娼婦の死③
高房は部屋の天井のフックにロープをかけ、首を吊って死んでいた。部屋はベッドに机と椅子が設置されているだけの簡素な部屋だ。高房は椅子の上に立ち、天井のフックにロープを掛けて、首を吊ったかのように見えた。
カーテンが開いたままだったが、日当たりの悪い部屋は薄暗かった。そして、暗闇が沈殿したような床の上には、部屋の鍵が転がっていた。
部屋は密室状態だった。
直ぐに救急車が呼ばれたが、高房が死んでいることは明らかだった。警察が呼ばれ、品川署から刑事が駆けつけ、遺体の検死が行われた。
関係者への事情聴取から、高房が飯尾の専横に苦しんでいたことが分かった。飯尾が営業部の役員と新規取引先を巡って対立しており、真面目な性格の高房は、二人の間に入ってストレスを抱えていたようだ。私生活では妻の翔子と家庭内別居状態にあった。
孤立無援の高房は、突然、生きていることが苦痛になり、突発的に自殺してしまった――と考えられた。
高房の死は自殺として処理された。
「高房社長が自殺したと言う結論に、異を唱える人はいなかったのでしょうか?」
「責任感が強かった高房さんが、全てを投げ出して自殺したなんて信じられないと言った感傷的な意見ばかりで、自殺という結論を覆すような証言は無かったようです。ああ、いや、ひとつありました。第一発見者だった秘書の中山さんから、首を吊ったロープに見覚えがない。社長は何時、どこでロープを買ったのでしょう? という疑問が発せられ、調べてみると、ホームセンターで売られている市販のナイロン・ロープで、購入者を追跡することは出来ませんでした」
「屋敷にもともとあったものでは?」
「安井さんという執事が、ロープは屋敷にあったものではないと証言しています」
「となると、高房さんがホームセンターに買いに行ったのでは?」
「会社と自宅を往復するだけだった高房さんが、ホームセンターにロープを買いに行ったと言う話を聞いたことがないと中山さんは言っています。会社と自宅の送迎をしていた野村さんも、高房を乗せてホームセンターに行ったことがないと証言していました」
「それでも自殺の線は覆らなかったのですね」
「疑わしくはありましたが、高房さんにも当然、休日があった訳ですから、休の日にホームセンターに行き、ロープを買って来た可能性は否定できません。しかも高房さんが殺害されたとなると、事件当夜、屋敷にいた人間が怪しいことになりますが、その夜は翔子さん一人しか屋敷にいませんでした」
「執事の方は?」
「安井さんは通いですから、夜は屋敷にいません。小柄な翔子さんが背の高い高房さんを絞め殺し、遺体を天井から吊るしたと考えるのには無理がありました。部屋が密室であったことが決め手となり、高房さんの死は結局、自殺として処理されたのです」
「ああ、そうか。部屋のドアには鍵がかかっていて、鍵は床に落ちていたのでしたね。確かに女性の細腕で大の男を天井から吊るしたとは思えません」
「しかし、奥さんが同じ死に方をしていて、自殺とは思えないところがあると言うことは――」
今度は吉田に代わって竹村が答えた。「怪しいですね。高房社長の死も洗い直してみる必要があると考えています」
「なんだか頼もしいですね~」と圭亮はリラックス・モードだ。さっきまで刑事から事情聴取をされるとビビりまくっていたのに。
圭亮は西脇に向かって言った。「そう言えば、西脇さん。西脇さんが見たあの夢、誰かが邪魔をしていたのではなく、本当に足を引っ張っていたやつがいたことを高房社長が伝えようとしていたのかもしれませんね」
「夢?」と竹村と吉田が不思議そうな顔をする。
「西脇さんはイタコの末裔ですから――」と圭亮が説明を始めようとするのを遮って、西脇が言った。「ジョン・ハリーのギターを巡って飯尾社長と品川正憲氏の間でトラブルになっていたことはご存じですか?」
宮崎からの情報だ。
「いいえ。知りません」と言うので宮崎から聞いた話を伝えた。
「ほう~殺された飯尾さんと品川正憲さんの間に確執があったと言うことですね・・・」竹村が大仰に頷く。
「業界内では有名な話だそうです」
「そうですか。情報提供、ありがとうございました」
「実は――」と西脇は躊躇ってから、「ギターの夢も見たのです」と夢の話をした。そして、「どういう意味でしょう?」と圭亮に聞くと、「西脇さんはイタコの末裔です。西脇さんが見る夢は、死者からのメッセージだと考えています。亡くなった高憲さんが、自分は病死ではなく、殺されたのだと訴えているのかもしれませんね。或いは、そのギターによほど、思い入れがあったのかだと思います」と答えた。
「はあ・・・」竹村と吉田は冷ややかな表情で頷いた。
品川家で巧妙に病死や自殺を偽装した連続殺人事件が起きている。圭亮はそう言っているのだ。
圭亮からの事情聴取が終了した。
「さて、有益な情報を頂きましたので、品川邸に戻って正憲を締め上げてやります」と竹村が言う。筋肉隆々の竹村に締め上げられる姿を想像しただけで恐ろしい。
圭亮が羨望の眼差しを向けると、「同行しますか?」と竹村は意外なことを言った。
「良いのですか?」
「須磨さんからは、事情を聞き終わったら、現場に連れて行って、意見を聞いてみてはどうかと言われています。鬼牟田さん、あなた、随分、須磨さんに信頼されているのですね」
須磨のお墨付きがあった。だから、捜査状況を教えてくれたのだ。
「僕なんかの意見で宜しければ、何時でも聞いてください。是非、品川邸に行ってみたいです!」と圭亮は子供のように言った。
竹村が苦笑いをする。
「私も同行してよろしいでしょうか?」と西脇がダメもとで聞くと、「う~ん」と竹村は唸った後で、「まあ、良いでしょう。でも、何を放送するかについては、須磨さんの指示に従ってくださいよ」と釘を差して来た。
「承知しました」
西脇にしても、ここで警察関係者ともめたくない。むしろ恩を売っておきたいところだ。後々、圭亮を通して、いくらでも捜査状況を仕入れることができる。他局を出し抜くことが出来れば、それで良いのだ。
「でも、刑事さんから事情聴取を受けるなんて、緊張しました。テロリストにでもなった気分です」と圭亮が言うので、「テロリストだなんて、大袈裟だなあ、先生。テロリストに間違われたのなら、名誉を挽回しなければなりませんね」と西脇が呆れて言った。
「できれば、ハロー、ハローと元気良く、ハロリストと呼ばれたいですね」
「何ですか? ハロリストって?」
「ハロリストがダメなら、ガンバリストになってみたいですね」
竹村と吉田が呆れていた。圭亮が煎れたコーヒーがすっかり冷たくなっていた。
「ああ、くだらない。面白くないので止めてください。刑事さん、行きましょう」
一行は品川邸を目指して出発した。