娼婦の死②
「ふむ。なるほど」と暫く、竹村は考えた後で、品川翔子の死体発見状況について説明を始めた。
翔子は天井にあるフックにロープを結び付けて、首を吊って死んでいた。何故、天井にフックがあるのかと言うと、ほんの少し前まで、品川邸の各部屋には天井から豪華なシャンデリアが下がっていたそうだ。
ところが高房社長になってから、「シャンデリアよりも、うちの製品のLEDを使いたい」と屋敷の部屋にあったシャンデリアを取り払い、LEDライトに交換してしまった。重量のあるシャンデリアを支えていたので、フックは天井の梁に打ち込まれており、取り外すとなると大掛かりな工事が必要になる。
「そのままでいいよ。何時かまたシャンデリアに変えたくなる日が来るかもしれない」と高房が言うので、天井のフックはそのままになっていた。
首を吊った遺体の傍に、鏡台の椅子がひっくり返っていた。
恐らく、翔子は椅子の上に立ち、フックにロープをかけた。そしてロープに首にかけると、椅子を蹴り倒して宙吊りになって自殺した。そう見えた。
「部屋に鍵はかかっていたのですか?」
「ええ。勿論。鍵は鏡台の上に置いてありました」
また密室だ。時系列で並べると、高房、飯尾、翔子と三人もの人間が密室で死んでいたことになる。品川邸は呪われた館なのか。
「密室ですか。となると、自殺ですか?」
「違いますね」と竹村は断言した。
「自殺ではない?」
「遺体の首に、吉川線と呼ばれる苦し紛れに首を掻き毟った跡がありました。自殺と断定するのは早計でしょう」
紐で首を絞められた時、被害者が苦し紛れに紐を解こうと抵抗することにより、自分の首に爪跡を残してしまうことがある。これを吉川線と言い、絞殺死体が他殺か自殺か判断する際の目安となっている。
品川邸でまた人が死んだ。自殺に見せかけているが自殺ではないかもしれない――となると、圭亮に疑いの眼を向けたくなるのも理解できた。公の場で事件が起こることを予見していた。何か、知っていたのではないかと考えたとしても不思議ではない。
「では他殺なのですか?」と聞くと、竹村は「う~ん」と考え込んでしまった。
遺体の首筋に残っていた吉川線は、よく見なれば分からない程度のものだった。「首を吊ってみたものの、往生際悪く、苦し紛れに首筋に爪痕を残したのかもしれません」と言う。
「高房社長も自宅で首を吊って死んでいたのですよね?」と今度は圭亮が尋ねる。
「なんだか、我々が事情聴取を受けているようですね」と竹村が苦笑いしてから、「おい」と隣の吉田に言った。
「品川高房氏の事件について、事件調書を呼んで関係者から話を聞いて来ました。高房氏の事件は事件性の無い事故死、自殺だと判断されています。高房氏は品川邸の二階の部屋で、天井から首を吊って死んでいました」
「奥さんと同じ死に方なのですか?」
「そうです。ガイシャと同じ死に方です。妻が夫の後を追って、自殺したとも考えられます。ですが、夫婦仲は不仲だったそうなので、後追い自殺の可能性は低いと思います」
「夫婦仲が悪かった・・・のですね」
品川高房は一月半前に自宅の二階の部屋で首を吊って亡くなっていた。
高房の遺体を発見したのは、秘書の中山だ。品川家で通い執事のような仕事をやっている安井和男が品川邸に出勤して来たのは七時前だった。何時もなら安井が出勤して来る頃には、高房は支度を終えて出迎えの車を待っていた。
その日はたまたま品川邸から茨城県神栖市にある三浦化学の製油所を訪問する予定だった。日帰り出張に同行する為、中山が野村の運転する車に同乗して、高房を迎えに品川邸にやって来た。
品川邸に着いたのは、七時半を回っていた。
「まだ高房さんが起きて来ないのです」安井が迎えに現れた中山に言った。
八時に品川邸を出発する予定だった。急に具合でも悪くなったのかと、中山は安井と共に高房の様子を見に行くことにした。
安井に合鍵を準備してもらい、二人は二階に上がった。
一階に夫婦の寝室があるのだが、高房は二階の空き部屋を使っていた。
「遅くなった時に、翔子が寝ているのを起こすと悪いから――」
二階の空き部屋を使う理由を高房はそう言っていた。夫婦仲が冷え切っていることは、親しい関係者なら、皆、知っていた。残業で帰宅の遅い高房は、そう言い訳して、翔子のいる一階の寝室には足を向けず、二階の空き部屋を寝室代わりに使っていたのだ。屋敷内で別居をしている状態だった。
二階には七つの部屋があり、その内、六室が来客時に客間として使用できるようになっていた。気を遣う性格の高房らしく、二階で使用していた部屋は、客間だが裏庭に面して日当たりが悪く、しかも両隣を客間に挟まれた真ん中の部屋だった。客間として、あまり使用されたことがない部屋だ。
「遺体の状況は奥さんの状況と酷似していたようです」と吉田が言う。
中山はドアを叩きながら、「社長!」、「高房さん」と声高に叫んだ。だが、反応がない。ドアには鍵がかかっていた。
「社長、入りますよ~!」安井から合鍵を借りて、ドアを開けた。ドアを開くと、眼前に予想もしていなかった光景が飛び込んで来た。
「社長――‼」
品川邸に中山の悲鳴が響き渡った。