御家騒動②
「当時、高房さんは大学を卒業したばかりです。右も左も分からない若者でした」
結局、飯尾が独裁者として君臨することになった。
後ろ盾を失った斉藤は品川ケミカルを追われた。形としては、自ら会社を辞めたことになっているが、実質、飯尾にクビを切られたに等しい。
「実際のところ、斉藤さんは部下たちの研究成果を奪ったのでしょうか?」と聞くと、「そんなことは無かったでしょう」という男性は答えた。
品川ケミカルを追われた斉藤は、声をかけてくれたアメリカの大学の研究機関を頼って渡米し、LEDの研究を続けた。そして、いくつかの画期的な発見を行い、ノーベル賞の候補に挙げられていると言う。
――斉藤に成果を横取りにされた!
と主張した研究員が皆、居残ったにも係らず、その後、品川ケミカルは画期的な開発とは無縁だった。
「結局、青色LEDの開発は斉藤の功績であったことを、間接的に証明してしまったと言えるでしょうね。業界の人間なら誰でも知っています」
男性の言葉でインタビューを終わっていた。
「面白いね。使えそうだ。で、その斉藤栄治という研究者は、今もアメリカの大学で研究を続けているのか?」
「いえ、一年前に、日本の招知大学から要請を受けて帰国し、今は招知大学で研究を続けているようです」
招知大学は都内にある有名私立大学だ。カリキュラムの豊富さで有名な大学で、卒業生は様々な分野で活躍している。都内のキャンパスの他に、千葉県の我孫子市に巨大な我孫子キャンパスを所有している。斉藤は我孫子キャンパスに居ると聞いていた。
「招知大学か・・・」
「西脇さん。斉藤栄治を尋ねて、話を聞いて来たいのですが、ダメですか? 事件に繋がる話が聞けるかもしれません。それに――」と寺井は一旦、言葉を切ると、「飯尾さんに恨みを持つ人物と言う意味では、斉藤栄治もその一人です」と言って、にやりと笑った。
「おやおや。君にしては人が悪い。良いよ。インタビューを申し込んでみなよ。だけど、週末の放送に間に合わすとなると――」
「分かっています。徹夜覚悟でやります」
「最近は働き方改革でうるさいからね。徹夜はダメだと言っておくよ」
「分かりました。恨みがあると言っても、八年前の話です。斉藤さんが犯人なのでしょうか?」
「さあ、それを調べるんだ。分からないぞ、十年前の恨みでも、最近、いきなりスイッチが入るような出来事があったのかもしれない」
「なるほど。先代社長が亡くなったばかりですし、斉藤さんは恩があったのかもしれませんね。先代社長の死に飯尾が絡んでいたことを知った斉藤さんは、怒り心頭に達して殺害した――のかもしれません」
「おいおい、『怒り心頭に発する』だ。『心頭』は心の中の意味なので、『達する』じゃない、『発する』だ。マスコミの人間が間違ってはダメだ」
「すいません」
「インタビューができそうなら、羽田ちゃんを連れて行ってあげな」
若手アナウンサーの羽田隆司のことだ。番組MCの宮崎には独立の噂があり、羽田はその後釜を狙っているようだ。本人の希望もあってフィールドワークに出たがっている。周囲から宮崎の後釜としては、まだまだ未熟だと思われていることを羽田は良く分かっているのだ。取材に出て、経験を積みたいのだろう。
トップに立ちたいという野望を羽田は隠そうとしない。西脇はそんな羽田を「頼もしい」と歓迎していた。
寺井が斎藤と連絡を取ると、「会っても良い」という返事だったらしい。寺井は羽田を連れて、早速、招知大学の我孫子キャンパスへ向かった。
就業時間が終わろうとしている頃、寺井が戻って来た。
「おう。どうだった?」と聞くと、「面白い話が聞けました」と言う。取材の様子を録画してあるというので、「素材で構わないので、一通り見せてくれ」と会議室に連れて行った。
会議室で寺井が取った取材の録画を見た。
車が招知大学の我孫子キャンパスへ着いた辺りから録画が始まっていた。校門から広大なキャンパス内を車で走り、東一号館と言う東の外れにある建物に斉藤の研究室があった。研究室を訪ねると、白髪で長身の男が二人を出迎えてくれた。
寺井がカメラを回し、羽田がインタビュアーを勤めている。
応接室に通され、「斉藤栄治です」と男が名乗った。子供の頃に見た怪獣映画に博士役で出て来そうな風貌だ。広い額が聡明さを表し、削ったような頬がストイックさを表現している。
「撮影、構いませんか?」と聞くと、「ここには撮られて困るようなものはありませんので、大丈夫です」と斎藤が答えた。
「いえ。そういう意味ではなく、録画した内容をテレビで放送するかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「ああ、そういうこと。私なんぞ、テレビに出ても、誰も喜ばないでしょう」
どうも話がすれ違う。
「お忙しいところ、お時間、頂きまして、すいません」と羽田が詫びると、「なに。その分、食事でも睡眠でも、いくらでも削ることができる時間はあります。お気遣いなく」と斎藤が答えた。
却って気を遣ってしまう。嫌味や冗談ではなく、本当に、そう思っているのだろう。
「早速ですが、品川邸で起こった殺人事件について、いくつかお伺いしたいことがあります」
インタビューが始まった。