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高家の晒首  作者: 西季幽司
第四章「愛の形」
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現代版シンデレラ・ストーリー①

「さて、品川翔子殺害の捜査結果をお伝えしましょう」

 須磨はテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばした。長い説明で喉が乾いたのだろう。

「コーヒーが冷めてしまったようです。淹れなおしましょう」

「お気遣いなく」と須磨が言うのを無視して、圭亮が立ち上がった。コーヒー好きの圭亮は、とうの昔に自分のコーヒーを飲み干しており、代わりが欲しかったところだ。

 圭亮が二杯目のコーヒーを淹れてくるまで、暫く待たされた。

「中山が所持していたもので、犯行を裏付ける証拠がありました」圭亮がソファーに腰を降ろすと、直ぐに須磨が話を始めた。

――品川邸の勝手口の鍵です。

 須磨が言うには、部屋の鍵は合鍵を作ることが出来ない特殊な鍵だが、くぐり戸と台所の勝手口の鍵は普通に合鍵を作ることが出来るそうだ。

 実際に尋ねて行くことは無かったようだが、高房との逢引用に、中山はくぐり戸と勝手口の合鍵を作ってあった。見つかれば不利な証拠となってしまう。犯行後に始末すべきだったが、思い出の品として捨てることができなかったようで、捨てずに持っていた。

 中山は裏庭の秘密の抜け道から品川邸に侵入すると、台所の勝手口から品川邸に侵入した。時刻は夕刻、翔子が夕食の食卓に着く時間は分かっている。中山は決して名前を出そうとしないが、食事を給仕するのは安井だ。安井の協力があれば、翔子が食事をしている隙に、部屋に忍び込むことができたはずだ。階段下の事務室に身を隠しておけば、誰にも気づかれない。

 部屋に忍び込むと、ベッドの下で息を殺して潜んでいたと言う。中山はベッドの下で、翔子が眠りにつくのを、ひたすら待ち続けた。

 屋敷が寝静まった頃、中山はベッドの下から這い出した。手にはロープが握りしめられていた。寝息を立てる翔子の首にロープを巻き付けると、両足を翔子の肩に掛け、力任せにロープを引っ張った。

 寝込みを襲われた翔子はひとたまりも無かった。

 翔子が動かなくなると、中山は寝室の灯りを点けて、天井にあるシャンデリアを飾っていたフックにロープをかけ、翔子の体を天井から吊るした。

 高房が殺された時と同じ状況を演出することで、中山は高房の恨みを晴らしたのだ。

 遺体の処理が終わると、そのまま部屋を出て、勝手口から屋敷を出て行った。指紋はそのままにしておいたし、部屋のドアは半開きだった。

「品川翔子の殺害を以って、中山の復讐は完成しました。後は警察に捕まっても構わなかった。しかし、ここで品川正憲が登場し、事件を複雑なものにしてしまいました」

 正憲は中山が残したであろう指紋を拭いて回り、部屋を密室に偽装した。中山は戸惑ったが、部屋を偽装した人間と、その意図が分からず、様子を静観することにした。

 これが、須磨が教えてくれた捜査結果だった。

 長い説明を聞き終わって、ほっとした様子の圭亮に、「先生。それ、全部、今週のサタデー・ホットラインで放送して構わないのですか?」と西脇が尋ねた。

「ああ、そうでした。ちゃんと須磨さんに確認しておきましたよ~」と圭亮が得意顔をする。

 須磨は無駄を嫌う。話が終わった時には、もう腰を浮かしていた。圭亮は慌てて須磨を呼び止めて、週末のサタデー・ホットラインでどこまで話して良いのか尋ねた。

「先ず、品川高房氏の事件ですが、彼が自殺だったのか、他殺だったのか不明です。関係者及び容疑者が全員、死亡している状況ですから、再捜査となる可能性は小さいでしょう。一連の発端となった事件ですが、他殺だと断言するようなことは避けていただきたいのです」

「分かりました」

「その他のことにつきましては・・・」と須磨が考え込む。そして、「鬼牟田さん」と須磨が口を開いた。

「はい」と圭亮が答える。

「中山は品川高房氏が亡くなった夜に、飯尾が屋敷に忍んで来たかもしれないということだけで、飯尾と品川翔子が高房氏を殺害したと決めつけてしまいました。もし、もしですよ。二人が無実だったとしたら。高房氏が自殺だったとしたら。飯尾と品川翔子は高房氏を殺害していないとしたら、中山は無実の人間を二人も殺めたことになります」

「恐ろしいことですね」

「あったのは状況証拠だけです。それだけで、二人が高房氏を殺したと決めつけた。それは冤罪だったのもしれません」

「憶測で人を判断してはいけませんね」

「そうです。そこのところ、是非、番組で強調してもらえませんか?」

 無口だが須磨は正義感の強い熱い男だ。今回の事件で、考えるところが多かったのかもしれない。

「鬼牟田さんはどう見ます? 高房氏は殺されたのでしょうか?」

「そう思っています」

「そう思う根拠は?」

「それが・・・」と口ごもる。「それが?」と須磨に促されて、圭亮は渋々答えた。「すいません。僕が、高房さんが殺されたと考える根拠は西脇さんが見た夢なのです」

「夢?」と須磨が意外そうな顔をする。

「西脇さんはイタコの末裔です。彼が見る夢は死者からのお告げだと思っています」と言って、西脇が見た高房らしき人物の足を誰かが引っ張っている夢の話をした。

「そうですか」と須磨は批難がましいことは何も言わなかった。

「須磨さんが気になるようなら、一度、高房さんが亡くなった部屋を徹底的に調べてみてはいかがです? 何か出るかもしれません」

「ああ、そうですね」と須磨が頷いた。

「ところで、須磨さん。高憲さんの事件は、どうなるのでしょうか? 再捜査が行われるのでしょうか?」

 高憲は病死に見せかけて、殺害されたという噂があった。

「品川高憲氏の病死については、事件性が薄いと判断されています。再捜査は行われません。鬼牟田さんは、品川高憲氏の死を他殺だと考えているのですか?」

「いえ。スタンガンを使用し、心臓発作を引き起こして死に至らしめると言うのは、運便りの非常に効率の悪い殺害方法だと思います。高憲氏は病死であったと僕は思っています」

「同感です」

「安井さんは? 安井さんは罪に問われるのでしょうか?」

 安井の娘には障害がある。中山はそのことを知っていて、安井を守り抜こうとしているようだ。

「共犯の疑いが濃い状況ではありますが、現時点では証拠が弱すぎて、起訴する予定はありません」と須磨が答えた。

「良かったですね」と西脇も喜んだ。

 殺人の共犯だ。司法の手により裁かれないことを喜んで良いのだろうか。

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