遺産相続③
入社後、当時、まだ企画部に所属していた高房と一緒に仕事をすることになったと言う。高房は企画部の部長補佐という肩書きだった。だが、当然、次期社長候補とあって役員待遇でもある、よく分からない役職だった。
中山が秘書代わりのたった一人の部下だったらしい。そこで、高房が社長になると、請われて、社長秘書に就任している。
「当時、高房社長は高憲社長と親子仲があまり良くなくて――」と中山が言う。
「二人は何故、仲が悪かったのですか?」
「高房さんは、会社の経営に興味が無くて、他にやりたいことがあったのです。夢だと言っていました」
「夢ですか?」
「高房さんはアニメーターになりたかったのです」
「アニメーター?」
中山の話によれば、高房は子供の頃からアニメが大好きで、絵を画くのが得意だった。将来はアニメ制作に携わりたいという夢を持っていた。日本製のアニメが海外で高い評価を受けるようになると、アニメ映画の監督をやってみたいと夢が広がり、学生時代はアニメ同好会に所属し、熱心に自主制作に励んでいた。
高房の作品に目を留めた大手のアニメ制作会社から、「大学を卒業したら、うちで働いてみないか?」と誘われるまでになったと言う。
高房は夢の実現に向けて、順調に走り始めていたのだ。
だが、問題があった。父親の高憲だ。高憲は当然、大学を卒業すると、品川ケミカルに入社し、自分の跡を継いでくれるものと期待していた。
「学生の内に好きなことをやっておけ」と高房のアニメ狂いに寛容であったが、それは裏を返せば、大学を卒業すれば、もう勝手は許さないと言っているのに等しかった。
案の定、大学卒業が迫り、意を決して相談すると、日頃、温厚な高憲が烈火の如く怒った。「勝手は許さん! 大学を卒業したら、品川ケミカルに入社しろ! そして、社長を継ぐのだ! それがお前の使命だ!」
最後通告を言い渡すと、以降、高房の話に耳を傾けてはくれなくなった。
大学在学中に、母親の真理子を病気で亡くしていた。まだ喪が明けきらぬ内から、高憲は外に愛人を作って、妾宅に入り浸っていた。高房は子供の頃からの夢を反対されたことに加えて、母親が亡くなると直ぐに愛人を作った父親に対する反発が相まって、親子関係は一気に冷え込んだ。
「それでも結局、高房さんはアニメーターの夢をあきらめて、父親の希望通り、品川ケミカルに入社したのですね?」
「高房さんの泣き所は、亡くなった母親の真理子さんでした。真理子さんは、高房さんが父親の跡を継いで品川ケミカルの社長になって欲しいと願っていたようです。高房さんも母親の話を持ち出されると、アニメーターの夢をあきらめるしかなかった」
「なるほど。高房さんは父親を恨んでいたのではありませんか? そして、高憲さんを病死に見せかけて殺害した」
「まさか! ご冗談を――」中山は笑い飛ばした。
と、突然、圭亮が口を挟んだ。「高憲さんの話が出たので、ついでにお聞きしますが、八年前の御家騒動の件、会社にいらしたはずですので、当然、ご存じですよね?」
「御家騒動? ああ、斎藤さんの離職の件ですか? 当時は平社員でしたので、詳しくは知りませんが――」と断ってから、「最近、飯尾社長の指示で、斉藤さんと言う方と連絡を取りました」と意外な答えが返って来た。
「斉藤さんと連絡を取ったのですか?」
「はい。招知大学の斉藤栄治さんですよね? 一週間程前でしたか、飯尾社長から『とにかく会って話をしたい』と言われて、会食をセッティングしました。『メシでも食べながら、ゆっくりと話がしたい』と飯尾さんに頼まれ、連絡を取ったところ、『たまには美味しい中華を食べたい』と斉藤さんからお返事があって、品川のホテルの中華料理レストランを予約しました」
「その話、詳しくお聞かせ願えませんか!?」
中山は当日の様子を淡々と語った。




