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高家の晒首  作者: 西季幽司
第二章「みっつの密室」
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魑魅魍魎②

 品川邸に別れを告げ、警察車両で品川エレクトロニクスを目指した。

「信之については、前回、品川エレクトロニクスに聞き込みに行った時に、こいつが面白い情報を仕入れて来たのですよ」とハンドルを握る竹村が言った。

「面白い情報?」

「それが――」と吉田が愉快そうに教えてくれた。

 会社のトップに関することとあって、社員の口は重かった。竹村と吉田は無駄足を覚悟した。その時、吉田がトイレで偶然、社員の会話を耳にした。隣で用を足していた男を刑事だと思わなかったようで、一人の男性社員が、刑事が社内で事情聴取をしていると言う話を始め、そのまた隣で用を足していた同僚が、「そう言えば――」と信之と飯尾が社長室で大喧嘩をしていたという話をした。

「その話、詳しくお聞かせいただけませんか」

 吉田はその場で社員たちを問い詰めた。

「へえ~信之さんと飯尾さんが大喧嘩ですか。原因は何だったのですか?」

「それを問い詰めてみたいのです」

 品川エレクトロニクスは品川区ではなく、大田区にある。羽田空港近く、多摩川沿いの神奈川県との県境に本社兼工場があった。

 事務棟は五階建てでガラス張り、モダンな工場だった。

 信之は、品川一族の一人として、若くして品川ケミカル営業部統括部の副統括部長というポジションについていた。子供のいなかった高房は信之に会社を譲ることを考えていたと正子が言っていた。将来の幹部候補生として、営業畑で修業を積ませたいと考えたのだろう。

 面会を申し込むと、「あまり時間は取れませんけど――」と会ってくれた。

 役員用の応接室に通された。役員用と言っても普通にテーブルに椅子があるだけだが、テーブルも椅子も良いものを使っているようで、座り心地が良かった。

 田村信之が現れた。細くて離れた目、広い額といった特徴は母親譲りだろう。それでいて、なかなかの男前だ。細身でスタイルが良く、優しそうに見えるのは父親譲りなのかもしれない。

「お忙しい中、すいません」と竹村が言うと、「本当に時間がないのです。すいません」と申し訳なさそうに言った。

 大人数なのを見て、驚いたようだが、何も言わなかった。挨拶もそこそこに事情聴取が始まった。

「飯尾さんとトラブルになっていたようですね」と竹村がいきなり核心をついて来た。

「トラブル?」

「社長室で、あなたと飯尾さんが言い争っているところを見たという人がいるんですけどね」

「ああ、あれ。仕事上のちょっとした意見の食い違いですよ」と信之は言う。

「仕事上の意見の食い違い?」

「ええ――」と信之が説明する。

 信之は営業部で苦労して取った新規顧客との取引を飯尾に反故にされ、社長室に怒鳴り込んだ。仮に新規取引先をA社とする。A社は大口の顧客で、営業部はA社から購入先を品川ケミカルに変更すると言う約束を取り付けた。社内で稟議を掛けると、それを社長の飯尾に却下されてしまったのだ。

 信之の担当案件だった。それを聞いた信之は血相を変えて社長室に飛んで行った。

「A社はダメだ。新規取引は認めない!」飯尾は信之の訴えを退けた。

 信之は、A社がいかに大口の顧客で、取引を反故にすることは会社の業績にどんな悪影響を与えるかを説明したが、飯尾は首を縦に振らなかった。頑なな飯尾の態度に、次第に口調が熱を帯びてきた。そして、社長室前の廊下に響き渡るほどの大声で、「あなたには、品川ケミカルの社長は勤まらない!」と怒鳴ってしまったと言う。

「顔を洗って出直して来い!」と飯尾に一喝され、社長室を追い出された。

「社長室の隣に経理部があって、僕らが言い争う声を聞いた社員が沢山、いたみたいです。だから、社内で噂になったのでしょう」

「飯尾さんのやり方に腹が立ったのではありませんか?」

「いいえ。むしろ、今では感謝しているくらいです」

「感謝?」

「実は――」と信之が説明してくれた。

 A社との新規取引については、営業部内部でも意見が分かれていた。競合相手の会社で、A社との取引を担当していた責任者が、「一年で二十億円近くの不良在庫を溜めて左遷された」と言う噂が業界に流れていたからだ。

 A社は自社で在庫を持ちたくないと言う理由から、常に短納期でしか注文を出さない。注文を待って生産していては、納期に間に合わなくなってしまう。しかも事前に引き合いを出す際は、倍近くの数量を言って来るので、実際の注文を受けて製品を引き渡してしまうと、その後、大量の在庫を抱えてしまう結果となる。

 営業部内でもA社との新規取引に対して慎重な意見があった。

 飯尾は独自の情報網でA社の噂を聞き知っていた。

「当時、僕には、慎重論は負け犬の理論にしか聞こえませんでした。リスク無しに、成長なんてないと根拠のない正論を振りかざしていただけでした」

「飯尾さんが正しかったということですか?」

「そうです。社長室に乗り込んで、社長と直談判に及ぶことなど、部下としてあるまじき行動でした。創業者一族として奢り――があったのだと思います」

「飯尾さんを恨んでなどいなかったと」

「はい。あの後、深く反省しました。飯尾社長は、A社の財務状況をきちんと把握しておられ、資金繰りが芳しくないことをご存じでした。それで、A社との新規取引に反対されたのです。実際、A社の財務状況の悪さは、最近になって表面化し、倒産が噂されています。私の未熟さをカバーして頂いたと思っています。もし私の言う通り新規取引を開始していたら、今頃、会社に大損害を与えてしまっていたかもしれません」信之はどこまでも殊勝だった。

 殊更、虚言を言い立てている風には見えなかった。信之の表情には、若気の至りで飯尾と言い争ってしまったことに対する羞恥心が浮かんでいた。

「それに――」と言って信之は話を続けた。「あの日、飯尾さんが亡くなられた時刻に、部屋に一人で居たと言いましたが、実はアリバイがあるのです」

 信之はそこで言葉を切ると、頬を赤らめた。

「アリバイですか」

「はい。あの夜は――」事件当夜、信之は「エアトーク」という無料通話サービスを利用して、知人とビデオ通話を行っていたと言う。

「どなたとビデオ通話をされていたのですか?」と尋ねたが、信之は相手の名前を告げようとしなかった。

「確認が取れなければ、アリバイにはなりません」竹村に迫られて、渋々、信之は相手の名前を打ち明けた。

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