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高家の晒首  作者: 西季幽司
第三章「心理的密室」
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親子の相克①

 事件について情報交換をしている内に、招知大学の安孫子キャンパスに着いた。

 校門から広大なキャンパス内を車で走る。東一号館に斉藤の研究室があると聞いていたが、なかなかたどり着かない。巨大なキャンパスだ。やっとお目当ての東一号館に到着し、斎藤の研究室を訪ねた。

 取材で見た通り、白髪で長身の男が出迎えてくれた。

 応接室に通される。

 ソファーに腰を降ろすなり、「おや? この前、いらした方ではないようですな」と斎藤が言った。

「警視庁捜査一課の竹村です。こちらは吉田」と警察バッジを見せながら自己紹介を済ませると、「おや、刑事さんですか」と驚いた様子だった。

 西脇に続いて、「鬼牟田圭亮です」と圭亮が名乗ると、「何処かでお会いしましたか?」と斎藤が尋ねた。

「はい。テレビに出ていますので――」とサタデー・ホットラインに出演している旨を伝えると、「そうですか。正直、見た記憶がないのですが・・・」と斎藤は申し訳なさそうに言った。

 圭亮は「見間違えるには、少々、大き過ぎますけどね。はは」と自分で言う。

「何時、放送されている番組ですか?」

「土曜日の午前中です」

「ああ、それなら――」と斎藤が言う。一週間で土曜日の午前中だけは、必ず家で食事をとるのだそうで、その時、奥様が見ているテレビ番組なのだろうと言うことだった。

「土曜日の午前中だけですか⁉」と圭亮が驚くと、「後は大抵、研究室にいます」という返事だった。「飯尾君の事件について知りたいのでしょう。アリバイが必要なら、その辺の学生に確認して下さい。常に誰かと一緒ですから」と斉藤が竹村と吉田に言った。

「後程、確認させていただきます」と竹村が答えた。

「飯尾さんが殺害される一週間ほど前、品川のホテルの中華料理屋で、彼と食事をしましたね。そこで言い争いになったとか?」竹村が尋ねると、「ああ、確かに。そんなことがありました。すっかり忘れていました」と斎藤が答えた。

「何を言い争っていたのでしょうか?」

「ひとつ訂正しておきますが、別に言い争いなんかしていません。飯尾さんから、私の持つ特許に対する提案があって、それをお断わりしただけです。話を聞いて、とても受け入れられないと思ったものですから、食事をご馳走になるのも筋が通らないと思い、直ぐに退席しただけです」

「どういうお話だったのでしょうか? 差支えなければお聞かせ願えませんか?」

「別に隠し立てするようなことではありませんので――」

 斉藤の話によれば、飯尾から「相談したいことがある」と呼び出された。正直、飯尾の顔は二度と見たく無かったのだが、高憲に関することだと言われると、律儀な斉藤としては断り切れなくなかったようだ。

 高憲さんに関することとは、一体、何なのだろうと気になって、飯尾と会うことにした。

 指定の品川のホテルの中華料理屋に赴くと、「まあ、食事でもしながら、ゆっくりと話をしましょう」と飯尾はなかなか話を切り出そうとしなかった。「話を聞かない内は、食事は結構です」と言うと、観念した様子で、「斉藤さん、あなたがアメリカで取得した特許の幾つかを、我々に使わせて頂けませんか? 無論、然るべき対価をお支払します。あなたの技術を使って、我々が製品を作り、販売して差し上げます。そしてあなたは莫大な報酬を得ることができる」と恩着せがましく言った。

 斉藤がアメリカの大学の研究機関で開発に成功した技術は、既にアメリカの大学を通じて、米国企業に独占的にライセンス供与されている。例え開発者であっても、斉藤にはどうすることも出来なかった。だが、その前に、今の話がどう高憲と関係があるのか不審に思った。

 そこで、「飯尾さん、今のお話と高憲社長とどう関係があるのですか?」と飯尾に尋ねた。すると飯尾は「いえ、何ね。斉藤さんも、品川ケミカルという会社は、初代と高憲社長が心血注いで育て上げた会社だと言うことを、よくご存じのはずだ。高憲社長は亡くなる前、会社の行く末を大変、案じておられた。会社のことは、全て高憲社長と無関係とは言い切れないでしょう。品川ケミカルの将来の為に、あなたの技術が必要なのです」といけしゃあしゃあと答えた。屁理屈だ。高憲の名前を出せば斉藤が飯尾と会うと踏んで、名前を使ったのだ。

「飯尾さん。今の言葉、八年前にお聞きしたかったですな」斉藤は冷徹に言い放った。そして、アメリカで開発した技術は、既に米企業にライセンス供与されていることを説明し、食事に手を付けずに退散したと言うのだ。

「レストランのスタッフはお二人が言い争っていたと証言しています。本当にそれだけだったのですか?」竹村が食い下がる。

「少々、興奮していましたので、多少、言葉がきつくなったところがあったかもしれません。しかし、言い争いと言う程のことは無かったと思います。高正社長や高憲社長にはお世話になりました。せめて、息子の高房さんがご健在なら、品川家に対する恩義がありますので、私も少しは考えたのですが、高房さん亡き今、飯尾さんの会社となった品川ケミカルに力を貸す義理はありません」

 聞いた限り、飯尾殺害の動機になりそうとは思えなかった。

「最後にもうひとつだけ――」竹村が食い下がる。

 斉藤に金子のことを尋ねてみた。飯尾と組んで斉藤を追い出した張本人である金子の名前は、斉藤には思い出したくもない名前だろう。

「金子君が品川ケミカルを退社したのですか?」斉藤は意外そうだった。

 品川ケミカルを退社後、斉藤はアメリカの大学で研究を続け、一年前に帰国したばかりだ。三年前に品川ケミカルをクビになった金子のことは、何も知らない様子だった。

「では、アリバイをお伺いいたします」と竹村が言うと、「ああ、ちょっと待ってくださいよ」と応接室のドアを開けて、廊下に顔を突き出すと、「おお~い。和田君。ちょっと来てくれ~」と叫んだ。

「は~い」と返事をして、若者が駆けて来た。

 和田と呼ばれた若者はまだ二十代だろう。若い。犬面とでも言ったら良いのか面長で、従順そうだ。

「家内より一緒にいる時間が長いので、私のアリバイだったら、彼に確認するのが一番です」と斎藤は言う。

 和田と入れ違いで吉田が「ちょっと電話をして来ます」応接室を出て行った。

「それでは――」と竹村がアリバイの確認を始めた。

 先ずは飯尾連傑の死亡推定時刻、四日の夜十時から十二時の間だ。

「その日は僕、十時半まで教授と一緒にいました」と和田が答えた。十時半に帰宅の途についたらしくて、斎藤はそのまま研究室に泊ったと言う。

 十時半に和田が研究室を出てから、品川にある品川邸に向かい、飯尾を殺害することは、時間的に可能だ。だが、研究室にはセキュリティカードを使った入退場システムが導入されている。ドアの開閉にはセキュリティカードが必要で、研究室に出入りした者は、入退場データがセキュリティ会社に送られ記録される仕組みになっている。誰が何時何分に研究室に入って出たと言うことが、全て記録に残っているのだ。

「簡単に確認できますよ」と和田が言うので、パソコンを持って来てもらい確認してもらった。

 当日、十時半に最後まで居残っていた和田が出てから、研究室に出入りした人間はいなかった。当日、斉藤は日中の午後三時から五時の間に入退場を行った記録があるだけで、夜間は研究室に籠っていたことが分かった。斉藤の入退場記録を見ると、食事や講義の時間以外、ほとんど研究室に入り浸っていた。

 午後三時から五時の間、どこに行っていたのか斉藤に確認すると、「自宅に着替えを取りに行っていました」と答えた。斉藤は妻と二人で学内にある教授用の住宅に住んでいる。自宅まで着替えを取りに戻り、一風呂浴びて遅い昼食を済ませて戻って来たと言うのだ。

 斉藤に飯尾を殺しに行っている暇など無かったようだ。

 吉田が電話を終えて、応接室に戻って来た。

「では次に――」と品川翔子が殺害された土曜日の深夜から日曜日の早朝にかけての斎藤のアリバイを確認した。

 土曜日の午前中だけは、必ず家で食事をとると圭亮に言った通り、金曜日の夜十時に研究室を出た斎藤は、土曜日の午後四時に研究室に戻ると、そのまま日曜日の夕方まで研究室から出ていなかった。

「日曜日だからね。学生は誰もいませんでしたよ」と言うことで、アリバイを裏付けることができる証人はいなかった。

 飯尾の謀略で、斉藤が品川ケミカルを退社させられたのは、今から八年も前の出来事だ。それが今回の飯尾殺害の動機に結びついているとは考え難かった。

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