へ足を踏み出そうとした。その時である。


「マリーさん、おはよう。相変わらず元気だね。ところで、今日のテストは北棟の第三演習室だよ」


静かな笑いを含んだ声。呼びかけたのは、正面玄関の傍らに掛けられた、一枚の壁画だった。

そこにはのどかな農村の風景が描かれている。中世の農家の家と、豊かな稲穂の波。実はこの絵画の中には意思を持つ住人が住んでおり、外の世界と対話することができるのだ。


姿は見えないが、声の主は張りのある穏やかな男性の響きを持っている。生徒たちは親しみを込めて、彼を『ヨルス』と呼んでいた。


「ええっ、第三!? 一限の魔法史、二号館の第二演習室じゃなかったっけ!?」


「掲示板を見ておきなさいと言っただろう? 魔法史のテストは、準備の都合で昨日の夕方には変更されていたよ。君がここを通ったのは、ちょうど学園中の噂話を私が仕入れている最中だったかな」


ヨルスは校内に潜むあらゆる声を拾い上げ、情報を網羅する。彼に悩み相談をすればたちまち解決するという噂が絶えない、学園の知恵袋そのものだ。


「嘘っ! やばい、真逆の方向じゃん!」


「今から走れば、あと三分で間に合う。……ああ、廊下は走らないようにね」


「ありがとうヨルス! 助かった、恩に着るよ!」


マリーは脱兎の勢いで踵を返し、北棟へと続く近道を弾丸のように抜けていった。

嵐のような少女の背中を見送りながら、ヨルスと周囲の生徒たちは、いつものことだと深い溜息をついた。


* * *

北棟・第三演習室。重厚なオーク材の扉を、マリーは肩で押し開けた。


すり鉢状になった階段教室には、すでに多くの生徒が着席し、静寂の中で羽ペンとインク瓶の準備を整えていた。教壇に教授が立つ直前――文字通りの、瀬戸際での滑り込みだ。


「セーフ……っ! あぶなかったー……」


「相変わらず、やかましい登校ね。あの絵画さんが教えてくださらなければ、今頃空っぽの教室で一人、絶望していたんじゃないかしら?」


荒い息を吐きながら席を探すマリーに、鈴を転がすような涼やかな声が降ってきた。

最後列の席で優雅に足を組み、魔法史の分厚い教科書を眺めていたのは、親友のアイリスだ。

彼女は下位貴族である男爵家の令嬢だが、完璧に結い上げられた亜麻色の髪と、隙のない制服の着こなしは、そこらの中位・上位貴族よりも遥かに洗練された気品を放っている。


「愛しのアイリス! おはよ、隣いい?」


「ええ。ほら、息を整えて。もうテスト用紙が配られるわよ」


アイリスが顎で示した先では、厳格そうな初老の教授が、魔法で羊皮紙をふわりと宙に浮かせて配り始めていた。

マリーは慌てて鞄から羽ペンを引っ張り出し、インク瓶の蓋を開ける。


「いやー、本当にヨルス様々だよ。あいつがいなかったら私、今学期も赤点だらけで放校になってたかも」


「……感謝する相手を間違えている気がするけれど。次からは掲示板をしっかり確認しなさいよ」


「はーい……」


「それより、前を見なさい」


アイリスが呆れたように溜息をついたのと同時に、教授の低い声が教室に響き渡った。


「では、魔法史の小テストを始める。本日の課題は一つ。事前に伝えてあった通りだ」


教授が黒板を叩く。


Examination Topic

『建国期における三大魔導士の功績と、王都を覆う大結界の魔力構造について、三つの属性を交えて論じよ』


「……始め!」


一っ斉に、カリカリと羽ペンが羊皮紙の上を踊る音が教室に満ちる。

しかし、マリーのペンは完全に止まっていた。

ミッドナイトブルーのローブの袖をまくり上げ、羊皮紙を睨みつけること数分。


(大結界の……構造? ええと、王都を悪い魔物や『闇』から守ってるすごいバリア、だよね。……で、三つの属性? 光、風、……あと一個、なんだっけ。火? 爆発すれば結界も強そうだし)


マリーの頭の中にあるのは、「魔法が飛んできたら、とりあえず拳に魔力を込めて殴り飛ばせば砕ける」という、極めで野性的かつ実践的な物理法則だけだ。緻密な多重術式や歴史の変遷などは、右の耳から入って左の耳へと抜けていく。


隣をチラリと盗み見れば、アイリスは迷うことなく、流麗な筆記体で羊皮紙を黒く埋め尽くしていた。


(だめだ、思い出せない……! 昨日エラルドが教えてくれたとき、結界の要は筆頭公爵家の『純度の高い光の魔力』だとか言ってた気がするけど、ルーン文字が一個も浮かんでこない……!)


結局マリーは、「歴代のすごい魔導士たちが、とても強い光のパワーで王都をガードした」という、教授が見れば卒倒しそうな幼い文章を、昨日なんとか丸暗記した教科書の一節に無理やり繋ぎ合わせ、精一杯の丁寧な字で書き連ねることしかできなかった。


窓の外では、春ののどかな陽光が学園の白亜の壁を照らし続けていたが、マリーの心中は冬の嵐よりも暗く荒れ狂っていた。

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