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高家の晒首  作者: 西季幽司
第二章「みっつの密室」
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遺産相続①

 四十九日の法要が終わっても、正子と正憲は屋敷に居座り続けている。虎視眈々と品川家の遺産を狙っているのだ。特に正子は並々ならぬ覚悟で居座っているようだった。仕事がある夫の敬之、息子の信之は自宅に戻ったが、正子だけは滞在を続けていた。

「屋敷にいる方から話を聞いてみたいのですが」と圭亮が言うので、田村正子から話を聞くことになった。

 安井に都合を聞いてもらうと、客間に降りて行くと言う。客間で正子が現れるのを待った。程なく、颯爽と正子が現れた。

「お待たせ~私に聞きたいことがあると聞きました。何でしょう」

 薄い眉毛の端が見事に吊りあがっている。吊りあがり眉と呼ばれるもので、意志の強さを感じさせた。眉の下の眼は細く、額が広くて、目が離れている。顔が下半分に集まっているように見える辺り、正憲の特徴と同じだ。毛量の多い髪質で、若く見える。ギリギリ美人といったところだ。

「事件のことについていくつか質問があります」と竹村は言ってから、ちらと圭亮の顔を見た。質問があれば、何時でも聞いて良いという意味だろう。

「はい。何でしょう」と正子は優雅にソファーに腰を降ろした。

「先ずは飯尾さんの事件から、あの夜、四十九日の法要があった日の夜、不審な人物を見た、或いは物音を聞いたということはありませんか?」

「さあ、法要で疲れ切ってしまいましたので、早めに休みました。何も見ていませんし、聞いてもいません」

「土曜日の深夜から日曜日にかけてはいかがです? 何か変わったことはありませんでしたか?」

 竹村の質問に、正子は「変わったこと? それでしたら、あの女が死んだことくらいですかね」と言って、「ほほ」と笑った。

 西脇は背筋がぞっとした。

「朝食の席に奥様が顔を出さなかったとか?」

 竹村が「奥様」と呼んだことが気に入らなかったようで、正子は一瞬、不機嫌そうに眉をひそめた。

「はい。何時もは早い人が起きて来ずに、何時もは遅い人が、あの日は顔を出しました」

「正憲さんのことですね」

「そうです。あれを見ていると、小言のひとつも言いたくなります。あれがしっかりしていれば、品川ケミカルの社長の座をあの男なんぞに明け渡さなくて済んだのに」

 長兄であった高憲の系譜が途絶えた時、弟の正憲が後を継いでいれば、何の問題も無かった。ギタリストだ、何だと言って、定職に就かずにぶらぶらしている正憲が歯痒いのだ。

「飯尾さんを恨んでいた人物はいませんか?」

「あの男を恨んでいた人間? そんなもの、掃いて捨てる程、いるでしょう」

「あなたも、そのお一人ですか?」

「私? あんな男、相手にしていませんでした」

「奥様はいかがです?」

 正子は「奥様?」とわざとらしく聞いてから、「ああ、翔子のことね。高房と翔子は夫婦仲が悪くて、私、心配していました。あんた、あの女が嫌なら、さっさと別れてしまいなさい。まだ二人共、若いんだから、いくらでもやり直しが効くわよって言っていたのよ。でも、高房ったら、翔子の実家との関係があるので、そんなに簡単には行きませんよって煮え切らない返事ばかりだったの」とまくしたてた。

 翔子の実家は、株主である三浦化学の役員家だ。結婚生活とは裏腹に、両家は二人の結婚を機に関係を深め、強固なパートナーシップを築きつつあった。二人の結婚は自他ともに認める政略結婚だ。両家の利益が二人の関係に優先していた。

 正子のおしゃべりは止まらない。「だったら、愛人でも作って、子供を作りなさい。品川家には跡継ぎが必要なのですからって言ったのに、へらへらしているものだから、腹が立っちゃって、あら、あなた、笑いごとじゃありませんよ。もし、今、あなたに万一のことがあったら、品川家の財産は、あの女が相続することになるのですからねって言ってやったの。全く。私の心配が的中してしまったみたい」

 竹村が口を挟みかけるのを「でもね――」と制して、「その時は、高房が言ったのよ。遺産は全部、叔母さんにあげるよって。ねえ、刑事さん。あの子、遺産を全部、私にくれるって言ったのよ。うちの遺産は当然、私のものですよね?」と一気にしゃべった。

「どうですかね。口頭で言ったことが、遺言として成立するかどうか。遺書はなかったのですか?」

「ありませんよ。そんなもの」

 若くして急逝した高房は遺言を残していなかった。その意味でも自殺は疑わしい。

「お父様が死去した際、遺産を相続したのではないのですか?」

 その金で何不自由なく暮らしているはずだ。

「金の問題ではありません。どこの馬の骨かも分からないような女に、先祖代々受け継いできた我が家の遺産を渡したくなかっただけです」

「どこの馬の骨? 翔子さんは三浦化学の役員令嬢だったのではありませんか?」

 正子は「あら、そうでしたっけ」と惚けてみせた。

 最後に、「奥様と飯尾さん、二人は随分、親しかったようですね」と聞くと、「高房が自殺なんかするものだから、飯尾があの女に取り入って、ぬけぬけと社長の座を手に入れてしまいました。でなければ、うちの信之だって・・・だって、そうでしょう。高房がいなくなれば、うちの信之が後を継ぐのが道理のはず・・・高房だって、このまま子供ができなかった時は信之に会社を継がせるつもりで、それなりの役職を用意していたのですよ」と言って正子は唇を噛んだ。そして、ここぞとばかりに愚痴を並べ立てた。

 これといった有益な情報を引き出すことが出来なかった。

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