遺産相続②
正子からの事情聴取を終えた。「丁度良い暇つぶしになりました」と正子は余裕綽々で引き上げて行った。
「どう見ます?」と竹村が圭亮に尋ねる。
「女性の正子さんが飯尾さんの首を切断し、正門によじ登って槍門の先に生首を突き刺したとは考えにくいですね。ですが、共犯者がいれば正子さんにも犯行が可能だったはずです」
「なるほど。共犯者がいたとなると話は別ですね」
「飯尾さんの部屋の密室の謎は、まだ解けていません。ですが、部屋が密室となっていたと言うことは、逆に、屋敷の構造に詳しい人間の仕業であったことを裏付けているような気がします」
「内部の人間の仕業・・・正子が犯人で、共犯者がいたとすると、先ずは夫が疑わしいですね」
正子の夫、敬之の素性については、確認が終わっている。
敬之は都内の私立高校に勤める数学の教師だ。それだけ見ると社長令嬢である正子と釣り合わないような気がする。ところが敬之の父親は、都議会議員を勤めたことがある人物で、名の通った政治家だった。父親の地盤は敬之の兄が引き継いでおり、次男だった敬之は政治家になることを嫌って、好きだった数学教師の道を選んだ。
二人の結婚には、初代社長だった高正の意向が強く反映していたようだ。会社を経営して行く上で、政治家とのパイプは必要だし、高正は政界進出を考えていたのかもしれない。
敬之と飯尾との間に、親しい付き合いはなかったようだ。
「旦那さんが正子さんに協力して飯尾さんを殺害したとなると、動機は何なのでしょうか?」
「それは・・・息子の信之さんでしょう。飯尾さんがいなくなれば、社長の座が信之さんに回って来るかもしれない」
竹村と圭亮が推理を戦わせている時、「お邪魔してすいません」と安井がやって来た。そして、中山が会社に戻りたいと言っているのだが良いか? と尋ねた。
「会社に戻られる前に、是非、話をお聞きしたいですね~」と圭亮が言うので、今度は中山を呼ぶことになった。
客間を出て行こうとする安井の背中に、「ああ、安井さん。後で安井さんからも話を聞かせてください」と竹村が声をかけた。
安井は一度、振り向いてから「はい」と返事をし、お辞儀をして客間を出て行った。
待つほどもなく、「お呼びのようで――」と中山が客間にやって来た。見惚れる男ぶりだ。
中山がふわりとソファーに腰を降ろすと、竹村による事情聴取が始まった。「飯尾さんが殺害された夜、あなた、こちらの屋敷にいらっしゃいましたよね」
「はい。高房さんの四十九日の法要がありましたので――」
「屋敷に泊まり込みで?」
「はは。確かに親族でもないのに、屋敷に泊まり込んで法要に参加するのは変ですね。でも、何もできない人たちですから――」
普通なら疑問が残るところだが、正憲と正子と会った後では、「なるほど」と頷けた。
「あの夜、屋敷で変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと? 特に思い当たりませんけど」
「あなたの部屋は飯尾さんの部屋の隣でしたよね。夜中に騒がしかったとか、ありませんか?」
「ああ、そう言えば、物音がしていたような気がします」
「物音がした⁉ 何故、黙っていたのですか?」
「それは――」中山は大仰の身をすくめてから、「ほら。奥様が部屋にいらしていたのかと思ったもので、人に言うのがはばかられました」
飯尾と翔子が不倫関係にあったことを教えてくれたのは中山だった。
竹村は思い出したように、「高房さんは知っていたのでしょうか? 二人の関係を」と聞いてみた。密室の謎が解け、高房の死は自殺ではなかった可能性が出て来た。となると、翔子と飯尾の不倫関係が何時、始まったのかが問題となってくる。
「知っていた――と思います」と中山は短く答えた。
「知っていた。高房さんから聞いたことがあるのですか?」
「いいえ。私の想像です。あの当時、二人は家庭内別居の状態でしたし、高房さん、何時の頃からか残業が多くなって、家に帰りたがらなくなっていましたから」
「ああ、なるほど」と竹村は頷くと、「それで、今日は何故、屋敷にいらしたのですか?」と話題を変えて聞いた。
飯尾の事件後、中山は自宅に戻ったはずだ。仕事で、正子や正憲に用があるとは思えない。
「翔子さんの葬儀について、話がしたいと正子様がおっしゃるので――」
仕事ではないとは言え、頼まれれば断れないのだろう。
「ああ、また、差配を頼みたいということですね」
「そのようで。でも、本当のところは、それだけではないような・・・」
「どういうことです」
「はあ」と中山は相槌を打った後、「高房さんが亡くなって、奥様が相続した品川家の遺産、それを何とかできないかとご相談がありました」
自分たちで品川家の遺産を相続したいので、何とかしてくれということだ。
「何とかなりそうなのですか?」
「何とかならなかと言われても、高房さんの遺産は奥様のものですし、奥様が亡くなれば、奥様のご家族が相続することになるのではないでしょうか」
「そうですね。大変ですね」と竹村も同情してしまった。「ところで、飯尾さんが宿泊していた部屋から、あなたの指紋が見つかっているのですけど」
「飯尾さんに呼ばれて部屋に行きました。『明日の朝、横浜の自宅に寄ってから会社に行きたいので、野村君に早めに屋敷に迎えに来るように伝えておいてくれ』と言われ、野村さんと連絡を取りました。他にも仕事で二、三、社長から指示と確認がありました」
「会社を退職予定だとお聞きしましたが、飯尾さんとは上手く行っていなかったのですか?」
中山は「ええ、まあ」と否定しなかった。そして、「私が会社に入社したのは、高房社長とほぼ同時期でした」と高房の話を始めた。




