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高家の晒首  作者: 西季幽司
第四章「愛の形」
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さまよう生首②

 横浜の高層マンションの一室に飯尾家がある。

 飯尾家を訪ねると、愛美が化粧気の無い疲れ切った表情で迎えてくれた。広々とした客間に通されると、座り心地の良い本革のソファーに腰を降ろすように勧められた。

「コーヒーで宜しいかしら?」愛美は台所に立った。

 コーヒー好きの圭亮は、「ありがとうございます」と喜びの声を上げた。竹村が台所に向かって、「奥さん、どうぞお気遣いなく!」と声をかける。

 一刻も早く事情聴取を始めたいのだ。

 飯尾の死にショックを受けているようだが、客間は掃除が行き届いていた。よく気の回る主婦なのだろう。

「ご主人が、その、知り合いの女性と特別な関係にあったことをご存じでしたか?」竹村がいきなり核心を突いた質問を浴びせた。

「ええ・・・まあ・・・」愛美は歯切れが悪い。

「お相手をご存じで?」

「品川高房さんの奥様、翔子さん」愛美は短く答える。やはり知っていたようだ。

「ご主人の浮気を知って、会社に怒鳴り込んだそうですね?」

「怒鳴り込むだなんて大袈裟な。四国に出張だと言って家を出たはずなのに、家に帰らずに会社に出社していたようですので、不意をついて尋ねて行っただけです」

「何故、ご主人が浮気をしていることが分かったのですか?」

「臭いです」愛美の言葉に、竹村は「匂い?」と首を傾げた。

「はい。主人の服から、私の使わない香水の香りがしました。最初は会社で女子社員の香水の香りが移ったのだろうと思ったのですが、その後に何度も同じ香りがしました」

「なるほど。女性の嗅覚は鋭いですからね。それで、ご主人の浮気相手が誰だかご存知だったのは私立探偵でも雇って調べたのですか?」

「探偵を雇ってなんかしいません」

「どうやって浮気相手が品川翔子さんだと突き止めたのですか?」

「やっぱり、翔子さんでしたか・・・高房さんの葬儀の時、翔子さんにお会いしてお悔やみを申しました。その時、翔子さんから、香水の臭いがしたので、ああ、この人だって直感しました」

「・・・」確信はなかったようだ。なかなか策士だ。竹村が言質を与えてしまった。

「それで、主人の様子を伺っておりますと、出張だと言うのに携帯電話の充電器を置いて行きました。何時も出張の時は、充電器、充電器と煩いのに、変だなと思って秘書の方に連絡を取ると、出張予定などなくて会社にいると言われました。

 それで、『これはきっと女のところに行くつもりだ』と思い、頭に血が上ってしまいました。文句のひとつも言ってやりたいと、年甲斐も無く、会社に乗り込んでしまいました」

「ご主人はあなたを裏切っていた訳だ。殺してやりたいとは思いませんでしたか?」

 愛美に品川邸に侵入して、飯尾を殺害し、首を切り落として門に掲げることが出来たとは思えない。だが、飯尾殺害の動機が無い訳ではない。

 愛美は「もう、性分だと、あきらめていましたから――」という言い方をした。どうやら、飯尾の浮気は初めてではなかったようだ。

「ご近所とトラブルになっていたとか?」

「ご近所?」

「隣家のお子さんが虐待されていると、通報されたとか?」

「あ、ああ~あれは・・・」と愛美が渋い顔をする。

 飯尾は問題の多い人物だった。飯尾が住むマンションの隣家には二歳になる女の子がいた。癇癪持ちで、夜になると癇を立て金切り声を上げた。泣きわめく声が飯尾家にまで聞こえることがあったたらしい。

 すると飯尾は「隣の家で幼児が虐待されている」と警察に通報したと言う。隣家の主婦は駆けつけて来た警察官に、子供が癇癪を起しただけで、虐待などしていないことを説明するのに苦労したようだ。警察官は通報して来た飯尾にも話を聞いたらしい。飯尾は「『ママ、嫌だー!』と子供が泣き叫んでいるのを聞けば、誰だって児童虐待を疑うだろう」とうそぶいた。

 単に嫌がらせの通報であったのかもしれない。

「主人はきつい性格の人でしたから、人に恨まれることもあったでしょう。でも、あの人の生い立ちを考えれば、それも仕方のないことです。あの人を支えていたのは、反骨心だったのですから」と愛美は言う。

「反骨心ですか」

「はい」と愛美が飯尾の生い立ちを語った。

 飯尾連傑は母子家庭で育った。父親はギャンブル好きで、飯尾が小学生の時に、借金を残したまま行方不明になった。母親の和代(かずよ)は父親の残した借金に苦しむことになった。

 小学生だった連傑は朝晩の新聞配達のアルバイトをして、家計を支えた。和代は朝から晩まで働いたが、稼ぎは全て借金の返済に消えてしまった。連傑が稼ぐ新聞配達のバイト代で、一家は糊口を凌いでいる状態だった。

 連傑には亜紀(あき)と言う名の妹がいた。まだ小学校に上がったばかりで、ある日、連傑は亜紀から、「アンちゃんのお家は、毎年、お正月に写真屋さんで、家族みんなで写真を撮るの。亜紀、見せてもらったけど、アンちゃん、綺麗な着物着てね、写真に写っていたの。いいなあ、亜紀もあんな綺麗な着物着て、みんなで写真撮りたい」と言われた。

 亜紀は友達のアンの家で、家族写真を見せられたようだ。飯尾の家には、当然のように写真屋に家族写真を撮りに行く余裕など無かった。

「よし、お兄ちゃんに任せておけ――」

 連傑は絵が得意だった。新聞屋でもらったカレンダーの裏に色鉛筆で、和代と連傑、それに亜紀の三人の絵を画き始めた。色鉛筆は小学校への入学祝いに、連傑が亜紀に買ってあげたものだ。

 亜紀には綺麗な着物を着せて上げた。

 画き上がった絵を見た亜紀は、「お兄ちゃん、写真なんかよりも、ずっと良い。ありがとう!」と大喜びだった。

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