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高家の晒首  作者: 西季幽司
第二章「みっつの密室」
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会社乗っ取り計画①

 警察車両に同乗させてもらい、品川邸へ向かった。

「なんだか凶悪犯になった気分です」と圭亮がはしゃぐ。

 隣に座った西脇が聞く。「おや、テロリストじゃなかったんですか?」

「テロリストは御免です。気分はアゲアゲ、アゲリストですね」

「もう止めてクレリストですよ」

「ああ、上手い」と助手席の吉田が笑顔で振り返る。

 それを見て、竹村が「人のこと褒めていないで、お前も頑張ってクレリスト」と言った。

「先輩。西脇さんのと被っていますよ。オリジナリティがいまひとつですね」

「オリジナリティだなんて、お前が言うナリティ」

「止めましょう。切りがない」

 西脇の一言で駄洒落合戦が終わった。

「ああ、ここです」品川邸に着いた。

 正門は観音開きの鉄柵の槍門となっており、鋭い槍先が天を向いている。

「ここに・・・」と圭亮は車内から長い体を窮屈そうに畳んで見上げた。

 槍の先に飯尾の生首が突き刺さっていたのだ。

 槍門は外部の人間を寄せ付けないように閉じられていた。吉田が車を降りて、門柱にあるインターホンを押す。

「警視庁の吉田です。度々、すいません」とインターホンに向かって言うと、槍門が左右に別れて、動き出した。

 車で玄関先まで向かう。屋敷の玄関で、若い男が出迎えてくれた。

 細身でスタイルが良く、目鼻立ちが通った惚れ惚れとする男振りだ。整いすぎた容姿が、どこか冷徹な印象を人に与えてしまう。

「彼が社長秘書の中山竜也さんです」と吉田が教えてくれた。

 それが聞こえたのか、「品川ケミカルの秘書室に勤務しており、先代社長の秘書を勤めておりました中山です」と中山が名乗った。わざわざ「先代社長」を強調する当たり、新社長の飯尾との関係が窺い知れると言うものだ。

「鬼牟田圭亮と言います」と圭亮が名乗り、ぬっと右手を差し出した。海外生活が長かった圭亮は握手を求める習慣がついていた。握手があまり一般的ではない日本では、怪訝な表情を浮かべる人間が多い。特に、女性だと明らかに戸惑いの表情を浮かべたりする。

 こういう時、西脇はと言うと、気配を消している。どう見ても刑事には見えないのだが、刑事の振りをしているようだ。

 中山は一瞬、躊躇った後、がっちりと圭亮の手を握って、「ああ、見た顔だ」と言った。

「土曜日の午前中にサクラ・テレビで放送されているサタデー・ホットラインでコメンテーターを勤めています」

「へえ~テレビの人ですか。テレビの人が何故?」

「犯罪捜査のお手伝いをしています。ところで、中山さんは飯尾さんの秘書では無いのですか?」と圭亮が尋ねた。

 まだ握手をしたままだった。中山は圭亮の右手を離すと、「はい。先代の四十九日の法要が終われば、私は会社を辞めることになっておりました」と答えた。

「飯尾さんと、そりが合わなかったのですか?」

「いいえ。そんなことはありません。社長から、『先代の法要が終われば、お前はお役御免だ』と言われていました。ざっくばらんに言うと、クビですね」中山は表情を変えることなく答える。

 権力者が交替すると、前任者に近かったものは粛清される。よくある話だ。

「飯尾さんは、法要が終わった後、自宅には戻らずに、こちらにお泊りになったのですね?」

「はい」と答えてから、中山は「ふっ」と苦笑した。

 飯尾は横浜に自宅がある。法要に参加した飯尾は、夕食の席で酒を飲み過ぎてしまい、自宅に戻るのが面倒だと言い、品川邸に泊まったのだと中山が教えてくれた。

「あの朝、野村さんに迎えに来て頂いた後、一旦、横浜の自宅に戻り、出社する予定でした。それで野村さんには、朝早くに、屋敷まで迎えに来て頂いたのです。それが、あんなことになってしまって・・・」

 気の毒に、野村は飯尾の生首を発見する羽目になってしまった。

「飯尾さんは、よくこちらにお泊りになられていたのですか?」

 中山が苦笑したのが気になって、圭亮は重ねて尋ねた。ちょっと、しつこい。西脇は「先生――」と止めようとすると、中山は「ふっ」と小さくため息を吐き、「ええ、まあ。もう、二人共、故人になってしまいましたので、話しても良いでしょう。飯尾さんは、こちらが別宅のようになっていました。いや、妾宅と言った方が良いかな」と言った。

「妾宅ですか!?」と食いついたのは竹村だった。

「余計なことを言ってしまいました」

「そういうことは早く教えてもらいたいものですね」

「ご存じなかったようですね。すいません。私は部外者ですから余計なことに口出ししたくなかったものですから。どうせ家人の誰かが話すと思っていました」

「飯尾氏と品川翔子さんは不倫関係にあったのですね?」

「そこまでは存じ上げません。ただ、言えるのは、高房社長が亡くなってからは、飯尾さん、それこそ、毎晩のようにこちらにお泊りでした」

「家にいたのは――」

「翔子奥様一人です。日中は通いの安井さんが居りますが、夜は奥様一人になります」

「ご主人が亡くなった後なら、不倫とは言えませんね」

「まあ、そうですね。飯尾さんには妻子がありますが・・・」

 ひょっとして高房社長が生きていた頃からの関係なのかもしれない。

 丁度その時、正面玄関の喧騒を聞きつけたのか、一人の男がやって来た。中山は「こちらは安井和男さんです。この屋敷で、執事をやられています」と圭亮に紹介した。

 五十前後だろう。朴訥で人の良さそうな顔をしている。古びた洋館の執事が似合いそうな風貌だ。背は低いががっしりとした体格をしていて、右耳が餃子のように潰れているので、若い頃は柔道かラグビーをやっていたのかもしれない。

「始めまして、安井です。このお屋敷に来て五年になります」

「鬼牟田圭亮です」と圭亮が右手を出し出したが、安井はお辞儀をしただけで、圭亮の右手を握り返さなかった。

 圭亮の右手が泳ぐ。

「正憲さんはいますか?」と竹村が尋ねた。

「ええ。ご在宅ですよ」と安井が答えると、「今、会って来ましたが、当分、居座るつもりみたいですよ」と中山が嫌味たっぷりに言った。

「お話をお聞きしたいのですが」と言うと、「では、お呼びして参りますので、客間にてお待ちください」と一階にある客間に通された。

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