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高家の晒首  作者: 西季幽司
第一章「高家の一族」
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御家騒動①

 結局、品川ケミカルの御家騒動をやることにした。

 アシスタント・ティレクターの寺井文哉(てらいふみや)に調べさせると、複雑怪奇、それだけでニュースになりそうだった。実際、当時、ニュースとして大々的に取り上げたテレビ局があったようだ。

 猟奇的な殺人事件の後では、殊更、御家騒動のドロドロしさが目立った。いかにも視聴者の興味を引きそうだった。

 寺井がまとめてくれた資料はよくできていた。資料と共に、この短い時間内で何時、撮ったのか、関係者からのインタビュー映像まであった。

「よくまとまっているな」と寺井を前に褒めた。

 日頃、寺井のことを「あいつは気の抜けたビールだ。キレがない」と公言している。天然パーマでジャガイモのような顔、鷹揚で間の抜けたところがあって、他人を蹴落とすような性悪さがない。「もっと小狡くになれ!」と言っているが、人が好過ぎる。

 だが、今日は鋭いところを見せてくれた。

 業界内ではよく知られた話のようで、関係者を当たると、当時のことを覚えている人間が多かった。今から八年前の出来事だ。

 品川ケミカルの研究開発部の社員であった斉藤栄治(さいとうえいじ)が青色LEDの開発に成功する。

 一般的にLEDと呼ばれる発行ダイオードは、発明当初、赤色しかなかった。七十年代になって黄緑色のLEDが開発されるが、実用化されていたのは赤色のみだった。

 九十年代になって青色LEDの開発競争が激化する。光の三元色である赤、青、緑の発光素子が揃えば、フルカラーでの表示が可能になるからだ。LEDは低電圧で駆動する為、電光掲示板等のディスプレイへの応用が期待された。

 斉藤は青色LEDの開発者の一人となった。

 同時に、これと言って人気商品の無かった品川ケミカルに主力製品を提供することになり、会社を優良企業へと押し上げた。

 当時、品川ケミカルの社長だった高憲は開発者であった斉藤を厚遇し、研究開発部長に据えると共に、役員として迎え入れた。異例の出世だった。ところが、これが当時、既に会社のナンバー2のポジションに上り詰めていた飯尾には面白くなかったかもしれない。

 匿名を条件に、品川ケミカルの役員だったという男性のインタビュー映像があった。自宅に尋ねたようで、応接間らしき場所で撮影されていた。

 それによると、飯尾と高憲は、斉藤が台頭して来るまで、蜜月関係にあったらしい。

 男性は言う。「二代目はよろず飯尾さんを頼りにしていました。何をするにも、飯尾さんに相談してからでしか決められない有様でした」

 品川高憲は品川ケミカルが三浦化学から分社した際の初代社長、高正の子だ。二代目社長らしく凡庸な人物だった。三浦化学の子会社として、細々と経営を続けて来た品川ケミカルを、独立した一企業として育て上げたのが、飯尾だと言える。

――鼻の利く男。

 とその男性は飯尾を評した。

 経営に関して抜群の才覚を持っていたようだ。成長する製品分野を嗅ぎ分け、優良顧客を見分け、新規事業に潜むリスクを感じ取り、品川ケミカルは、飯尾の舵取りで発展して来たと言える。

 飯尾は親会社である三浦化学との交渉窓口も任されていた。そして、三浦化学との間に太いパイプを作り上げた。その強固な信頼関係から、飯尾と三浦化学との間で、何か密約があるのではないかと周囲は危惧した。

 品川ケミカルで、飯尾は確固たる地盤を築き上げていた。それが、斉藤の登場により、その立場が脅かされることになった。

「飯尾さんとしては、面白くなかったでしょう」と男性は言う。

 飯尾による斉藤の追い落としが始まる。

――斉藤の発明は、部下たちの功績を独り占めにしたもので、斉藤自身は青色LEDの開発に直接、関与していなかった。

 まことしやかに、そんな噂が囁かれ始めた。噂を裏付けるかのように、研究開発部の部下たちが高憲に、同様の訴えが上げられた。それを伝え聞いた飯尾は「この訴えを無視すると、会社の屋台骨が揺らいでしまう。この件は、私に任せて下さい。徹底的に調査を行い、真相を究明して見せます」と困惑する高憲に申し出た。

「飯尾が陣頭指揮を取る以上、斉藤にとって良い結果が出るはずはない」

 男性の言う通りだろう。

「青色LEDの開発は、確かに私一人の力ではない。部下たちの協力があってのものだ」

 研究者気質で、生真面目な斉藤の性格も災いした。結局、斉藤は部下たちの研究成果を独り占めにした最低の上司だと言うレッテルを貼られてしまう。それでも、飯尾は追及の手を緩めず、高憲に斉藤の処分を迫った。

「まあ、でも、社長はああいう性格でしたから――」

 高憲は優柔不断な性格だった。ずるずると斉藤の処分を先延ばしにした。

 事態はこのまま収束して行くものと思われた。だが、飯尾にとって好都合となる事件が起きた。高憲が突然、亡くなったのだ。高憲は社長室で執務中に心臓発作を起こして亡くなった。持病の心臓病を抱えており、飯尾に斉藤の処分を迫られ、ストレスを抱えていたことが心臓発作の原因と言われた。

 社長室の机に突っ伏したまま死んでいた高憲を、奇しくも飯尾が発見した。飯尾は慌てて救急車を呼んだが、既に高憲は息をしていなかった。

 三代目社長として高憲の一子、高房が就任した。

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