二重の密室③
「一族の人間ではない飯尾さんが、何故、品川家の屋敷の門で晒首になっていたのでしょう?」
「晒首って、先生・・・」西脇は絶句した後、「先代社長の四十九日の法要があって、親族や親しかった関係者が屋敷に集まっていたそうです。被害者も法要に参加して、そのまま屋敷に泊まったということです」と答えた。
「なるほど・・・」圭亮は頷いたものの、どこか釈然としない様子だ。親戚でもない飯尾が四十九日の法要後、そのまま前社長の屋敷に泊まったというのは妙な話だ。
「事件当時、屋敷にいたのは――」
品川翔子品川高房(個人・前社長)の妻
品川正憲品川高正の子、高憲の弟
田村正子品川高正の子、高憲の妹
田村敬之田村正子の夫
田村信之田村敬之・正子夫妻の子
中山竜也社長秘書
だということは分かっている。
「飯尾社長の胴体は宿泊していた部屋から見つかっていますが――」と西脇が言うと、「密室だったのでしょう」と圭亮が食い気味に言った。
品川邸の二階は通路を挟んで、東西に部屋が配置されている。南東の角部屋が飯尾に割り振られた部屋だった。そのドアに鍵が掛かっていたのだ。鍵は部屋の中にあったらしい。鍵穴にはピッキングなど、無理矢理、こじ開けた形跡はなかった。密室だったのだ。
しかも品川邸には防犯カメラが設置されており、外部から侵入者があれば記録は勿論、警備会社に警報が行くシステムになっている。屋敷自体が密室なのだ。
飯尾社長は部屋で殺害されたものと考えられている。密室殺人事件だ。そのことが世に知れると事件の報道は益々、加熱した。世間の耳目が品川邸の事件に集まっていると言えた。
「二重の密室だった訳ですね~」と圭亮は嬉しそうだ。
「喜んでいませんか?」
「いいえ、そんな。不謹慎な。でも、密室殺人と聞くと、もう、ミステリーの世界じゃないですか。名探偵になった気分です」
「その意気です。名探偵になった気分で事件を解決してください」西脇がハッパをかけた。
「もっと情報が欲しいですね~西脇さん。例の夢のお告げはありませんか?」と圭亮が聞く。
「夢のお告げ?」
「ほら、時々、変な夢を見るそうじゃないですか。西脇さんはイタコの末裔ですからね」
西脇自身は東京生まれだが、祖母は青森県の出身で、祖母の祖母がイタコだったという話を母親から聞いたことがあった。時々、変な夢を見ることがある。それを圭亮は死者からのお告げじゃないかと言う。
「そんなもの、ある訳ないじゃないですか」と、何時もの西脇なら言うところだが、「それがね。先生、変な夢を見たんですよ」と固い表情で言った。
「どんな夢ですか?」
「それが――」
一人の男が空中を漂っている。男の足には誰かしがみついているようで、「止めろ。離せ。苦しいだろう」と男が訴えている――という夢だった。
「何なのでしょう?」と西脇が聞くと、「死者からのお告げですよ」と圭亮が答える。
「止めてくださいよ」
「誰かに足を引っ張られている・・・足を引っ張る、要は誰かに邪魔されていることを言いたかったのかもしれません」
「そうですね。もっと情報が欲しいのですが――」と西脇が言う。
西脇の言葉に、感の良い圭亮は直ぐに反応した。「須磨さんですか」
圭亮は戦々恐々の様子だった。
須磨秀信は「警視庁刑事部特別捜査係」の係長を勤める警察官だ。
国際経済専門のコメンテーターとして「サタデー・ホットライン」に登場したばかりの頃、圭亮は犯罪事件に関する鋭いコメントを連発して、一躍、脚光を浴びた。番組で鋭い推理を披露し、その通りに事件が解決すると、世間は圭亮の推理に喝采を送ると同時に、警察が圭亮の推理を聞いて、捜査を行っているかのような印象を抱いてしまった。
そんなある日、圭亮のマンションを一人の男が訪ねて来たと言う。圭亮のマンションを尋ねて来た男は、「警視庁刑事部特別捜査係の須磨秀信」と名乗った。
「鬼牟田さん、世間で言われているように、我々はあなたのテレビでの発言をもとに捜査を進めている訳ではありません」須磨は開口一番、そう言った。
「勿論です。当然です。日本の警察は優秀ですから。捜査の過程を公にすることはできないので、たまたま僕の話すことが、テレビで先に世間に流れてしまっただけだと思います。視聴者の方は、誤解をしているのです」圭亮は緊張しながら、大人の対応をした。須磨が満足そうに頷いた。
「実は今日は折り入って、鬼牟田さんにお願いがあって参りました」
「はい、何でしょう?」圭亮は何か自分の知らない罪で、捕まるのではないかと、びくびくしていた。
「何か事件に関して重要なことを思いつかれた際は、テレビではなく、直接、私に伝えてもらいのです。鬼牟田さんが必要だと思った情報は、場合によってはこちらからお伝えすることもあるかもしれません。事件について思い付いたことがあれば、先ずは私に伝えてもらうということで、できれば秘密保持契約にご署名を頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
須磨の口調には抑揚がない。まるで台詞を棒読みにしているかのようだ。
「えっ、ひ、秘密保持契約ですか!?」思いもかけない申し出だった。須磨は圭亮に警察のコンサルタントにならないかと言っているのだ。どうやら、圭亮を掴まえに来た訳ではないようだ。圭亮が胸を撫で下ろした。
「ご了解頂ければ、後日、秘密保持契約を郵送致します。ご署名の後、送り返して頂けば結構です。今日は秘密保持契約締結のお願いに参りました」
「それは面白そうだなあ。警察のコンサルタントになるみたいですね。でも、僕はもう既にテレビでコメンテーターをやっていますので、番組で何かコメントしなければなりません。なので、今、警察と秘密保持契約を結ぶことは難しいかもしれません」
「そうですか――」須磨は表情を変えない。表情が曇ったのを見て、慌てて圭亮が言った。
「ですが、一般市民として警察への協力は惜しみません。何でも思いついたことがあれば、ご連絡を差し上げるということでいかがでしょうか?」
「一筆頂きたかったところですが、それでも結構です。テレビでの発言は影響が大きいので、まるで鬼牟田さんの発言を聞いて、警察が動いていると思われるのは、こちらとしても非常に困ります」
「十分、理解いたしました」圭亮に断られることなど、予想していたようだ。須磨があっさりと頷いた。「何かあれば、直ぐに私に連絡して下さい」須磨は圭亮に名刺を渡すと、マンションを後にした。
圭亮曰く、こうして圭亮と須磨との間で、奇妙な契約が成立したそうだ。
以来、須磨と圭亮は相互依存の関係を続けている。須磨は圭亮の取材に便宜を図ってくれたり、捜査情報を流してくれたりする。その代わりに、圭亮は取材を通して推理した事件の真相を、警察関係者や須磨にフィードバックしている。
圭亮の推理を参考に捜査が行われ、事件が解決すると、須磨は事件解決に協力してくれたことへの配慮から、捜査結果を圭亮に教えてくれる。圭亮はそれを、テレビを通して世間に伝えることになる。
但し、圭亮がテレビを通して発信できる情報は、須磨により厳しく管理されている。須磨は圭亮を通して、世論を操作しようとしているようだ。
須磨と圭亮はウィンウィンの関係にあると言えた。だが、圭亮は須磨を苦手としていた。人一倍気を遣う性格の圭亮は、感情を現さない須磨と話していると、「機嫌が悪いのでは?」、「もしかして怒っているのかも」と勝手に気をまわし過ぎて疲れてしまうようだ。
西脇は勿論、二人の関係を十分、理解した上で、それを利用しようとしていた。