遺産相続④
当日、中山が出迎えの車を送ると言ったのを断って、斉藤は電車で品川のホテルに現れた。約束の時間の五分前にホテルに姿を現した。何事にも几帳面な性格の斉藤らしかった。
先にホテルに着いて待っていた飯尾との会食が始まった。
中山は会食には同席せず、二人が予約した中華料理屋の個室に入ったことを見届けると、運転手の野村に電話をかけた。後は会食が終わって、飯尾を横浜の自宅まで送り届けるように手配するだけだ。野村に任せて、中山は帰宅して良いことになっていた。
ところが野村に電話を掛け終った時、目の前を斉藤に良く似た人物が足早に通り過ぎて行った。人違いかと思ったが、気になった。
個室の様子を覗きに行くと、ドアが開きっぱなしになっていて、飯尾が一人、渋い顔をして座っていた。斉藤の姿は無かった。
「どうしました?」と飯尾に尋ねると、「会食はキャンセルになった」と短く答えた。
まだ注文した料理が配膳させる前で、円卓の上には前菜の冷采が並べられていただけだった。
「勿体ないから、君も食べてくれ」飯尾に言われて、結局、飯尾と二人で食事をすることになってしまった。飯尾は終始不機嫌で、会話は弾まず、食事も進まなかった。
食後に飯尾を野村に任せ、ホテルから見送った後、食事の精算に向かった。レジでレストランのスタッフから聞いた話では、斉藤は個室に入って暫くすると、急に声を上げ、荒々しくドアを開いて出て行ったと言う。
かなり立腹していた様子で、「話になりませんな!」と叫ぶ声が、個室から漏れ聞こえたと、会計係のスタッフが心配そうに話した。
飯尾が何かを斉藤に言い、そのことが原因で、斎藤が腹を立てて帰ってしまったようだ。一体、斉藤と何の話をしたのか、飯尾は結局、中山に漏らさなかった。
「飯尾さんと斉藤さんとの間で、何かトラブルがあったと言うことですね?」
斉藤は飯尾と会っていた。羽田たちがインタビューを行った時、そのことを黙っていた。八年前の御家騒動だけではなく、斉藤には飯尾を殺害する動機があったのかもしれない。
「斉藤さんのことは良く知りませんが――」続けて中山が話した内容が、捜査員に取って見逃せない情報となった。
「斉藤さんを追い出した研究開発部では、金子さんが後釜に座りました。ところが、斉藤さんが去ってから、思うように成果を上げることができず、三年程前、金子さんは飯尾さんにより会社から追い出されています。
金子さんのことは、私もよく覚えています。会社を追い出された金子さんは、今も定職に就くことができなくて、飯尾さんのことを、恨んでいると聞いたことがあります」
「部下の成果を横取りした」と訴えた研究開発部の斉藤の部下たちの中から、金子透という人物が後釜として研究開発部門を任されることになった。当然、斉藤の研究成果を上回る成果が期待された。品川ケミカルとしては、何としても青色LEDの開発が、斉藤一人の手によるものではないことを証明しなければならなかった。
だが、金子は目ぼしい研究成果を上げることができなかった。
一方、移籍したアメリカの大学で、斉藤は新たな発見を続け、品川ケミカルの青色LEDの開発が斉藤の成果であったことを裏付けた。そして、斉藤の放逐は、邪な政治的な駆け引きだったことを、世間に強く印象付ける結果となってしまった。
斉藤の放逐から五年、ついに飯尾の怒りが爆発した。「研究開発部は何をやっているんだ! 五年もかけて、これと言った研究成果も無しか!」
当時、社長の座にあった高房は、父親に似て温厚な性格であった為、金子の処分には反対したようだ。だが、飯尾は、高房の反対を押し切って、金子に責任を押し付け、クビにしてしまった。
一部始終を中山は高房の秘書として見ていた。
「他に飯尾さんを恨んでいた人間がいたと言う訳ですね!?」今度は竹村が興味を示した。




