死角③
飯尾が秘密の抜け道の存在を知っていたとしたら、恐らく高房が翔子に抜け道のことを話し、それを翔子が飯尾に伝えたのだろう。飯尾と翔子は秘密の抜け道を二人の逢瀬に利用することにしたのだ。
飯尾と翔子は高房を自殺に見せかけて殺害できる状況にあった。
「となると安井さんも裏庭の抜け道の存在を知っていた訳ですね?」
竹村の追及に安井は「いいえ」と手を振ると、「裏庭のどこかに抜け道らしきものがあることは分かりました。何度か裏庭を確認してみたのですが、抜け道がどこにあるのか、結局、分からず仕舞いでした」と答えた。
安井は抜け道の存在を知らなかったと言う。
「その飯尾さんが映っている防犯カメラの映像を確認したいのですが、ご提供頂けますか?」
「それが・・・」と安井が口籠った。
「どうかしましたか?」
「いえ、その、映像は全て消去致しました。高房さんから、『もし、また同じ人物が防犯カメラに映っていた時は、録画を消しておいて下さい』と頼まれましたもので・・・」
高房の指示で防犯カメラの映像は消去してしまったと言う。その後も高房の言い付けを守り、裏庭に飯尾らしき人物が映っている映像を見つけては消去して来たと言う。
「ひとつよろしいでしょうか?」と圭亮が口を挟んだ。
「何でしょう?」
「飯尾さんは二階の南東の角部屋で殺害されていましたが、法要の際、宿泊者の部屋割りを決めたのは、あなたですか?」
誰がどの部屋に泊まるか、事前に分かっていれば、合鍵を作って準備しておいた可能性があると圭亮は考えているのだ。特殊な鍵で合鍵を作るにはメーカーの許可が必要だが、町中の合鍵屋で技術的に合鍵を作ることができないと言う訳ではない。蛇の道は蛇で、犯人は何らかの手段で合鍵を作っておいたのかもしれない。
「はい。私が部屋割りをしました」
「部屋割りは、前々から決めてあったのですか?」
「ええ、シーツを変えたり、部屋の掃除をしたり、準備がありますので、屋敷に宿泊なされる方が決まった際に、部屋割りを決めておきました」
「では、飯尾さんが二階の角部屋に泊まることは、事前に分かっていたのですね?」
「それが・・・」と安井が口ごもる。
「それが?」
「事前に部屋割りを決めておいたのですが、当日になって正憲さんが部屋を変えて欲しいと言い出しました」
品川邸の二階には、計七室がある。東側に四室、裏庭に面した西側に三室の計七室だ。正子と敬之が宿泊した北西の角部屋は、二部屋分の広さがある。そして、隣の部屋は、高房の事件の後、開かずの間となっていた。
南西の角部屋と、東側の四室の計五室の中から、飯尾、正憲、信之、中山の部屋を割り振った。信之と中山は、「部屋はどこでも構わない」と言うので、信之に南西の角部屋を、中山には東側の角部屋ではない部屋を割り振った。
北東の角部屋を飯尾に、南東の角部屋を正憲に割り振ったところ、鍵を渡す段になって、正憲が「部屋を変えて欲しい」と言い出した。
安井は知らなかったが、北東の角部屋は、昔、正憲が品川邸に住んでいた頃に使っていた部屋で、「愛着がある」と言う。
北東の角部屋は階段に近くて利便性も良い。
飯尾が笑って「私は余所者ですので、どこでも構いませんよ」と言うので、正憲と飯尾の部屋を交換することになった。部屋の準備は終わっていたので、住人が変わっても差し支えは無かった。
「それで、直前になってお部屋を交換しました」
安井の答えに圭亮は考え込んでしまった。犯人は直前になって部屋が交換されることなど分からなかったはずだ。
合鍵を準備しておいたとしても、二階の部屋の全ての合鍵を作っておいたのでない限り、飯尾の部屋の合鍵を事前に準備しておくことは不可能だった。
「正憲さんが北東の角部屋を使っていたと言うのは本当ですか?」
「私がこちらに来る前の話ですので、分かりませんが、鍵を渡す段に、正子さんが、あなたが使っていた部屋ね、と正憲さんに言っていたので、間違いないと思います」
「では、正子さんは? 正子さんが品川邸に住んでいた時に使っていた部屋はどの部屋だったのでしょうか?」
「ああ、それは一番広い北西の角部屋だったみたいです。今回、ご夫婦でお泊りになられた部屋です。あら、私が昔、使っていた部屋ね、とおっしゃっていましたから」
「そうですか・・・」
西脇には圭亮の考えていることが読めた。正憲も正子も、玄関の鍵やくぐり戸の鍵を持っていた。以前、屋敷に住んでいた時の部屋の鍵を持っていたとしても不思議ではない。もしそうでも、二人が屋敷を離れてから執事となった安井には分からないはずだ。
二人が以前、飯尾が殺害された部屋を使っていたなら、鍵を持っていたかもしれない。そうなれば密室の謎は解けたようなものだった。だが、二人が使っていた部屋ではなかったようだ。直前になって部屋が変わったのなら、予め合鍵をつくっておくことが出来なかった訳だ。
密室の謎は解けないままだ。




