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高家の晒首  作者: 西季幽司
第三章「心理的密室」
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ふたつめの密室の謎②

 正憲は苦虫を噛み潰したような顔で座っていた。

 竹村が部屋を急襲すると、「まあ、刑事さん。落ち着いて。客間で話しましょう」と落ち着き払っていた。

 事情聴取が始まる。

「正憲さん。品川翔子さんの部屋を、寝室を密室にしたのは、あなたですか?」と竹村が斬り込むと、「バレちゃいましたか」と正憲が悪びれもせずに言った。

「バレちゃいましたかじゃないでしょう。立派な捜査妨害ですよ」

「おや? 俺は鍵がかかっていたなんて一言も言っていませんよ。鍵がかかっていたと、あなた方が勝手に勘違いしただけだ」

 計算づくで演技をしたようだ。

「じゃあ、何故、そんなことをしたのです?」

「仕方ないだろう。翔子が殺された夜、屋敷には俺と姉さんしかいなかった。俺が疑われるに決まっている。しかも、俺、部屋の中に入ったから」

「部屋に入った⁉」

「ああ」と言って、正憲が話し始めた。

 正憲は高憲が所有していたジョン・ハリー愛用のギターがどうしても諦め切れなかった。正憲は思い切って愛美と連絡を取った。そして、「兄の死後、飯尾さんが社長室から勝手に持ち去ったギターは本来、自分が兄から受け継ぐことになっていたものだった。返してもらいたい」と所有権を主張した。

 とにかく正憲は金が無い。金の話になるとお手上げだった。

「私はギターなど、正直、どうでも良いのです。欲しいのならお返ししても構いません。でも、ひとつだけ条件がございます」と愛美は言ったそうだ。

 飯尾の遺留品の中から結婚指輪が見つかっていないと愛美は言う。殺害された時、部屋に残されていた胴体の左手の薬指には結婚指輪が残っていなかった。警察に問い合わせたそうだが、「遺体からも部屋からも結婚指輪は見つかっていない」と言う回答しか返って来なかった。

 日頃、飯尾は結婚指輪を付けたままで、外したのを見たことが無かった。殺された時、結婚指輪を外していたとしたら、考えられることはひとつだ。

 品川翔子との不倫。

「きっと品川邸にあるはずです。それを見つけて頂ければ、ギターと交換します。あの指輪は思い出の品なのです」

 愛美の出した条件とは、飯尾が指にはめていた結婚指輪とギターとの交換だった。飯尾と結婚した時、まだ品川ケミカルで働き始める前のことで、豊かだとは言えない時期だった。結婚が決まり、婚約指輪を買うことはできなかったが、結婚指輪くらいは良い物を買おうと、二人で銀座に出かけた。

 銀座の百貨店で、二人で結婚指輪を選んだ。愛美にとっては思い出の品だった。

 飯尾の部屋に結婚指輪が無かったとすると、考えられるのはただ一カ所、翔子の寝室だ。飯尾が翔子の寝室を尋ねた時に外して、そのまま忘れたに違いない。

「だから俺は、翔子の寝室を探る機会を伺っていた。あの夜、階下に様子を見に行くと、翔子の寝室のドアが開いていて、部屋の灯りが廊下に漏れていた。変だなと思って、様子を見に行ったんだ」

 部屋の前に立つと、天井からぶら下がった翔子の遺体が見えた。まだゆらゆらと揺れていた。

「正直、驚いたよ」

 だが、正憲は喉元まで出かかった悲鳴を、必死に飲み込んだ。

「翔子を殺した犯人がまだその辺にいるかもしれない。不意をつかれて襲われたら、ひとたまりもないだろう。屋敷から裏庭まで見て回った。俺だって、死にたくないからね。そして犯人がいない事を確認してから、寝室で飯尾の結婚指輪を探した。指輪はベッド横のサイドテーブルの引き出しに、無造作に投げ込んであった。

 指輪を見つけた後、部屋中の指紋を拭いて回り、電気を消して、ドアを閉めた。

「そこで考えた訳だ。どう見たって、俺が犯人にしか見えないだろうなってね」

 高房も飯尾も、死体が見つかった部屋が密室だったことから、高房は自殺と判断されたし、飯尾の殺人犯もつかまっていない。

「部屋を密室に仕立て上げることができれば、多少、疑われたって大丈夫だと思った。もう一晩中、考えに考えて、知恵を絞ったね」

 そして、翌朝、部屋を密室に仕立て上げたと言うことだ。

「本当に犯人を見ていないのですか?」

「見ていないね」と正憲は素気ない。

「あなた、犯人が誰か知っていて黙っているのではありませんか? 飯尾さんと翔子さんを殺害してくれた犯人に感謝したい思いがあった。だから、犯人の正体に気が付いているのに黙っている」

「そんな訳ないだろう」

「或いは、やはりあなたが犯人なのかもしれない。翔子さんが殺害された夜、屋敷にいたのは、あなたと正子さんだけなのですから」

「犯人は外からやって来たんだよ」

「そう言えば、信之さんから聞きましたが、裏庭に秘密の抜け道があって、そこを通って、隣の公園に行くことができるそうですね」

「おや、そんなことまでご存じで」

「しかし、まだ防犯カメラがある。やはり外部から屋敷に侵入することは不可能でしょう」

「いいや。秘密の抜け穴から防犯カメラに映らずに屋敷に侵入することが出来るぞ。犯人は外から来たんだって」

「えっ! 防犯カメラに映らずに秘密の抜け穴から屋敷に侵入することが出来るのですか?」

「もっと言えば、屋敷から正門までだって、防犯カメラに映らずに行くことが出来る」

 どうだ! とばかりに正憲が胸を張った。

 正憲が言うには、品川邸に防犯システムが導入された時、まだ屋敷に住んでいたそうで、当時、まだ中学生だった高房と二人で、防犯カメラの死角を探したということだった。

「防犯カメラに死角がある・・・」

「俺が防犯カメラの映像を見ながら、携帯電話で連絡を取って、高房に屋敷から門まで防犯カメラの映像に映らないで移動できるルートを指示した」

 広い庭をカバーする為に、防犯カメラは首振り式になっている。カメラが向いていない時に移動することが出来る。しかも、防犯カメラのある場所には街灯があって、夜中でもカメラの向きが確認できる。

「それで防犯カメラの映像に映らずに、屋敷から抜け出すことが出来たのですか?」

「死角は意外に簡単に見つかったよ。庭には樹木や植え込みがたくさんあるからね。隠れる場所に困らない。それにカメラの真下は死角になっているから、カメラの向きに合わせて植木や植え込みに隠れながら、カメラの真下に移動すれば、防犯カメラに映らずに門まで行くことができた」

 正憲はにやりと笑ってから、「随分、その抜け道を利用させてもらった。今でもちゃんと覚えている。何ならやって見せようか?」と自信満々に言った。親の眼を盗んで、夜中に屋敷を抜け出していたのだろう。

「ええ、是非、実演をお願いします」そう言いながら、竹村が立ち上がった。

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