魑魅魍魎①
仕事に戻ると言う中山に代わって安井に客間に来てもらった。
「私に何のご用でしょうか?」と安井は不安気な顔で客間に現れた。
竹村が「まあ、座ってください」と安井をソファーに座らせると、「飯尾さんの部屋の鍵について教えて下さい」と事情聴取を始めた。
部屋の鍵穴には、無理矢理こじ開けた形跡は見られなかった。これは鑑識が確認している。部屋の鍵は飯尾が羽織っていたガウンのポケットから見つかっていた。
竹村の尋問が始まる。「日頃、部屋の合鍵は屋敷の事務室の鍵の保管庫に保管されているのですよね」
「はい」と安井が頷く。
「保管庫の鍵は、あなたが持っている。他に合鍵は無いのですか?」
保管庫の鍵穴も無理矢理こじ開けた形跡はなかった。
「キリがありませんから、合鍵はありません。変な話ですけど、保管庫の合鍵は保管庫に仕舞ってあります。使うことなどありませんので」
「なるほど。事務所の鍵はどうです?」
「同じです。私以外、事務室に用事がある者などいませんから、鍵は私が持っていて、合鍵は保管庫に仕舞ってあります」
「あなた以外、事務室に入ることはないのですか?」
「日中は私の休憩室になっていますので、尋ねて来る人はいます。帰宅する時は鍵をかけ、鍵は常に身に着けています」
実際、飯尾の生首が発見された日の朝、出勤して来た安井が事務室の鍵を開けて中に入り、事務室から合鍵を持って来て飯尾の部屋のドアを開けた。
「飯尾さんの遺体が発見された朝のことを詳しく聞かせて頂けませんか?」
「あの日のことですか? 電話で呼び出されてお屋敷に参りましたら、警察の方が大勢いらして、お屋敷は戦場のようでした。その後のことについては、既にご存知でしょうから、特にお話するような話はございません」
「屋敷に来て、最初に会ったのは、どなたでしたか?」と圭亮が口を挟む。
安井は「おやっ?」という顔をして圭亮を見たが、何も言わなかった。
「最初ですか・・・ええと・・・正門のところで立ち番をしていた警察官の方ですね。関係者であることを伝えて、中に入れてもらいました」安井が記憶をまさぐりながら答える。
「門柱に首は? 飯尾さんの首は刺さったままでしたか?」
「さあ、ブルーシートで覆われていましたので、分かりませんでした」
「それから誰に会いました?」
「はあ、玄関のところで、こちらの刑事さんと会いました。中山さんと話をしていました」安井は吉田に視線を向ける。
「それから、誰に会いましたか?」
「刑事さんに飯尾さんの部屋の合鍵が欲しいと言われて、事務室に合鍵を取りに行きました。合鍵を持って、刑事さんたちを二階に案内しました」
「なるほど、そして、飯尾さんの部屋で遺体を発見した訳ですね。その間、正憲さんや正子さんにお会いにならなかったのですか?」
「そうですね。お二人にお会いしたのは、正午近くになってからでした。昼食をどうするのか、お聞きした時だと思います」
「ありがとうございました」圭亮が質問を切り上げた。
「では――」と竹村が再び、質問を始めた。「合鍵を勝手に作ることはできなかった」
「メーカー特注になります」
鍵はディンプルキーと言う特殊キーで、市中の合鍵屋で合鍵を作成することは出来ない。合鍵は全てメーカーへ発注して、作ってもらわなければならなかった。更に、合鍵には全て通し番号が降られてある。メーカーに確認を取ったところ、品川邸の保管されている合鍵以外に合鍵は作られていなかった。
「安井さん。こちらにお勤めになって、どのくらい経つのでしょうか?」
「はい。高房社長に拾っていただいてから、今年で五年になります」
「先代社長に拾ってもらった? 何か事情があるようですね?」
「はい」安井は高房との関係を話してくれた。
安井はもともと品川ケミカルの社員だった。飯尾の部下の一人で、実直な人柄だが、要領が良いとは言えなかったようだ。打てば響くような人間を好む飯尾から、毛嫌いされた。安井は都内の私大を卒業している。定時制の高校しか卒業していない飯尾は学歴に対するコンプレックスがあり、無能な大卒者を目の仇にしていた。
安井は飯尾の恰好の標的となった。
五年程前、御家騒動の影響から売上が大きく落ち込んだ際、人員整理が行われた。安井は真っ先にクビを切られた。
「下の娘に障害がありまして、明日から無職となると、一家心中するしかない状況でした。私は思い切って、高房社長に、『どうかクビにしないで下さい』と直訴したのです」
高房は安井の話に耳を傾けてくれた。そして言った。「安井さん。会社の決定は、僕にもどうすることも出来ません。ですが、個人的に屋敷の管理をしてくださる方を探していました。もし、安井さんさえ良ければ、うちで働きませんか?」
こうして安井は品川家の執事となった。
「高房社長は私の恩人です」と安井は言う。
「飯尾さんが亡くなった日、あなたは家にいた。そう証言していますね?」
「はい。家に帰りました」
四十九日に法要が終わった後、安井は品川邸での業務を終えると、行徳にあるアパートに真っ直ぐ帰宅したと証言していた。
無口な安井とは正反対で、小太りで良くしゃべる安井の妻は、犯行当日の安井をアリバイについて、「夫は毎日、どこにも寄らずに真っ直ぐに家に帰って来ます。たまには誰かと飲みにでも行って、羽目を外しても良いくらいですよ」と証言していた。
家族の証言ではあったが、安井はアリバイがあった。
「奥様が亡くなった日、土曜日の夜、いや、時間的には日曜日の早朝ですが、やはり家にいたのですね」
「はい。仕事が終われば家に帰ります」
最後に、「奥様と飯尾さんの関係について、我々に何もおっしゃいませんでしたね?」と竹村が責めると、「私などが、とやかく申すことではありません」とピシャリと言った。
「二人の関係は何時、始まったのですか? 高房さんが生きていた頃に、関係が始まっていたのではありませんか?」
中山は明確に答えてくれなかったが、正憲は高房と結婚する前から関係があったと言っていた。高房が殺されたのだとすれば、時期が重要になってくる。高房殺害の動機となり得るからだ。
「さあ、存じ上げません」と安井は素気なかった。
「実は――」と竹村は切り札を切ってみた。「高房さんの死は自殺ではなかったかもしれません」
「自殺ではなかった――とは、どういう意味でしょうか?」
とことん冷静だ。
「殺された可能性があると言うことです」
「そんな馬鹿な。部屋には鍵がかかっていたのですよ」
「その鍵ですが、ドアの蝶番が緩んでいて、外から投げ入れることが可能でした」
「ドアの蝶番が⁉ それは・・・直ぐに修理しなければ」と安井は焦った顔で言った。
安井からの事情聴取を終えた。
「どう見ます?」と竹村が圭亮に聞く。
「安井さん。はなから高房さんの死が自殺ではないかもしれないと疑っていたようですね」
「やはり、そう見えましたか」
「はい。竹村さんが自殺ではないかもしれないという話をしても、まるで動じませんでしたから。しかも、巧みに話を逸らそうとした」
「飯尾と翔子は不倫関係にあった。しかも、高房が生きている頃から――そう考えて間違いないようですね。そして、それが高房殺害の動機となった」
竹村の言葉に、圭亮は「ご慧眼、感服しました」と大仰に答えた。
「しかし、誰も彼もが、何かを隠している」
「それを暴き出すことができれば、事件を解決できるのですが」
「弱いところを突いてみましょうか?」
「弱いところとは?」
「信之です。若さ故でしょう。魑魅魍魎揃いの一族の中で、まだ人の悪さが足りない印象があります」
「ほほう~実を避けて虚を撃つってやつですね」
そう言う竹村と圭亮、二人の方がよほど、悪人顔だ。




