現代版シンデレラ・ストーリー③
目の前の女性が飯尾の妹? 圭亮は忙しく頭を働かせた。飯尾愛美から飯尾の生い立ちを聞いた時、妹の話が出て来た。名前は確か、「亜紀」だった。
呆然とする圭亮を前に、亜紀の話は止まらない。どうやら話し好きなようだ。「兄はあの気性ですから、人に恨まれることが多かったようです。ですが、私にとっては、優しくて頼りになる兄でした。番組内で兄のことをあんなに褒めて頂き、草葉の陰で兄もきっと喜んでいることでしょう」
「あ、あの。飯尾さんの妹さんと言うと、家族写真の代わりに絵を画いてもらったと言う、あの妹さんのことでしょうか?」圭亮が亜紀の会話の間にねじ込むように言った。
「あら、まあ。そんなことまでご存じなのですか!?」と亜紀の声が一際大きくなる。
そして、「いやだわ、そんな話。一体、誰からお聞きになったの? 子供の頃は、本当に貧しくて・・・」と身の上話が始まった。
亜紀は飯尾のお陰で短大まで進学させてもらった。「もともと勉強は好きではありませんでしたから、短大を出させてもらっただけで満足でした。兄は勉強が好きでしたが、働きながら定時制の高校に通っただけでしたので、勉強が嫌いだなんて、とても兄には言えませんでした」と言って亜紀は笑った。
大学を卒業後、アパレル・メーカーに就職し、都内の大型ショッピング・モールにあった店舗の販売員となった。
程なく品川ケミカルで出世を続けていた兄より、「パーティがあるので、出てみないか?」と誘われた。女性同伴のパーティで、飯尾の妻の愛美は、恵華を妊娠中でパーティに出ることが出来なかった。
愛美の代理としてパーティに呼ばれた。
「上流社会のパーティだと聞いて、柄じゃないと思いましたけど、パーティを覗いてみたいと言う好奇心を押さえ切れませんでした。兄と一緒にパーティに出て、そこで、今の主人に見染められたのです」
亜紀は「ガラスの靴こそ履いていませんでしたけど、シンデレラみたいでしょう」と言って声を立てて笑った。「ええ」と圭亮が頷くと、「あら、いやだ。そんなに真面目な顔して頷いたりしないでください」と言って、目の前にあった圭亮の腕をばんばん叩いた。
気さくな人柄のようだ。
「パーティで見染めたご主人が、三浦化学の御曹司だった訳ですね?」
「御曹司だなんて。でも、私がシンデレラだとすると、主人が王子様ってことになるのかしら。まあ、若い頃はお腹も出ていなくて、そこそこ恰好が良かったから、王子様ってことにしておきましょう。御曹司って言っても、主人は三男で、ごくつぶしでしたのよ。仕事も三浦化学とは全然、関係のない会社で働いていました」
社長を継いだ年の離れた長男が病気で亡くなり、子供が娘ばかりだったので、兄弟の中から次期社長が選ばれることになった。能力的に問題のあった次男の社長就任が見送られ、「外で経験を積んでいた」と評価された亜紀の夫が、呼び戻される形で三浦化学の社長に就任したのが一年前である。
「へえ、そんな話、今回の事件の取材で、どこからも聞きませんでした」
横から西脇が口を挟むと、亜紀は「そりゃあ――」と言って、飯尾から口止めされていたと言った。もともと飯尾は品川ケミカルで三浦化学の窓口としての役割を担っていた。妹が三浦化学の社長夫人になったとなれば、益々、社内での重要性は高まったはずだ。だが、そう単純では無かったらしい。
当時、高房が健在で、社内で飯尾の専横に対する不満が強まり、高房も抑え切れなくなり始めていた頃だ。そんな時期に妹の夫が三浦化学の社長に就任したとなると、飯尾嫌いの人間がパニックを起こし、飯尾の専横に対する不満が一気に社内で爆発する恐れがあった。
実際、高房は飯尾の排除を決め、役員会での決議を画策している。高房は亜紀のことを知っていたのかもしれない。
「何だか、狐と狸の化かし合いみたいでしょう。本当に、嫌になっちゃう」亜紀は明るく言った。
傍らでじっと会話を聞いていた石井が、「社長が是非にと申しておりますので、わが社を番組のスポンサーに加えて下さい。よろしくお願いします」と長くなってしまった立ち話を終わらせようとした。
「サタデー・ホットライン」のスポンサーの話は、亜紀が夫を掻き口説いたに違いない。いずれにしろ、西脇にとっては願っても無い話だった。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
西脇が満面の笑顔で頭を下げた。
亜紀はまだ話足りない様子であったが、「奥様、時間が――」と石井に釘を刺されて、「今度、またゆっくりとお話しましょう」と言って、スタジオを後にした。
二人の後姿を見送ると、「先生、長々とすいませんでした」と西脇が圭亮に詫びた。
「いえいえ。でも、貧しかった少女がパーティで御曹司と知り合い、そして、社長夫人になるなんて、正に現代版シンデレラ・ストーリーですね」
「そうですね。今日の放送で紹介出来ていれば、視聴者が喜んだかもしれません。残念でした」西脇は口惜しそうに言った。




