親子の相克③
金子は二人に顔を寄せると、声を潜めて言った。「二代目と高房さん親子は仲が悪くてね。二代目が急死した時、会社じゃもっぱら、飯尾さんが二代目を殺したのではないかと噂になりました。でもね、私はね、高房さんが二代目を殺したのではないかと疑っていました」
「高房社長が実の親を殺害したと言うのですか!?」
金子の話によれば、二代目社長、高憲が亡くなった時、社内では飯尾がスタンガンを使用して高憲を殺害したのではないかと噂する者が多かった。
「ですがね、高憲さんが亡くなる直前、高房さんがスタンガンを持っているところを見たのです」と金子は言う。
高房は「飯尾さんにもらった」と言って、スタンガンを自慢気に見せたそうだ。
飯尾はアメリカ出張で、娘の恵華の護身用にとスタンガンを購入して持ち帰った。ところが、自宅に持ち帰ったところ、妻の愛美から、「変な物を恵華に買って来ないで!」と怒られ、渡すことができなかったらしい。
飯尾からその話を聞いた高房が、スタンガンを見たがった。すると飯尾は、「興味がおありなら、どうぞ」と高房にスタンガンを進呈したと言うのだ。
「スタンガンを持っていたのは、高房氏だった!?」
「そうです。皆、その事実を知らないものだから、飯尾さんが二代目を殺害したと思い込んでしまった。二代目と高房さんの仲の悪さは、当時、有名でした。高房さんがスタンガンを持っていたことが知れ渡ると、二代目を殺したのは高房さんだと疑われたことでしょう。飯尾さんは、そのことが分かっていたから、スタンガンを高房さんにあげたことを黙っていた。飯尾さんは高房さんが父親を手に掛けたことを知っていたのかもしれません」
「それが高房氏の弱みだったと言うことですか?」
「ええ、ええ」と金子は激しく点頭して頷いた。
何やら確信があるような言い方だが、そもそも高憲は病死として処理されている。
「品川さん親子は、何故、そこまで関係が悪かったのですか?」
「私も詳しいことは知りません。だけど、聞いた話ですと、高房さんは会社の経営に興味が無くて、他にやりたいことがあったようです。とにかく高房さんはファッション雑誌にでも出て来そうな男前でしたから、芸能人にでもなりたかったのではないですか? それで、父親と対立してしまった。最後には、二代目が強制的に、高房さんを会社で働かせた。そう聞いています。高房さんは、そのことを恨みに思っていて、父親を殺害したのではないでしょうか?」
全ては金子の想像に過ぎなかった。
親子の確執は珍しくないが、殺人の動機としては弱すぎるような気がした。話が脱線してしまったので、竹村は話を戻して、尋問を続けた。
「二代目社長、高憲さんの死亡にまつわる話はさておき、あなたは飯尾さんからクビを言い渡された。そうですよね?」
「『退職金を上乗せするから辞表を書け』と言われて、詰め腹を切らされる形で会社を辞めさせられました。まとまったお金が手に入ったので、『暫くのんびりしてから、またどこかで働こう』と考えていたのですが、甘かったですね。世間の風は冷たかった。研究者として、能無しだと判断された訳で、同業他社では雇ってもらえませんでした。新しい仕事を探すにしても、この年じゃあ、なかなかいい仕事は見つかりません」
「あなたをクビにした飯尾さんを恨んでいた訳ですね?」
「・・・」金子は急に口を噤んだ。
「金子さん。四日の夜、十時から十二時の間、あなたはどこで何をしていましたか?」
「はは。アリバイですね。四日は・・・ええっと・・・」金子は視線を宙に漂わせて、記憶を弄った。そして、あきらめたように言った。「その日は、一日、家に居たと思います。どこにも出かけていませんが、それを証言してくれる人間は、誰もいません。ひょっとしたら、アパートの住人の誰かが、部屋の電気が点いていたことを覚えているかもしれません」
部屋の電気が点いていたとしても、アリバイにはならない。部屋にいたことを証明できないからだ。
「最近、飯尾さんと会いましたか?」
金子は大きく首を横に振ると、「まさか。品川ケミカルを退社してから、一度も飯尾さんとは会ったことがありません。また、会いたいとも思いません」と答えた。
最後に、「ご家族は、今、どちらに?」と尋ねると、金子は「かみさんと子供たちは、今、実家に戻っています。家には誰もいません」と答えて俯いた。
その後の捜査で、金子夫婦は別居状態であり、離婚は成立していないことが分かっている。会社を辞めて三年だ。その間、無職で収入がなかったとすると、退職金も使い果たしてしまったのかもしれない。妻の実家は農家で、その日の食事に事欠くことはないだろうから、金子を残して子供たちを連れて実家に戻ってしまったようだ。
金子にアリバイは無かったが、三年前のリストラを恨みに思って飯尾を殺害したと考えるのは無理が多かった。また、最近、金子と飯尾が会っていたと言う証言も無かった。




