二重の密室②
「三浦化学ですか?」
「はい」と圭亮は三浦化学について説明を始めた。
三浦化学は石油化学製品の製造を中心とする総合化学メーカーだ。本社が都内の千代田区にあり、茨城県神栖市に製油所を持っている。非上場企業なれど、資本金二百億円、年間の売上高が四百億円を超える、巨大企業だ。
品川ケミカルは三浦化学の子会社としてスタートした。
「創業時にどんな噂があったのですか?」
西脇が興味を示した。
「三浦化学は一族会社で、三浦家の一族が代々、社長として会社を経営しています。この三浦家、桓武平氏である三浦氏の末裔を称しています。一方、品川ケミカルの創業者である品川家は、今川義元で有名な今川氏の子孫であり、江戸時代には高家と呼ばれた由緒正しい家柄であったと自称しています」
「高家?」
「やあ、ご存じありませんか――」人の良い圭亮は長々と江戸幕府における儀式や典礼を司る役職である高家の説明を始めた。聞いていた西脇の方が途中で焦れて、「それで先生、その高家と三浦氏との間で、何があったのですか?」と話の先を促した。
「ああ、すいません。話が脱線してしまいました。いえ、品川家の当主が、三浦化学の社長を尋ねて、『何か仕事はないか?』と尋ねたそうです。すると三浦化学の社長は、『お互い由緒正しい家柄の出ですから――』と言って、品川家の当主にぽんと会社をひとつ与えたと言う噂がありました」
「へえ、そりゃまた、剛毅ですね」
歴史好きの圭亮ならではの情報と言える。圭亮の話を聞いて、番組で取り上げてみるのも面白いかもしれないと西脇は思ったようだ。特に視聴者は品川家に関する情報に飢えていた。事件に直接関係はないが、視聴者の興味を引くかもしれない。
「それに今度の事件には関係ないと思いますけど、昔、品川ケミカルでお家騒動があったはずですよ」
「先代社長が急逝して、品川家の人間以外が社長に就任したと言う話ですよね。その社長が被害者ですから、もう既に各局のニュース番組で報道されていますよ」
品川邸で品川ケミカルの社長、飯尾連傑の遺体が発見された。それも、生首が門柱に突き刺さった状態で発見されたのだ。
このショッキングなニュースは瞬く間に報道が過熱するトップ・ニュースとなった。西脇としても番組の独自性を打ち出して、視聴者を引き付け、視聴率を稼ぎたいのだ。
「いえいえ、もっと昔の話です。僕もそんなに詳しい訳ではありませんが、会社の研究開発部門で、LEDの開発を行っていた責任者と会社側が特許を巡って対立し、最終的に開発者が会社をクビになって去って行ったはずです」
「そんな事があったのですか!?」
初耳だったが、流石に事件とは関係が無さそうだ。番組で取り上げるには事実関係を調べ上げなければならない。判断に迷った。番組の放送は明後日に迫っている。準備の為に割くことができる時間は限られていた。
「面白そうな話ですけど・・・少し、考えてみます」
興味深い話だったが、事件と関連があるのかどうか分からない。要は視聴者の興味を引くことができるかどうかだ。
「で、鬼牟田先生。先生は今回の事件をどう見ているのですか? 犯人はやはり屋敷に宿泊していた品川家内部の人間の犯行でしょうか?」西脇は事件の核心について切り込んだ。
「いやあ~」と圭亮は頭をかきながら、「まだ、僕にも全然分かりません」と言って、からからと笑った。
「そういう仕草は、金田一耕助に似てきましたね。頭のほうも金田一耕助並みでお願いしますよ」
「あは。僕はあんなもじゃもじゃ頭じゃありませんよ」
「中味です。頭の中味! わざとボケているんですか。全く・・・」
「はは。ところで、僕は品川邸の槍門に突き刺さっていたと言う被害者の生首が、どちらを向いていたのかが非常に気になっています」
圭亮の意外な台詞に、「生首の向きですか?」と西脇は驚いた。
「はい。例えば、生首が門から外を向いていたとすれば、犯人は被害者を殺害したことを、広く世の人に知らしめたかったのではないかと思うのです」
「では、反対に屋敷の方を向いていたとしたら、どうなるのでしょうか?」
「それは、やはり屋敷にいた人間に対して、被害者を殺害したことを知らしめたかったことになります」
「なるほど。確かに、そうとも考えられますね・・・」西脇は圭亮の言葉に考え込むと、「先生。何か今の台詞、金田一耕助みたいでしたよ」と圭亮を褒めた。
圭亮の推理は意外に事件の核心をついているかもしれない。
「えへへ、そうですか」
嬉しそうな圭亮を見ていると、ちょっとイラついたりする。
「ああ、先生。事件をざっとおさらいしておきましょう。何か気づいたことがあれば、教えて下さい。品川にあるお屋敷は――」
屋敷は品川家の所有物だと言う。品川ケミカルは非上場の株式会社で、俗に言う一族経営の会社だ。LEDと呼ばれる発光ダイオードを主力製品としており、高い市場占有率を持っている。東京港近くに工場を持ち、品川家の当主が代々、社長を勤めて来た。
品川高正-高憲-高房
と続く。高憲は高正の子、高房は高憲の子だ。
ところが、先代社長、高房は跡継ぎがないまま早くに亡くなった為、会社の重役であった飯尾が急遽、新社長に就任した。