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高家の晒首  作者: 西季幽司
第一章「高家の一族」
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二重の密室①

 西脇守(にしわきまもる)鬼牟田圭亮(おにむたけいすけ)に「先生、品川家や品川ケミカルについて、何か、面白い話はありませんか?」と尋ねた。

 西脇はサクラ・テレビで土曜日の午前中に放送しているニュース番組「サタデー・ホットライン」の番組プロデューサーだ。何時もにこにこと笑顔を絶やさないが、温和な表情の裏では常に他人を出し抜く術を考えているようなタイプの男だ。生き馬の目を抜くテレビ業界で頭角を現すには得体の知れない怖さのようなものが必要なのだろう。

 何時、家に帰っているのか分からないワークホリックで、テレビ局の仮眠室が別宅のようになっている。無精髭と寝癖がトレードマークだ。長い手足に精悍な顔立ち、部下からは遅れてきたトレンディ俳優とからかわれ、職場の女性スタッフからは、きちんと手入れをすれば、なかなかのイケメンなのにもったいないと言われている。

 ついてない男とも言えた。

 能力のわりに出世が遅いのだ。前任の報道局長とそりが合わずに出世競争で同期に置いて行かれてしまった。前任の報道局長に自分の立場を脅かす危険人物だと思われたことが原因だ。男の嫉妬は恐ろしい。

 先日、報道局長が交代し、頭上を覆っていた暑い雲がやっと晴れたばかりが、年齢的にこれから出遅れた出世競争を挽回するのは厳しいだろう。

「面白い話ですか、そうですねえ・・・ああ、そうだ。品川ケミカルは、三浦化学から別れた会社で、創業時に、面白い噂がありました」と圭亮が長い体をくねらせながら答えた。

 大木(たいぼく)――圭亮を一言で表すと、そうなる。とにかく縦に長い。

 鬼牟田圭亮は「サタデー・ホットライン」のコメンテーターの一人だ。英語と中国語に堪能で、大手商社の物流部門でアジアを中心に十年以上に亘る海外駐在の経験を有している。

 上海での駐在が一段落し、日本に帰国したばかりの頃、出版社に勤務する学生時代の後輩から薦められて、海外ビジネスの経験を生かした「アジアの中の日本」という本を執筆し、出版した。これが思いの外に話題になった。

 国際経済のコメンテーターとして、新しい人材を探していた西脇は圭亮に目をつけた。足繁く通い「僕にテレビはちょっと・・・」と尻込みする圭亮をかき口説いた。

「鬼牟田さん、何も専門的な小難しいコメントが欲しい訳ではありません。正直、ニュース番組のコメンテーターの妙に偉ぶったコメントが僕は好きではありません。あなたの著書を読んで一番、感心したのは、難しいことが誰にでも分かるように、分かり易く解説してあったことです。誰にでも分かる言葉で、視聴者にあなたの言葉を、あなたの経験を、あなたの知識を届けてもらいたいのです」この一言は圭亮の心を揺さぶった。

 根負けした圭亮は「劉備に三顧の礼で迎えられた諸葛孔明の気分です」と番組出演を承諾した。

 期待に違わず、圭亮は経済関係のニュースの終わりに、長い海外経験を生かした鋭いコメントを連発して周囲を唸らせた。最初は経済関連ニュースの後でコメントを述べるだけだったが、番組で総合司会を勤める宮崎譲(みやざきゆずる)アナウンサーが気まぐれに殺人事件のコメントを求めたところ、圭亮の披露した推理が、ものの見事に事件の核心をついていた。

 以来、圭亮は「現代の名探偵」、「サタデー・ホットラインの金田一耕助」として売り出されることになった。

 その推理手法は独特で、圭亮は自らの推理手法を「俯瞰的演繹法」と名付けている。

 事件の全体像を俯瞰的に眺めることで、本質を掴み、小さな推論を積み重ねて結論を導き出すというものだ。事件の鍵となる事柄を見つけだすと、圭亮の頭脳は俯瞰的演繹法を駆使し、結論を導き出す為に暴走を始める。傍目には、ぼうっとしているように見えるが、頭の中では数多の推論が、ぶつかり合い、反発し、結合し、離合集散を繰り返しながら、やがてひとつの結論が導き出される。

「まるで視界が、ぱあっと開けるような感じです」

 圭亮は俯瞰的演繹法により、結論に辿り着いた時の様子をそう例える。

 自分がシャーロック・ホームズのような人並み外れた観察眼を持ち合わせていないことを圭亮は自覚している。洋服に付いた糸くず一本から、その人物の日常を推理することなどできない。そもそも服に糸くずが付いていることすら気が付かないだろう。鋭い観察眼は持ち合わせていないが、物事を俯瞰的に見る力に長けているのだ。

 メタ認知と呼ばれる能力だ。

 生来の才能のようで、物事を俯瞰的に眺めることができる人間は意外に多くない。一流のサッカー選手はプレー中に味方や相手の位置を俯瞰的に把握することができるという。その能力に近いのかもしれない。

 物事を俯瞰的に見る力と、後は誰よりも逞しい想像力が圭亮の推理の原動力だ。

 よく当たると圭亮の推理が評判になると、捜査の参考にする為に、警察の関係者が「サタデー・ホットライン」を見ているという都市伝説が広がった。番組の視聴率はじりじりと上昇を続けており、西脇の目論見は成功したと言えた。

 圭亮は「サタデー・ホットライン」のコメンテーターに就任する前は、一流商社の物流部門で働くサラリーマンだったので、企業情報について、西脇より詳しかった。

 週末の「サタデー・ホットライン」の放送を控え、サクラ・テレビの会議室で、西脇と圭亮は事前討ち合わせを行っていた。

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