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高家の晒首  作者: 西季幽司
第二章「みっつの密室」
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会社乗っ取り計画②

「立派なお屋敷ですね~」と圭亮が呑気そうに言う。

 それを見て、西脇が釘を差した。「先生、もう少し緊張感を持ってやってください」

「はい。キン()()()カンを持って、シン()()()に、カイ()()()に、タン()()()にならないようにやります」

「止めてください。そういうところで、緊張感が足りなく見えてしまうのですよ。それ以上言うと、カン()()()しますよ」

「カン()()()は勘弁してください」

 程なく品川正憲が客間に現れた。開口一番、「それで、誰が飯尾さんを殺したのか分かりましたか?翔子もどうせ殺されたのでしょう」と嬉しそうに言った。

 四十九日の法要が営まれた先代社長、高房の叔父、正憲は、薄い眉毛に細い目、額が広くて目が離れているので、顔が下半分に集まっているように見える。無精髭が綺麗な山型をした唇を取り囲んでいた。

 夏の暑い時期とあって、トランクスにタンクトップと言うラフな格好だった。

「おや、刑事さん。もう犯人が捕まったのですか? その報告でしょう?」正憲は空いたソファーにドカッと腰を降ろすと、嫌味たっぷりに言った。

 事件を楽しんでいるようだ。

「いや、まだ犯人は捕まえていません。目の前にいるかもしれませんが。しかし、随分、ご機嫌の様ですね」と竹村が皮肉を言うと、「我が高家に相応しくない者が死んだからと言って、何故、悲しまねばならないんでしょうかね」と正憲はソファーにふんぞり返って足を投げ出しながら言った。

「おおっ! 高家ですか」と早速、圭亮が反応する。

「そこの縦に長い刑事さんは高家をご存じのようだ。嬉しいね。我が品川家は足利将軍家の親族だった今川氏の流れを汲む、由緒正しい一族ですからね」

「ああ、すいません。刑事ではなく鬼牟田圭亮と申します」

 圭亮は正憲に近づくと、ぬっと右手を差し出して握手を求めた。正憲は座ったまま、圭亮の手を握った。「そうですか。刑事さんでなくても高家をご存じなら、それで結構だ」

「高家・・・ですか」竹村が困惑した表情で呟くと、それを見た正憲は「戦国時代に今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れ去ってしまったことから、どうも今川氏に対する世間の印象が良くないようですが――」と説明を始めた。「もとは足利将軍家の御一門だった吉良家の分家に当たり、『御所が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐ』と言われた名門中の名門の家柄なのです。『御所』とは足利将軍家のことですよ。まあ、吉良家も忠臣蔵の敵役として世間の印象が良くありませんけどね。はは」

「はあ・・・」竹村は当惑したままだ。

「桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討ち取られた後、今川家がどうなったかご存じですか?」

「いいえ。知りません」

「ご存知ない。そこの縦長の御仁は?」と正憲が圭亮に尋ねる。

 圭亮は「はい。知っています!」と元気よく返事をすると、「桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に本陣を急襲され敗死した後、今川家は嫡子の氏真が継ぎました。桶狭間の戦いで、有力な重臣や国人の多くが討死したことにより、家臣が次々と離反し、今川家は弱体化して行きます。三河岡崎城で徳川家康が自立するなど、領国は混乱の極みとなり、氏真自身が陣頭に立ち、造反軍の征伐に駆け回ることになりました」と滔々と述べた。

「良いですね~よくご存じだ。それで?」

「弱り目に祟り目で、今川氏と同盟を結んでいた甲斐の武田信玄は、川中島の戦いを契機に越後の上杉謙信との抗争を収束させると、方針を転換し、同盟を破棄して今川領に攻め込んできました。更に信玄は家康と同盟し、数年の間に今川家の領国、駿河と三河は武田氏と徳川氏に分け取りにされてしまいました。結局、今川氏真は妻の実家であった北条氏を頼って落ちて行ってしまいます」

「そうそう。あんた、なかなか博識だな。北条氏滅亡後は、氏真は何と仇敵の徳川家康の庇護を受けている。家康にとって、旧国主を保護することは、領国統治の大義名分を得ることができた。

 氏真の次男、高久の時、徳川幕府のもとで今川氏は屋敷のあった品川の地名を苗字とし、品川家となった。そして、高家と言う、幕府における儀式や典礼を司る役職に就くことのできる家格の旗本となった。品川家は幕末まで旗本として家名を存続させている。我が品川家はその高家の末裔なのだ」と正憲は胸を張った。

「翔子奥様のご実家の三浦氏も桓武平氏である三浦氏の末裔だったはずです。あちらも名家の子孫では?」と圭亮が聞くと、「あんなもの、飯尾と一緒で、後で取って付けたような家系ですよ」と正憲は冷たく言った。

「そうなのですか⁉」と圭亮が驚く。

 品川家だって、どうだか分からない。自称なのだ。無駄話が過ぎる。二人の歴史談義を聞いている暇はない。「先生、そろそろ」と西脇が圭亮を制すると、「高家については、よく分かりました」竹村が話を締めた。

「さて、正憲さん。あなた、ギターを巡って飯尾さんとトラブルになっていたそうですね?」

 いよいよ竹村の事情聴取が始まった。

「ギター?」と正憲は惚けて見せた。

「ザ・ビートフライのフロントマン、ジョン・ハリーのギターですよ」と西脇が補足した。

「ああ~あれね」と正憲は思い出したように言った。そして、「あれ、俺のだから」と事も無げに言う。

「飯尾さんは、そうは思っていなかったみたいですね?」

「兄貴と約束したんだ。あのギターは俺にくれるって」

「あなたが独り立ちしたら――という条件付きだったのでは?」とこれも西脇。

「そんな条件、無かったよ。あったら見せてもらいたい」

 竹村が援護射撃をしてくれる。「では、あなたとお兄さんの約束も無かったということですね。あったら見たいものです」

「ぐっ・・・」と正憲は言葉に詰まった。「あれは兄貴の物だった。兄貴が死ねば、当然、高房のものだろう。高房が死ねば・・・ああ、翔子のものだ。翔子も死んだ。だったら、俺たち、家族で分けて構わないはずだ」

「随分、都合よく関係者が居なくなったものですね」

「まあね。本当、あんたの言う通りだ。考えてみれば、好都合だ。だけどな。俺がやったんじゃない。飯尾の部屋も翔子の部屋も、密室だった。どうやって殺すことが出来た?」

「品川翔子さんの遺体の第一発見者はあなたですよね?」と竹村が聞くと、「そうなのですか⁉」と声を上げたのは圭亮だった。

「ええ」と竹村が品川翔子の遺体発見時の状況を説明する。

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