夜の万博、ひとときの灯り
電車が止まり、会場を後にできない人々が大勢いた。
本来なら不安や苛立ちがあふれてもおかしくない状況――それでも、大阪万博の夜は不思議な空気に包まれていた。
スタッフがパビリオンの扉を開けて、「よかったら中で休んでください」と声をかける。
照明が少し落とされた展示空間は、昼間の賑やかさとは違い、静かに光を放ち、人々をやさしく迎え入れた。
「せっかくなので、夜だけの特別展示をどうぞ」
そう言ってスタッフは、普段は見られない裏側を案内してくれる。
思わず拍手が起こり、誰もが子どものように目を輝かせていた。
フォトスポットも即席で用意され、そこでは見知らぬ人同士が肩を並べ、笑い合いながら写真を撮り合った。
売店にはビールが並び、自然と小さな宴が始まる。
「こんな経験、なかなかできへんなぁ」
「明日、会社で話したら信じてもらえるかな」
笑い声とグラスの音が重なり、深夜のパビリオンはまるで小さな街のようになった。
やがて床に敷かれたマットに横たわる人々。
展示の光に照らされながら、静かな寝息が重なっていく。
――電車が止まった夜。
不便さの中に、人の優しさと温もりが溢れていた。
きっと誰もが、忘れられない万博の一夜を胸に刻んだのだろう。